仮面ライダージオウ~Crossover Stories~ 作:壱肆陸
2015年の桜内梨子が、火兎ナギの思念を持ったウォッチで変身したアナザーライダー。改変された歴史では浦の星女学院の元生徒たちの魂を集め、過去の浦の星を再現していた。
幽霊らしく浮遊、壁抜けなどが可能で、他人の魂を操ったり結界術を使ったりと超自然的な霊能力も備えている。変身者の深層心理の望みに従って動く亡霊だが、望みが叶っていくにつれ成仏するように自我が薄れ、火兎ナギが変身者の体を乗っ取るという仕組みだった。一定条件で撃破しない限り、何度でも蘇る。
夏休みとバイトが始まった146です。今回から東京喰種×ファイズ編、始まります。
一応注意。東京喰種という作品は調べれば出ますが、それなりにグロです。当然そういった描写も出てきますので苦手な方はご注意ください。
…とは言いましたがそこまで表現する文章力は無いので、割と安心して読んでいただければ。今回はファイズ要素ほぼなしです。
今回も「ここすき」よろしくお願いします!
あとアンケートもよろしくお願いします!
巣と卵
『慣れた、疲れた、いつもの場所に背をもたれる』
『もしも穴が開いたら目を開けて』
『あぁ、愛しい隣人がこちらを見てる』
「……おっと失礼、私としたことが。少し読書に耽っていたようです。
気を改め…この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た。2015年と2009年、2つの時代で試練を乗り越えゴーストとダブルの力を継承するとともに、我が王は己の才能を自覚し、主人公として遂に目覚めるのだった。我が王の成長は著しい、もはや焦る必要もないでしょう」
ウィルが再び読書に戻る。その本の作者の名を見て、彼は興味深そうに笑いを含めた呼吸を吐き出す。
「…なるほど。しかし、運命とは思惑など聞いてはくれないようです。
それは紛れもない王の物語にして、“悲劇”。その主人公になるのは───」
___________
長かった2つの時代の戦いが終わり、壮間は仮面ライダーとして、『主人公』として、奇跡とも言える歩幅で大きく成長した。継承したライダーの力はこれで5つ。
あの修学旅行を終えた後は、拍子抜けするほど平和な日々が訪れた。
何も無かったとまでは言わないが、これまでのようなスパンで騒動が起きることもなく、タイムスリップやどこにでも出る預言者ともご無沙汰に。
そうして壮間たちは、平和に夏休みを迎えた。
「俺は免許を取る」
夏休み前の学校が終わり、帰宅の直前に壮間が香奈にそう宣言した。
「あ…そう」
「バイクの。やっぱこれから戦っていくのに、出来ることって多い方がいいと思うんだよ。特にバイクに乗れたら色々と便利だろ?折角バイクあるんだしさ」
「うん、頑張れ」
香奈の反応が想った以上にそっけなく、壮間の覚悟が一瞬で風に吹かれて飛んで行った。香奈も香奈で夏休みにダンス部の引退ステージがあり、精神状態がそれどころではないのだ。
「ミカド、俺はバイクの…」
「聞いた。興味がない。勝手にしろ」
今度は三言で会話が終了。壮間は「俺、主人公…」と呟きながら鞄を背負って一人で帰宅した。壮間の夏休みは幸先最悪で始まったようだ。
一方で壮間をスルーしたミカドも、単に壮間が気に食わないのが理由ではない。
2005年、2015年と無力感を味わわされ、壮間の思う通りに動かされた挙句にダブルの力も取られてしまったのだ。
「俺がこの時代に来て、何を成し遂げた…!?これ以上不覚を取るわけにはいかないんだ…!」
しかし挽回しようにもアナザーライダーは音沙汰もない。極めつけには、2009年から帰還した壮間との間に感じた、漠然とした『差』。早い話、ミカドは焦っている。このままでは未来を変える前に、壮間に蹴落とされて消えてしまう。
「俺があんな奴に……そんなこと、あっていいわけが無い!」
ミカドの夏休みに安息は無い。その目は常に、まだ頭角を現さぬ敵を探っていた。
