仮面ライダージオウ~Crossover Stories~   作:壱肆陸

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結構お久しぶりです壱肆陸です。
ガッチャードが直球で面白くて毎週が楽しい今日この頃。やはり仮面ライダーは素晴らしいと思う限りです。

今回は香奈も見滝原に来て、ゲストも登場。魔法少女とヘルヘイムの謎が勝手に深まり、日常をぶっ壊していきます。

今回も「ここすき」をよろしくお願いします!


なんで魔法少女なんかになったんだ

「おい日寺。寝てるのか。おい! ……っ、連絡を無視したのは詫びてやる。だから返事くらい……!」

 

 

 ミカドが見滝原の探索を終え、予約したホテルに帰って来たのは日付が変わった後。部屋は閉まっており、中にいるであろう壮間にドアを叩いて呼びかけるが応答なし。いかにも面倒くさそうに踵を返し、野宿を決行しようとしたミカドだったが、振り返ったら活気に欠けた顔をした壮間が歩いてきてきた。

 

 

「いたなら返事をしろ。仕返しのつもりか?」

 

「……なぁミカド」

 

 

 帰って来た壮間の姿を見れば一目で察せられる。変身もせずに何かと戦ってきたか、或いは思いがけない戦闘に巻き込まれたか。命を脅かす程のものでは無かったのも分かるが、気になるのは憂いを帯びたその表情。

 

 

「戦いに関係が無い奴がいて、それで今後も平和に生きていくんだって、生きて欲しいと思ってた。でも、そいつは知らないうちに命を賭けるようになってて……俺はどうやって、そいつを止めればいいと思う……?」

 

「……なんだ? いつになく王らしいじゃないか。王らしく、傲慢だ」

 

 

 刺々しい返答をすると、ミカドは鍵を取り出した壮間を素通りした。

 

 

「おい……!」

 

「一人で使え。辛気臭い部屋で寝るくらいなら外の方がマシだ」

 

 

 否定するわけじゃない。その思いが理解できないわけじゃない。

 ただ、他人を俯瞰する才能を持つ壮間が、その矛盾に気づいていないわけが無い。分かり切った答えに付き合ってやるほど、ミカドはお人好しじゃない。

 

 

「梓樹……」

 

 

 壮間は独りで朝を待つ。廻る夜を眺めながら、魔女の夢から醒めないままで。

 

__________

 

 

 その夜、一睡もできないなんてことは全く無かった。命が関わる事象にも慣れてしまっているのを自分で実感する。目を覚ますと香奈から「昼過ぎ現地入り!」とメッセージが届いていた。

 

 

「おはよう、日寺くん!」

 

「……梓樹。うん、おはよう」

 

 

 ダンスコンテスト前日。チームでのリハーサルの前の時間を使って、美沙羅は壮間に会いに来ていた。壮間はかける言葉も見つからないまま、調子を合わせるように挨拶をする。でも、昨夜のことを無かったように扱うことはできない。

 

 壮間を吞み込んだ異質な空間。そこを巣として人間を誘う混沌の怪物。そして、それと戦う『魔法少女』───それが美沙羅だった。

 

 鎧を纏うのではなく、何かの衣装に身を包むように『変身』した美沙羅は、剣や銃と『物を変形させる』ような特殊な魔法で怪物を一人で倒してしまった。怪物の巣はその瞬間に崩壊し、美沙羅は怪物の体から落ちた針の刺さった球体を拾い、『香奈ちゃんには内緒でね』と言って去ってしまった。

 

 

「『魔法少女』だったんだな、梓樹が」

 

「そうなの。でも意外と驚いてないんだね、もしかして知ってました?」

 

「いや……知らなかったよ、全然。じゃあ昨日言ってた話は全部本当だったってことなんだな。『救済の少女』も……魔法少女だったのか」

 

「多分ね。魔法少女って私以外にもたくさんいて、皆があの『魔女』と戦ってるの」

 

「『魔女』か……なんか全然そんな感じしなかったけどな。魔女っつーか『悪魔』って感じ」

 

「だよね分かる、なんで魔女なんだろ? 私が魔法少女になったのは半年くらい前で、その時から『この子』と一緒に戦ってるけど……聞いてもあんまりよくわからなくて」

 

 

 美沙羅が誰もいない場所を指し示すと、そこに滲み出るようにして『この子』と呼ばれるそれは姿を現して美沙羅の肩に乗る。真っ白いイタチのようなウサギのような小動物だ。

 

