仮面ライダージオウ~Crossover Stories~ 作:壱肆陸
まどマギのアニメ&劇場版を再履修し、いざ新章開幕です。それはそうと、まどマギも鎧武もスピンオフが妙に多くないですか。
赴く舞台は見滝原。まずは新キャラ2人出ます。
今回も「ここすき」をよろしくお願いします。
私だって、変われたんだよ
「この本によれば、普通の青年、日寺壮間。彼は2018年にタイムリープし、王となる使命を得た」
ペラリとページを捲りつつ、預言者は上機嫌な様子で笑みを浮かべる。
「我が王たちを襲った
寄り道をして冷や汗をかいた甲斐はあった。
世界を旅して破壊を繋ぐ『10番』の物語───仮面ライダーディケイドのプロトウォッチが壮間の手に渡ったのだから。
「おっと、個人的な話を失礼。我が王が赴く次なる試練の『鍵』は……何の変哲もない、高校生としての日常の中に」
そう語る預言者の足元を、白い小動物のような何かが通り過ぎた。
__________
王を目指す者の朝は早い。
「っし……段々早起きにも慣れてきたな」
日寺壮間、朝6時に起床。寝間着からジャージに着替えると、軽く準備運動をしてからランニングを始める。
きっかけは2005年でヒビキやサバキに師事したことだが、最近行った異世界ではリュー・リオンとの稽古をしていたこともあり、朝から何かトレーニングをしなければ落ち着かない体になってしまった。
そして、壮間は自身の体力の向上をしっかりと実感していた。30分走っても体力に余裕が残る。公園でラジオ体操をしている小学生に手を振ると、次は折り返し。今度は少しペースを上げる。
「なんだろうな……こう走ってると、春に香奈と追いかけっこしたのが懐かしいな。あの時は俺が自転車だったけど」
ちなみにだが、ここまで鍛えても香奈との鬼ごっこで勝てる気がしないのは内緒である。
鍛えた結果が戦闘にどう出るかは置いておいても、朝から体を動かすというのは無条件に清々しいものだ。疲れより心地よさが勝る。家に戻ったら、次は朝食を摂ってからアナザーライダーの捜索を……
「遅いぞ日寺。朝食を作れ」
朝7時。
壮間より早く起き、同じように早朝トレーニングを終えたミカドとリビングで鉢合わせ。心地よさを疲れが抜き去って行った。
__________
「貴様……今日も鶏卵か。芸が無いぞやる気あるのか」
「……スクランブルエッグと目玉焼きは別もんカウントで頼む」
「黄身が完全に固まってるぞ、調理中寝てたのか? これでは醤油と黄身の味わいが一体とならんだろう、半熟に焼き直せ」
「うるせーな黙って食え!! お前何もしてない癖に!!」
壮間が用意した朝食にネチネチとケチを付けるミカド。
未来から来たミカドは宿を持たないことが発覚し、異世界から戻ってから彼は壮間の家に居候することとなった。その時色々あって「家事しなくてもいい」という条件を付けてしまったので、この有様である。
溜息をつきながら味噌汁を啜り、壮間は終わりゆく夏に思いを馳せる。
「夏休みもそろそろ終わるな。すげぇ長く感じたな今年のは一段と……過去に行ってる分実際長いんだけど」
「学校で時間が拘束されない今が、アナザーライダーを見つけ出す好機だ。休業に入ってから俺は既に、ファイズとウィザードのウォッチを手に入れているがな」
「うぐっ……その点、俺はまだこのディケイドとかいうプロトウォッチだけか……」
「貴様のものと決まったわけじゃないがな?」
「俺がベルさんから貰ったんだよ」
この「2009」の年号が刻まれたプロトウォッチは、何もかもが謎に包まれている。こっちの世界に帰ってから、他と同じようにタイムマジーンに接続してウォッチに関連付いた過去に飛ぼうと試みたが、タイムマジーンは作動しなかった。
アナザーライダーの出現より先にプロトウォッチが手に入ること自体初めてのことだ。現状、このディケイドのプロトウォッチは謎であると言うしかない。
固まった目玉焼きに塩を振り、白米と共に平らげるミカド。そして食後の珈琲を飲むと、不満足そうに壮間を睨む。