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この時代の夏はいくらか過ごしやすい。現代人にとっては十分に悲鳴を上げる暑さでも、温暖化の進んだ世界で生きるミカドにとっては涼しいものだ。
夏休みが始まって早数日が経過した。昼夜問わずにアナザーライダーを探しているが、手掛かりは見えない。難航していると、ミカドにドライバーとウォッチを渡した『あの男』の言葉を思い出す。
『王の資格を持つ者は惹かれ合う。過去ではただ座していればいい』
その結果が今の状況だというなら焦りもする。あの男の言葉をどこまで信じていいのか、ミカドには計りかねていた。
「いくらこの時代の人口が集中しているとはいえ、東京都に何体のアナザーライダーがいるのか…そもそもアナザードライブもアナザーゴーストも他所で遭遇したんだ。もう少し調査の範囲を広げるか……」
作戦を呟きながら、ミカドは熱々の鉄板の上のハンバーグを切り分け、口に運んだ。
「…美味いな」
焦っていたはずのミカドも思わず感動の声を漏らす。
腹ごなしでミカドが訪れたのは「ビッグガール」という名のレストランチェーン店。アメリカ発というだけあってステーキやハンバーグが有名らしく、試しに頼んでみたら大当たりだ。
フォークやナイフからも伝わる上等な肉質。いざ食べてみると口の中で暴れる熱気と肉汁、スパイスの香りが火花を散らし、胃袋に到達する頃には得も言われぬ満足感が脳髄に反響する。
これほどの肉がレジスタンスに出回ることはまずない。ミカドの時代でこれを食べようとすれば人の命が関わって来るだろう。それが最も安価な紙幣一枚分強だというのだから、全くいい時代だ。
「これが食えるなら飢えて死ぬ者もいなくなる。ライダーを殺し、あの王を殺し…俺たちの時代をそんな未来に変えてみせる。必ずだ」
肉と共に決意の言葉を噛んで飲み込み、ドリンクバーのコーヒーも一緒に飲み干すと、鉄板を見つめたまま意識を背後に向けた。
(……視線を感じる。殺気…ではないが、少し妙だな)
ここ最近、たまにこうして見られている感覚に陥ることがある。恐らく視線の発信源は同一人物。その誰かが、執念深くミカドを観察している。
敵意は感じないから長らく無視していたが、食事のひと時を邪魔されるというなら話は別だ。
ミカドは皿に残った米とハンバーグを平らげると、後ろをチラリと向いて気付いた素振りを見せ、足早に会計に向かった。手早く会計を済ませた直後、ミカドがレストランから見えなくなる前に客が1人席を立った。追って来る。
速度を抑え、巻かない程度に足を速める。尾行させる。人の気配が少ない区域に足を踏み入れた瞬間、
「何者だ貴様。俺に何の用だ?」
見えない追跡者にミカドは問いかけた。
返答は聞こえない。代わりに聞こえてきたのは、パシャリという音。シャッター音だった。
「うーん、イマイチ」
デジタル一眼レフカメラを下ろし、残念そうに肩を落とす追跡者の姿を見て、拍子抜けと驚きが立て続けにミカドに倒れ掛かる。
そこにいたのはちんまりとした小柄な少女。可愛らしいという表現とは少し異なり、小学生ほどに見える様を表すなら「幼い」が最も妥当だろう。
「質問に答えろ子供。なぜ俺を尾けてきた?子供の悪戯だというなら、素直に謝れば許してやる」
「私27だよ」
「嘘まで吐くとは見下げた餓鬼だな……何……!?」
呆れて詰め寄るミカドに、その自称27の少女は一枚の写真を見せる。それを見たミカドは思わず言葉を失った。その写真は、仮面ライダーゲイツと仮面ライダージオウの写真だったのだ。
「この赤い方、君だよね?半月くらい前に撮れたんだ」
半月くらい前、というと心当たりはある。というか、この時代での戦いのほとんどが時間修正で歴史から消えている以上、変身後の姿を見られたとしたらそれしかない。
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2週間前
「ようやくお出ましか、アナザーライダー!」
「アイツ、人を…!行くぞミカド!」
「命令するな!」
騒ぎを聞きつけた壮間とミカド。彼らが見たのは、
ボロボロのマントに刻まれた名は『WIZARD』。
