仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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[疾速]

かつて、この20区に凶暴極まる“喰種”がいた。

本来群れるのを好まない喰種達をその圧倒的な力で束ね、群れを率いて遊戯でもするかのように人の命を、捜査官の命を奪い続けた。

 

その喰種はある日出会う。無益な争いはやめろと、単身諭すように現れた老人に。獰猛な喰種がそんな言葉を聞き入れる訳は無い。瞬時に牙を剥き、その喉元に赫子を突き立てた。

 

 

その日、20区を恐怖に陥れたその凶暴な“喰種”は死んだ。

 

 

おっと昔話はここまでだ。話を現代に戻すとしよう。

 

古間が喰種であることがミオにバレた。

もうなんか逆に古間は悟ったように笑った。そんな彼にミオは、誰にも見えない角度で瞳を『赫く』染める。そして小声で、古間を問い詰めた。

 

 

「もしかして知ってました? 私が喰種だって」

 

「…ふっ、当然。なんてったって俺は、20区のま……」

「まぁそれはそれでいいんですよ。私が言いたいのは、このまま静かにしててって事なんです。私、今夜はあのアホそうな捜査官を夕飯にしたいんで」

 

 

まさかとは思ったが、彼女は捜査官である土岐を殺す気だ。

捜査官を殺すのは“喰種”にとってはタブーとされる。一人でも捜査官を殺し、〔CCG〕の捜査対象になれば普通の喰種ではまず生き残れないからだ。それに加えて、捜査官が死んだ区は警戒が強まる。つまり、その区全体の喰種が生息圏を狭められることとなる。

 

しかし、ミオはそんなこと分かり切った上で無責任な言葉を吐き連ねる。

 

 

「喰種ならわかりますよね? なんでヒトより強い私たちがビクビク生きなけりゃいけないの? そう思って好きなようにやってる奴らは沢山いますよ。私だってそうしてやるだけ」

 

「それは自殺行為じゃないのかい? そんな馬鹿なことはやめるべきだと、俺は思うわけだが…」

 

「馬鹿でいいのよ。自殺でもなんでも、退屈に生きていくよりかは全然いい」

 

 

何処から吹き込まれたのか、それは喰種にとっては余りに危険な思想だ。

古間は眼を閉じる。違う、これは誰かのせいなんかではない。彼女の兄は古間と共に悪さをした喰種の一人だ。その背中を見せてしまった責任は、他でも無い古間にある。

 

なんとしても彼女を止めなくてはいけない。魔猿の名にかけてでも。

多少強引にでも彼女を連れ出そうかと考えた時、堰が外れた様にミナトが声を上げた。

 

 

「あ゛ぁもう! 限界だ俺は帰るからな!」

 

 

女子にベタベタされ、土岐に上から目線でウザ絡みされ、ミナトが遂に我慢できなくなったようだ。出された料理を全て食べると、お代を置いて席を立つ。

 

そこで魔猿、閃く。席を立ったミナトを追いかけ、店から出る寸前の彼を捕まえた。

 

 

「なんだよ円児。お前だってあのアホに無理して付き合わなくても…」

 

「聞いて欲しいんだミナトくん。この魔猿に科されたスペシャルミッションを!」

 

「は?」

 

 

そして、古間はミナトに全部話した。

一から十まで聞かされたミナトは、まず当然メチャクチャ面倒そうな顔で古間を見る。

 

 

「…なんか企んでるとは思ってたけど、それを俺に聞かせちゃダメだろうがよ…」

 

「俺もそう思ったさ。しかし、ここで彼女を放ってはおけない。だからこそ古間円児、最後に信じたのは君との友情! 彼女に好かれている君ならば彼女を止められるはず!」

 

「あのなぁ、俺だって一応捜査官だ。前科がある喰種を見過ごせってのか?」

 

「それを言うなら、もう俺のことを見逃しているぜ?」

 

 

ミナトは古間の過去は知っている。

それを言われると返せないのが、ミナトという男だ。古間はそれをよく知っている。

 

 

「分かっているさ、人を殺した喰種は決して受け入れられない。俺たちは取り返しのつかない命を無慈悲に捻り潰したんだ。でも…俺は罪に気付けた。彼女にもどうか、そのチャンスを与えて欲しい」

 

 

誰を殺して、誰を許すのか。その線引きは難しい。一つ「これだ」と基準を決めてしまうのも、何も決めずに殺すのも、どちらも恐ろしい。だから悩むのだ。悩んで苦しんで、分かり切った答えに行きつくのだ。

 

ミナトは頭を掻きむしり、何も言わずに進行方向を変えた。

未だ土岐が喧しい合コンの席に戻ると、ミナトはミオに視線を合わせて、何も着せない言葉を向けた。

 

 

「お前、もう帰れ」

 

「……なんなんですか。急に帰って来たと思ったら…」

 

「話は円児から聞いた。こんなこともうやめろ」

 

 

ミオは耳を疑った。あの男、捜査官に告げ口をしたのか? 喰種と『白鳩』が繋がっているとでも? 咄嗟に反抗しようとしたミオの腕を、ミナトが掴んで止めた。

 