「なんだよ」
「……家事は当番制にしてやってもいい。ただし、まずはミルと豆を買え。珈琲はインスタントじゃ話にならん」
「ほんっとにお前……! あぁもう分かったよ、ちゃんと掃除も洗濯もやれよな!? しゃーない、とりま羽沢珈琲店に相談しに行くか……豆って喫茶店で買えるんだっけ?」
何が悲しくて彼女ができるより先にこんな小姑みたいな男と同棲をしなければいけないのか。夏休みだというのに、一日が思いやられる朝だ。疲れた目で夏休みの残り日数を確認すると、日付はカレンダー上の丸印に迫っていた。
「あぁそっか……もう。夏休みが終わるってことはそういうことか」
季節の変わり目は往々にして、若い学生にとっては人生の転換点。これはアナザーライダーの捜索にも勝る一大イベントだ。少なくとも、今の壮間にとってはそうだった。
「今回はちゃんと見ないとな、香奈の引退ステージ」
__________
「───はいっ、ここまで。いったん休憩な」
「えー早くない!? 私全然まだまだいけるよー!」
「香奈のスタミナがおかしいの。後輩殺す気か。あとほら、来てるぞいつものアイツ」
音楽に乗せて演じられる一糸乱れぬダンスが、部長の合図と同時に一人を除いて一気に決壊した。公民館で行われているダンス部の練習を覗いていたのは、首をキョロキョロさせながら入るタイミングを伺っていた壮間。
「ソウマ! どしたの、練習来るなんて珍し!」
「先輩の友達?」
「ほら、片平先輩とよく一緒にいる」
「あー先輩がよく言ってるあの……え、この人が?」
「えっと、すいません。香奈が世話になってます。あの、差し入れ持って来たんでよかったらどうぞ」
「ホント!? おーやったみんなアイスだよアイス! 私オレンジね! ソウマありがと!」
壮間の学校のダンス部は女子だけ。それなりの人数の女子に「ありがとうございます!」と一斉に頭を下げられ、不覚にも口角が緩んでしまう壮間。
「困るなぁ日寺。本番前の女子にカロリー摂らせるかよ普通」
「うぐ、成湖……言われてみればそうだ、ごめん……」
「冗談に決まってるでしょ。ほんっと、相変わらず機微ってやつがわかんない男だな、あんたは」
そんな壮間の頬を、冷えっ冷えのぶどうアイスで突いたのは、練習を取り仕切っていた部長の
「どうしたよ。珍しいっつーか初めてじゃん、ウチに顔出すなんて。あんだけお熱だった勉強に部活はどーした?」
「勉強はやってる、まぁそれなりに。部活はちょっと前にやめたよ。どーせ引退も近かったし」
「……戦力外だしな」
「ま、うん。そうですね」
周りの人間が皆厳しいと遠い目をする壮間だが、成湖は彼に関心の視線を注ぐ。合わない部活だしやめればいいのにと思ってはいたが、彼女の知る壮間は自分から部を退くような行動的な人間ではなかったはずだ。
驚いて開いた口でそのままアイスキャンディーを一口に齧ると、その歯形のついた紫色の棒で、成湖は後輩にアイスを配って回っている香奈を指す。
「香奈さ、何があったの」
「え、っと……何って?」
「いよいよバケモノじみてる。元々あの子は全国レベルのセンスだったけどさ、最近は特に表現力が桁外れだ。おかげでウチは無名ながら地区予選勝ち抜きのダークホースさ」
「はは、そうかな……いやあ、俺にはちょっとよく分からないというか……」
「あんたも変わった。去年までは意識だけ妙に高いナード野郎だった癖に。何があったよマジで」
香奈は最近、特に壮間と一緒にいる時間が増えたことは、ダンス部全員が知っている。故に疑われるとしたら壮間なのは仕方ないが、壮間も壮間で「一緒に死線を潜っています」とは言えないので、笑ってお茶を濁すしかない。
しかし壮間も成湖と話すのは久しぶりだ。そんな彼女に変化を気取られるほど、戦いと憧憬は壮間を変えてしまったらしい。
「ま、言えないならいーよ。別に2人で大人の階段上ったわけでもあるまいし」
「ッ、おまっ……!」
「あーいい。言わなくていい。有り得ないのはわかってる、日寺はそこだけは全然変わってないし」
