仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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レヴァナント
魔を束ねる死霊使いの幹部級ファントム。竜峰家の封印から放たれ、死刑囚の男に受肉した魔界のファントムの1体。その肉体は魔石で構成されており、雑兵のファントム「グール」を魔力の限り生み出すことができる。死したファントムの魔力を自在に操る能力を持ち、その魔力を使う事でファントムの蘇生すら可能。人間界でサバトを引き起こした主犯格であり、人間界侵略のためゲートを絶望させファントムを増やそうとしている。ダン曰く「敵ボスとして普通。何の面白味もないクソカス」。


壱肆陸です。執筆がままならなくて悔しいです。
サブタイ通りのクライマックスです。長いです。次の編を書く時は、出すキャラの人数はちゃんと考えます……(猛省)


今回も「ここすき」をよろしくお願いします!



再誕(クライマックス)

「僕の話をしよう」

 

 

悪役(ヒール)は語りだす。

『世界の破壊者』という名前、それこそがアオイの持つ悪役の美学。彼は語る。ここに至るまでの彼の『旅』を。

 

 

「今から10年ほど前、僕は『旅』を始めた。巡るのは9つの世界。そして僕の使命は……そこに眠る『仮面ライダーの力』を奪い、9つの世界を破壊すること」

 

「世界を……破壊……!?」

 

 

壮間が口を開く。冒険者たちが夢と力を奪われ、顕現してしまった強大な3体の仮面ライダー。そのアオイが用意した舞台を、壮間たちはただ観劇することしかできなかった。

 

 

「あぁ。どうやら僕には呪いがかけられていてね……僕が旅した物語は、その世界に残らない。世界は僕を忘れてしまうんだ。だったら僕は存在してると言えるだろうか? 僕の中にしか残らない旅路に、果たして意味はあるのかな? 僕の存在を肯定する手段は一つ、壊すことだけだ。僕の『破壊』だけは、変わらぬ事実として世界に刻みつく」

 

 

アオイがこの世界に来て、その姿を見せるまで、神さえもその存在を忘れていた理由がこれか。もし彼の言葉が真実なら───

 

 

「ふざけんなよ……!? 旅行で観光地に落書きする中学生じゃないんだぞ!?」

 

「じゃあアオイさんは……ただ自分を認めて欲しくて、世界を壊してるんですか? 【X階層】で大勢の人が死んだのも、冒険者たちの夢を踏みにじったのも、全部そんなことのために!?」

 

 

壮間とベル、二人の主人公が慟哭する。そんな彼らの怒りを意に介さず、アオイ───ディエンドは酔いしれるように語り紡ぐ。

 

 

「それが『悪』さ。僕には大嫌いな言説が二つあってね、一つが『正義の反対はもう一つの正義』。正義と対立するのは正義なんかじゃない。決して理解されない『悪』だよ。僕が呼び出した彼らもまた、正義に敗れた揺るがぬ『悪』の意志たちだ」

 

 

ミカドが度々その存在を訴え、その本質を壮間自身も理解したと思っていた。だが、実際にその眼で初めて捉えた『悪の仮面ライダー』は、壮間の信念を揺らす衝撃を放つ。

 

現実の自分と成り代わり、自由な破壊を求めた正義の鏡像。仮面ライダーリュウガ。

 

愛する者を蘇らせるため、死と生の時間を反転させようとした亡者。仮面ライダー幽汽。

 

折れた夢と絶望を糧として進化する、宇宙の邪悪な可能性。仮面ライダーイカロス。

 

そして世界の破壊者、仮面ライダーディエンド。

 

 

「誰も僕らを肯定しない、僕らもそれを望まない。勝負だ【ヘスティア・ファミリア】と仮面ライダー。僕らはこの迷宮から飛び立ち、この力で冒険と眷族の世界を破壊する」

 

「「させるかッ!!」」

 

「そう、それがいいんだ! 僕を止めてみたまえ主人公たち。さぁ、この世界に……【騎士の物語(ライダー・ミィス)】を奏でよう!」

 

 

イカロス、リュウガ、幽汽が暴意を曝け出す。猛烈な熱気と錯覚するほど、言葉すら伴わないその気迫はたった一瞬で空間を占領した。このダークライダーたちは、ここまでの冒険で立ち塞がった怪人よりも遥かに強い。

 

中でも群を抜いているのは、言うまでもなくイカロスだ。

第一級冒険者を含む【ロキ・ファミリア】の猛者たちの生命エネルギーを吸収し、その力は顕現時の数倍にも膨れ上がっている。イカロスは、その真黒の完全なる翼を拡げ───

 

 

「───はっ?」

 

 

赤い風が視界を通り過ぎ、背後で爆ぜた。

その通り道にあった全てが薙ぎ払われ、風圧が生み出した真空刃だけでベルとジオウの装甲が抉られた。

 

イカロスは壁に激突し、その衝撃で迷宮が揺れる。

モンスターが生まれる時よりも激しい破壊が階層を伝播した。

 

力加減が分からないのか、イカロスは不思議そうに掌を開いて閉じてを繰り返し、再びジオウとベルの方を向く。

 

あと少しでも近ければ、もしくはその軌道が僅かでも重なっていたら、

ふたりの体はいまごろ粉微塵に切り刻まれていただろう。

 

 

「ベル様ぁっ!」

 

「来ちゃダメだ、リリ! ヴェルフも……(ミコト)さんも、春姫さんも! こいつは……!」

 

「っ……! 俺たちで、やるしかない……ですよね……!」

 

 

このパーティーの中で一番強いのは、驕り抜きでレベル3のベルだ。それに並んで変身によってレベル3相当の力を持つジオウ。イカロスを相手するとしたら、この2人でやる以外の選択肢が無い。

 

 

「そこを退け日寺とクラネル。そいつは俺の獲物だ!」

 

「ミカド!?」

 

 

一番強い相手を壮間に易々と渡すわけもなく、ミカドが協調性を投げ捨て割り込む。しかし、イカロスとゲイツの間にもまた、別の闇が割って入る。

 

歪の大剣『サヴェジガッシャー』を振るい、ゲイツの防御姿勢ごと大地を叩き割る、黒い慕情の戦士。仮面ライダー幽汽。

 

 

「……俺を指名か。邪魔すんな、俺が潰したいのは……俺の目標(ファミリア)の夢を奪ったそいつだ」

 

 

ゲイツの静かな怒りが火花を散らし、もう一つの戦いが始まった。

 

 

「っ、泥棒さん……! 私はもっと早く知ってたのに、私がなんとかしてれば……!」

 

「反省は後です香奈様! 階層主クラスの敵が複数……絶望的ですっ……! もうリリ達は戦力になりません、今はとにかくベル様たちの……!」

 

 

敵を見つけたイカロスと幽汽を見て、残る1体のライダーのリュウガも殺意を冒険者へと向ける。その矛先にいたのは、リリと春姫、そして香奈。非戦闘員たちだった。

 

視線が合って感じる、その能力値の差。香奈も冒険者としてのステイタスを得て、仮にも『戦う側』に立ってしまったから分かる。蛙が重機に立ち向かうのと同じ、この差は余りにも容赦が無い。

 

 

「───おい、お前の相手は俺らだ鉄仮面!」

 

「弱い者から狙うとは……! その卑劣な魂、自分が斬り伏せます!」

 

「ヴェルフくん! (ミコト)ちゃん!」

 

「アイツら3人がアレ相手にすんなら、コイツは俺らがやるっきゃねぇだろ! 戦う鍛冶師(スミス)の底力見せてやるよ、行くぞ(ミコト)ぉっ!」

 

「承知です! 誓いの通り、皆様は命に代えても我々がお守りします!」

 

 

仮面ライダーリュウガに相対するのは、レベル2の冒険者ヴェルフと(ミコト)。ヴェルフが魔剣《烈進》を、(ミコト)が主神タケミカヅチから賜った剣《地斬》を構え、遥か格上の敵に全霊を叩き込む。

 

 

「どうやらマッチングは終わったみたいだけど、僕を自由にしていいのかな?」

 

「そこまでだディエンド、止まりたまえ。尤も、これは要求ではなく行使だ」

 

 

ディエンドライバーの銃口の向け先を探していたディエンドだったが、その動きがピタリと止まった。この感覚はよく知っている、『時間が止まる感覚』だ。彼の動きを静止させたのは預言者ウィル。

 

 

「また会ったね。主君の危機に馳せ参じた、といったところかな?」

 

「私のスタンスは不過干渉、それを変えるつもりはない。だが、そちらでマティーナが好き勝手する以上、状況が余りにアンフェアだと思ってね。それに君の話に興味もある。君は本当に『ディエンド』なのか?」

 

「当然、それこそが『僕』だ。僕が(ディエンド)であることに疑念は無い。僕の旅の行き先は僕だけが決める。でも、僕は僕の旅の原点(オリジン)を知りたいのも事実だ」

 

「記憶が……まさか君は……!」

 

「『君ら』は僕の何を知っている? それもまたお宝だ、根こそぎ奪わせてもらうよ。僕は次元を渡る盗賊だからね」

 

 

イカロスにはベルとジオウが、幽汽にはゲイツが、リュウガにはベルと壮間を除く【ヘスティア・ファミリア】が、そしてディエンドにはウィルが相対する。これは英雄たちに課せられた試練。

 

 

「そんなものか?」

 

 

リュウガの声が階層に響いた。ディエンドが召喚するライダーは、無数の世界に存在するイメージの集積。それがアオイのステイタスとマティーナの権能の力を得て、より実像に近い強さと自我を獲得していた。

 

リュウガから香奈たちを守りながら、(ミコト)は片手剣を振るって立ち回る。彼女が慕う主神、タケミカヅチは武の神。彼女の強さは主神に叩き込まれたオールラウンドな『武術』、なにより対人戦で輝きを放つ『柔術』にある。

 

 

(この動き、一分の隙も無い……掴ませてくれない……!)