咄嗟とはいえ喰種の腕力が止められたことに、ミオは驚きを隠せない。どう考えても人間の膂力ではない。まさかミナトも喰種なのか、それとも……そんな混乱に、ミナトは諭す言葉を重ねる。

 

 

「兄がいるんだってな。だったら心配させんな、帰ってやれ。別に分かり合えなくたって、心まで離れ離れで最後ってのは……辛いだろ」

 

「…分かったような口叩いてんじゃねぇ! 兄がなんだよ…今更そんな事言われたくないんだよ!」

 

 

喰種は生まれながらに命を狙われる存在。多くの喰種は幼くして、家族の死を経験する。母も父も喪ったのに、先に裏切ったのはあっちの方だ。

 

 

「おいおいどーしたよミナトにミオちゃん! 喧嘩なんかやめて、お酒飲んで俺の話聞いてこーぜ!」

 

 

マジでコイツ空気読まねぇなと、ミナトは思った。土岐が余りに情けないから、捜査官の癖に喰われる喰わせないの話になっているのだが。

 

そんなこと知る由もなく、土岐はミナトの活躍を自分の事として吹聴しまくる。割と機密ギリギリのことも言いまくる。この男、女の気を引くのに手段を選ぶ気が無い。こいつもう放っといていい気がしてきた辺りで、ミナトはその来店者に気が付いた。

 

 

「で、その上司さんがどうしたんです?」

 

「そーそー、瀬尾特等ね! この間まで俺と変わんない階級だった癖に、急に特等になって偉そーにしやがってからに。やれ仕事が雑だ、やれお前如きが休むなだの、人をゴミ扱いのくせ潔癖なのよ!?」

 

「うわー…嫌な人ね。でも特等さんってことは、お給料凄いんでしょ? イケメンなんですか?」

 

「いやもうナイナイ! 人柄って顔に出るから! あの人絶対モテたことないし、小学校から一回も彼女も友達も居なかったタイプの人だって! 仕事だって本当は俺の方ができるし! 今度あの野郎が舐めた口効いたら、俺からガツンと───」

 

 

酒をがぶ飲みし、いい気になっていた土岐の顎は、その瞬間にカクーンと外れた。あと真っ赤になっていた顔も真っ青に様変わり。

 

 

「───連絡にも応じないで、俺の影口とは。局長ですら許されることではないんだが…その辺りどうだろうな、土岐二等」

 

「せ、せぉ…せおとくとう……!?」

 

 

鋭く抉るような眼光で土岐を見下す、白髪の捜査官、瀬尾潔貴。『白鳩』と呼ばれる所以の真っ白な仕事着からゴミを払いつつ、聞こえるような舌打ちが荒縄で首を絞められているようだ。

 

なんで彼がここにの疑問はその辺に放り投げ、急いで携帯を確認。合コンが楽しみ過ぎて気付かなかったが、確かに瀬尾からのメールが一件入っていた。寒気を通り越して全身氷河期凍死寸前である。

 

 

「規律の違反に加え、社会的集団の一員である意識の欠如。上司を『あの野郎』呼ばわり。社会人として致命的じゃないのかな。懲戒免職ものだろう。さらに陰口というのは余りに醜い。これで今後一切君の言葉や行動全てから信頼というものが消え去ったワケだが…俺が土岐二等をゴミかクズのように扱うことに異存は?」

 

「ナイデス…」

 

「悪口すらすぐに撤回。言葉に責任を持てない人間が生きている意味があるのか、疑問だね。ただでさえ並程度の仕事しかできない凡庸の癖に、プライドや自己まで持てないのなら機械の方が数倍役に立つ。それにしても、元から低い知能が低い生き物は何故酒で更に知能を下げたがるのか…生存戦略からして狂っているよ、家畜の方がまだ賢い。君はそこの皿の上の豚肉以下だ。おまけに場所も時間も間が悪い」

 

 

土岐がボコボコにされているのはいいとして、何故ここに瀬尾が来ているのかが問題だ。しかも仕事着で。後ろから続々とオルフェノク対策課ではない捜査官が大勢続いて店内が騒めく。

 

背を伝う嫌な予感に、ミナトは思わずミオの姿を隠した。

瀬尾の冷たい銃口のような視線が、そんなミナトと、背後のミオに止まる。

 

 

「……っ!」

 

 

しかし、瀬尾の視線はその後横に滑り、別の客に。店全体を見渡すように首を動かすと、何かを確信したように溜息を吐いた。そこに現れる、店長の強羅。

 

 

「困ります、お客様。店内では騒ぎを起こされるようでしたら、申し訳ありませんがご退店を」

 

「しらばっくれないでくれ。率直に行こう、この店には“喰種”が……いや、()()()()()()『喰種レストラン』である可能性が高い。根拠が欲しいというなら、『仕入れ』の疑いを提示するが───」

 

 

突如投下された衝撃の情報。その真偽が確かめられる前に、殺意が躍動した。話を聞いていた店員の数人が、『赫子』を展開して瀬尾に襲い掛かったのだ。

 

 

「…平行線の水掛け論をするよりは、いくらか建設的な展開で好感が持てるなぁ」

 

 