 

「はじめまして、僕はキュゥべぇ。魔法の使者さ。君が美沙羅の友人だね」

 

「喋……ってるのかこれ……? 願いを叶える妖精ってことでいいんだよな?」

 

「キュゥべえが姿を見せてくれるの珍しいんだよ? 恥ずかしがり屋さんなのか、いつもは普通の人には見えないのに」

 

「魔女との闘いに巻き込んでしまったのなら仕方がないよ。それに……」

 

 

 キュゥべえは赤一色の小さな目で壮間を見つめる。その表情からは感情を読み取れず、愛くるしいというよりは何処か不気味に感じた。

 

 

「面白いね、君にはかなりの魔法の才能があるみたいだ。君が少女じゃないのが残念だよ。生物学的に雄と分類される君を、魔法少女にしてあげることはできないからね」

 

「今は魔法少女が前より少ないらしくて、世界を守るためにもっと魔法少女が必要なんだって。昔は何人もいたらしいこの街の魔法少女も、今は私ひとり。でも大丈夫だよ、この街は私が守る。日寺くんが見滝原にいる限り、私がちゃんと守ってあげるから!」

 

「それは……頼もしいな」

 

 

 自身満々な様子で笑う美沙羅は、中学の頃に比べると見違えた。常にしたくもない背伸びをして、日常の全てが不自由そうにしていた彼女は見る影もない。心から楽しそうに生きている彼女がそこにはいた。

 

 だから壮間は言うべき言葉を言い出せない。

 

 

「……怖くないのか梓樹は。あんなバケモノと戦わなきゃいけないんだぞ」

 

「怖い……けど、それ以上に嬉しいの。想像も出来なかった、そんな凄い自分になれたことが、とっても」

 

 

 そうだろうな。分かるよ。そう、心の中で頷いてしまう。

 

 

「そうだ日寺くん。明日の本番の後……時間あるかな? 東京帰っちゃう前に、二人でちょっとだけ話したいことがあるんだけど……」

 

「うん、多分大丈夫。明日のステージの後な、覚えとくよ」

 

「ありがとう。じゃあまた明日! 私がんばるから」

 

 

 美沙羅とキュゥべえは壮間の視界の外に消えた。取り残された壮間は天を仰ぎ、声に出せなかった感情を吐息として吐き出す。

 

 昨夜、美沙羅の戦いを見てから、嫌な想像がずっと消えない。魔女という怪物も『嫌な感じ』がする。彼女から話を聞いて、あのキュゥべえとかいう妖精が現れて、それは加速度的に濃く、強くなっていく。

 

 想像できてしまうのだ。美沙羅がいずれ、戦いの中で命を落とす未来を。

 

 

「止めるべきなんだ……止めなきゃいけないのは、分かってんだ……でも……!」

 

 

 ()()()()

 

 戦う力を超常存在から貰って、その力で成りたい自分になろうとしている。それはまるっきり壮間にも同じことが言えてしまう。自分ばかりが夢を追って、人には諦めろだなんて、言えるわけがないじゃないか。

 

 明日だ。明日までになんとかしなければいけない。

 守りたい友人ひとり守れず何が王だ。

 

 あの魔女から美沙羅を永劫に守ることができる、そんな未来を見つけるしかない。

 

 

__________

 

 

 ひと月くらい前に法律が変わり、成人年齢が20歳から18歳に引き下げられることになったらしい。適用されるまではまだ時間がかかるらしいので、今まさに大人になろうとしている高校3年生には関係の無い話ではあるが。

 

 

「意外と短かったな、高校3年間」

 

 

 見滝原に向かうバスの中、他の部員たちには聞こえないように成湖晶は呟いた。成湖がダンスを始めたのは高校からだし、理由も大したものじゃないが、それなりに感慨が深いことに自分で驚く。

 

 法律が改正される前から、高校というのは一つの境界線だった。そこから社会に出るか大学に行くかは人それぞれだが、誰もが胸を張って子供だと言える最後の時間が、きっと今なのだろう。

 

 明日で彼女の部活動は終わりを告げる。緊張と不安で碌に回らない頭で過ぎ去る時間を数えていると、バスは目的地まで彼女たちを運び終わっていた。

 

 

「……香奈、着いた。行くよ」

 