 

 

彼女の攻撃を見てから、リュウガは最低限の動きで回避と防御。まるで壁や床に貼り付く『影』、もしくは平面世界の『鏡像』のように、(ミコト)はその像を掴むことができない。

 

 

(ミコト)、避けろ!!」

 

 

ヴェルフの掛け声でリュウガから離れる(ミコト)。数歩後ろからヴェルフは魔剣を構え、余裕綽々のリュウガ目掛けて爆炎の魔力を放射する。

 

 

「烈進!」

 

《GUARD VENT》

 

 

威力だけなら第一級冒険者の魔法に匹敵する規格外の武具、それがクロッゾの魔剣。ヴェルフだけが造れるこの魔剣は、格上のモンスターすら倒す破格の逸品だ。

 

しかし、炎の中から鉄の足音を鳴らし、黒像は現れた。

いくらなんでも無傷は有り得ない。その両肩に背負った龍の腹を模した盾、それが炎のダメージを遮断したと見て間違いない。

 

 

「クソ、ふざけろ……ッ!」

 

「もういいか。こちらから行くぞ」

 

 

もう一度魔剣を振ろうとするヴェルフ。だが、そこには明確な隙があり、リュウガはそれを見逃さない。敵の攻撃は合理的に捌き、敵が粗を見せた瞬間───その破壊衝動は牙を剥く。

 

 

「あ……っ、ヴェルフくん!!」

 

 

瞬く間に距離を詰め、右拳でヴェルフの腹部を強打。魔剣が不発に終わったのを確認すると更に何度も追撃し、倒れたヴェルフの体を踏みつけて蹴り飛ばす。僅か数秒で行われた夥しい暴力に、香奈が遅れて悲鳴を上げた。

 

 

「【――大きくなれ。其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を】」

 

 

香奈の後ろで何かが金色に強く輝く。その声の主は春姫だ。収束する光の中心で、祝詞は流れるように朗読される。これは春姫の魔法で、リリ曰く『切り札』。それを切るのは今以外に無いと、春姫は迷わず詠唱を開始した。

 

だが、リュウガの敵意は目ざとくそれを感知する。

 

リュウガはヴェルフへの攻撃を止め、腰の『Vバックル』からカードを1枚引き抜くと、左腕のガントレット『ブラックドラグバイザー』にそれを装填した。

 

 

《STRIKE VENT》

 

 

空いた右腕に召喚される黒龍の頭蓋(ドラグクロー)。黒い火花がその口腔を満たす。

 

 

「あの野郎、紙なんかで武器を召喚できるのかよ……! 【燃え尽きろ、外法の業】!」

 

 

その炎に魔剣を想起したヴェルフは回復薬(ポーション)で戻った魔力を使い、倒れた姿勢のまま『ウィル・オ・ウィスプ』を発動させた。しかし、リュウガの右腕は暴発しない。

 

 

「魔力じゃねぇのかよクソったれ!」

 

「鏡の外の世界は、俺が全て破壊する!」

 

「っ───やめてぇぇぇっ!!」

 

 

春姫の詠唱が終わるのを待たず、リュウガは炎を蓄えた右腕を突き出した。炎竜の咆哮、『昇竜突破』が香奈の叫びを掻き消し、滾る蒼炎は少女たちを呑み込んだ。

 

 

__________

 

 

「邪魔をするなだと? お前こそ俺の邪魔をするな、生者の分際で!」

 

 

ゲイツと斬り合いを演じていた幽汽が、憤りと共に剣を地に突き立てた。代わりにその手に握ったのは背骨のような『鞭』と木製の『独楽(コマ)』。

 

 

「独楽……古典玩具なんて持ち出して、ふざけてるのか!?」

 

「玩具を舐めるなよ? お前はその玩具程度で、奈落に這いつくばるんだからな」

 

 

幽汽が独楽を六つほど投げ上げ、空中に放られたそれらを鞭で叩いた。すると、落下直前だった独楽は雨粒の如く無数に分裂し、軌道を変えてゲイツに降り注ぐ。

 

鞭による独楽の分裂と軌道調整。あからさまな攻撃と判断したゲイツは、瞬時にジカンザックスを構え、スペクターライドウォッチを装填した。

 

 

《スペクター!》

《ギワギワシュート!》

 

 

ノブナガ魂の能力が開眼し、複製されたジカンザックスが隊列を成して一斉に矢を照射。空中で一つ残らず射抜かれた独楽は即座に爆発し、ゲイツの頭上を爆炎が覆う。

 

 

(なにが玩具だ……この威力と取り回しの容易さ、とんでもなく凶悪な『兵器』じゃないか!)

 

 

ゲイツの注意は否応なく中空へと引き付けられる。その隙に幽汽はもう二つ独楽を出し、今度は鞭を使って手前方向に放つ。回転しながら正確に、独楽はゲイツへと着弾する。

 

 

「舐めるなだと? 随分余裕ぶってるが、そいつは俺の台詞だ!」

 

《アーマータイム!》

《カイガン!》

《ゴー・ス・トー!》

 

 

2種の独楽攻撃。頭上から自由落下する空爆と、真っ直ぐ最短距離で発射されるミサイル。この緩急は単純ながら非常に強力で、これだけで大抵の敵は成す術なく敗れ去るだろう。

 

だが一つ弱点をゲイツは見つけた。攻撃の軌道は鞭で操っているということだ。つまり独楽は敵を追尾せず、回避のしようはある。

 

回避の能力に秀でたゴーストアーマーを纏い、ゲイツは独楽を回避した。追撃もひらりひらりと浮遊しながら避け続け、ショルダーからニュートンゴーストを召喚して強烈な引力を発動。

 

 

「玩具遊びは終わりだ」

 

《アーマータイム!》

《プリーズ》

《ウィ・ザード!》

 

 

距離を詰めれば独楽は封じたも同然。ゴーストアーマーの役目は終わったと悟り、ゲイツはウィザードアーマーに換装した。

 

引き付けられた幽汽の顔面にゲイツは膝を叩き込み、戦いは蹴り主体の肉弾戦へと領域を変えた。そうなればもうゲイツの独壇場。魔法を求めて修行を続けたミカドだったが、格上の冒険者との組手で最も育った能力は、皮肉にも近接格闘の技術だった。

 

ミカドの強さは幼少からの壮絶な『経験』によって裏打ちされている。しかし戦争という環境下で、遥か格上との戦闘とは死を意味してしまう。この数日で積み上げた『敗北を前提とした戦闘』は、彼に唯一欠如していた経験であり、それはミカドの能力を面白いほど向上させた。

 

ベート・ローガとの特訓で嫌と言うほど見た『蹴り』と吸収した『魔力』の混成スタイル。それはウィザードの力と非常に噛み合う戦法であり、その答えが見えていたからこそ、ロキはミカドとベートを引き合わせたのだろう。

 

 

「全く食えん神だな。だが、素直に感謝してやる。これが新しい俺だ!」

 

 

研ぎ澄まされた蹴りに、炎の魔力を寸分ズレずに重ね合わせる。

 

 

しかし───

 

 

「煩わしい。もうお前の相手は面倒だ」

 

 

一方的に見えた戦闘は、幽汽の義手がゲイツのキックを止めたことで途切れてしまった。驚愕する間もなくゲイツの脚は振り払われ、幽汽は再び二つ独楽を投げ上げて空中で分裂させる。

 

身構えるゲイツを無視し、独楽は幽汽の周囲に着地して留まった。爆発はしない。代わりに、その回転が巻き戻すのは死者の魂。

 

 

「冗談じゃない、いくらなんでも芸達者が過ぎるぞ……!」

 

 