瀬尾はアタッシュケースを防御に用い、大破したケースから飛び出した『カイザブレイガン』で赫子を斬り付けた。そこで遅れて湧き上がる『人間の客』の悲鳴。そうでないおよそ2割程度の『喰種の客』は眼を赫く染め、臨戦態勢に入る。

 

パニックになった店内でミナトは古間の眼を合わせる。喰種である彼も気付かなかったようだ。無理もない、ここは酒や料理の匂いが充満しているせいか、距離があるとミナトの「鼻」も効きづらいのだから。

 

 

「昇太! そこの2人と他の客避難させろ!」

 

「うぇぇっ!? 俺が!」

「お前捜査官だろうが!! ミオと円児は俺が避難させる。早よ行け!」

 

「う…おっし分かったルリちゃんユーコちゃん俺に…って、あれ? ルリちゃんどこよ!?」

 

 

酔っていても土岐は立派に捜査官だ。きっちりと役目は果たしてくれる。ミナトの役目は、瀬尾の意識がこの喰種である2人に向く前に、捜査官の立場を利用して逃げ出すこと。

 

 

「っ…! 放して! なんのつもりよ、捜査官に…『白鳩』になんか助けられたくない!」

 

「あぁ、ごちゃごちゃ喧しい!」

 

「おっと困りますお客様。この店の秘密を知った人間は、誰一人帰すわけにはいきません」

 

 

避難しようとしたミナトたちの前に先回りした強羅。躊躇いの無いミナトの蹴りを易々受け止めると、顔に紋様を浮かび上がらせ鎧を纏ったような怪物へと変化を果たした。

 

平べったい兜に生えた鎖の触覚と、波打つような幾層もの装甲。シャコの特質を備えた『スクイラオルフェノク』が行く手を阻む。それに加え、店員の数名が別のオルフェノクに変異した。

 

 

「……やはりオルフェノクが糸を引いてたみたいだな」

 

 

カイザブレイガンの光の銃弾がスクイラを射抜くと同時に、瀬尾はカイザフォンに『913』のコードを入力する。

 

 

《Standing by》

 

「変身」

 

《Complete》

 

 

瀬尾がクインケの代わりに用いる装備『カイザギア』。ベルトにカイザフォンを装填して戦士カイザへと変身すると、ブレイガンにフォンから引き抜いたミッションメモリーを差してスクイラへと斬りかかった。

 

 

「この店は私の責務であり誇り。人間程度に潰させはしません」

 

「…強いな、レートはA+といったところかな? だが誰かに奉仕したいなら人間に尽くすべきだ。君を殺した金で高い店にでも行くとしよう」

 

 

だが、依然として店内には複数の喰種。ミナトや人間の客は狙われる立場にある。何よりも瀬尾が見ているから、ミナトも古間も正体を明かして戦えない。ミオや古間が人間のフリをして逃げようにも、捜査官も喰種を逃がすまいと血眼になっている。喰種と捜査官の二重関門は突破できない。

 

 

「円児!」

 

「あぁミナトくん…これは流石の魔猿も、ちょっとマズい気がしてきたさ!」

 

「そうかよ! つーかお前、喰種から狙われねぇだろ! お前がなんとかしろ!」

 

「承知!…と行きたいが、今やこの俺にも失うものがあるのでね!」

 

「悪かったな、失うもんが無くて!」

 

 

店内の人間が避難することを全く考えてない強引な作戦。手柄を欲しがった瀬尾が推し進めたのだろう。失敗した所で名分は『喰種狩り』だからオルフェノク対策課の瀬尾は助っ人扱いだ。あの男なら上手いこと責任を逃れるに違いない。

 

兎角、ここは捜査官のミナトがなんとかするしかない。椅子で喰種たちを殴り飛ばし、なんとか外への道をこじ開けた。店の外に飛び出すと、一先ずミナトと古間はそれぞれ別の方向に走り出す。

 

 

「俺が他の連中を惹き付ける! その隙に円児、お前は暴れろ!」

 

「御意! しかしそうなると彼女のエスコートは……」

 

「俺に任せろ! コイツはここじゃ死なせねぇよ」

 

 

ミオの腕を掴んで喰種や捜査官の目に付くよう派手に立ち回るミナト。その僅かな隙に古間は隠れ、鞄から「いつもの服装」を引っ張り出してそれを纏う。

 

毎日のように着ていたこのファー付き白フードも、今やご無沙汰だ。ミナトに使命を任された古間は最後に般若のような真っ赤な「猿面」を付けて顔を隠すと、再び店内にその姿を現した。

 

 

「……っ! アレは、何故ヤツがここに…!?」

 

 

その姿を見てカイザが、捜査官達が戦慄した。

古間は一息で細長い『尾赫』を放出すると、壁を蹴り、空間狭しと躍動する。

 

山風の如き俊足。人間を襲っていた喰種、ミナトにとって邪魔な動きをしそうな捜査官を一瞬で戦闘不能にし、息も切らさず机の上に着地。

 

事態を重く見たオルフェノク達が、標的を捜査官から古間へと変えた。

しかしオルフェノクたちではその動きは捉えられず、易々と背後に回られ、そして

 

 

「雑魚は退いてな!!」

 