「本当にやめてくれよ。どう反応すりゃいいのか分からんから、そういうの」
「そゆとこ。でも少しは見てやれよ、香奈のこと。あと───」
「ヒカリ! ソウマ! ふたりでなに喋ってんの?」
さっさとアイスを平らげて棒切れだけ持った香奈が、成湖の言葉を遮って駆け寄る。
言われなくても見ているつもりだ。この溢れる行動力と好奇心で、放っておけば何かと危なっかしいこの幼馴染のことは。
「もうすぐ引退ステージだろ、香奈。俺もミカド連れて見に行くって、それを伝えとこうと思って」
「え、ソウマ来るの!? 誘うつもりだったけど、ちょっと意外なような……! でも嬉しい。絶対一番取るから見ててよね!」
香奈の「意外」という評価は的を得ている。事実、タイムリープ前の「一回目」の壮間は勉強を言い訳にして香奈の引退ステージを見なかった。それを後悔することすら、しなかった。
でも、香奈の眩しさを直視できなかった前とは違う。今度こそ見ないふりなんてしない。彼女の高校最後の晴れ舞台を、しっかりとこの目に焼き付けたいのだ。
「3年生のラストステージはコンテストって聞いてるけど。この前みたいに会場近い感じだっけ?」
「いやー今回はめっちゃ遠いよ! えっと確か……」
「見滝原だよ会場。ほら、美紗羅が引っ越したとこ」
やけに壮間の顔をじっと見つめながら、成湖がそう告げた。彼女が出した名前は、壮間も聞き馴染みのあるものだ。
「あー……そういえばそうだった気がする。そっか、じゃあ会えるかな。だとしたらマジで久しぶりだな、
__________
見滝原で行われるダンスコンテスト、その2日前。
壮間は美沙羅の連絡先を知らなかったので、成湖の仲介で約束を取り付けてもらった。というわけで、壮間とミカドは一足早く見滝原に現地入りしていた。
「貴様、片平以外に友人いたんだな。しかも女か。はっ」
「何笑ってんだお前。そりゃ俺にだっているわ、女友達の何人かくらい。大体中学校の頃なんてそんな意識しないんだよ」
見滝原行きの電車に乗りながら、少しだけ自然が濃い景色を楽しむ。それなりに移動を楽しみながら、2人は目的地へと向かう。
壮間と香奈は親同士仲が良いのもあって、生まれた直後からの腐れ縁ではあるが、中学だけは別。香奈は父親の方針で女子校の羽丘女子学院に通っていたので、強制的に進路は別たれることになった。その中学時代に壮間が出会ったのが、梓樹美沙羅だ。
「中1のオリエンテーションで梓樹と一緒の班になって、そっから仲良くなって……んで、梓樹の幼馴染の成湖とも知り合って、って感じ。女子2人とプライベートで遊び行ったりとかはあんまなかったけどさ、学校ん中じゃ結構3人でつるんでた気がするな」
「男から嫌われてたの間違いじゃないのか」
「否定できね~。中1っていえば大分拗らせてた時期だし、成湖はモテてたからなぁ……梓樹もすげぇ勉強できたから、なんでそこに日寺!? とは言われてたかもしれん」
壮間は主人公に憧れて挫折した経験があるが、憧れてた時期がまさにその辺りだ。今となってはどう消化していいか分からなくなっている過去を、壮間は一旦思い出さないようにした。
ちなみに香奈だが、壮間の見滝原行きに際して「ミサに会う~~!」と成湖に同行を懇願していた。しかし、直前の練習を疎かにはできないので断念。香奈と美沙羅は高校からダンス部で出会い、壮間という共通項もあって瞬時に打ち解け、それ以来親密な仲なのだ。
「共通の趣味とか無かったのに、なんか妙に仲良くしてくれてさ、梓樹。よく給食で豆腐食べてくれたし、教科書忘れた時見せてくれたし。お洒落の割に引っ込み思案って印象だったけど、ちゃんと思い出すとめちゃくちゃ優しい子だったんだなって」
「……見滝原か、中々興味深い。いわゆる地方ではあるが、どういうわけか相当なレベルのテクノロジーが大規模に導入された都市づくりが為されている。この時代では類を見ない最先端都市だ」
「聞けよ。飽きたなコイツ」