ゲイツは目を疑い、愕然とした。回転を続ける独楽はいつしか怪人と成ったからだ。しかもそれは、ここまでの道筋で撃破してきたはずの怪人たち。

 

 

「さて、『舐めるな』は……どっちの台詞だったかな?」

 

「上等だ死霊使い(ネクロマンサー)。死人の相手はもう慣れた!」

 

 

幽汽の鞭が地を叩き、死者はゲイツ一人に向けて進軍する。

 

__________

 

 

そして、残る1つにして最も苛烈な対戦。

ジオウ&ベルVSイカロス。その戦いが展開する破壊の総量は、他とは比較にならなかった。

 

 

「いっけええええええっ!」

 

「吹っ飛べ!!」

 

 

冗談じゃない密度と火力の攻撃を捌き、針が通る程度の隙を突いて、完璧な呼吸の連携で繰り出す渾身の一撃。それを喰らいながら、イカロスは微動だにしなかった。

 

これがもう何回目だ。もはやわざと狙わせているように思えるし、多分その考えは的中している。ジオウとベルの心は、体力よりも先に枯渇しそうになっていた。

 

 

「んー、やっぱそうか」

 

 

イカロスが腕を振ると、途端に風が激流を成し、大刃の鎌鼬となって二人を容易く切り裂く。

 

 

「あはっ」

 

 

イカロスが高い声を上げ、両足でステップを踏み始めた。それに合わせて軽く腕を振るう。身体を捩る。サンバでも踊っているようにリズムに乗って。その一挙手一投足が、人間では手に負えない災害となって空間を切り刻んだ。

 

 

「ごめんね。オレ、強過ぎるみたい」

 

 

無惨に倒れるジオウとベルを見下し、少女の声でイカロスは邪気いっぱいに笑った。全身で地べたを舐めながら、二人は痛感してしまう。都市有数の冒険者たちのエネルギーを吸ったコイツは、端的に言ってあり得ないほど強い。

 

 

「だから……なんだよ!」

 

 

僅かの躊躇もなくベルが立つ。当然だ、ここでイカロスを見過ごせば、都市に甚大な被害が出る。

 

 

「神様が、シルさんが、エイナさんが……! 僕を送り出してくれた大事な人たちが、地上で待ってるんだ! 絶対に手は出させない! お前は絶対に逃がさない!」

 

「逃げるだなんて人聞きの悪い。オレは正々堂々、誠心誠意、君らを挽き肉にして出て行くよ」

 

 

眼で追えない速度で急接近したイカロスの指が、ベルの網膜に迫っていた。コンマ1秒の勝負、ギリギリでナイフを構えられたベルがそれを弾く。

 

ベルは弱い。それは自分自身がよく理解している。窮地に立てば足が竦むし、弱音が止め処なく溢れ出て、みっともない考えで頭がいっぱいになる。そんな彼がここまで戦えて来た理由は、単純だった。

 

それはひとえに『憧憬』。それはひとえに『思慕』。

彼が強く在れたのはいつだって、心の中に憧れを抱いていたからだ。

 

恐怖で脚を止めたら、きっと永遠に歯向かうことすらできない。だからベルは大切な人の姿を心に描く。英雄なら、絶対に皆を守り抜く。

 

 

「【ファイアボルト】ッ!!」

 

 

クロスカウンターの要領でイカロスに浴びせる、なけなしの炎雷。たった一発じゃ意味が無いのは承知しているから、ベルはそれを『複数回重ねて』発動させた。

 

僅かに焦げ、揺らぐイカロスの体。でもこれでようやく一矢だ、次の一瞬でベルの体は跡形もなく吹き飛ばされる。

 

 

「俺を……無視すんな!!」

 

 

再起不能を装い、予測した好機に立ち上がったジオウ。イカロスが放つ竜巻の軌道上から、なんとかベルを離脱させた。

 

 

「ふーん、やるぅ」

 

「俺はこの世界に生まれたわけじゃないけど……そんなのいつもと同じだ。王様なら通りすがりで世界くらい救えるっての!」

 

「壮間さん……!」

 

「ベルさん、俺に考えがあります。というか、もうそれしか無い。俺に賭けてくれますか?」

 

 

ベルは無言で頷いた。全く沈没寸前の泥船もいいところだが、英雄に乗りかかられたらやるしかない。

 

 

《アーマータイム!》

《サイクロンジョーカー!!》

《ダ・ブ・ルー!》

 

「さぁ、お前の罪を数えろ!」

 

 

ダブルアーマーに換装したジオウが、再びイカロスに仕掛ける。風の属性を基軸に組み立てる、機動力にものを言わせた近接格闘。同様の戦いをするリューとの特訓から、その技術は可能な限り吸収したのだ。

 

 

「伝わってくるぜ、君たちの夢のエナジー。あぁなんて輝かしくて微笑ましいんだ」

 

「何が……言いたいんだよ!」

 

「この世界にもあるのかな? オレの名前、イカロスの英雄譚ってのは。知らないなら教えてあげるよ、イカロスは空を飛びたかった勇敢なロマンチストのことさ」

 

 

その話にベルは要領を得ないようだが、壮間は流石に知っていた。イカロスはジオウとベルの攻撃を翼も使わずやり過ごしながら、喋り続ける。

 

 

「夢を叶えようと蝋で作った翼で彼は飛んだ。その結果どうなったか、わかる?」

 

「っ……高く飛び過ぎて太陽熱で翼が溶け、墜落した。有名な寓話だけど、それとこれとは関係ないだろ!」

 

「なんで? ヒトの夢はみんなそうさ。海辺で生まれた女の子が宇宙飛行士を夢見ても、不幸な事故でそれはあっけなく歪む。『翼』が折れて『太陽』に身を焦がす」

 

 

「お前たちも同じだ」と、イカロスは力を見せつける。この到底覆せない絶望的な力量差は、「英雄になりたい」「王様になりたい」などという尻が青い夢をへし折るには十分な現実だ。

 

 

「夢なんか求めなきゃ墜ちずに済んだのにね。夢なんか追うから、痛くて苦しい目に遭うんだ。でも大丈夫だよ、君たちがせこせこ育てた夢は、オレが残さず美味しく啜ってあげる」

 

「勝手なこと言うなよ! 僕も壮間さんも、夢のために戦ってるんだ! それが全てなんだ! たとえこの先どんな困難があっても、『やらなきゃよかった』なんて僕は絶対に思わない!」

 

「そうだ……! お前なんかに、俺たちの物語は語らせない!」

 

《カリス!》

 

 

ベルが一瞬だけイカロスを引き受け、ジオウは黒と金のウォッチを起動させた。キメラアナザーからドロップした『仮面ライダーカリス』のウォッチをジカンギレードに装填し、更に上乗せでドライバーを回転させた。

 

 

《フィニッシュタイム!》

《ジオウ!》《ダブル!》

 

《カリス!》

《ギリギリスラッシュ!》

 

《マキシマムタイムブレーク!》

 

 

使用可能なウォッチが増えるたび、壮間はその使い方を考え付く限り試していた。2005年でのヒダルカミ戦で使った必殺攻撃の二種同時併用、その中でも同じ風属性を持つ『カリス』と『ダブル』の掛け合わせこそ、現時点で壮間が知る最大火力の攻撃だ。

 

風を使わずに浮かび上がったジオウはイカロスに照準を定め、2色の風を纏ってドリルのように回転。それに加え、ジョーカーサイドが昂ぶる感情を生体エネルギーへと変換させる。

 

結果、生み出されるのは爆発的な加速と突進。しかもイカロスの油断は顕著、避ける素振りすら追いつかない。

 

 

「墜ちるのはお前だ!!」

 

 

それはベルから見ても、第一級冒険者の全力にも匹敵する一撃だった。その時確かに、ジオウの必殺技はレベルを超越し、不可能さえ覆す『英雄の一撃』に成る可能性を秘めていた。

 

そんなのやる前からわかっていた。

これでイカロスを撃破できる未来は、ほとんど想像できなかった。

 

でも───いくらなんでもこれはあんまりだ。

 

 

「どう? 今度こそ折れてくれたかな? その真っ白な翼」

 

 

折り畳んだ両翼でジオウのキックを防ぎ、無傷。嘲笑いながらジオウを蹴飛ばしたイカロスは、余裕綽綽に重い腰を上げ、ようやくその翼で飛翔を始めた。その心を見通す複眼が見るのは、絶望に歪むベルの内側。

 

 

「へぇ、そんな顔してまだ折れてないんだ。じゃあもういいや。オレもお腹いっぱいだし、そんなちっぽけな夢なんか今更いらない」

 

 

ジオウの攻撃を真似て遊ぶように、イカロスは錐揉み回転を始めた。ただし、その速度はジオウよりも遥かに速く、余りの速さに透明にすら見えた。来るとわかっていても、接近する姿を目で捉えられない。反応できない。