「ん、ありがとヒカリ。もう着いたんだ」

 

 

 目を開いたまま固まっていた香奈に声を掛け、成湖たちはバスを降りる。

 

 

「じゃあ今から体育館で最終確認。それ終わったら軽く下見して宿だ。……おーい香奈、聞いてる?」

 

「え? うん聞いてるよ。練習行くんだよね! 早く行こ!」

 

 

 部員たちに指示を出した成湖は、またも上の空の様子の香奈に声を掛けるも、しっかりとした応答が帰ってきた。普段の彼女なら面白いくらい緊張するか、逆に一周回って変なテンションで暴走するところだが、今日の香奈はバスの中から様子が妙に落ち着いていた。

 

 

「どうしたよ香奈。緊張してんの?」

 

「……わかんない。でも多分、してない。だって明日はテレビも来る! ソウマも来てくれる! 皆が見てる! そんな高校最後のステージだよ? 明日、皆の前で踊るのがとっても楽しみでしょうがいないんだ」

 

 

 少なくとも高校で出会ったこのメンバーで踊るのはこれが最後。そう考えたのなら、最高のステージにしたいと考えるのが当然だ。春から経験した時空を超えた友情や、憧れの存在との邂逅、そして新たな憧れの芽生え、それら全てを表現したくて仕方がない。

 

 

「どいつもこいつも、勝手に変わりやがってさ……」

 

 

 遠足の前日や、祭りを待つ昼間の子供のような。この青春の崖っぷちで心底楽しそうに笑う香奈が、成湖には終わりかけの夏の日差しよりもよっぽど眩しく見えてしまった。

 

 

「明日、楽しもうね! ヒカリ!」

 

「……だね。どーせなら笑って終わろう」

 

 

 数字に直してあと30時間足らず。結果がどうあれ、彼女たちの夏はもうじき終わる。

 

 心のワクワクが収まらない。

 明日、私はどんな風に踊れるんだろう?

 

 胸を高鳴らせる香奈を、魔法の使者はじっと見ていた。

 

__________

 

 

「やはり跡形も無いか。昨日のアレがただの悪夢なら、それに越したことは無いが……」

 

 

 そんな希望に満ちた妄想なんて今は無意味だ。ミカドは昨夜の廃教会に再度足を運び、目の前に広がっていた現実を冷静に精査する。

 

 昨夜、この場所に自生していた植物は間違いなく『ヘルヘイム』だった。

 

 ヘルヘイムは2068年でも猛威を振るっていた凶悪な侵略性植物。未来では『ワーム』や『アンデッド』に並ぶ、或いはそれすら凌駕する危険な存在だ。無数の怪人を含めた広大な生態系そのものが人類に牙を剥く、そんな厄災に人類が成す術などあるわけもない。

 

 それが2018年に存在するとしたら、まず間違いなくアナザーライダーの仕業だ。そいつが誕生して何年経っているのかは分からないが、森が拡大し手遅れになる前に迅速に駆逐しなければいけない。

 

 

「ちょっとちょっと。あんた人ん家で何してんのさ、空き巣かい?」

 

「……?」

 

 

 教会を隅まで探索し、ヘルヘイムの面影が無いと確認したところで、ミカドは入り口の方向から聞き慣れない声に呼ばれる。随分とカジュアルかつ粗雑な服装で、長い赤髪を乱した女がそこに立っていた。片手に持っている紙袋の中身は果物のように見える。

 

 

「私有地だったのか、悪かったな。学校の課題で色々調べていただけだ。何も壊してないし盗んでもない」

 

「はっ、あんた真面目だねぇ。ちょっとからかっただけさ、久しぶりに里帰りしたら誰かいて嬉しくなっちゃってね。で? ウチの教会に何か面白いもんでもあった?」

 

 

 紙袋から林檎を取り出して齧るその女は、見たところ少し態度が荒いだけの一般人。ミカドは深く関わろうとせず、その横を通り過ぎようとする。

 

 しかし、彼女の真横に来た瞬間に、足を止めた。

 直感だった。この女の立ち振る舞いから、素人臭さを感じない。全身に薄く警戒心を纏い続けているような、研ぎ澄まされた野犬の風格。

 

 

「面白いものならあった。この世のモノとは思えない、気色の悪い植物がな。趣味の悪いガーデニングだ、貴様のセンスか?」

 

「へぇ……ねぇもしかしてあんた、魔法少女だったりする?」

 