ミカドが言う通り、見滝原は簡単に表現すると「近未来都市」。インターネットが生活の全てを接続し、コンピューターが人々の手足となっている社会。しかもそれがかなり前から存在しているとか。
情報端末で見滝原について調べるミカド。相変わらず野蛮なようで妙に学術的な男だ。
「貴様の旧友なんぞに興味は無いからな。俺は好きに動かせてもらうぞ」
「いいけど、夜にはちゃんと戻ってこいよ!」
分かってるのか分かってないのか分からない態度が気になるが、見滝原に到着したミカドと壮間は別方向に。
待ち合わせは駅前だ。視界に入る見滝原の光景は確かに評判通りの近未来都市。だが最適化された都市というわけでもなく、洒落たような雰囲気も漂う。木組みの街とは違った感じの、編み込まれた異国情緒とでも言えばよいのだろうか。
「なんか……ざわざわするな」
煌びやかで、洗練されていて、どこか歪さも感じるが、それになんとも惹きこまれる。これが見滝原という街なのか。
「あっ、いた。おーい。こっちこっち」
街の景観に眼を奪われていた壮間を呼び戻したのは、久しぶりに聞く柔らかな声。記憶にある通りの声の方に視線を移すと、そこには白いワンピースと麦わら帽子の待ち人が。
「っ!? ……やべ、一瞬わからなかったよ。お前……梓樹!?」
「うん梓樹美沙羅ですよ。久しぶり、日寺くん!」
正直腰を抜かしそうになった。壮間の知る美沙羅は決して野暮ったいと言うわけではないものの、年中似合わない服に着られているいるような、嚙み合いの悪い印象の女子だったはず。
それがなんだ。この一切の濁りや違和感を覚えさせない、派手ではないが夏の清涼感がそのまま現れたような少女は。時間としては1年も経っていないはずなのに、女子というのはこんなにも変わるものなのか。
「垢ぬけた、ってやつ? なのか?」
「そうかな? でも日寺くんも前より男前になってる。さ、行こっか。見滝原案内しますよ!」
随分と綺麗になった友人に、今更激しく緊張し始めた壮間。こんなことならミカドを逃がすんじゃなかった、無理にでも香奈を連れてくるんだったと、壮間は後悔した。
__________
壮間と別行動を取るミカド。壮間には観光に行ったとでも思われているだろうが、ミカドはこの見滝原に遊びに来たわけではない。
「奴がどこまで自覚しているかは知らんが、王の資格を持つ者同士……アナザーライダーと俺たちは因果で繋がっている」
木組みの街に内浦と、壮間が知らない土地に遠出をした際には決まってアナザーライダーと遭遇している。そして、その根底には常に「奇妙な偶然」が存在する。
「この大会の決勝が見滝原で行われること自体が、それなりに不可解だ。例年は都内で行われているのに、急に開催地が変更されている」
つまりミカドは「この街にアナザーライダーがいる」と睨んでいる。ダンスコンテストを調べるミカドの目が、ある参加グループのパフォーマンス映像で止まった。
「見滝原高校ダンス部……開催地代表枠か」
そのメンバーの名前で、再び目線が堰き止められる。
移動中に壮間から聞いた「梓樹美沙羅」の名前が、センターとして一番上に記されていた。
この妙な偶然に意味があるのは前提として、気になるのは彼女、美沙羅のダンス。その高校生離れした動きは、壮間から聞いていた彼女の印象とはかけ離れている。
「この女、本当に一般人か? まさか……」
__________
「え、梓樹も出るの!? 明後日のコンテスト」
「うん。まさか香奈ちゃんとヒカリちゃんも勝ち上がってきて、こうして日寺くんまでここに来るなんて、ほんと凄い運命」
「ん……それ今練習しなくて大丈夫なのか? めっちゃ本番前だし、香奈は練習してるけど」
「いいんです! 会場近いから余裕あるし、日寺くんと会えるならそっち優先でしょ」
「そうかぁ……?」
美沙羅に見滝原ダンス部の映像を見せて貰い、大口を開けて驚いた。あの自信なさげで人の前になんか立ちたがらなかった美沙羅が、こんなにも堂々と踊る姿は考えもしなかった。