 

 

「イカロス・パーフェクト・ライダーキーック」

 

 

炸裂。粉砕。爆散。

防御不可、神速の一撃。直撃と同時にコズミックエナジーが爆裂し、ベル・クラネルの全身が砕ける。

 

新時代の英雄【リトル・ルーキー】の夢は、【X階層】最深部で敗北を喫した。

 

 

__________

 

 

 

「───君は、何を考えているんだ!?」

 

 

ディエンドの動きを止めるウィルが、この惨状に激高する。これは『権利の侵害』だ。本来の道筋なら差し込まれなかった、全く意味のない不要な試練なのだ。

 

 

「フォーティーンに加えてリュウガ、幽汽、イカロス───言うに事を欠き、今の彼らにそんな怪物共を纏めてぶつけて、勝負になると思っていたのか!? これは試練ではなく、ただの虐殺だ!」

 

「そういえば話の続きを忘れていた。僕が嫌いな言説、もう一つは……『誰もが自分の人生の主人公』というヤツさ。僕は主人公なんかじゃない。僕も彼らも、敗北を義務付けられた『悪役』なんだ」

 

「それが……!」

 

「あぁ慰めはいらないよ、ただ僕の物語に主役は不在だ。だから僕は誰かの物語になりたいのさ。どこかの主人公の世界に、悪役として存在したい。それが僕の、些やかで強欲な願い」

 

 

その瞬間、ウィルの時間停止が綻んだのを、ディエンドは見逃さない。

 

 

「僕は僕らしく、負けるために悪を遂行する。主人公に説き伏せられ、或いは否定され、『悪役』を終わらせるために悪辣を演じる。忖度情け容赦なく、『悪役(ぼく)』が造る物語を、悪意を以て押し付ける」

 

 

彼が力を込め直すのを待つことはせず、ディエンドライバーの銃弾がウィルの体を貫通した。

 

 

「それに応えてくれないのなら、もはや悪役は僕じゃない。悪いのは、こんなにも美しく健気な僕らよりも弱い、君たちだ」

 

 

力不足の下級冒険者はリュウガに太刀打ちできず、

技術を高めたゲイツも数の前には圧倒され、

ふたりの主人公はラスボスにあっけなく敗北、

 

ディエンドという『悪役』は、彼らに対して正しく『役不足』だった。これでこの物語は終点。世界はめでたく破壊を迎える。

 

 

「───なんて結末を、許すと思っていたのか? 介入者が勘違いするな、語り部は私だ」

 

 

地に倒れる前に、ウィルは呟いた。

預言者はただ導き語る者。彼はマティーナとは違って非力だ。

 

でも物語を紡いだ者として、ウィルは知っている。敬意を払っている。

英雄がいる物語は、このエンディングを決して認めない。

 

 

 

リュウガが放ったストライクベントの炎から、(ミコト)は身を挺して香奈たちを守った。しかし守ったと言うには余りに無様。身体の随所に火傷を負った彼女は、もう敗北を待つ身だ。

 

 

「覚悟はできたか?」

 

「……嫌だよ。私、嫌だ! みんなで帰るんだから! 地上に、元の世界に!」

 

「見苦しいぞ。いくら足掻いたところで、勝者は俺だ……!」

 

「わかってるよそんなの!! 私は強くない……でも! この世界に来て何もできずに終われないから!」

 

 

(ミコト)の背中から、香奈が離れた。戦闘で役に立たなかった代わりに、体力だけは残ってる。戦力にならない、知識もなければ機転も利かない。足を引っ張って友達死なせて、そんなことのために香奈は異世界に来たんじゃない。

 

 

「香奈様!」

 

「【届け、わたしの祝福。始まりを鳴らす春の産声】」

 

 

香奈に発現した魔法。これが苦し紛れの、弱者の奥の手。

ヘスティアに教えてもらったその効果は『未知数』。神の全知を以てしても何が起こるか分からない、別世界から来た可能性の卵。

 

なんでもいい。みんなを助けたい。

その願いだけを抱えて、香奈は詠唱を紡ぐ。

 

 

「【いつかあなたの】───あぁっ!」

 

 

しかし、香奈は並行詠唱なんてできるはずもなく、詠唱したければ足を止めなければいけない。リュウガ相手にその数秒間を稼げれるなら誰も苦労しない。

 

リュウガの炎が迫り、恐怖で香奈の詠唱を断ち切られた。

非力な少女が土壇場で皆を救う。そんな奇跡は都合よく起きないのが現実。

 

 

「言ったはずだぜ。雑魚は巣穴に引っ込んでろってな」

 

 

蒼い炎が大きな背中に遮られ、霧散した。

奇跡は起きない。起きるとするなら、歴戦の英傑が立ち上がるという、至極当たり前な必然だけ。

 

リュウガの前に立つのは、イカロスに折れた夢を奪われたはずの、狼人のレベル6。【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガだった。

 

 

 

再生怪人の軍勢がゲイツを追い詰める。幽汽は一歩も動かず、鞭を使って怪人たちを指揮するのみ。今のミカドの力では、幽汽を動かすことすらできない。

 

 

「威勢も尽きてきたか? 息が上がっているぞ。俺としては、そのまま死んでくれると助かるんだがな」

 

「そんなに俺に死んでほしいか? 俺が怖いのか貴様」

 

「己惚れるなよ餓鬼が。お前に限らず、この世に生きてる奴は全員死なす。それだけだ」

 

「そいつは大層な野望だな。だが俺の野望は貴様の上を行く! もう一度言うぞ、そこを退け! 貴様なんぞ壁ですらない!」

 

 

どんな逆境でもミカドは絶望しない。この力(ウィザードアーマー)を纏って絶望なんかしたら、あの自称最低の悪魔に笑われてしまう。

 

そうやって果敢に、勇敢に立ち向かうゲイツの姿を、彼女は深淵から見ていた。

 

仮にも弟子がたった一人で戦っている。魔法の基礎も知らず、世界の常識どころか人としての常識すら怪しい破天荒な年上の後輩が、世界を守るために命を張っている。

 

なにより宿敵(ライバル)が───ベル・クラネルが戦っていたのだ。

 

 

「だったらっ……私だって!!」

 

 

杖の殴打が怪人を弾き飛ばす。己の目を覚ますように、腹の底から少女は叫んだ。待ちに待った復活に、ミカドだって仮面の奥で笑う。レフィーヤが立ち上がった。

 

 

「遅いぞ」

 

「夢がなんですか……挫折がなんですかっ! 私は【千の妖精(サウザンド・エルフ)】レフィーヤ・ウィリディス! ウィーシェの森の誇り高きエルフにして、リヴェリア様に師事する【ロキ・ファミリア】の魔導士!」

 

 

前衛職ではないにせよ、レベル3の腕力は流石のもので、杖を鈍器として振り回すだけで戦えている。まぁ、その鬼気迫る様相はもはや魔導士のそれではないのだが。

 

レフィーヤはミカドよりも先に、ベルの方に目線を向ける。

ぼやけた思考の中で確かに見たのだ。イカロスに挑み、敗北した彼の姿を。とうに意識は無く、再起不能と断じていいほどボロボロな彼にかける言葉など、一つしかない。

 

 

「立ちなさいベル・クラネル! 私は立った! 目を覚ました! だったらあなたも立ち上がれるでしょう!? あなたはそういう、気に食わないヒューマンなんですから!!」

 

 

ミカド相手の数倍は滅茶苦茶な言い分だ。道理もへったくれもない。だが、それでいいのだ。この言葉は必ずベルに届いているし、あの男なら必ずその声に応えると、レフィーヤは信じている。

 

 

「───そうだ、立ち上がれ【ロキ・ファミリア】」

 

 

ベートとレフィーヤに続き、フィン・ディムナも目を覚ます。

肩を並べる同士の言葉でガレスとリヴェリアが、団長の声を聴いてティオネが、ティオネに合わせてティオナが、次々と旅から覚めて立ち上がっていく。

 

 

「おかしいなぁ。君たちの夢は、オレが全部奪ったはずなんだけど」

 

 

ベルとジオウを倒し手持ち無沙汰だったイカロスが、目を覚ました冒険者たちを怪訝そうに眺める。偉そうに中空に留まるイカロスを指すのは、フィンの槍先。

 

 

「確かに酷い気分だ。胸にぽっかり穴が開いたみたいだよ。皆はどうだい?」

 

「全くだわい、手足に力がまるで入らん。まるで飲み過ぎて酔いの抜けん朝じゃ」

 

「ガレス……もっと他にないのか。その下品な例えに私たちを巻き込むな」

 

「ティオネはどう……? あたしはちょっとヤバいけど……それでもっ、頑張る!」

 