 

右腕に心臓を貫かれ、尾赫に首を飛ばされ、2体のオルフェノクがいとも簡単に灰化した。その獰猛な戦いぶりと「猿面」を知らない者が、20区の捜査官にいるはずもない。

 

 

「瀬尾特等! ヤツはまさか…!」

 

「一々確認が必要か? SSレート喰種…『魔猿』。レートで言えば最高位のバケモノだ。ヤツの目的は知らないが…!」

 

 

猿面の喰種集団。20区を中心に優秀な捜査官を殺し回っていた、凶悪な一派。そのリーダー格こそがSSレート『魔猿』。

 

カイザも同様に標的を変え、スクイラを放って古間と刃を交える。古間は尾赫をうねらせブレイガンを弾き飛ばし、そのまま動きを繋いで店の備品もろとも赫子でカイザの装甲を叩き壊した。

 

 

「───なるほど、流石に強いか。分が悪い」

 

「全く…俺様が人気者なのは分かるが、魔猿と見るやどいつも目の色を変えやがって。今日の俺様は人間共の味方だぜ?」

 

「そんな妄言より貴様を殺した名声と報奨の方が遥かに価値があると思うのは、俺だけかな」

 

「ならば結構! 悪役として今日のところは去ることにしよう、魔猿だけに!」

 

 

勝ち目の薄い戦いだからか、カイザも戦意は弱いようだ。古間はとりあえず逃げ残っていた数名の客を赫子の峰打ちで気絶させると、その身体を抱えたまま捜査官の追撃も振り切って逃げだした。

 

 

(この魔猿が逃走に人助け…笑い種だな。だが此方もミナトくんに無理な頼みをしているのだ、応えなければ魔猿の名が泣くさ!)

 

 

芳村に出会うまで、何十何百と捜査官も民間人も殺したこの腕が、今や人間の命を抱えている。少し前では考えもしなかった状況に、古間は嘲笑のような笑いを飛ばすと同時に少しだけ誇らしく感じた。

 

だが、その腕の中の体は、気付いた時には体温と重さを失っていた。古間の腕から零れ落ちるのは、山のような灰のみ。

 

 

「早めに切り上げて飛ばして来たらこのザマ…だが20区の『魔猿』、会えて光栄だ」

 

「───何奴…!」

 

 

古間は刹那の記憶を手繰る。あの一瞬で、古間が運んでいた人間に一発ずつ、何かが「撃ち込まれた」のだ。それをしたのは間違いなく、魔猿の危険信号が反応するこの男。

 

 

「俺はオルフェノク、馳間という。『黒狗』『オニヤマダ』と並び悪名高い『魔猿』と見込んで取引がしたいのだが、我々オルフェノクと組む気は無いか?」

 

 

_____________

 

 

「…放せって、言ってんだろ!」

 

 

ミナトと共に逃げていたミオだったが、喰種の追跡も減ったところで我慢ができなくなった。この男に庇われる筋合いがない。いっそ、喰種としての乱闘に加わればよかったのだ。死んだって別に構いはしない。

 

 

「なんでアイツの…兄のこと知ってるの。そもそもアンタ人間?」

 

「円児がおまえの兄の親分らしいぜ。そういう義理で助けただけだ」

 

「はっ…じゃああのデカっ鼻が『魔猿』!? ケッサクね! 捜査官に喧嘩売ったメイワクなクソ野郎の親分があんな不細工だったなんて!」

 

「やっぱわかってんじゃねぇか。お前だって本当は、兄にそんな事して欲しくなかったんだろ。それが答えじゃないのかよ」

 

「そんなのお前なんかに言われなくたって分かってんだよ!!」

 

 

猿面集団は、ある日を境に活動を止めた。

その理由は頭領である古間が「あんていく」で働き始めたことにある。そしてそれは子分の喰種たちにも徐々に影響を与え始め、ミオの兄も人間の居酒屋で働き始めることになったのだ。

 

ミオの気持ちはただ一つ、「なんだそれ」だった。

 

彼女は懸命に生きようとしていたのだ。人間社会に溶け込むために働き、人間の友人を作り、空腹に耐えて耐えて密かに生きていた。兄はそんな苦労も知らず、ヒトを好き放題殺して食べて、捜査官を殺して警戒を強化させ、それを楽しんでいた。

 

それが突然「人と共に生きたい」だなんて虫が良過ぎるだろう。ミオが何度言っても聞きやしなかった癖に。あれだけ心配も迷惑をかけてきた兄が、何事も無かったように自分と同じように生き始めたのだ。

 

いくらなんでもあんまりじゃないか。

これまで我慢して苦しんで生きて来た自分が馬鹿みたいだ。

だったら今度はこっちの番だ。これからは我慢なんかせず、好きなように、例え死んだって喰種らしく生きてやる。

 

 

「やっぱりそうだ…そんな気がしていたんだ、奇遇だね。こんなところで会うなんて」

 

 

ミナトとミオの言い合いに割って入る、気味の悪い美麗な声色。舐め回すようなギョロリとした視線をミナトにだけ送るのは、カメレオンオルフェノク───香賀だった。

 

