仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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闘魂!輝きの焔!

「朝陽いぃぃぃっ!元気か!おにぎり持ってきた!今日は鮭もあるぞ!」

 

「うん、元気。ありがとう一晴」

 

 

あれ以来、食料を持ってくる係は一晴になった。

 

彼は底抜けに明るく、朝陽とも気が合う少年だった。話すのが不得手で遊びにも付き合えない朝陽が相手でも、心から楽しんでいるのが伝わってきた。だから朝陽も、生まれて初めて楽しいと感じるようになった。

 

相変わらず外を歩けたりはしないが、朝陽の生活はそれだけで一変した。誰かがいるだけで息をすることに価値を感じられるようになった。

 

それだけに、一晴がいない時間は一層寂しく感じるようになった。

もし一晴が帰る時、自分もついて行けたなら。こんな小屋を抜け出して一晴と居られたなら。そんなことを夢にまで見るようになった。

 

そんな日々が続いて数年後のことだ。一晴は変わった話題を持ち出して来た。

 

 

「これ見てくれよ!この石みたいなやつ!」

 

「なにこれ…目玉?」

 

「だよな!朝陽もそう見えるよな!友達の家の蔵にあってよ!それで色々調べてみたらうちの蔵にもそれっぽい書物があったんだ!」

 

「友達…」

 

 

朝陽が言うには、かなり昔にこの内浦にやって来た異邦人が残した書らしい。その目玉は『眼魂』と呼ばれ、何やらとんでもないものだという。

 

それから一晴はその眼魂の謎にのめり込むようになった。たまに内浦を飛び出してまでその異邦人の足跡を追うこともあり、朝陽に会いに来る頻度が少しだけ減った。

 

それからまたしばらく経った。その日はいつにも増して上機嫌で元気に、朝陽の小屋に一晴はやって来た。

 

 

「わかったぞ朝陽!この眼魂の正体、誰が作ったのか!お前にも見せたいものがあるんだ!今日の夜は雲が厚い!外に出るぞ!」

 

 

言われたのは、これまたとんでもない一言。

 

外に出るぞと言われても全く実感が湧かなかった。別に出れなかったわけじゃない。月明りなら肌も耐えられるが、転んだり獣に襲われればそのまま死んでしまう。出る理由が無かっただけだ。

 

でも、その日は一晴が久しぶりに来てくれた。思いに応えたくて、意を決して外に出ることにした。

 

 

小屋の戸の前に立ったのはいつぶりだろう。体に包帯を巻き、一晴の手にひかれ、戸の先の世界に踏み出した。

 

 

「……っ…!」

 

「どうだ、大丈夫か?歩けるか?」

 

「うん…大丈夫。あぁ、うん…やっぱ駄目かも。ちょっと泣きそう」

 

「どっか折れたか!?肌大丈夫か!?」

 

 

外界と別れたのは物心もつかない頃。忘れていたのだ、こんなにも世界が広いという事を。

 

包帯を撫でる風を、足裏が踏む土から生を感じながら、一晴に連れられた場所にあったのは眼の紋章が刻まれた岩の板だった。

 

 

「聞いて驚け!これはなんと別世界のものらしいんだ!」

 

「別…世界…!…?」

 

 

この世界のことすら知らない朝陽にとって未知の概念だ。

 

 

「眼魂を作ったのもその別世界の人間で!この石板は別世界と通じてたんだ!この眼魂を使ってみたらなんと!眼魂を作った本人と話せた!」

 

「作った本人って、何言ってんのさ。そんな昔のもの作った人なんて生きてるわけない」

 

「別世界の住人は不老不死なんだ!なんでか分かるか?眼魂こそ住人の体なんだ!この眼魂に魂を移して永遠の命を創り出したんだ!」

 

「眼魂に魂を移す…って……!」

 

「そうだ朝陽!俺が眼魂を作れるようになれば、お前に丈夫な体を作ってやれる!」

 

 

望んでも望んでも足りなくて、いつしかそれすらやめた、そんな望みだった。

 

一晴曰く、眼魂を作った誰かを『先生』と呼び、教えを乞いているらしい。対話ができるのは日中のみらしく、朝陽は話すことができないのが少し残念だったが。

 