「どうもこうも最悪だっつーの……! あの仮面ぶち割って、とにかくあの野郎ぶっ殺す!!」

 

 

「立てる者は続け。奪われたものは僕ら自身で取り返す。あの『仮面ライダー』を討伐する!」

 

 

都市最大派閥の第一級冒険者たちが、主将の号令で一斉に雄叫びを上げた。その信じがたい光景に、ディエンドは瞠目する。

 

 

「僕の【テセウス】は設置と発動、二重の長文詠唱が必要なアンチステイタスの特殊魔法だ。その効果時間は、魔法を仕込んだ空間に留まった時間と比例する」

 

 

フォーティーンで強豪冒険者たちを釘付けにしたのは、そのためだ。討伐までに要した時間を考えると、遅れてやってきたレフィーヤはともかく、フィン達はまだ回想の牢獄に囚われているはず。

 

 

「己の過去から力尽くで脱したというのか……!? なんて美しい強さだ! アメイジング、賞賛を送ろう!」

 

 

だが、そんなものは一時のまやかし。物語は依然、首の皮一枚で崩壊を免れているに過ぎない。

 

 

「なーんだ、ビックリしたけどやっぱりそうじゃん」

 

 

ダンジョン深層ですら軽々突き進むであろう地上最強のパーティーに対し、イカロスは変わらない飄々とした立ち回りで躍動する。確かに、万全の彼らはフォーティーンさえ倒す異次元の強さだ。しかし───

 

 

「そりゃ当たり前か。オレに奪われた夢は戻ってない。つまり君たちは今、なんのために戦っているかすら分からないんでしょ。なんといっても、夢が見えないんだからね」

 

 

【テセウス】とのコンボで、彼らの夢のエナジーはイカロスに吸い尽くされてしまった。過去の記憶が他人事のようにしか感じられない。いわば、戦いへのモチベーションが限りなくマイナスに発散している状態。

 

加えて、アオイの魔法を無理矢理克服した代償が高くつく。その二重のデバフは余りに深刻で、本来なら彼らは立って歩くことすらままならないはずなのだ。

 

 

「ハハハ、無駄だよ。未来への希望もないニンゲンなんかじゃオレには勝てない。オレは全宇宙で最も完璧な存在なんだ!」

 

 

今の彼らの総合能力は、ベルやジオウにすら劣るレベルだ。そんな死に損ないの相手はイカロスにとっては児戯も同然で、片手間に右腕を明後日の方向に向ける。

 

 

「見逃すと思った? 君はちゃんと死刑だ」

 

 

この状況の変転に乗じて、ベルの救難に向かっていたジオウを、イカロスはしっかりと見つけていた。地面を削って、イカロスが放った竜巻が迫り来る。

 

 

「───【ルミノス・ウィンド】!」

 

 

風弾の連続照射が竜巻に注ぎこまれ、光の破裂を伴って攻撃が相殺された。イカロスの視線から外れるように満身創痍の二人を運び、彼女はベルの傷に手をかざす。

 

 

「【今は遠き森の歌。懐かしき生命(いのち)の調べ。汝を求めし者に、どうか癒しの慈悲を】───【ノア・ヒール】」

 

「リューさん……!」

 

 

【疾風】リュー・リオン。レフィーヤと同じく【テセウス】の効力が薄く、イカロスに奪われたエナジーの総量も少なかった彼女もまた再起を果たしていた。回復魔法をベルに施すが、それだけでは意識の回復にまで至らない。

 

 

「日寺さん、こちらへ。今のうちに貴方の傷も癒します」

 

「いや、俺は大したことないです。それよりもベルさんを!」

 

「今の私の治癒魔法などたかが知れている……本職のヒーラーがいれば話は別ですが、ここでクラネルさんを完治させるのは不可能。本調子ではない彼らと私では、敵を倒すことさえ……! 理解しなさい、まともに戦えるのはもう貴方しかいない!」

 

 

状況の把握と説明としては、リューは正しい。しかし壮間が一人戦えたからなんだという話だ。例えどんな奇跡が起きようと、ベルが目覚めなければ勝利は無い。その想像だけは絶対だ。

 

 

「ベルさんが目覚めれば……回復……そういえば! ミカド!」

 

 

幽汽と戦闘を続けるゲイツに、ジオウは呼びかける。そして差し出す右手のジェスチャー。

 

 

「使ってないなら貸して! ドライブウォッチ!」

 

「貴様っ……! 三度目だぞ! 前は勝手に持って行きやがって!」

 

「お前だってビルドウォッチ持ち出しただろうが! ゴーストウォッチもしれっと持ってるし、おあいこだ! 利子付きで返すから早く!」

 

 

口論まで頭が回らず、ゲイツは凄く嫌々な態度でドライブウォッチを投げ渡した。ジオウはそれをジカンギレードのジュウモードに装填。イメージするのは走大が見せてくれた資料の中にあった、救急車のシフトカーの能力。

 

 

「まさか、クラネルさんを治療できるのですか!?」

 

「まぁそれは……ベルさん次第ですけど。だからリューさん、しばらく頼めますか。この戦いの決着は、俺たちで付けるって約束します」

 

「それができるのであれば最善です。私は、貴方の言葉を信じます」

 

 

壮間にとってのリューもまた、憧れの相手。彼女に対する信頼なんて問うまでもなく、彼女の前で少しばかり見栄を張りたいのも道理だ。頷き、イカロスに駆け出したリューを見て、ジオウは引鉄を引く。

 

 

《ドライブ!》

《スレスレシューティング!》

 

「確かこれ死ぬほど痛いらしいけど……ベルさんなら! 貴方はこんなとこで死ぬわけない!」

 

 

発動するシフトカー『マッドドクター』の能力。

これが逆転の一手になるかどうかは、彼の英雄としての器にかかっている。

 

 

__________

 

 

「気に入らねぇなァ……! 雑魚相手にいい気になってるだけの屑野郎が」

 

「違うな。俺が強者であるだけのことだ。俺から見れば貴様ら全員、取るに足らん虫けらに過ぎん」

 

「てめぇが強いだと? 反吐が出るぜ。てめぇの力に酔って見せつけるだけの馬鹿は、雑魚以前に救いようのねぇ屑だって言ってんだよ!」

 

 

リュウガの拳とベートの脚が衝突。大気が割れるほどの衝撃が、音として伝播する。ベートはフィン達と同じ状況に陥っているが、イカロスに吸われた夢の性質が少し異なっていた。

 

ベートの夢、心、それはとうの昔に折れていたのだ。

数えきれない傷こそが彼の『牙』。傷つき、絶望することを前提に戦う不器用な彼にとって、イカロスの精神攻撃は致命的とまではならなかった。

 

 

「リリちゃん……あの狼みたいな人って……」

 

「【ロキ・ファミリア】のベート様です。言うまでもありませんが、(ミコト)様やベル様よりもずっとお強いです。ですが……!」

 

「あぁ……誰がどう見たって絶不調だ。そりゃ俺たちよりは大分マシだが、あんなんじゃ勝てねぇぞ!」

 

 

ヴェルフの言う通り、致命的ではなくともベートの体力と精神力は大幅に削られている。また見ているだけは嫌だと、やはり香奈は立ち上がって魔法を使おうとした。

 

 

「聞いてなかったのか! 目障りなんだよ雑魚がッ!」

 

 

それを止めたのはリュウガではなく、ベートの咆哮だった。敵意を含んだ突き放すような声。それは普通の少女を委縮させ、心を折るのに十分過ぎた。

 

 

「てめぇらここに何しに来やがった? ロクな力も覚悟もねぇくせに、身の程も知らず遊びにでも来たのか!? 戦う気がねぇんなら冒険者なんてやめちまえ! みっともなく誰かの後ろで一生怯えてりゃいいんだよ!」

 

 

まるで威嚇するかのような悪辣な言葉。馬鹿にして笑うように言うベートだが、それは紛れもない正論だ。だからこそ香奈は悔しい。何もできないことが。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「私は弱いよ……リリちゃんや春姫ちゃんだって、あなたに比べれば弱い。何かしようと動いても、あなたみたいに優しい人の足を引っ張っちゃう! 傷付けちゃう!」

 

 

幼馴染の壮間。彼は昔からぱっとしない男で、よく風邪を引くし、ものを忘れるし、中学で離れ離れになると決まった時はひどく心配だった。

 

そんな頼りない彼が、ある日を境にどんどん変わっていったのだ。なんの目標もなかった彼が『王様になりたい』とまで言った。嬉しいと同時に、胸の奥がちくりと痛んだ。

 

何時しか自分はすっかり守られる側になって、何度も心配をかけてしまった。守るという行為は辛いことだ。それを壮間に押し付けてしまった。

 

でも、守られるのも辛いことだって、どうして分かってくれないの?