「やはりセンスが粗末だな。世辞のつもりでも少女扱いは不快だと、黒髪仏頂面の友人にも伝えておけ」

 

 

 転身。そして衝突。女の先制の蹴りを右腕で防いだミカドは、息つく間も与えず反撃。女はそれをなんとか避けると、人間離れした動きに付いていけずに零れ落ちた林檎を空中で拾い、再び袋の中に仕舞い込んだ。

 

 随分と強引に鎌をかけたが、ヒットだ。この女は『魔法少女』と『ヘルヘイム』を知っている。

 

 

「おっとと、危ない危ない。いきなり顔狙い? 一応嫁入り前の娘の顔だよ、傷物になったらどーすんのさ」

 

「悪いが育ちが男女平等(死地)でな。郷に従ってレディファーストは遵守してやったんだが、不服か?」

 

「言ってくれるじゃん。あたしもさぁ、こういう舐めた口利く後輩には……ちょーっとわからせてやるって決めてんだわ」

 

 

 女が丁寧に紙袋を地面に置くのを合図に、戦いが再開した。

 僅かな立ち合いで女が人間の域にいないことは分かる。異世界の冒険者と同じ、後天的な超身体能力を前提とした戦いの組み立てだ。

 

 

(なるほどな。やはりこの力は……)

 

 

 この街に広まる『救済の少女』のウワサ。昨日遭遇したヘルヘイムを操る女。恐らく壮間の友人の女が『戦う力を手に入れていた』という事実。そして一連の問答とこの赤髪の女。

 

 そこからミカドが導き出した答えは、超常的な力を持った『魔法少女』と、それに敵対する何かの存在。そしてその魔法少女は、ヘルヘイムと何らかの繋がりを持っていると推測していた。

 

 まずは魔法少女がいかなる存在なのかを知る必要がある。そう思って仕掛けた小手調べだったが、そんな悠長に構えてはいられなさそうだ。少なくともこの女は、試すのが烏滸がましい程度には強い。

 

 

「あんた、暁美ほむらに会ったの? 驚いたよ、アイツもまだ生きてたんだ」

 

「それがあの女の名前か。そういえば、貴様の名前も聞いてなかったな魔法少女」

 

「なに、あんたサムライ? 佐倉杏子だよ。あんたの名前は言わなくていいよ、どーせ覚えらんないからさ!」

 

 

 女───杏子は教会の中に入ると、床に転がっていた長めの木材を蹴り上げ、その手に構えた。感触を確かめるように軽く振り回すと、杏子は追ってきたミカドの攻撃を中距離の間合いで完璧にいなし、その木材で手痛いカウンターを浴びせる。

 

 杏子の動きが一変したのは明らかだった。長物を持っているとは思えないほど軽やかで自在な身のこなしは、特定の武器の扱いを極めた達人のそれだ。

 

 

「強いな貴様」

 

「まぁね。こっちも伊達に長く魔法少女やってないわけ」

 

「そいつは奇遇だな。それに加え、俺とてそう何度も女に負けると流石に矜持に傷が付く。勝たせてもらうぞ」

 

 

 ミカドは徒手空拳。杏子は槍術。互いに長い時間を積み重ねた技術がぶつかり合う。杏子はミカドの手の内を警戒しているのか、攻撃を緩めず間合いを取らせない動きを続ける。そのせいでミカドはファイズフォンⅩ()を抜けないのだが、ミカドは敢えてその土俵に乗った。

 

 これは半ば強引に吹っかけた仕合、安全な勝利を求める気など毛頭無い。差があるのならそれを痛感するための戦いだ。正面からぶち破るのみ。

 

 鎌の如く空を切る杏子の薙ぎ払いを、ミカドは極端な低姿勢で回避した。

 

 

「っ……!」

 

 

 そこから右腕を起点に地面を蹴り、突き上げる槍のように全身で放つ両足蹴り。槍の防御を間に合わせた杏子だが、朽ちかけの廃材は蓄積された衝撃で破砕。防御を貫通し、その一撃は杏子の腹部を突く。

 

 

「へぇ……あんたやるじゃん」

 

「こっちのセリフだ。舐めやがって」

 

 

 ミカドはその一瞬の反射に舌を巻く。杏子は寸前で後方に飛んで衝撃を殺し、ダメージを抑えたのだ。それだけじゃない、蹴りを入れた瞬間にミカドが感じたのは『鎧』の手応え。