「ていうか続けてたんだな、ダンス。高校からだろ始めたの。てっきり成湖と一緒の部活にしただけかと思ってたんだけど」
「んー……そうだったんだけど、好きになっちゃって。頑張ってメンバー入りしたんだよ。明後日は香奈ちゃんにも勝っちゃいますからね」
「俺どっちを応援すりゃいいんだよそれ」
最初こそ緊張したが、話してみたら壮間の知る美沙羅がそこにいた。互いに変に気を遣うこともなく、自然に会話をして、見滝原を歩いて進む。その街並みの中に美沙羅がいることに何の違和感もなく、壮間はなんとなく安心した。
「馴染めてるみたいでよかったよ。本当に梓樹は、実はなんつーか前から、ちょっと見てて不安なとこあったから」
「……そうかな?」
「気を悪くしたら謝るけど、前の梓樹は見てて危うかったよ。勉強にしたって習い事にしたって、あとは服とかもそう。子供なのに無理に『大人』をやらされてる感じ。心のどっかで俺は、梓樹は本当に大人になる前に壊れちゃうんじゃないかって、そう思ってた」
そう心配していても、前の壮間は何もしようとしなかった。
それは彼女個人の問題で、壮間が立ち入るべきじゃない。下手に手を出せば余計に彼女を傷つけるだけ。自分は自分の人生で精一杯だ。こんな言い訳を、心の中で吐き連ねるしかしなかった。
「だからさ梓樹。その服、最初はビックリしちゃったけど……似合ってるよ。今まで見た梓樹の中で一番似合ってる」
ダンスも凄く楽しそうで、彼女は本当にやりたいことができているんだなと、見るだけでわかった。何処かズレて歪んでいた美沙羅の印象が、ようやく年相応になったように思えた。
例え世界が滅びなかったとしても、高校三年生をやり直さなければきっと、壮間は二度と美沙羅と会うことはなかっただろう。だからこそ、こうして彼女に再会できた今は切に思う。
「俺らちゃんと一緒に大人になろう。そんで、大人になってもこんな感じでさ。取り留めないこと喋って笑えたらいいな」
そのためには超えなければいけない、世界が崩壊する来年の5月1日を。いずれ王となるアナザーライダーを倒し、壮間自身が歴史を統べる王になる。その決意を再び、固く結んだ。
「…………」
その後、長く続く沈黙。頬を赤らめて唖然とする美沙羅と目を合わせ、壮間はようやく我に返った。というより、静寂が彼を一般的な感性に引き戻し、先の発言の高温が壮間に還元された。
「忘れて……!」
「い、いや全然恥ずかしくないよ!? ごめん黙っちゃって! 感動しちゃったの、うん! カッコいいと思うよ私は!」
何とかフォローしようと不器用に言葉を探す美沙羅と、自身の場酔いの弱さに絶望する壮間。そんな衝突事故を起こし、なんとか立て直しを図る壮間の視界に、奇妙なものが入り込んだ。
「あっ、あれ! えっと……いやなんだアレ。有名な絵画? なんかほら変わった絵だなって」
思わず反射で発言してしまった壮間。彼が見つけたのは、ヴァイオリンコンサートのチラシの隣に張り出された宗教画のような1枚。
後光を発しながら宙に浮かぶ弓を持った女性の姿が描かれている。ただ神話的なソレというには女性の恰好が少し幼く現代的で、女性というよりは可愛らしい少女のような。
「……『救済の少女』、って呼ばれてます。この見滝原では」
「あぁやっぱこの街の有名な画家さんが描いたとか? 絵画展のポスター? なんか妙に気になるんだけど」
「この絵に描かれてる彼女が、本当にこの見滝原を救ったって言ったら……日寺くん信じる?」
美沙羅は冗談めいた口調で、それでもその『救済の少女』に真っ直ぐな眼差しを向けながら、その都市伝説を語る。
5年前、局所的な
瞬間的に観測された破壊に対し、最終的な被害が小さすぎたのだ。いくら避難が行われていたとはいえ死者数に関しては0。本来ならば街一つ程度、容易く更地になってもおかしくない規模の大災害だったというのに。
「その災害の中、見たっていう人がいたんだ。見滝原を襲った悪夢をたった一人で消し飛ばして皆を救った、この『救済の少女』の姿を。それ以来ここではちょっとした宗教みたいになって、有志がこんな風に存在を広めてるの」