 

どうせ辛いのなら、傷付けてしまうのなら、私は───!

 

 

「私たちは弱いけど戦うよ! 守られなきゃ戦えないのは分かってるけど、優しいあなたと同じくらい、私たちも傷つくから! 私たちの傷は私たちが受け入れるから!」

 

 

壮間の夢に疑いなんて全くない。壮間なら必ず王様になる。だったらその夢に、自分の全てを乗せて欲しいと思って当たり前だ。だから一緒に命を賭けさせてくれ。それが、香奈の叫んだ本音。

 

香奈はベートの言葉に吠えた。それを聞いたベートは、ただ僅かに笑い、リュウガに対する猛攻を加速させた。香奈たちに構ってる暇なんて与えないくらい。

 

 

「【届け、わたしの祝福。始まりを鳴らす春の産声。いつかあなたの物語(おはなし)を聴かせて】!」

 

 

詠唱が完了した。香奈の胸の中心で、光の球が輝きを放つ。

 

 

「【イースター・エッグ】!」

 

 

香奈の魔法が生み出すのは『卵』。

その効果は『才能の生誕』。その場で最も必要な能力が、魔法によって香奈に与えられる。異世界人だからこそ発現した規格外のレア魔法だ。

 

ただし、卵から何が産まれるかは分からない。

また、誕生とはたった一度の神聖な現象だ。この魔法が使えるのは『一度きり』。

 

卵が割れ、才能が産声を上げた。

香奈の内側を巡る、暖かく優しい力。それに身を委ねた時、彼女の頭に『景色』が流れ込んだ。

 

 

「───みんな、お願いがあるの。手伝ってくれる?」

 

「何を言ってるんですか……一緒に戦うと言ったのは香奈様ですよ! 手伝うもなにもありません!」

 

「そうだな! 俺もちょうど、【凶狼(ヴァナルガンド)】に好き勝手言われてむかっ腹立ってたとこだ!」

 

 

香奈の可能性に賭け、まずヴェルフが魔剣を握るとリュウガに振り下ろす。その魔剣は紅い長剣の《烈進》ではなく、緑色の無骨な一振り。

 

 

雷皇(らいこう)!」

 

 

【X階層】攻略にあたってヴェルフが急造で打った魔剣、それが《雷皇(らいこう)》。その名の通り宿す魔力属性は『雷』で、ベートすら巻き込みかねない広範囲の雷撃がリュウガに直撃する。

 

 

「っ……! 無駄な足掻きだ!」

 

「否、無駄などではありませんっ!」

 

 

体勢を崩したリュウガの背後に忍び寄っていた(ミコト)が、その両腕を遂に捉えた。一度掴まれれば単純なパワーでは引き剥がせないのが『柔術』。

 

型に嵌ってしまったリュウガに抵抗の術はなく、一息で投げられ地面に叩きつけられる。

 

 

「お隣を失礼、【凶狼(ヴァナルガンド)】殿! 及ばずながら勝手に助太刀いたします!」

 

「そういうことだ。よろしく頼むぜ狼男さんよ」

 

「……勝手にしやがれ。邪魔したら蹴り殺すからな」

 

 

リュウガを相手取る戦闘員3人の後ろでは、またしても詠唱が開始されていた。今なら十分な余裕があるし、他派閥の団員がこちらを気にしてないのも僥倖だ。『切り札』を使える。

 

 

「【――大きくなれ。其の力にその器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、どうか栄華と幻想を――大きくなれ。神饌を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を――大きくなぁれ】」

 

 

編み上げられる春姫の魔法。光が彼女の眼前に集約し、何かを形作っている。

 

しかし、なにより驚くべきはその詠唱速度だった。魔法詠唱はただ読み上げればいいというものではなく、例えるならその場で武器を正確に組み立てているようなもの。高速詠唱というのは並行詠唱に並ぶ魔導士の極意なのだ。

 

 

「【ウチデノコヅチ】」

 

 

収束した燦々たる光の束が、香奈へと降り注いだ。

春姫の超越魔法【ウチデノコヅチ】の効果は、短時間のみ対象のレベルを一つ上げる階位昇華(レベルブースト)。言うまでもない反則級のレア魔法。

 

レベル1の香奈が、春姫の力でレベル2へと進化した。階位昇華による能力値の上昇は、人の想像を遥かに凌駕する。

 

 

「何を企んでいようと、俺には勝てん。絶望を見せてやろう」

 

《ADVENT》

 

 

しかし、切り札を隠し持っていたのはリュウガも同じ。

デッキから引き抜いたカードをブラックドラグバイザーにスキャン。それにより、虚空に召喚されるのは反転世界の覇者。

 

黒鋼の巨体を持つ龍。仮面ライダーリュウガの契約モンスター『ドラグブラッカー』。

 

カード1枚で召喚されたあの龍は、リュウガに匹敵する強さを持った怪物だ。鳴り響くような叫びと共に、獲物を一掃しようと威圧を撒き散らす。

 

 

「【掛けまくも畏き───いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ】!」

 

 

その脅威を確認するや否や、(ミコト)も膝をつき詠唱を開始した。その意図を汲み取ったヴェルフたちは、彼女を守るように陣形を取った。強敵2体相手に無茶な作戦だが、ベートの暴れようが常軌を逸脱しているため、可能性はある。

 

そうだ、あくまで可能性。弱者が偉業を成すのに、確実なんて利口な逃げ道は存在しない。

 

 

「【卑小のこの身に巍然たる御身の神力を。救え浄化の光、破邪の刃。払え平定の太刀、征伐の霊剣(れいおう)】」

 

 

香奈は頭に浮かぶビジョンに従い、走り出した。レベル2の走力ならこの危険極まる戦場だろうと駆け回れる。それを妨害しようとするリュウガに、ヴェルフの《雷皇》が唸る。

 

 

「貰うぜ、その雷」

 

 

ガードベントで防御姿勢を取ったリュウガ。しかし、雷はその寸前で軌道を変え、ベートの魔法靴《フロスヴィルト》に吸い込まれた。魔剣の雷を帯びたベートの蹴りが、リュウガもろとも大地を叩き割る。

 

しかし、ドラグブラッカーが迫り、その長体がベートを弾き飛ばす。魔剣の雷すら意に介さず、口から放つ蒼炎の球が走り抜ける香奈を襲った。ダメージよりも厄介なのはその『特性』で、この炎は『敵を拘束する』。

 

 

「手間取ったが、これで終わりだ」

 

 

香奈の両足は地面に釘付けとなり、一歩も動けない。希望は水泡に帰した。ただ、動けなくなったはずの香奈が、リュウガの得意げな態度に笑いを飛ばす。

 

 

「【───響く十二時のお告げ】」

 

 

解呪式で香奈の姿が光の粒子になって消え、代わりに現れたのはリリだった。彼女の変身魔法【シンダー・エラ】によってリュウガの眼を騙したのだ。

 

ただ、この魔法は身長に準拠した変身しかできない。つまり化けていた香奈は本物よりも遥かに小柄だったのだ。それに気づかなかったのは、弱者を見下していたリュウガのミスに他ならない。ざまぁみろとリリは舌を出して嘲笑った。

 

 

「小賢しい真似を……! 本物はそこか!」

 

 

すぐさま別方向で走る香奈を見つけ、リュウガはドラグクローから炎を放射した。ベートとの戦闘中だったため軌道が逸れるが、それでもその火炎は彼女の背中を焼き焦がす。

 

痛い。熱い。苦しい。息もできない。それでも、

 

 

「私だって……主人公(ソウマ)に負けない私になるんだ!!」

 

 

目指すのは階層の中央。意味ありげに威光を放つ、円状の祭壇。その狙いを感知したのか、空を泳ぐドラグブラッカーが先回りの仕草を見せた。

 

 

「【今ここに我が()において招来する。天より(いた)り、地を統べよ───神武闘征】!」

 

 

間に合った。(ミコト)は組んだ両手を向かい合わせるように開き、吊り上げた双眸を龍へと向ける。召喚される光の剣。それ自身は実体を持たない幻だが、ドラグブラッカーを貫き地に刺さることで、その力は顕現する。

 

 

「【フツノミタマ】ぁああっ!!」

 

 

漆黒よりも澄んだ黒が怪物を閉じ込めた。

【フツノミタマ】は結界魔法。帯びる属性は『重力』。ドラグブラッカーの全長を容易く飲み込む牢獄の内部で、凄まじい重圧が囚人へと襲い掛かる。火炎も叫び声も、例外なく地面へと叩き落とす。

 

ドラグブラッカーの動きが、完全に制圧された。

 

その隙に祭壇へと到達した香奈は、儀式でも執り行うのかと言わんばかりの柱に囲まれたエリアに進むと、レベル2の腕力で足元を殴り壊した。

 

 

「やっぱり壊れた! そんで……下がある!」

 