一晴の近況報告はいつも芳しく、朝陽の期待も高まっていった。

退屈だった一人の時間は、体を手に入れたら何をしたいかを考える事にした。まずは思いきり走りたい。次に太陽の下で昼寝がしたい。そんな妄想をする毎日が楽しくて仕方なかった。

 

 

それからまた数年が経過した。世の中ではまた大きな戦争が始まったらしい。戸籍を持たず労働力にもならない朝陽にとってはさほど関係の無いことだ。

 

 

「朝陽!これ何か分かるか!?そう、鞘だ!刀の鞘!先生が美作の地から持ち帰った、かの大剣豪・宮本武蔵の刀の鞘だ!」

 

「刀…?剣豪?みやもとむさし…?」

 

「あ、そうか。朝陽は歴史とかあんまし知らねぇか!でも歴史を知ることは大事だぞ!先人の意志を繋ぐことができる!過去を知るという行為そのものが偉大なんだ!」

 

 

その宮本武蔵の遺品を持ってどうするのかと尋ねたところ、一晴はこう答えた。「宮本武蔵の魂を眼魂にする」と。

 

 

「魂ってのは情報なんだ。この鞘に残った情報から武蔵を再現する。俺の考えとしては人々が持つ武蔵の人格像を総括すれば…そう、あとあの石板。先生が言うにはあの石板にはどんな願いも叶える力があるらしいんだ。その力を使って…」

 

 

彼の話は朝陽の理解をとうに超えていた。分かるのは後になるが、一晴は眼魂の研究において別世界から見ても天才と呼ばれる程だったらしい。

 

『先生』とやらが言うには、別世界の住人がこちらの世界に攻め込もうとしているとのこと。その対策を一晴と共に行っているらしいのだ。

 

石板に宿る『神様』と繋がるには、別世界にある15の『力』が必要。一晴はそれを偉人の魂を宿した眼魂で代用しようと提案した。先生の協力で偉人の遺品は続々と集まっていった。

 

 

「こっちが江戸の大泥棒、石川五右衛門の煙管!こっちは米国の手品師、ハリーフーディーニが手品に使っていた手錠!こいつは中華民国のお坊さん、三蔵法師が持ち帰った経典…の一部を先生が破ってきたものだ!」

 

「先生罰当たりだね…それに米国って戦争してる外国の?外国の歴史まで知ってるんだ一晴」

 

「先生が教えてくれたんだ!長く生きてるだけあって、色んな国の色んな話知ってるんだぜ!」

 

 

遺品は15個揃い、英雄眼魂の制作が始まった。これが完成すれば別世界への対抗力、もしくは抑止力になるらしい。世界を守る大儀すら一晴は背負っている。

 

だから朝陽は言い出せなかった。『僕はいつになったら体が手に入るの』とは。

 

 

朝陽は小屋の中で思いを募らせたまま、再び時間が経過する。

 

 

「俺、結婚する!」

 

「…はい?」

 

 

また眼魂研究の話かと思いきや、一晴が出した話題は斜め上を貫くものだった。なんでも眼魂を初めて発見した家の『友達』とやらが女性で、彼女といい関係になり結婚を決めたらしい。

 

 

「俺、もう大人になるだろ?そしたら戦争に行かなきゃいけねぇ。これまで誤魔化して眼魂の研究してきたけど、もう無理だ。その前に家族を持っておきたかったんだ」

 

「そ…っか。おめでとう、一晴」

 

「ありがとう!今度ここにも連れてくるよ!きっと気が合うぜ!」

 

 

めでたい報告だ。友人として喜ばしいことこの上ない。

…そう思うのが正しいのだろう。朝陽だって、心の底から喜びたかった。

 

 

真っ先に朝陽に浮かんだのが、妬みだった。

 

若くして英雄と呼ばれるに相応しい功績を残し、幸せを手にしようとしている一晴。では朝陽はどうだ?今この時間が幸せと呼べるか?