「そうか。もしかして天使……だったのかな。その人が見たのって」
「天使? へぇ、面白いこと言うね日寺くん」
「あ、いや。天使とでも言わないと説明付かないよなって、そんな不思議なこと。天使じゃないとしたら一体……」
壮間は実際に天使に会ったことがあるので自然にそう思ってしまったが、この姿もイメージも、壮間の知る天使とは少し違う気がする。
これを幻覚か出鱈目と断ずるのは簡単だが、壮間はそういう非現実な存在に幾つも会ってきた。『救済の少女』を凝視しながら真剣に考える壮間に、美沙羅もまた、何か躊躇いを捨てたようにこんな話を振った。
「日寺くんは……魔法少女って知ってる?」
「魔法少女……?」
魔法使いなら
「別に大した話じゃないの。これもこの街の都市伝説、まぁただのウワサだと思って聞いて欲しいんですけど」
「……あぁ、わかってるけど」
「悩みを抱えた女の子の前に現れる妖精がいて、その妖精はなんでも一つ願いを叶えてくれる。願いを叶えてもらった女の子は魔法少女になって、悪い悪魔と戦う……って話なんだけど」
美沙羅の口から聞いた二つ目の噂話。それはいかにも夢見がちな年頃の女子の妄想に聞こえるが、与太話をしているにしては、美沙羅の声は重たいのが気になった。
「つまり『救済の少女』こそが、その『魔法少女』なんじゃないかってこと?」
「そうそう。あーでも、やっぱりちょっと突飛かな。どっちも都市伝説だし馬鹿馬鹿しいかも」
「いや面白いと思うよ、そういう仮説は。火のない所にって言うし、魔法少女だって本当にどこかにいるかもしれない。俺はそういう話、結構信じるよ」
「そうだね、私もこういうロマンチックな話は大好き。じゃあさ……日寺くん。もし願いがなんでも叶うとしたら、日寺くんは何を叶えてもらいますか?」
今度もゆっくりと歩み寄るような声で、美沙羅はそう問いかけた。真っ先に壮間の頭に浮かぶのは、当然「王様」の文字。だが、それは願いに違いないとしても、誰かに叶えてもらう意味があるのか?
「……何もないかな。叶えて欲しい願いは特に。夢はあるけど、自分の力で叶えたい」
「そ……っか。いいね! なんか男の子って感じで!」
答えたあと、少し気まずくなったのに気付く。本日二度目のやらかし。完全に回答を間違えたと、壮間は頭を抱えた。ここに香奈や成湖がいたら「そういうところだぞ」と総スカンを喰らっていただろう。
もう少しあるだろう、会話を長引かせる気の利いた答えが。王様じゃなくたって、お金とか勉強とか。何を馬鹿真面目に答えてるんだ。しかもなんか意識高い系みたいでカッコ悪い。
「変わってないって思ったけど、やっぱり変わったね日寺くん」
「それどういう意味で……?」
「悪い意味じゃないよ! 言ってることは中1の時に似てるんだけど……」
「え、俺って昔もこんなこと言ってたの……!?」
「言ってたよー。でもなんか漫画みたいなカッコいい言葉が、今はちゃんと『日寺くんの言葉』って感じがする。それだけ日寺くんが大きくなってるんだよ」
衝撃の事実のショックが大き過ぎて、壮間の耳には美沙羅の言葉の最後の方が入ってこなかった。肩を落として落ち込む壮間に微笑みを向けながら、美沙羅は小さく呟く。
「凄いなぁ……」
掠れて消えそうなその声も、壮間には聞こえていなかった。
___________
あの後、しばらく美沙羅に見滝原を案内してもらい、最後に一緒に夕食を食べて解散となった。そして完全に日が落ちて夜となった現在だが、
「ミカドあの野郎、やっぱ帰って来ねぇ!」
ホテルのチェックインを済ませた壮間だったが、ミカドからは「まだ戻らん」という超短文メールが届いて呆れ返る。
「アイツ、俺が寝たら部屋に入れなくなるの分かってんのか? 部屋1個しか取れなかったんだから勝手な行動やめろって言ったのに……!」
ぶっちゃけミカドが道に迷っている可能性は非常に高い。仕方がないので散歩がてら少し探しに出た壮間だが、壮間も土地勘は無いので見つかるとは思っていない。