「アナザーウィザードか!俺が叩き潰す!変身!」
「おいミカド落ち着けって…あぁもう!変身!」
壮間とミカドはそれぞれすぐさま仮面ライダーへと変身し、アナザーウィザードに攻撃を仕掛ける。しかし、アナザーウィザードは戦う気が無いのか飄々と躱し続ける。
「コイツ…ちょこまかと!」
《ブリザード》
「ッ…!?」
正面から突撃するゲイツに対し、アナザーウィザードは左手の指輪を腰にかざす。すると、ゲイツとアナザーウィザードの間で激しい冷風が吹き抜け、ゲイツの体が凍り付いてしまった。
《グラビティ》
「…!動けない……コイツ、もしかしてかなり強い…!」
今度は見えない重力波がジオウを壁に押さえつける。
アナザーウィザードの能力は、名前から察するに『魔法』だというのはジオウ、ゲイツともに分かっていた。しかし、その出力と多彩さはいざ敵にすると余りに脅威。
「ここまでだ」
《ライト》
眩い光が視界を奪い、次の瞬間にはアナザーウィザードは姿を消していた。
その短い戦闘以外アナザーウィザードが尻尾を出すことはなく、手掛かりも得られないままだった。
ただ、その戦いの最中にシャッターが切られていたことなど、気付くはずもなかったのだ。
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「…まさかあの戦いに目撃者がいたとはな。人が襲われているのに悠長にカメラとは…命知らずはどの時代にもいるものか」
「私はただ、面白そうなものが撮れそうだったからちょっと見てただけ。別に命知らずじゃないよ。死にたくないし。で、あれ何?あの赤いの喰種っぽくなかったし、君も捜査官じゃないよね?」
「グール…捜査官…だと?」
「…もしかして知らないの?へー、そんな人もいるんだね」
少女はもう一度ミカドにシャッターを切るが、どうも納得いかないようで不満そうに写真を消す。
「君って、なんか存在からスクープ臭がするんだよね。だからしばらく見てたんだけど、やっぱりなんかピンと来ないんだー」
「盗撮犯の心理など知るか。それで、あの写真で俺を強請ろうとしているなら見当違いだ。いくら子供でも悪人というなら俺は手を上げるぞ」
「だから27だって。別に強請ろうとかそういうのじゃなくて、君からはもっと面白い写真が撮れる!ってそう思うんだ」
話が見えてこない。結局、この少女の目的はなんなのか。
それを考えようとしていた時、少女の方からミカドに話を切りだした。
「何か探してるんでしょ?しばらく見てたから分かるよ。
あの赤いやつのことは知らないけど、『あれと似てるっぽいやつ』のことなら、少しだけ知ってるかも」
「なんだと!?」
「おっ、食いついた」
ミカドが探し回っても手に入らなかったアナザーライダーの手掛かり。こんな少女が知っているとは考えにくいが、ピンポイントでゲイツの写真を撮るあたり幸運に関しては侮れないものがある。
「その話、詳しく教えろ」
「その代わりに近くで写真を撮らせてよ。これでも情報売って生活してるんだから無料は困るし」
「好きにすればいい」
ミカドは話に乗ることに決めた。足踏みしているよりはマシなはずだ。
少女は小さくガッツポーズすると、名刺代わりにと運転免許証を取り出す。
「貴様…本当に27歳なのか。掘ちえ、27歳…信じられん」
「だからそう言ってんじゃん。あ、あと“ホリチエ”でいいよミカド君」
盗撮するくらいだ、名前が知られていても驚かない。
免許証を仕舞うとホリチエが「ついて来て」と言うので、早速かとミカドも身構えてそれを追う。
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しかし、連れてこられたのは喫茶店だった。
苛立つミカドを前に、ホリチエはパソコンを開いて何やら作業をしながらパフェを食べている。しかも27歳の淑女というには、ガツガツとした下品な食べ方で。
「貴様…さっきレストランにいただろう!まだ食うのか!」
「デザート食べる前にミカド君が出て行っちゃうからじゃん」
「尾行中に呑気にデザートまで食う奴があるか」