 

一晴と出会った日のことが、外に連れ出された日のことが忘れられない。あれから健康な体に焦がれ、太陽の光を求め、普通の人生が欲しくてしょうがなくなった。

 

このまま何もできないまま死にたくない。不平等だ。理不尽だ。

忘れかけていた恨みが激しく燃え始めた。死に対する恐怖もまた、朝陽を蝕んでいった。

 

 

一晴がとても嬉しそうに小屋に飛び込んできた。

子供が生まれるらしい。その時大きく開いた瞳に映ったのは、今にも折れそうな自分の腕と朽ちかけた肌。

 

 

「…うるさい」

 

 

そう、言葉に出してしまった。

 

 

「朝陽……?」

 

「なんで…なんで一晴ばかり!僕は?僕の体は!?一晴言ったよな!僕に体をくれるって!あれから何年経った?どれだけの時間、僕が焦がれたと思ってる!?」

 

「っ…!違うんだ朝陽!それは…!」

 

「求めるものは一向に手に入らない!こんな死んでしまいそうな体で毎日を生き抜き続けても、一晴だけが何かを成し遂げる!幸せになる!なんだよそれ…!眼魂の研究だって英雄眼魂ばかりだ!僕の事なんてどうでもいいんだろ!」

 

「話を聞いてくれ!俺はちゃんとお前を!」

 

「何も持てない僕に見せつけて悦に浸っているんだろ!君なんか…!!」

 

 

大きな声を出したせいで喉が耐えられず、激しい咳と共に朝陽の口から血が落ちる。成長したところで、朝陽の体にはこの程度も許されない。

 

 

「朝陽!」

 

「……来るなよ。もう…いい。こんな奴を構ってたって、君の人生には邪魔だろ…!」

 

「お前何言って…!」

 

「戦争に行くんだろ…さっさと行けよ。それで…そのままここに来なけりゃいい」

 

 

掠れた弱々しい声で、朝陽は下を向いたまま一晴を突き放した。

今はただ自分が惨めで、それ以外の事を考えられなかった。一晴がいなくなっていたことに気付いたのは夜になってからだった。

 

 

 

それから一晴は朝陽に会いに来なくなった。

 

食べ物だけは別の誰かが置いていく。結局のところ、一晴もあの糞両親と同じだったということだ。朝陽はそう結論付け、また一人の時間を過ごした。

 

 

1945年の夏。第二次世界大戦末期。

午前一時、アメリカ軍の飛行機が投下した無数の焼夷弾で、沼津の街は壊し尽くされた。

 

アメリカ軍の作戦では空襲の対象は沼津市のみ。

しかし、日本の人々はそんな事を知らない。()()()()()()()()()()()()()()()が敵国の仕業じゃないことを知る由も無い。

 

 

「何が起こってるんだ…!」

 

 

爆発の音が近い。小屋に入り込む光が赤い。パチパチと炎が散る音が聞こえる。

 

一晴から聞いたことがある。空襲だ。

そんな思考で一晴の名前が浮かんだ時、朝陽は何も考えられず小屋を飛び出していた。

 

その日も雲の厚い夜だった。戸を開けると山の麓の家々が燃えていた。

一晴は戦争に行っているのだから、自分がそう突き放したのだからここには居ない。そう分かっていても、朝陽は生まれて初めて走ったのだ。

 

 

「一晴…!一晴!」

 

 

体が炎に近づくほど、肌が激しく痛む。足を進める度に、死が近づいていたのが分かった。それでもいいと思った。自分が拒絶したくせに、一晴が来ないなら生きていてもしょうがないなんて思ったから。

 

人里が見えるところまで降りて来た朝陽が見たのは破壊された家、燃えあがる炎、人の死体。そして、人を狩る怪物たちの姿だった。

 

 

「貴様、見えているのか」

 

 

呆然としていた朝陽に、一体だけ異なる姿の黒い怪物が声を掛けた。

その時、朝陽は一晴が置いて行った眼魂を持っていた。だから眼魔の姿が見えてしまったのだ。

 

 

「見えているなら答えろ、高海一晴という人間は何処にいる」

 

 

全てを察するには十分な言葉だった。この怪物たちは別世界の存在。自分たちを脅かす一晴を殺すためだけに、ここを襲ったのだ。

 

 

「知らない……!そんな人、聞いたこともない!」

 