店内の騒ぎの中、ミナトを見つけた香賀は「強羅をサポートする」という仕事を全て棚上げしてミナトを追った。その理由は、ただミナトに対する興味が尽きないから。そして一つ聞きたい事があったから。

 

 

「カメレオン…! ふざけんなよ、なんで此処に!」

 

「やっぱり綺麗だなぁ、その瞳。それに引き換え…横の女は、誰だ? 生に執着しない実に醜い顔だ。喰種だね。それは道理が合わないよ…一つ聞かせてくれ、真桑木を殺したのは……ファイズ、君かい?」

 

「…なるほどな、アイツ真桑木って言うのか。強かったよ。そうだ、俺だ」

 

「そうか……美しい君に殺されたのなら、まぁ非難はしないさ。だが! 真桑木を殺しながらその醜い喰種を守っているのは、どうにも許し難い事実だ!!」

 

 

カメレオンが体に巻き付いた帯を伸ばし、憤懣を込めて鞭のようにミオに振るう。それは考えるという過程が欠如した行動。その間に体を挟み、ミナトはミオの盾となって彼女を守った。

 

生身で受けたオルフェノクの一撃は余りに強烈。ミナトの背中は服も皮膚も破け、大量の血液が流れ落ちる。

 

 

「…なんで…っ!?」

 

「そうだ何故ッ! 違うだろう、そうじゃない。俺はそんなつもりじゃない!? その女は喰種だぞ!」

 

「なんで……か…なんでだろうな…? 俺とは違うんだ…そう簡単に重ねていいもんじゃねぇってのは、分かってんだけどな……!」

 

 

流血する背中をミオに向け、ミナトはベルトを装着する。

信頼する材料なんて何もないのに、ミオの全てを信頼した行動だった。ここで彼女を見捨てたらきっと、二度と立ち上がれない気がする。そんなエゴの塊のような庇護欲だ。

 

 

「面倒だよな、家族ってのは…いっぺん離れりゃ、そっから長いんだ…! 許せねぇことだって分かり合えねぇことだってあって、そいつがどんどんデカくなる。でも……その言葉気持ち溜め込んだまま、勝手に死ぬわけにはいかねぇだろ!」

 

 

許せない父がいる。罪を償わなければいけない兄弟がいる。

その全てを果たすまで、足掻いて生き抜くしかないんだ。

 

ファイズフォンに「555」を入力し、ミナトはそれを高く掲げた。

 

 

《Standing by》

 

「変身!」

 

《Complete》

 

 

ファイズフォンがベルトに装着され、ミナトの体が赤い光と銀色の装甲に包まれる。戦士ファイズは黄色い複眼と赤いフォトンブラッドを闇夜に光らせ、変身を完了させた。

 

 

「死ぬも生きるも会ってからにしろ。それまでは…俺が死なせねぇよ!」

 

 

_______________

 

 

 

「俺の理想は、オルフェノクと喰種の完全な融和。そして人間の持つ社会権利の奪取だ」

 

 

馳間は古間に己の理想、その計画を語る。

20区の猿面集団。一体一体が捜査官を凌ぐ実力を持ち、非常にハイレベルに統制されたグループだ。馳間にとっては是が非でも欲しい戦力。

 

 

「喰種とオルフェノク…ねぇ、俺はオルフェノクってのをよく知らないが、あの喰種レストランの店長もオルフェノクだったな」

 

「あの店は俺が作った。オルフェノクと喰種の共存の起点にするためだ。近いうちに喰種が食える食事も提供する手はずだったんだが…どこから情報が漏れたか、やはり店員も客層もしっかりと選別すべきだった」

 

 

そこだけ聞くと「あんていく」とよく似ている。しかし、それを牛耳るこの馳間という男の思想に芳村のような温かさが無いのは、古間にも感じ取れていた。

 

 

「我々のバックには既に人間社会での大企業がついている。〔CCG〕との繋がりもある企業だ、同盟者の生活上での安全は保障しよう。我々が要求するのは猿面集団の───」

 

「いいや、もうその話は結構だぜ。帰っておねんねしなオルフェノクさんよぉ!」

 

 

話を遮り、古間の尾赫が馳間の影を斬り裂いた。

人間を淘汰すると聞いた時点で、そもそもこんな話など乗る気などない。「あんていく」は喰種が人間と共に生きるための場所だ。その芳村の理念に古間が逆らうことは、断じてない。

 

何より古間は、あの店で働いて人間というものを知った。子分たちもそれを知ろうと努力している最中だ。奪ってしまったという罪を償うため、もう少しだけこの美しい世界に存在するために、二度と同じ過ちは繰り返せない。

 

 

「交渉は決裂か……俺の計画と言うのは、いつも上手くは運ばないな」

 

 

手応えが無いのは古間も感じていた。しかし、そこに馳間の姿は無い。声が聞こえたのは古間の頭上から。月の光を遮断する大きな影は、その形を地上のアスファルト表面に映し出す。

 

 

「おいおい、オルフェノクってのは飛ぶのかい…!」

 

「交渉の中で言うつもりだったが、先に手を出したのはそちらさんだ。これが喰種がオルフェノクには決して勝てない理由の一つ。オルフェノクの力は地上に縛られない」

 