「次パンケーキ頼も。あとカルピス」
「まだ食うのか!?」
どうやら情報料の一環としてお代はミカドが持つことになっているらしい。ミカドも本日二杯目のコーヒーを口に含み、少しでも気分を和らげようとしていた。
「コーヒー好きなんだ。さっきも飲んでたし」
「…嫌いではない」
コーヒーを飲むミカドをまたしてもレンズに収めるホリチエ。今時店内で写真を撮るのは珍しくないが、一眼レフとなると流石に目立つ。しかし、やはりお気に召さなかったようだ。
「そう勝手にパシャパシャ撮るのなら少しは教えろ。貴様はアナザーライダーの何を知っている」
「アナザーライダーっていうんだ、アレ。ちょっと待ってホットケーキ食べちゃうから」
小さいのによく食べるものだ。なんだかホリチエが餌にがっつく齧歯類に見えてきた。
綺麗に皿の上とコップの中身を平らげると、満腹になったようで少し深めに息を吐いた。ようやく話に入ってくれるようだ。
「ミカド君はカラスの死骸って見たことある?」
「…なに?」
「スズメとかは結構道に落ちてたりするじゃん。でもカラスはあんなにいるのに死骸を見る人が少なすぎじゃない?」
話が始まったと思ったら話題は明後日で、ミカドがキレそうになる。言われてみればカラスの死骸は見たことが無いが、それが何だと言うのか。
「…カラスの死骸を回収する秘密結社がいるって聞いたら、信じる?」
「馬鹿を言うな、そんなことをして何の意味がある。いい加減アナザーライダーの事を話さなければ、そのカメラを叩き壊すぞ」
「知らない世界って意外と身近にあるって話だよ。
本当に知りたいなら見せてあげるよ、その知らない世界」
つまりホリチエはミカドが知らない世界を知っていて、アナザーライダーはそこにいるという事か。その口ぶりからハッキリと感じた。ミカドとホリチエの間には、何かの明確な『境界線』が存在している。
世界を救うため、ミカドは過去の世界にまで来たのだ。今更何も躊躇することはない。
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話は一度仕切り直しということになり、再集合の時間と場所がホリチエに指定された。時間は夜の9時、場所は板橋区……この時代では「19区」と呼ばれているらしい。
「お、来たね」
「当然だ。さっさと案内しろ、貴様が知る世界とやらにな」
「分かってるよ。それよりこれ見て」
「…なんだ」
ホリチエがミカドに見せたのは、カラスの死骸の写真だった。
「あの後、山の方に行ったらあったんだ。探せば見つかるもんだね」
じゃあ何だったんだ昼間の話は、と言いたくなるが一先ず落ち着くとしよう。
そんなミカドの気持ちも数刻後に裏切られることになる。
「大将、皮あと5本ちょうだい」
「だから!なぜ!また食っているんだ貴様!!」
勢いのままに連れてこられたのは焼き鳥屋。声を荒げるミカドに、ホリチエと他2人の客、店主とバイトの青年の視線が一斉に向けられる。非があるのはホリチエだがこれにはミカドも黙らざるを得ない。
この展開は予測できた。しかし、あれこれと話を丸めこめられ、いつの間にかこの有り様だ。この堀ちえという女、侮っていたが想像以上に食えないかもしれない。食ってばかりだが。
「クソっ…飯は美味い」
「ご飯が美味しいって思えるのは良い事だよね。食事こそが人生そのものだって、私の友達もいつも言ってる」
「楽観的な奴だな、貴様の友人は」
食事こそ人生。それなら隣で焼き鳥を酒で流し込み、顔を真っ赤にしてもう一人の客に絡んでいるあの太った中年男性の人生も見て取れる。楽しそうだが品があるとは言い難い。
ウザ絡みされている三白眼の青年は、執拗な絡みを無視しながら黙々と食事を進めている。まるで作業のように表情を変えず食べているが、あれが人生なら多くの者は御免被るだろう。
「ももと…あと皮もっかい追加で」
この女の人生は自由が過ぎる気がする。
結局ミカドが全額払う事になった。今のところ財布として使われているだけで、そろそろミカドの堪忍袋の緒が限界を迎えそうになっている。
「そろそろかな」
「何の話だ。そろそろ俺が貴様を殴ってしまいそうって話か?」