「そうか。奴と関連があると思ったが、稀にいる我々の不可視結界の対象にならない特異体質の人間というわけか。ならば此処には居ない可能性もあるな。あの愚弟め…面倒な要素を残したものだ」

 

 

怪物は独り言を吐くと、朝陽の体を眺めた。

そして、

 

 

「っは…ぁッ……!?」

 

 

朝陽の体を怪物の脚が蹴り砕いた。

それは、彼の脆い体を確実に死に至らしめる一撃。

 

 

「憐れだな。そんな不完全な体で生まれたこと自体が、消えない過ちだ。生きる意味もないだろう」

 

 

生きる意味もない。確かにその通りかもしれない。

違う。朝陽はきっと生きてすらいなかったのだ。

 

 

そして誰にも知られないまま、朝陽は死んだ。

 

 

 

不思議なことに、目が覚めた。

あの世かと思った。すぐに違うと理解した。そこは、あの別世界に通じる石板『モノリス』の前だったのだから。

 

 

しかし死んでいるのは分かった。体が透けて、浮かぶことができる。いわゆる幽霊になったのかもしれない。しかし不思議なことに、死ぬ前のような弱々しい体ではなくなっていた。

 

 

ただし、朝陽の体もモノリスも、人には見えないようだ。

誰にも気づかれないまま長い時間を過ごした。太陽の下で過ごすことができたのは嬉しかったが、光は朝陽の体をすり抜けてしまう。太陽を感じることはできなかった。

 

一晴に出会う前のあの時と、何も変わらないじゃないか。あの時と違って死ぬことができないだけ。

 

 

そしてまた孤独に、長い時間を過ごした。どうやら戦争は終わったようで、あの時のような惨劇が起こることはそれ以来無かった。なんで自分がこうして存在できているのかを考えるのもすぐにやめた。

 

 

「罰だよね、きっと…」

 

 

長い時間で考えた。自分がいかに愚かだったのかをようやく理解した。

朝陽はただ厚かましく望んでいただけだった。自分から何をすることもなく、偉大な友人に全てを期待して放棄していた。自分が世界で一番不幸だと思い込んでいた。

 

余程の屑野郎も大馬鹿も朝陽だった。意味もなく死んだように生きたまま、本当に死んだ。しかも幽霊にまで成り果てるしぶとさ。考えれば考えるほど嫌になる。

 

 

もし、もしもの話だ。あの時みたいに誰かに見つけられたのなら、今度は自分がその誰かの助けになってあげられるだろうか。

 

その時のために考えよう。今を生きるその誰かに、朝陽は何を教えられるのだろう。一晴が話してくれた世界の事を、見せてくれたその生き様を、ちゃんと教えられるように自分の中で言葉にしておこう。時間ならきっと、いくらでもある。

 

もし今度誰かに会えたなら、僕にとっての君のように───英雄になれるかな。

 

 

 

「おにいちゃん、だれ?」

 

 

 

______________

 

 

 

本当に長い走馬灯だった。刻限が訪れ、朝陽は消滅した。今度こそ本当に死んだのだ。

 

 

「ここは本当にあの世かな…あぁ、成れなかったなぁ。僕は何も出来なかった。やっぱり僕が英雄になんか……なれるわけなかったんだ」

 

「何言ってんだお前!ほんっと、馬鹿なのは変わってねぇな!」

 

 

久しく聞いていなかった。でも確かに聞き慣れた熱い声が、朝陽の肩を叩いた。振り返って、そこにいたのは彼だ。なるほど、やはりここはあの世みたいだ。

 

 

「一晴…!」

 

「よっ、久しぶりだな!いやぁ、久しぶりじゃねぇんだけどな。なんてったって俺は……」

 

 

身勝手に突き放したあの時を最後に会えなかった親友がいた。一晴が何かを言いかけたようだったが、朝陽はその姿を見るや否や、彼の前で泣き崩れた。

 

 

「おいおい、いきなり泣くなよ!」

 

「ごめん…ごめん一晴!ずっと謝りたかった!君にばかり期待して、僕は君に何も出来なかったくせに!ごめんなさい!僕は…僕は…!」

 

「大丈夫だよ。知ってるよ、お前の気持ちなんか。なにせ、ずーっと見てたからなお前のこと!」

 