 

予想通りというか、『見えた通り』脆く、この祭壇は更に下の階層へと入り口だったのだ。レベルブーストが持続しているうちに、香奈は急いで下層へと侵入した。

 

理屈はわからないが、【イースター・エッグ】を使った直後に【X階層】のことについて幾つも景色が浮かんできたのだ。それが下の階層の存在を教えてくれたし、その先にいる人のことも教えてくれた。

 

 

「───いた! あなたがベルくんの好きな人で、めちゃくちゃ強いっていう……アイズちゃん!」

 

 

マティーナの術中に嵌り、彼女の権能で活動を停止してしまっていたアイズは、この階層に安置されていたのだ。ボスを倒し、その先に眠る囚われの姫……いかにもアオイが好きそうな筋書きだ。

 

 

「あれれ、来ちゃったんだ。おっかしーなぁ、アオイから負けたって聞いてないのにー」

 

 

しかし、アイズがいるということは当然、彼女もいる。

【X階層】の創造主にして支配者、マティーナ。上で死闘を演じる冒険者よりも悪役共よりも、遥かに理不尽で趣の無い理外の存在。

 

でも、香奈にとっては『泥棒さんの彼女さん』くらいの認識だ。そんな赤の他人に構ってる暇はない。首をかしげるマティーナを片手で押しのける。

 

 

「ごめん! 今忙しいからどいて!」

 

「……なにそれ。そーゆー態度はヤなんだけど」

 

 

他者の看板を愛し、何より自己を愛するマティーナにとって、『無視』は逆鱗を突く行為に他ならなかった。故にマティーナは鬱憤晴らしの意味も込め、即座に香奈へと『発令』する。

 

 

「『片平香奈、私の視界内での行動を禁じます

 

 

マティーナが作り出したこの領域では彼女が規則。その支配からは、アオイだろうとアイズだろうとフォーティーンだろうと逃れられない。そういうことになっている。

 

しかし、マティーナが見ている中で、香奈は真っ直ぐアイズへと駆け寄って行った。

 

 

「はぁ……なんで!?」

 

 

言い直しなんかしない。彼女の『発令』に不発は有り得ない。

信じられず、認められず、受容できない。ついでに理解もできない。どうして権能が彼女に効かない? 王候補に引っ付いて来ただけの、精々虫や魚が殺せる程度の格の生き物の癖にどうして。

 

その時、マティーナの視界に入ったのは、衣服の後ろ半分が燃えて顕わになった香奈の背中。また、そこに刻まれた彼女の【ステイタス】。

 

神聖文字(ヒエログリフ)を読み解くほど、その能力値は貧弱を語っている。変わった『魔法』も使い捨てで、目覚めた能力だって理の範疇だ。

 

しかし、彼女の『スキル』のスロットを読んだ途端、

その『名称』を引鉄に、驚嘆と納得と焦燥が彼女の余裕に押し寄せた。

 

 

「嘘じゃん、そんなことってある???」

 

 

【ステイタス】は神が人に与える超能力じゃない。神の力で、その人が元々持っている潜在能力、可能性を引き出しているに過ぎないのだ。だからこそ、スキルや魔法は冒険者の人格や願望に大きく左右される。

 

香奈のこの『スキル』は、彼女が元々持っていたはずの力。歴史の消滅と共に消失したはずの『名前』が、『存在』が、女神によって記されてしまった。

 

 

「待って待って。もしかしてこれヤバっ……!」

 

「お願い起きてっ! アイズちゃん!」

 

 

瞳を開けたまま停止しているアイズ。香奈が彼女の頬に触れた瞬間、その人形姫に魂が宿る。マティーナの絶対独裁に亀裂が入る。無意識の霞を突き破ってアイズのもとへ届いたのは……香奈の懐から漂う香り。

 

 

「───ジャガ丸くんの匂い……!」

 

 

__________

 

 

ドラグブラッカーの暴走。重力の檻ではパワーを抑えきれない。【フツノミタマ】が突破されてしまった。

 

 

「っ……破られた……! ヴェルフ殿!」

 

「今度は痺れて止まってろ! 雷───!」

 

 

《雷皇》を振り抜こうとしたヴェルフだったが、放たれた弓矢のように加速した龍の頭が、彼の傍をただ通り抜ける。その移動の衝撃と風圧は必要以上の破壊を産み出し、文字通り太刀打ちできずヴェルフは吹き飛ばされてしまう。

 

ヴェルフの手から離れ、放り出された《雷皇》をドラグブラッカーは器用に嚙み砕いた。

 

一方でリュウガとベートの戦いも、互角を演じているがジリ貧だ。やはりイカロスに奪われたエナジーは大きく、攻め切れない。この散々な体たらくにベートは屈辱で奥歯を噛み締める。

 

 

「ケッ、やっぱりそうなんのかよ……!」

 

「最初から言っている。勝者も強者も、全てが俺のための賛辞だ……」

 

「ちげぇよバカが。全くてめぇは、今までどこで何してやがったんだ? なぁ……アイズ!」

 

 

ベートの屈辱は敗北を予感したからじゃない。風を感じてしまったからだ。彼女が来るより早く勝てなかった、故に彼女に勝利を譲ってしまうという悔しさからだ。

 

覚醒した【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインが、仮面ライダーリュウガの前に降り立つ。

 

 

「ベートさん……その、ごめんなさい」

 

「謝ってんじゃねぇよくそがぁっ! 俺は負けてねぇ! たまたま微妙なタイミングでお前が来ただけだ!」

 

 

アイズに抱えられ一緒に上層に戻って来た香奈は、声を荒げるベートを見てミカドを連想した。種族から違うのに人種が大変近く見えるのはこれ如何に。

 

 

「アイズちゃんと、ベート……さん? は、仲良しなんですね!」

 

「勝手なこと言いやがって、まさかアイズを呼んでくるとはなぁ……あーもう面倒くせぇ。今の俺は気分が悪ぃんだ、決めんならさっさと決めちまえ」

 

「……わかりました。でも、あの人……」

 

「人じゃねぇ。手合わせして分かったが、アイツは言葉も中身も空っぽの偽物、『幻』だ。モンスターと何も変わりゃしねぇ。遠慮せずぶっ殺せ」

 

 

ベートの言葉を聞いて、アイズは安心したように息を整えた。

黒い龍の騎士───その存在はアイズの中で黒い因縁を呼び起こす。よかった、人じゃないのなら()()()()()()()()

 

 

「【目覚めよ(テンペスト)】───」

 

「俺が幻だと……!? 違う! 俺はもはや鏡の中の幻ではない! 実体を得て、俺が、この世界に最強のライダーとして君臨する!」

 

《SWORD VENT》

 

 

龍の尾を模した黒い『ドラグセイバー』を召喚し、これで剣、盾、爪、リュウガは完全な装備を揃えた。今のリュウガはドラグブラッカーそのものを纏っているに等しい。

 

しかしアイズの【エアリエル】は、鈍重な鎧など無くとも、全てに勝る最強の武具なのだ。

 

 

「馬鹿……な……!」

 

 

たったの数秒の出来事だった。アイズの風とリュウガの炎がぶつかり合ったかと思うと、ドラグシールドが砕け散った。アイズの剣捌きはリュウガを圧倒的に超越し、放つ炎は彼女に届く前に風が阻む。

 

しかし、リュウガにも強者としての矜持がある。怒りのボルテージを上げて刃を叩き合わせ、暴力的に、威圧的に、怪物として一人の少女を全力で叩き潰しにかかる。

 

 

「黒の龍……!」

 

 

ドラグブラッカーも契約者の怒りに応じて吠えた。地上を蹂躙する恐怖の象徴、その炎も爪も牙も人間を殺して喰らうための武器だ。

 

何が矜持を傷つけられた怒りだ。

怒っているのは人間だ。虐げられ、奪われてきた、私たちの方だ。

 

あの『隻眼の黒竜』と関係ないのなんて分かっている。

それでも、湧き上がってしまった怒りを引っ込めてやる道理も存在しない。アイズもまた、人類に仇成す怪物を全力で叩き潰す。

 

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】───!」

 

 

風が強さを増した。大気を吸い込み、流れは極限まで加速し、暴れ狂う渦を成す。風を通り越した精霊の怒り、嵐。【エアリエル】最大出力。

 

その風は黒く濁っていた。その黒はリュウガよりも遥かに深く暗い。風が炎を消し飛ばし、爪を弾き、牙をへし折る。風に乗って浮上したアイズはドラグブラッカーを遥か高みから見下ろし、

 

剣戟乱舞。ドラグブラッカーの巨体はいとも容易く、たった一人の少女の前に平伏した。

 

 

「人を傷つけて、何もかも奪うだけのあなた達を……私は、絶対に許さない……!」

 

 