「ついて来てミカド君。できるだけ静かに」
ホリチエが向かう先は人通りが少ない道。浮世から離れていくのを感じる。ホリチエもようやくその気になったということだろうか。
「知らない世界」と彼女は言った。裏社会か何かだとすれば、怪人が支配する世界で育ったミカドにとって、特段恐れるものも驚くものも無い。
「……いた、静かにしてて。近頃は色々あって大人しくなってるらしいけど、19区は気性の荒いのがチラホラいるんだ。私の見立てだと今日も来るはず」
「何の話だ。獣でも出るのか?こんな街中に」
「最後にもう一回確認するよ。私みたいなおかしめな人なら全然いいと思うんだけど…」
一応自分が変人だという自覚はあったのか、とミカドが驚く。まぁこんな物騒が起こりそうな場所でウキウキしてカメラを構える小型27歳が変人以外の何だという話だが。
「そうじゃないなら、あんま立ち入らない方がいいと思うよ。普通に危ないし、多分精神的にも」
「ふざけるな。それがアナザーライダーを逃す理由になるか。悪を殺し、世界を変えるためだ。俺自身の事などとうに捨て置いている」
「んー……警告はしたよ、一応」
その時、ミカドが人の気配を感じ取った。ホリチエも勘が鋭いのかミカドの腕を引き、建物の影に隠れる。
「あれは……驚かせるな、さっきの酔っ払いじゃないか」
ミカドが期待外れというように吐き捨てる。彼の言う通り、深夜の道に現れたのはさっきの焼き鳥屋にいた中年男性だった。ホリチエはスマホ画面で何かを確認しながら動いていたが、もしやこの男に発信機を付けて尾行していたのか。
家が無いからいいものの、深夜だというのに随分と喧しく歩くものだ。もし通行人でも来てみろ、と思っていたら本当に通行人が現れ、ふらふらと動く酔っ払いとぶつかってしまった。
見ていられるかと去ろうとするミカドを、ホリチエが引き止めた。その目とレンズは、今この光景に何かがあると訴えかけているようだ。
「おいおいぃ…危ないだろぉ!人が気持ちよく歩いてるのにさぁ!」
またウザ絡みが始まった。暗い中にあんなフラフラ動かれたらぶつかるのも無理はないだろうが、あの男の頭に非を認めるという思考は抜け落ちているようだ。
「ほらぁ謝んなさいよ!お金ぇ!誠意見せたらどうなのぉ!?」
フードを被って分かりづらいが、ぶつかったのは高校生くらいの若い男か。大人しそうなのを良い事に、酔っ払いは男に絡んで逃がそうとせず、金まで要求し始めた。
「ってぇ…あれぇ、なんだ!あんたさっきの店で───」
ヒュンと風を切る何かが聞こえ、バツンと何かが千切れると、ストンと酔っ払いが道に倒れた。
酔っ払いにも何が起きたか分かっていない。急にバランスが崩れたと思うと、酔いの奥から洪水のように痛みが溢れ出す。
痛みだけじゃない。暗闇の中で自分の右足から流れ出る、鉄の香り。
血だ。厳密に言えば、
「あ…あああああああああっ!!?!!足が!足があああああっ!?!!?」
「うっせぇ」
パーカーの青年が酔っ払いの顔を踏みつけ、口を塞いだ。
その光景にミカドも目を見開く。暗くて見えなかったが、あの青年は一瞬で酔っ払い中年の右足を引きちぎったのは確かだ。
何故なら、街灯に照らされた青年が、血がしたたり落ちる右足を持ち上げていたのだから。
「掘……これは一体…ッ!?」
ホリチエはそのショッキングな状況でミカドに「静かに」と合図をすると、カメラを構えた。助けに行くな、そう言っているようだった。
「酒の匂いがキツいんだよおっさん。分かんねぇな、あんなクッセぇもん飲んで何がいいんだか」
パーカーの青年は千切れた右足から靴を脱がせ、ズボンの裾を取り外すと、断面から落ちる血を自分の口に流し入れ始めた。その異常な光景に中年が叫びを上げるが、青年の足がその声を踏み潰す。
「はぁ…うめぇ。お前らヒトも、あんなもんよりコッチ飲めりゃいいのにな」
血だけで終わらない。青年は右足の太ももに齧りつき、歯で皮を剥いでは肉と一緒に口に含んで咀嚼し、飲み込む。そして幸せそうな吐息をついた。
(なんだこれは…!?あの男、人間を喰っているのか!?)