「見てた…?」

 

「お前は知らねぇだろ?あの後、何があったのか」

 

 

________________

 

 

内浦が空襲の被害にあったと聞いて、一晴は勝手に内浦に戻って来た。

死人も少なくはなかったが、彼の妻と赤子の子供は無事だった。しかし、山に向かった彼は、眼魔に殺された朝陽の遺体を見つけることになる。

 

 

「朝陽…っ…!」

 

 

その次の行動を、一晴は迷わなかった。

朝陽の遺体をモノリスの前に運び、試作品の15英雄眼魂で紋章が描かれた紙の上に陣を作る。そして、目薬のような薬品を紋章に垂らし、儀式が始まった。

 

 

「悪かったな朝陽。お前の体を用意するって話、やろうと思えばできたんだ。でも、今そうしちまえばお前は戦争に行かなきゃいけなくなる。死なねぇ体ってことで、眼魂も戦争に使われる。お前が道具みたいに使われるのだけは…嫌だったんだ」

 

 

だから一晴はグレートアイの力で『戦争を終わらせる』という願いを叶えようとしてた。その後の世界なら朝陽が幸せに生きられると、そう思ったから。

 

 

「やっぱ不完全、これじゃ願いを叶えるのは無理だ。だったら一旦眼魂を遺品の形に戻すまで力を使って、できるだけグレートアイから力を絞り出して動力にする!遺品でもできたんだから遺体がありゃ簡単だ!朝陽、お前を眼魂にする!」

 

 

生きた人間ならともかく、死人を眼魂にするなんて神業に等しい。しかし英雄眼魂を作ってみせた一晴なら可能。

 

ただ、それは対象が死してなお生者を超える魂を誇る、英雄ならばの話だ。

 

 

「魂の強さが足りない…偉人ならまだしも、眼魂にするには朝陽の魂の情報が弱すぎる…!朝陽の魂で足りない分、別の魂を使えれば……」

 

 

一晴はまたしても迷う事をしなかった。

グレートアイから引き出した力の全てを使い、自分の命を使って眼魂を作り上げたのだ。

 

 

「悪かったな、遅くなっちまった。願いを叶えてやれなかった。だから今度は…生きろ、朝陽!」

 

 

 

______________

 

 

 

「…と、いうわけだ!つまりお前のオレ眼魂は俺の魂が宿ってたってことよ!…って、あんま嬉しそうじゃない!?」

 

「……そりゃ、そうに決まってる!なんで…君が死ななきゃいけなかったんだ!僕なんかのために!」

 

 

朝陽にとってその事実は耐えがたいものだった。

何も出来なかったどころか、自分のせいで一晴は死んだ。一晴には家族もいて、素晴らしい才能もあって、あの後すぐに戦争も終わった。輝かしい幸せな人生が待っていたはずなのだ。

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ!誰のおかげで俺や、俺の子やカミさんが生きてたと思ってんだ?お前があの時、眼魔に嘘ついたからアイツらが退散したし、こっちに向かってた俺も見つからずに済んだんだ」

 

「僕の記憶見たんだ…でも、それで君が死んだら意味ないだろ!」

 

「いいんだよ!意味はあったんだ!だって、お前は今から99日間また復活するんだからな!」

 

「……え?」

 

「俺とお前の魂は繋がってる。お前が俺の眼魂で変身できてたのはそういうワケだ!つまり、今から俺がお前の身代わりになる。朝陽、お前はまた蘇るんだ」

 

 

言葉にできない感情が朝陽の中に湧き上がった。

 

また一晴が朝陽の代わりに死ぬ。

悲しい気持ちも当然あって、それでも嬉しいと思ってしまう自分もいて、怒りもある。何を外に出せばいいのかわからない。そんな中で、朝陽が言葉として選んだのは……

 

 

「……君が生き返ればいいじゃないか」

 

「あ?」

 

「僕じゃなくて、君が生き返ればいいだろ!僕じゃ戻っても何も出来ない!そうだ、君に会って欲しい子もいるんだ!千歌ちゃんだってきっと、君と会えた方が嬉しいに決まって……」

 

「んの…馬鹿野郎がぁっ!!」

 