 

それは灰色の巨大な翼。飛行に適した洗練されたフォルム、狩りに適した鋭い脚爪、その姿は手にした長銃も相まって「スナイパー」そのもの。馳間の怪人態、コンドルオルフェノクの「飛翔態」だ。

 

コンドルは己の羽を一部分離し、銃に装填。それを古間に目掛けて発射する。銃声と同時の着弾は古間の反射神経を以てしてもギリギリの回避で、当たった場所が深く抉れた。

 

 

「速度だけだと、芳村さんの羽赫よりも速いか…!? 威力も派手さは無いが侮れん…ならば!」

 

 

古間は建物の壁を駆けのぼり、コンドルと同等の高度まで上昇。飛び掛かって尾赫でその脚を掴むと、そのまま建物の壁面へと叩きつける。

 

しかしそれからの追撃を許すほどコンドルも甘くはない。襲い掛かった古間の迫撃を翼と脚の爪で迎え撃つと、そのまま驚異的な力で古間を抑え込む。そして、そのまま低空飛行で地面に古間の体を擦りつけ、解放したところで今度は銃を構えた。

 

 

「これはマズい…!」

 

 

吹っ飛んで行く古間に対し、容赦の無い発砲。尾赫を使って上手く体勢を立て直し、なんとか回避するも、そのうち一発は古間の尾赫を、もう一発は右腕の外側半分を抉り取った。

 

 

「俺のレートはSSに分類されるが、喰種とオルフェノクでは基準が違う。同格だと見れば痛ぇ目を見るぞ」

 

「そのようだ…魔猿、本日二度目の不覚…! だが、勝機は俺にある。翼は頂いた!」

 

 

そこでコンドルは、自身の右翼が折られていることに気付く。先の近接戦で想像以上にダメージを負っていたようだ。これ以上飛行を続ければ間もなく墜落するだろう。

 

 

「チッ…侮っていたのは俺ってことか? 地上戦を続けてもいいが…泥試合だな、その前に捜査官に見つかると損の方がデカい…撤退だ。考えが変わればまた教えてくれ、『魔猿』」

 

 

僅かな時間だけ飛行し建物の屋上まで登ると、馳間は人間の姿に戻って退散した。一方で残された古間は傷の治りが遅い。このところ十分な「食事」を取っていなかったせいだろう。

 

 

「ふっ…名誉の負傷ってところさ…」

 

 

治らない傷もまた、贖罪だ。今の古間ならそう思える。

まぁいいさ。右腕が使えなくとも、魔猿スペシャルクリーニングに狂いは生じない。明日も「あんていく」は、誠心誠意をこめてピカピカだ。

 

 

「……コーヒーは、入見の奴に任せてやるとするか」

 

 

_______________

 

 

ラッキークローバーの一人、S+レート『カメレオン』。ミナトと彼は何度か交戦したことがあるが、ミナトが勝ち星を挙げた事は一度もない。実力で言えばこの間倒した『キャラビッド』より上を行く。

 

 

「さぁ…もっと見せてくれよ、君の命の燃焼を!」

 

 

カメレオンの鞭を躱し、潜り込んでその細い体に拳を叩き込む。そんな殴り合いを何度も繰り返す。いかにも虚弱そうなカメレオンだが、ファイズがいくら殴っても倒れる気がしないのが気色悪さを演出している。

 

 

「っはぁ…響くねぇ! 素敵だ! もっと苛烈にやろう!」

 

 

カメレオンは状況に応じて形質を変えるトリックスター。首回りの帯の数が減り、その分一本の長さが拡大していく。それに合わせて帯の硬度やカメレオンの腕回り、足回りも太くなる。

 

そして、剣のようになった帯でファイズを斬り裂く。その切れ味は凄まじく、余波で転がっていた鉄骨が切断される程だった。これが斬撃特化形態、カメレオンオルフェノクの「剛刃態」だ。

 

 

「くっ…!」

 

 

もう一度剣を振りかぶったカメレオン。それをファイズのバイクが変形した「オートバジン」の横槍が阻止した。その車輪の盾から連射される銃撃がカメレオンを後退させるが、それに対しカメレオンはまたも形態変化。

 

両拳と胴体の質量を上げた「格闘態」となり、強化された右ストレートの一撃はオートバジンを激しく後方へとふっ飛ばした。

 

ノックアウトされバイクとなったオートバジンからファイズはファイズエッジを引き抜き、再び剛刃態となったカメレオンに剣で対抗する。

 

 

「命無き機械なんて、喰種未満の汚物だ。怖気が走るよ。やはり生きることこそが素晴らしい! まだまだ、もっとだ…もっと死ぬ気で俺を殺しに来てくれ!」

 

 

剣技でもファイズはカメレオンに敵わない。ファイズとカメレオンでは『バケモノ』としての格が段違いなのが分かってしまう。

 

更に、戦場に新たな駒が投下される。店内からここまで移動してきた、カイザとスクイラだ。

 

 

「ファイズ!? それにカメレオン……話が違うなぁ。こんな怪物の巣窟に放り込まれるなんて聞いていないんだが」

 

「おいお前…この間みたいに、共同戦線ってのはどうだ」

 