怪物が人間を喰うのは分かる。魔化魍やミラーモンスターは人の肉を好んで喰うという事例をミカドは知っているし、仲間から何人も犠牲者が出た。
しかし、あの青年はどう見てもヒトの形をしている。
ヒトの姿をした何かが、ちょうど骨付きチキンのように人間の足を喰うのを、持ち主である中年に見せつけて楽しんでいる。
「あれは“
「…これが知らない世界というわけか。もう十分だ、俺があの怪物を殺せばいいだけのこと!」
「あっ、だから出ちゃ駄目だって…」
あの中年男性を助ける理由は無いが、助けない理由も無い。ミカドは飛び出し、ケラケラ笑いながら足を齧る喰種の青年を、通り抜けざまに蹴り飛ばした。
「痛って…なんだ、もう一人いたのか?」
「人喰いのバケモノが。今すぐに駆除して……」
喰種の正面に立ったミカドが、その顔を見て絶句した。
ついさっき見覚えのある顔、その青年はさっきの焼き鳥屋のバイト店員。
少し考えれば当然のこと。人と同じ姿をしているなら、人間社会に溶け込んで生きるのが自然だ。
しかし、考えれば考えるほど事実は凄惨だ。
つまりこの喰種は人間として店で働き、美味そうな客を見つけては帰り際に襲って捕食していたということ。
「…吐き気がするな!」
向き合えば向き合うほど人にしか見えず、その気持ちの悪さを振り払うようにミカドは喰種に殴りかかった。
しかし、喰種はそれをあっさりと受け止め、ミカドの腕を引き千切ろうとする。とんでもない反射と腕力。見た目は人間だとしても、体の作りは完全に怪人のそれだ。
掴まれた腕を振り払えない。それならばと、ミカドは腕に力を込めて喰種の体を引き寄せ、そのまま建物の壁に叩きつける。そして足で思いきり喰種の腕を踏みつけ、ようやく手が離れた。
「あ゛ぁっ!?お前、
「眼が腐っているのかバケモノ。俺のどこが鳥に見える」
「ただの強いパンピーかよ。って…あれ、あんたもさっきの客じゃね?」
喰種の腕を折ったつもりが、気付けばもう元に戻っている。
そうミカドが驚いている内に、喰種もミカドの顔の見覚えに気付いたようだ。
「あんたそこのオッサンと違ってマナー良かったな。たくさん頼んでくれるし、美味そうに食いやがるし、いい客だったなって店長と話したよ」
少し嬉しそうに語る喰種に、ミカドの殺意が揺らいだ。
人喰いだと分かっていながらも、顔を合わせるほどにその人の姿が思考に染みる。普通ならそこで腕が鈍ってしまうかもしれない。
だがミカドの過去が、今から見れば未来が、現実を叩きつける。
人に化ける。人が成る。友好的に振舞う。そんな怪人はいくらでもいた。そして遭遇するたびに思い知らされる。
「常連さんとか、そういういい客をさぁ…ひと思いに喰っちまうのが最高なんだよなァ!!」
殺意と食欲のボルテージに呼応して喰種の両目に血液が集まるように、白目が黒く、黒目が真っ赤に染まり上がった。これが喰種の証である“赫眼”だ。
そして、もう一つの喰種の証も顕現する。
背中の皮膚を突き破り、全身に迸る“Rc細胞”が流動する筋肉となって触手を形成した。喰種の捕食器官“
「ところであんた…美味そうな匂いしてんじゃねぇかあああ!」
ドードー鳥のような仮面を付け、怪物としての全てを以て喰種はミカドを次の品として定めた。そこから感じるのは純然たる欲と悪意の塊。
ミカドは未来で知らしめられた。人ならざる力を持つ者の本質は、悪だと。
知らない世界とは往々にして意外なほど近くにあるものだ。
例えば不思議の国のアリスのように。しかし、ウサギを追ったその先にある世界に、体を縮める小瓶が、体を大きくするクッキーがあると、どうして言い切れるだろうか。
そこにあるのはきっと残酷な世界。理不尽ばかりが自分を苦しめ、殺す、自然に歪で間違って正しいワンダーランド。
『ある日、壁に穴が開いた』
『あぁ僕の愛しい隣人。ずっとずっと会いたかった』
『声を聴いて想像してた。やっぱり君は───』
『甘くて美味しそうな、お菓子だった』
『いただきます』
高槻泉/「吊るしビトのマクガフィン」より───
ホリチエは小説版東京喰種で初登場し、東京喰種;reで準レギュラーとして活躍したキャラです。ホリチエが出るのでアイツも出ます。
時系列は:reの数年後ですが、大きく歴史が改変されているためかなり状況が異なります。原作未読の方も楽しめるように頑張りますが、キャラを調べるくらいしていただけるとわかりやすいかもです。
次回、ミカドは喰種の世界の深層へ。
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