 

一晴は助走をつけ、とにかく全力で一発、朝陽の顔面を思いっきり殴った。

現実を超えるような鮮烈な痛みの感覚。戦いで感じた痛みより、生きていた頃に感じたどの苦しみより、その一発は痛かった。

 

 

「あースッキリした!生きてた時はお前を殴ったら死んじまいそうだったけど、その無っっ駄に暗い面、一発ぶん殴ってやりたかったんだ」

 

「一晴…!?」

 

「お前いっつも不幸せみたいな顔しやがって!そんなに俺といるのが嫌なのかよ!なぁ!」

 

「…っ、そんなことない!君のお陰で僕は生きる意味が知れた!君がいなけりゃ、僕はずっと前に死んでた!君は…僕の英雄なんだ!」

 

「分かってんじゃねぇか!楽しかったんだろ?生きてて良かったって、そう思ったんだろ?千歌と…アイツらと一緒にいた時はどうだったんだよ!?」

 

 

そんなの考えるまでもない。千歌が見つけてくれた時からずっと幸せだった。仮面ライダーになってからは実体化もできるようになり、曜や果南とも触れあい、喋れるようになった。

 

梨子が東京から来て、Aqoursが始まった。そこに加わった花丸はお寺の子で、随分と興味を持たれた。あとルビィとダイヤからはスクールアイドルのことをたくさん聞いて好きになった。善子はよく分からない事をずっと言っていて、鞠莉はアメリカ人とのハーフらしく、時代は変わったなと驚いた。

 

皆と一緒に東京にも行った。蔵真が祓おうとしてきたけど、分かり合えた。初めて太陽を浴びて、海で泳いで、あんなにたくさんの友達と笑い合って……

 

「生きてあげられなかった」じゃない。ずっと望んでいたものは、とっくに手に入っていた。千歌が見つけてくれたその瞬間から、朝陽は確かに生きていたんだ。

 

 

「………死にたくないなぁ…」

 

 

今、生まれて初めて命が惜しい。何ができるかとかじゃなくて、ただ身勝手にあの場所へ帰りたい。皆にまた会いたい。

 

 

「だろ。だから帰るんだ」

 

「でも…一晴は……!」

 

「俺はいいんだよ!俺は人生をはちゃめちゃに楽しんだ!お前ができなかった分までな。だから今度は、お前が俺の分まで生きて来い!千歌を頼んだぞ」

 

 

朝陽の胸に一晴の拳が触れる。一晴の姿が光になって朝陽の中に吸い込まれ、笑顔のまま消えていく。

 

 

「英雄になれよ、朝陽」

 

「ありがとう一晴……君の想いは、僕が繋ぐ…!」

 

 

命を感じる。空を覆う雲が消えていき、暖かい光が朝陽を内から照らす。

ずっと焦がれていた太陽は、もう朝陽の中で燃え盛っていた。

 

 

_________________

 

 

 

「何が起こっている…!?」

 

 

ネクロムが驚嘆の声を漏らした。ついさっき、朝陽は確かに消滅したはずだ。

それは、余りに突然訪れた奇跡だった。雨が止んで雲が消え去り、眩いばかりの太陽が世界を照らした。その光から舞い降りたオレンジの風が、スペリオル・スピアとネクロムを弾き飛ばす。

 

 

「…ただいま、みんな!」

 

「朝陽くんが……生き返った!」

 

「馬鹿な!いや、問題ない。再び倒せばいい話だ」

 

 

千歌たちが英雄眼魂を持っている。朝陽が消えた後、ネクロムに渡さないよう抵抗していたのだろう。本当に、彼女たちの勇敢さには頭が下がる。

 

 

「やっぱり、君たちも立派に英雄だよ。僕だけだった、僕だけが何もかも半端で、本気で生きようとしてなかった。だから次は僕だ。僕だって、皆みたいに輝いてみせる!」

 

 

朝陽の魂は弱く小さく、眼魂を作るに至らなかった。それは昔の話だ。

長い時間と戦い、出会い、体験を経て、朝陽の魂は成長した。そして過去と向き合い、親友と向き合って、その魂は遂に完成した。

 