「俺を友達か何かと勘違いしているのか? 喰種複数にオルフェノク2体、民間人の避難も大方済んだ。こんな奴らを相手取る理由は俺には無い。あの個体を始末し、あとは君に任せるとするよ」

 

「…ッ、そうかよ!」

 

 

カイザが狙うのはスクイラ一体のみ。カメレオンはカイザに興味を示さずファイズだけを狙う。奇しくも見事に戦場が分断されてしまっている状況にあった。

 

加え、カメレオンは常にミオも殺す気で立ち回っている。更に重ねて瀬尾が来たことで、ミオは喰種の身体能力で逃げるタイミングを失ってしまった。なんとも突然で無慈悲な窮地だ。

 

ファイズが剣技で競り負け、地を転がる。

そしてカメレオンの双眸がミオに向く。

 

そんな切迫した一瞬、その場にいた全員が、奇妙にも動きを止めた。

 

 

「……なんだ、この音…?」

 

 

何処からか音が聞こえる。音、というより「音楽」。

その発生源は建物の屋根の上で戦いを傍観していた、瀬尾も香賀も知らない謎のオルフェノク。

 

五線譜のような曲線が描く模様に覆われ、まるで旅人のようなゆったりとした雰囲気を持つ昆虫のオルフェノクだった。そのオルフェノクは灰色のバイオリンのような斧で音楽を奏でていた。

 

 

「なにこれ…!!」

 

「ッ……聞くに堪えない、酷い音だ……!」

 

「うッ……!」

 

「これは…音楽と言うには、少々綺麗さに欠けるな。だが悪くないよ、誰だい君は?」

 

 

各々がその音楽に苦悶の表情を浮かべるのを見下ろすオルフェノク。カメレオンの質問にも聞く耳を持たず、その目が見ていたのは、唯一その音楽に耳を塞がなかったファイズのみ。

 

そう、ファイズにだけこの音楽は華麗な旋律に聞こえていたのだ。

 

 

「………」

 

 

オルフェノクは演奏を止めると、何も言わずにファイズの足元に「何か」を落とした。動きが止まっている隙に拾ったソレは、デジタル腕時計のようなメカ。

 

 

「こいつは……どう考えても俺の、だよな…?」

 

 

何より、その腕時計にはミッションメモリーが差し込まれていた。それはこの装置がファイズギアの一つであることの証拠。何故オルフェノクがそれを持ち、渡して来たのかは知らないが、使うしか道はないだろう。

 

ファイズは左腕にそのギア、『ファイズアクセル』を付けると、ミッションメモリーをファイズフォンへと付け替えた。

 

 

《Complete》

 

 

『アクセルメモリー』から指令を受け取ったファイズの装甲が起動する。胸の銀色のアーマーが展開し、ファイズ胴体の内部機構が剥き出しとなる。それと同時にファイズは、全身のフォトンブラッドが激しく循環するのを感じた。

 

フォトンブラッドが加速し、エネルギーが満ちていく。加速は止まらない。熱を帯び、出力を増し、その色は赤から最大出力を示す銀へ。そして複眼の黄色は赤く。それは偶然にも、喰種の臨戦態勢と同じ風貌だった。

 

 

「……『アクセルフォーム』」

 

 

オルフェノクはそう呟き、音もなく飛び去った。

ファイズ アクセルフォームは低く姿勢を取ると、左腕のファイズアクセルに指を置く。

 

 

「そんな機能…俺は知らないぞ…!? 何が起こっている…」

 

「おぉ、なんだそれは! いったい俺に何を魅せてくれると言うんだ、ファイ───」

 

 

カメレオンが帯を伸ばし、攻撃を仕掛ける。

カイザがその未知の姿に対し、身構える。

スクイラが包丁のようなトマホークを構え、ファイズに駆け出す。

 

 

その如何なる全てを───ファイズは置き去りにした。

 

 

 

《Start up》

 

 

 

ファイズアクセルのスイッチを押し、カウントが始まる。

大気を染め上げる猛熱。一点へと狭窄する意識。その瞬間にファイズの眼に映る全てが止まった。

 

 

「こいつは……!」

 

 

力の正体は直ぐに理解できた。そして、脚に力を込めて走り出した。

「速くなっている」。それも、尋常ではなく。ファイズアクセルはファイズが持つフォトンブラッドを極限まで活性化させ、異常な速力と感覚を生み出す強化アイテム。

 

その速度、実に1000倍。

 

カメレオンの帯を躱し、蹴りを叩き入れ、

スクイラとの距離を詰めて拳の連撃を炸裂させる。

 

この速さには誰も追随不可能。ミナトだけが認識を許された、言うなれば圧縮された時間の別次元。そんな異次元の海を遊泳し、認識的死角から一方的に敵を屠る。それがアクセルフォームの能力。

 

 

《Exceed Charge》

 

 

速度=威力。殴り飛ばされたスクイラは、ファイズから見ると無重力に揺蕩う人形のよう。そんな無防備なスクイラをポインターで捕捉し、限界まで加速した一撃、『アクセルクリムゾンスマッシュ』を上空から叩き込んだ。

 

 