(しばらく奮闘して駄目だったらもう知らん、帰って寝る)
壮間は苛ついていた。知らない街は夜になると一段と不気味になり、敵意すら感じてしまうものだ。ミカドに電話をかけながら、帰り道を見失わないように歩き回る。
騒ぐ若者もいない静かな夜の中、壮間が思い出すのは昼間の会話。『魔法少女』の都市伝説だ。
「もし魔法少女になるなら、どんな願いを……か。男だけど」
壮間はこの問いに無粋な答えを出した。それは反省している。だが、この話に違和感を覚えたのも事実だった。
『逆』なんじゃないのか。願いを叶えるための戦う力、魔法なんじゃないのか。
なんでもかんでも自分の話と重ねるのは悪癖だが、少なくとも壮間のケースはそうだった。不思議な存在に力を貰うまでは同じだが、『力』が『願望』の代償になっていることにどうにも違和感がある。
「もし俺がジオウになる前に、世界が救われてたら───」
果たして壮間は、怪人との戦いに命を投じることができただろうか。その答えは間違いなく否だ。今更卑下する気もないが、『王になりたい』という身勝手な欲望が壮間を強くしたのだ。
『願望』と『責務』という正負のエネルギー、その調和が人を動かす。もしその『願望』のエネルギーだけが他者に奪われ、『責務』だけが残ってしまったとしたら───
そこで壮間は考えを止めた。その先は余り想像したくない、過酷な道だ。
「……電話出ねぇし」
なんとなく予想できたがミカドは音信不通。ブロックはされていないので諦めず再度発信するが、今度は1秒と経たずに通信が断ち切られた。
流石に怒りが我慢できなくなり、来た道を戻ろうとする壮間。しかし、ファイズフォンⅩの画面を確認して、一つの異常事態に気付いてしまった。
「圏外……!?」
冷や汗が背を伝う。壮間の意識が一気に警戒に切り替わった。
この先進都市で、しかもホテルから大して離れていないのに、これは絶対に有り得ない。画面から目を離すと、壮間は己の注意力の無さを嘆く。
一体いつから陥っていた。そこはもう「知らない土地」じゃ済まされない異空間。
色彩がおかしい。配置がおかしい。次元も何もかもがおかしい。あるべきじゃないものがあって、動くべきじゃないものが動いている。平面で作られた立体の空間。それは見ているだけで気が狂ってしまいそうで。
「アナザーライダーか!? くっそ、行く先々に現れやがって! 探しといてなんだけど、今はお呼びじゃないっての!」
アナザーライダーだとしたら一大事だ。アナザービルドの時のように、香奈のステージを邪魔させるわけにはいかない。
ジクウドライバーとジオウウォッチを構え、壮間は異空間の奥に進むことを決めた。ステージ本番までに事を終わらせる。それが無理なら、邪魔できないくらいに叩きのめしてやればいい。
空間には廊下があり、おあつらえ向きに扉まである。それを開けて進むと、空間はまた一段と混沌を増した。
「なんだアレ……生き物なのか……?」
眼の無い人形たちが笑いながら踊っている。その中心にいる巨大な何かは、ツギハギの布で作ったような作り物の人体。この空間と同じく、平面で三次元に存在しているような、根本的な異質。
眼の無いそれらは高笑いし、壮間を見つけた。中心の巨大なそれも、モザイクのように表皮を変質させながら壮間に腕を伸ばす。
「ここはお前の巣、俺は餌ってわけかよ。あれこれ考える暇はなさそうだな!」
とにかく敵なのは間違いない。まずは迎撃をと変身しようとした壮間だったが、その前に壮間を囲っていた怪異たちが光に射抜かれ、破裂した。
淡い白の輝きが、壮間の前に降り立つ。
長銃を持った人間の少女がそこにいた。その姿は鎧を各部に纏いながらも、まるでダンスの衣装のようで。どこかあの『救済の少女』にも似ていて。しかし紛れもなく彼女は───
「梓樹……!?」
「怪我は無い、日寺くん?」
薄い空色の宝玉が、彼女───梓樹美沙羅の手首で輝く。