ゴーストドライバーの出現と同時に、一つの眼魂が誕生する。

黒い眼魂が起動と同時に燃え上がった。朝陽自身の魂を宿した燃える眼魂、その姿は太陽そのもの。

 

 

《一発闘魂!》

《アーイ!》

《バッチリミナー!バッチリミナー!》

 

「変身!」

 

 

印を結び、現れた黒と赤のパーカーゴーストが右腕を突き上げる。炎の中で朝陽が思うまま、パーカーは自由に激しく踊り続ける。

 

 

《闘魂!カイガン!ブースト!》

《俺がブースト!奮い立つゴースト!》

 

 

レバーアクションで朝陽の姿が真っ赤なトランジェントに変わり、そこにパーカーゴーストが一体化して全く新しいゴーストが誕生した。

 

意識に焼き付く黒と赤の二色。体とパーカー随所に燃える炎の意匠、闘志が漲る複眼模様とウィスプホーン。その全てが今の朝陽を表したような姿。

 

仮面ライダーゴースト 闘魂ブースト魂!!

 

 

「僕は初めて、心からこの言葉を言うかもしれない。命……燃やすぜ!」

 

「姿が変わったところで!」

 

《カイガン!ガリレオ!》

《天体!知りたい!星いっぱい!》

 

 

進化したゴーストに対し、ネクロムは再びガリレオ魂に変身。

しかし、気付いた時にはゴーストが肉薄していた。防御の隙も無く、黒い炎を纏った拳がネクロムに炸裂。

 

 

「なんだと…!?」

 

 

受け身だったこれまでのゴーストの戦闘とはまるで違う。最初から闘気を剥き出しにし、一撃でネクロムを沈めに来ていた。

 

 

(何があった!?本当に同一人物か?まるで別───)

 

 

思考している間にも、ゴーストは休まず攻撃を仕掛けてくる。

ネクロムは咄嗟にガリレオ魂の能力を発動し、ネクロムの体を中心にゴーストを反対側まで回転させた。

 

だが、ゴーストは勢いを止めずに方向を反転し攻撃を当てた。一切衰えない炎の連撃がネクロムを捕え、ガリレオ眼魂がダメージで弾き飛ばされてしまう。

 

 

「まだまだ!僕はここで必ず、君を倒す!」

 

「黙れ…!霊体のくせに!」

 

 

ネクロムに手段を選んでいる余裕はない。残った手であるサンゾウ眼魂をドライバーに叩き入れ、白い僧衣のパーカーを召喚し纏った。

 

 

《カイガン!サンゾウ!》

《サル、ブタ、カッパ!天竺を突破!》

 

 

背中の『ゴコウリン』を掴み、ゴーストへ投げつける。

それに対しゴーストは、ドライバーから新たな武器を呼び出した。

 

真っ赤な剣。少し風変りなのは、柄の部分に何故かサングラスが付いている所か。

 

 

「サングラスの剣!えっと……サングラスラッシャー!」

「千歌ちゃん採用!これは今からサングラスラッシャー!」

 

「朝陽さんやっぱり千歌ちゃんに甘いような…」

 

 

爆速命名式に梨子が呆れているうちに、ゴーストはゴコウリンをサングラスラッシャーで叩き切った。

 

太陽の光を受けて輝き燃える刀身。強く一閃、防御を崩す。激しく二閃、ネクロムを追い詰める。熱く三閃、その斬撃が深くネクロムに刻み付いた。

 

 

「アリオス、君が叶えたい願いってなに?」

 

「何度も…言わせるな!完璧な世界!それを創造し、支配する力だ!私は完璧な存在になり、世界を救う責務がある!」

 

「完璧な存在なんていないよ。人間は一人じゃ不完全もいいとこで、誰かの手を借りないと生きてすらいけない。でも、不完全を集めて繋げればなんだってできる。命が無い僕だって、生きていけるんだ!」

 

「ふざけるな…!認めないっ!一度死に、命すら持たない最も不完全な存在に!私が負けていいはずがないんだ!」

 

「君一人が正しい世界は絶対に間違ってる。僕は僕が生きる世界のため、皆が笑って生きられる世界のために!だから僕は、ここで君を倒す!」

 