アイズ・ヴァレンシュタインの『スキル』。

 

復讐姫(アヴェンジャー)

・怪物種に対し攻撃力高域強化

()()()()()()()()()()()()

・憎悪の丈により効果上昇

 

 

仮面ライダーリュウガ。ヒトの形をし、言葉を話す装甲の戦士。

だが、その正体はある男を模した『ミラーモンスター』でしかない。その醜悪な本質を、交えた剣を通じてアイズは感じ取っていた。

 

アイズに『モンスター』として認識されたのなら、それが最期だ。対怪物の戦闘において、彼女を超える冒険者は一人として存在しない。

 

 

「俺は存在する……! 俺は最強のライダーだ!!」

 

 

絶命寸前のドラグブラッカーを再起させ、共に放つのは最大火力の攻撃。幾つもの火球がリュウガの前を囲い、ドラグクローを突き出すと同時に一斉に解放させた。前方一帯を焦土と化す大爆炎でアイズを喰らい尽くす。

 

青空よりも澄んだ憎悪と、殺意で、アイズは風を纏った。剣先から細い腕、しなやかな体、その足先に至るまで【エアリエル】を循環させる。己の肉体全てを、決して折れない一本の剣と解釈する。

 

 

「リル・ラファーガ」

 

 

『技名叫べば威力が上がる』は(ロキ)の戯言だ。だからこれは名前があるだけで、魔法でもスキルでもないアイズの必殺技。全身に【エアリエル】を纏って、一直線に加速して貫くだけの単純な一点突破。

 

ただそれだけの技を、防ぐ術など存在しない。

 

爆発する一陣の黒風。龍の炎を平らげて膨れ上がった嵐は、細剣の如く圧縮され研ぎ澄まされ、虚像の龍と怪人の心臓を刺し貫いた。

 

 

「きれい……あと、最強だ……!」

 

 

アイズの『リル・ラファーガ』はドラグブラッカーとリュウガを纏めて貫通し、その存在は二次元(カード)へと送還された。

 

完勝を果たしたアイズは、剣を仕舞って静かに闘志を鎮める。

金髪金眼、神知すら超えた優美さ、そして圧倒的な強さ。そんな年下の少女はどこまでも綺麗で───そんなどうしようもない感動と憧憬が、香奈の心から溢れ出た。

 

 

__________

 

 

アイズが帰還した。あぁそういえばそれも目的の一つだったと、冒険者たちは思い出す。そんな微睡みの中にいるような、歯車の外れた機械を必死に動かすような、到底戦うことなんて出来ない状態で彼らは───

 

 

「なんでっ……倒れないんだよ、お前らはッ!」

 

 

それでも戦うのだ。イカロスが焦燥を吐き捨て、攻撃の手を強める。だが誰もが倒れてすぐに立ち上がる。オレは強いよな? オレはあいつらの夢を折ったよな? そんな疑問が何度もイカロスを通り過ぎる。

 

 

「ボロボロにしてやったのに、夢なんて忘れたくせに、お前らなんなんだよ!」

 

 

フィンは【勇者】を名乗る理由を思い出せない。

ガレスは冒険者になった理由を思い出せない。

リヴェリアは森を出た理由を思い出せない。

ティオナは笑う理由を、ティオネは怒る理由を思い出せない。

 

 

「生憎それでも僕らは……冒険者なんだ」

 

 

そこには【ファミリア】の誇りがあって、背中に熱く感じる主神の【恩恵】があって、目の前に未知が、隣に仲間がいるのなら───冒険者は戦うしかないのだ。そこに物語がなくたって。

 

 

「───【ルミノス・ウィンド】!」

 

「鬱陶しいんだよさっきから!」

 

 

唯一まともに動けるリューは、倒れてなるものかと意地で食らい付き魔法を連打する。イカロスの竜巻に風弾は掻き消されるが、諦めない。彼らが戦っているのに諦められるわけがない。

 

 

「確かにお前は強い……理不尽なまでに。だが、それだけだ!」

 

「ッ……!?」

 

「お前には矜持が無い。尊ぶべき『自己』が無い! 自分が何者なのかを知る者は強い……かつてそれを忘れてしまった私だからこそ、今は決して見失わない! 私は戦い、彼の目覚めを待つ!」

 

「オレは……『私』は……! 黙れええええええッ!!」

 

 

リューの言葉がイカロスの何かを毟り取った。スイッチが壊れたように動作が狂い始めたイカロスは、目に入る全てを切り裂こうと、翼を振り回して荒れ狂い始めた。

 

それは未曾有の危機と同時に、好機に他ならない。思考は真っ白なまま、フィンは身体に染み付いた本能でそれを感じ取った。

 

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】───【ヘル・フィネガス】!」

 

 

それは、精神汚染に高い抵抗を持つフィンが辛うじて判断し、決め手として温存していた『魔法』。親指で額を押さえ、フィンの瞳が朱く染まり上がる。その瞬間に彼は獣となった。

 

【ヘル・フィネガス】は自己強化魔法。『狂化』と呼ぶのが正しいか、指揮官であるフィンの理性と判断能力を生贄とすることで、爆発的な能力上昇を可能にする諸刃の剣。

 

ただし、今この状況において、この欠点はむしろ追い風。端からロクに機能しない思考能力なんて投げ捨て、フィンは己の肉体を戦闘衝動に委ねた。

 

 

「うぉおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

リューの言葉で正気を失っているのはイカロスも同じ。ただし、あちらの攻撃精度は明らかに劣化している。斬撃の軌道が甘く、暴風の壁には隙間がある。その穴を嗅覚で捉えたフィンは、握った金の槍を全身の全霊で投げ放った。

 

 

「あガぁッ!?」

 

 

その一撃は、初めてイカロスに到達した攻撃となった。頭部に突き刺さる槍、赤く割れる視界。イカロスは自分のダメージが納得できない。未熟な生命には苦すぎた屈辱が、混乱が、その攻防を僅かな間無力化した。

 

 

「───見事です、【勇者(ブレイバー)】!」

 

 

彼らに代わり、傷だらけの妖精の剣士が刑を執行する。聖樹から作られた木刀は真っ直ぐに淀みなく、喚き叫ぶイカロスの片翼を烈断した。

 

 

「やれやれ……どうやら翼を捥いだくらいじゃ、僕らの夢ってやつは取り返せないみたいだ」

 

 

胴から切り離されて散っていく翼を目で追いながら、フィンは溜息交じりに呟いた。妄執にも似た戦意は、その小さな背中からは消え失せている。自分たちの戦いは終わったのだと、悟ったからだ。

 

 

「さて、随分弱体化させられたように見えるけど……これで後は任せていいのかな?」

 

 

フィンの言葉が向かったのは、立ち上がった二人の主人公。

ジオウとベルが、視線を交わすことなく肩を並べて敵を見据えていた。

 

 

「ここはベルさんの世界だ。だから、決着はベルさんが付けるべきです。あのスカした元凶は頼みます」

 

「じゃあ皆さんの夢は壮間さんに。勝ちましょう、必ず!」

 

 

幽汽はゲイツとレフィーヤが、片翼のイカロスはジオウが、そして『諸悪の根源』であるディエンドはベルが。この決着を以て、【X階層】を巡った戦いは終止符が打たれる。

 

 

「……僕は一度、貴方に負けています」

 

「身に余るよベル・クラネル。だが、その戦いのことは思い出せないだろう?」

 

「僕が忘れてたせいで貴方にこんなことをさせたのなら……僕が貴方を止めるべきだった。それができなかったのが、ただ悔しい」

 

 

イカロスに敗れて意識の底に墜ちたベルは、声を聴いていた。壮間の声、リューの声、レフィーヤの声───そして遡った先の、懐かしい祖父の声。読み聞かせてくれた英雄譚の記憶。

 

どれだけたくさんの英雄譚を読んだだろう。その中の英雄たちは、どれもベルの憧れを掻き立てた。その中で一人だけ───覚えのない『英雄』がベルの隣を過ぎ去った。

 

顔も名前もわからない、何を成した人なのかもまるで知らない。

 

それでも僕は、貴方を知っている。

 

 

「僕はもう貴方を恐れない。僕の世界は壊させない! 勝負だッ!」

 

 

冒険を、しよう。

この譲れない想いのために。

憧憬を追い、高みに手を伸ばす、その物語の続きを見るために。

 

彼らは今日も、明日も、何度だって冒険をする。

 

 

 




終わらないってマジ???
残された始まりの2コンビ。決着は持ち越しで、エピローグ込みの次回でダンまち編最終話です。

このダンまち編、イメージは劇場版なので、先の展開を踏まえた「先行登場」の意味が結構強いです。香奈にとっては特にそうで、今回の冒険は香奈の行き先をかなり変えたと思います。その意味を明かせるのはいつになるやら……

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