「───まだ行ける……!」

 

 

エクシードチャージは通常、全てのエネルギーを消費しきる一度切りの大技。だがアクセルフォームではその限りではない。最大出力のフォトンブラッドがファイズに供給するエネルギー量は無尽蔵、無限大。

 

アクセルフォームである限り、何度でもエクシードチャージは使用可能。

 

 

《Exceed Charge》

 

「でやあああああっ!!!」

 

 

カメレオンに向けて再びポインターを展開し、赤い閃光がキックと共に加速空間で弾けた。そしてファイズアクセルが示すカウントが、その残り時間を刻む。

 

 

《3…2…1…》

《Time out》

 

 

ファイズがその限界速度にダイブできる時間は、僅か10秒。

タイムリミットを過ぎるとアクセルフォームは強制解除され、胸アーマーが閉じてフォトンブラッドが冷却される。その背後で、スクイラオルフェノクは青く燃え上がり灰化した。

 

 

「……!? 何が起こった…何をした、ファイズ」

 

 

カイザの眼には何も見えなかった。ただの一瞬のうちにスクイラが灰化していた。もしあれがファイズの進化によるものなら、それは由々しき事態を意味する。

 

言葉を交わす必要は無い。ファイズはミオを連れ、その場から立ち去った。残された瀬尾はファイズの著しい強化に爪を噛む。

 

 

「よくないなぁ……本当によくない。Sレート、いや…『SS』レートオルフェノク『ファイズ』……! 俺の平穏を脅かす奴には、消えてもらわなきゃなぁ……!」

 

 

________________

 

 

 

「───っ! は、ははっ! なんということだ! 身体から……命が消えていくのを感じる、あぁ今俺は最高に美しい! 生きているッ!」

 

 

カメレオンという生物は動体視力に秀でている。故に香賀だけは、あの速度で動くファイズの姿を僅かながら捉えることに成功していた。それによってファイズの一撃も急所を外し、辛うじて生還することができたのだ。

 

侵害される己の生存権に興奮冷めやらない。目に焼き付いて離れない、赤い眼のファイズ。己の命の限界まで加速した一撃で、もう少しで香賀は死まで───

 

 

「はぁ…やはり君は綺麗だ……! 最高に……! 愛している、愛しているともっ! 君を心から……っ!!」

 

 

もっと彼を知りたい。彼の『二度目の終わり』に成ってあげたい。

灰の味がする呼吸器から、香賀は愛の言葉を吐き出した。

 

________________

 

 

魔猿との同盟結成に失敗した馳間は、痛みと同時に焦りを感じていた。新たなラッキークローバーの候補、強羅からの連絡がないということは死亡した可能性が高い。ラッキークローバーの再興どころか、この一夜で多くのものを失い過ぎた。

 

魔猿とは残忍な喰種で名が通っていたはずでは?

強羅が逃げもせずに一方的にやられたとでも?

そもそも香賀を向かわせていたはずだが?

第一、翠が表に出れば全てが解決するというのに。

 

何もかもが腹立たしい。このままではオルフェノクはいずれ廃れる。

 

 

「誰だ、用があるなら手短に話せ」

 

 

いくら苛立っていても追手に気付かないはずが無い。それにしても、随分と気配を消していたものだと感心して振り返ると、そこにいたのは音楽を奏でていた昆虫のオルフェノク。

 

そのオルフェノクは怪人態を解き、ヒトの姿へ。

現れたのは酒の匂いがする媚びた可愛さの少女。ミナト達と店にいた、ルリだった。

 

ルリは馳間と目を合わせると、ウィッグを取り上着を脱ぐ。

短い髪に線が細くはあるが女性のものではない骨格が露になる。

 

 

「わざわざ女のフリをしたのはどういう意図だ?」

 

「『処世術、と言えばいいのか。彼はコミュニケーションに難を有しているので、知り合いの真似をしないと上手く話せないのです』」

 

 

妙な雰囲気なオルフェノクだと、馳間は思った。

距離を詰めると感じる酒以外の香り。酸っぱい匂い、これは()()()の匂いだ。

 

 

「……『孤独に喘いでいます。何処を見ても同胞はいない。孤独を共に渡る家族は皆いなくなりました。王冠を失くし、国境を超えるのも叶わず、幼い歌い鳥では彼を満たせない』」

 

「用件は手短に……と言ったはずだが」

 

「『彼は言う。欠けてしまった“幸福”を埋めましょう。これは聖戦、不条理からの解放前線。PLO…パラダイス・ロスト・オルフェノク。是非とも手を取り、共に、秩序で有意義な新たな社会を』」

 

 

演じるような、朗読するような言葉を終えると、少年は深く呼吸して口元を隠し、声を弱くして馳間に本題を囁いた。

 

 

「僕は…リューリ。僕を、ラッキークローバーに入れてください」

 

 

そう言った謎の少年、リューリから何故か馳間は眼が離せなかった。無視できない渦巻くような引力と存在感が彼にはあった。そんなリューリは目を合わされて照れ臭そうに、小説本で顔を隠す。

 

 

「“高槻泉”…新人作家です、読みますか? 僕…彼女が大好きなんですよ」

 

 

 




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