 

《闘魂!ダイカイガン!》

 

 

レバーアクションで赤黒く燃える紋章が、ゴーストの後ろに浮かび上がった。印を結んで炎が収束するのは、ゴーストの右足。

 

雄叫びを上げ、ゴーストが強く一歩を踏み出す。次の一歩も、次の一歩も、踏みしめる大地から命を感じながら、その全てを右足に込めて飛び上がり、ネクロムに放った。

 

 

《ブースト!》

《オメガドライブ!》

 

 

闘魂ブーストの水平跳び蹴りがヒットした瞬間、溢れ出した炎がネクロムを飲み込み、大爆発。

 

息を切らしたように朝陽の変身が解ける。

吹き飛ばされたアリオスは激しく地面で体を汚し、敗北を自覚し絶叫した。

 

 

「馬鹿な…!私が…負けるはずが無い…!私だけだ!私だけが、この世界を正しく導ける……!その、はずなのに…!なんで……っ!」

 

 

その叫びが引き金だったか、アリオスのゴーストドライバーが砕け散って消滅した。畳み掛ける絶望に、アリオスの叫びは言葉にすらならない。

 

 

「お嬢様!くっ……ここは退かせてもらう!」

 

 

スペクターと戦い続けていたジャレスがアリオスを保護し、ゲートを開いて眼魔世界へと逃げ帰ってしまった。

 

目的は眼魔の殲滅ではない。今は退けただけ大金星としよう。

何より、99日のタイムリミットを越えて朝陽が帰って来たのだ。

 

 

「と、いうわけで。これからまた99日、よろしくね!」

 

「この…バカぁーっ!!」

 

 

泣きそうな千歌が朝陽の顔をパンチする。いつもならすり抜けて空ぶる場面なのに、今回は避けられずしっかりと当たった。

 

 

「あれぇ!?ごめん朝陽くん!」

 

「いいよ、千歌ちゃんにも殴られなきゃって思ってた。僕の方こそごめん。今度は僕、一生懸命生きてみるから。はい、皆も一発ずつ殴っていいよ!」

 

「じゃあ俺が」

「私も一発。顔面でもいいよね?」

 

「蔵真さんマルの分もお願いするずら。ルビィちゃんの分も」

 

「えぇっ!?ルビィはそんな…」

 

「いいえルビィ、こういう落とし前は大事ですわ。特に!自分の命を粗末にするようなドッキリ好きの大バカ者には!では果南さん、わたくしの分もやっておしまいなさい」

 

「OK!じゃあマリーはKickで行くね!」

 

「あれー僕もしかして死んじゃう?戻って来たばかりなんだけど……あ、そうだ。雨あがったし、お祭り行こう!ね!そうしよう!」

 

「じゃあこういうのは?みんな一つずつ、朝陽くんに好きなもの買ってもらうのは!」

 

「曜ちゃん!?」

 

「私はりんご飴で」

 

「梨子ちゃんまで!?」

 

「ならばヨハネは宝物迷宮に封印されし神器…新作のゲーム機を希望!」

 

「それくじ屋の景品だよね!?」

 

「いいじゃん!朝陽くんのお金で、屋台のくじ引き全部買ってみた!」

 

 

千歌がとんでもないことを言い出して、朝陽が顔を引きつらせながらスーッと消えた。無論、千歌には見えているのですぐに捕まったのだが。

 

 

(一晴…君からもらったこの命で、もう一回だけ生きてみるよ)

 

 

残された時間は、あと99日。

 

 

___________

 

 

 

眼魔世界に逃げ帰ったアリオスとジャレス。ゴーストドライバーは砕け、アリオスはグレートアイで願いを叶える権利を失ってしまった。

 

 

「…この程度で諦められるか…!無いのなら、作り出す!ジャレス!奴を…イーザルを呼べ。早急に予備の作戦を実行する!」

 

「なっ…!?しかしお嬢様!」

 

「私をそう呼ぶな!」

 

「…失礼しました。アリオス様の仰せのままに」

 

 

99日で消える幽霊がなんだ。時間が無いのはアリオスだって同じだ。

 

 

「あの空は必ず…私が手に入れる…!」

 

 

 

 




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