死線や非常識を潜り抜けた壮間は、その瞬間に全てを察してしまう。
『魔法少女』はウワサでも都市伝説でもなく、彼女自身のことだった。
「久しぶりに会った日寺くんは、やっぱり変わってた。明日会う香奈ちゃんやヒカリちゃんも、きっともっと凄くなってるんだろうなって」
美沙羅が持っていた銃が細かく分割され、一本の剣として再構築された。彼女は剣先をこの結界の主───『魔女』に向け、迫る腕を瞬く間に切り刻んだ。
「でもね日寺くん。私も……私だって、変われたんだよ。だからちゃんと見ててね、私のこと」
魔女に向かって飛んでいく美沙羅。
自分と同じように強大な敵と戦う、非力だった友人の姿が、壮間に気付かせる。
タイムリープしてから数か月、在り得ないことは大抵経験したと思っていた。世界は広く、思ったより異常に満ちていることを思い知った。
だが、その異常はただ何処かに存在しているだけに留まらず、普通だと思っていた壮間の日常や過去さえも飲み込み始める。もはやお前は普通の高校生ではないと、知らしめるように。
この物語は少年に問う。主人公の人生を歩むこと、その意味を。
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「繋がらない……妙だな。まぁいい」
時を同じくして、ミカドも壮間に電話が通じないことに気付いた。しかしそこで心配などしないのがミカドだ。彼は壮間なら放っておいても死にはしないと、理不尽な信頼を置いている。
ミカドは一日かけて見滝原の街中を調べた。そこで聞いた『救済の少女』の話は気に留めつつも、核心に迫るような情報は得られていない。そこで少し足を延ばし、見滝原に隣接する『風見野』という街のはずれにある教会まで来た。
蹴破られた痕跡のある入り口を潜り、中を確認する。どこもかしこも老朽化が激しく、壁面のガラスもほとんど割れて吹き抜けの状態。原型を留めている辺り5年前の災害からは免れたようだが、復興の恩恵も受けられなかったようだ。
「街に見捨てられた土地と言ったところか。何か巣食ってるとすればいかにもだが、果たしてどうか……」
動物にせよ人間にせよ、何かがいる気配は無い。住んでいるとすれば自生する植物くらいのもので、ただの忘れ去られた教会に見える。ミカドは心の半分で「外れか」と落胆していたが、半ば反射に近い直感が、思わず見落としそうになったそれを拾い上げた。
「ッ……! 最悪だ。これは……!」
「あなたは魔法少女?」
気配と声が無から現れた。考えるより先にファイズフォンを構え、その銃口と共にミカドは振り返った。その先にいたのも同じ。長い黒髪をなびかせる一人の女性と、ピストルの銃口。
ミカドは警戒する。恰好は女子制服のようだが、見滝原高校の制服とはデザインが違う。彼女の左腕にある円盤は盾か?
「……多様性に配慮する時代らしいが、面倒なものだ。見た通りに判断しろ。一応、駆け出しの魔法使いではあるが」
「そう。それなら、その『森』を追うのはやめなさい。そこはあなたが立ち入っていい場所じゃない」
女性が腕を動かすと、教会に根を張っていた植物が一斉に動き出す。そしてミカドが拾った不気味な色の『果実』もまた、ひとりでに動いて彼女の手元に収まった。
それに動揺した隙に、女性の姿は跡形もなく消えていた。ミカドが見つけた手掛かりである『森』の一部も、葉の一枚すら残すことなく。
「『ヘルヘイム』……!」
忌々しく、息を呑んで吐き出す、その森の名。
ミカドの時代では大陸一つを人類ごと飲み込んだ悪意の生態系。その脅威が、彼らの身に迫っていた。
本編5年後とか、魔法少女だれも生きてないだろ問題。ので、オリキャラの梓樹が2018年の魔法少女となっています。その代わりに名前には出したかったキャラの面影がチラホラと……成湖の名前の「晶」が鎧武の姉ちゃんと被った方は事故です。
次回、香奈が見滝原に行きます。
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