 

 杏子の薄着の内側───僅かに見える腹部に刻まれていた菱形の文様が輝く。

 

 

「っ、クソ」

 

 

 決着。ミカドの脚が杏子に触れた瞬間、それが形を持って彼女の服の下から離脱すると、光の鎖となってミカドの全身を拘束した。

 

 

 

「──いやー、近頃は魔女以外にも色々寄ってきてね。おちおち安心して寝らんないってんで、いつも魔法を身体に仕込んでんのさ。悪かったね」

 

 

 常に敵の急襲から術者を守り、反対に敵を拘束する罠の魔法。理に適った発想と技術だ。ミカドは賞賛ならともかく不平を訴えるつもりなど無かった。

 

 ただ、結局また女に喧嘩を売った挙句に敗北を喫し、その上拘束されて体をベタベタと触られている現状は少々沽券に関わる有り様だ。ここに壮間がいれば彼の目を潰していただろう。

 

 

「流石にこんなガッチガチな女はいないよな。ソウルジェムも見つからないし。あんた、本当に魔法少女じゃないの? こんなちっこい白猫みたいなの見たことない?」

 

「知らん。一般人じゃないのは認めるが、俺は貴様の言う『魔法少女』とは別ものだ」

 

「なんだ。キュゥべえのやつ、遂に誰彼構わず手を出し始めたかって思ったけど……そういうわけじゃないのか。じゃあなんで魔法少女なんて探ってんのさ」

 

「それはこっちが聞きたいな。何故貴様ら魔法少女が、あの『森』のことを知っている」

 

 

 互いの質疑がかち合った。初対面で殴り合っただけの関係、ミカドも杏子もすれ違うその思惑を測り知ることはできない。しかし、両者の中点に存在する『森』の存在、これを利用しない手は無い。

 

 

「森も知ってるんだ。ちょっとあたしその森に入り用でさ、そのために見滝原に戻る途中、ここ寄ったってわけ。よかったら案内してくれない?」

 

「俺も森に用があるが、悪いな。境遇は同じだ。昨夜まではここに森の一部があり、黒髪の女が森を操って消えた……俺が開示できる情報はこれだけだ」

 

 

 互いが何かを隠していると同時に、互いが知らない何かを知っているという確信。そして、現時点では利害と立場が一致している。

 

 ミカドを拘束していた菱形の鎖が消失する。戦う意志はもう無いと示すように、杏子は置いていた紙袋を拾って抱えた。

 

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。本気になったあんたから力尽くで聞き出すのは骨が折れそうだし、ここは一旦手を組むってのはどうよ? あんた名前は?」

 

「ミカドだ。覚えろ」

 

「心配しなくても強い奴は好きだよ。無駄な世話焼かなくて済むからね」

 

 

 大人びた笑いを浮かべると、杏子は紙袋の奥から引っ張り出した林檎をミカドに差し出した。

 

 

「食うかい?」

 

 

 僅かに見せた魔法の片鱗と未だ底の見えない実力。

 それよりも恐ろしいのが、人を騙すのも利用するのも躊躇が無い、何かを割り切ったようなその態度だ。そしてそれを隠す気の無い豪胆さと、自棄。近付き過ぎれば焼き焦がされてしまいそうな危うさが、彼女にはあった。

 

 ミカドは安全を求めない。その先には望む未来も、成りたい自分もいないと知っている。

 

 ミカドは杏子から林檎を受け取った。この女を利用し、先に進むという覚悟を胸に。

 

___________

 

 

「体育館、超ハイテクだったね! ていうか街全部がめっちゃハイテク! 未来!」

 

「ですねー。いつもここで練習できれば最高なのに、って思いました」

 

「香奈先輩テンション高っ。緊張とかせぇへんのかな? バケモンやわ」

 

 

 ダンス部は本番前日に成すべきことを全て終え、残すは直前のリハーサルと場当たりのみ。昼間は落ち着いていたのに、宿に来た途端に白熱する一方の香奈を見て、後輩たちは若干引き気味に驚いていた。

 

 

「あ、でもソウマ会いに来てくれなかったし! なんか既読無視するし!」

 

「えぇー片平先輩無視するとか、とんでもないバチ当たりですね」

 

「本番来てくれるならいいけどさ! そーいえば、ヒカリどこ行ったんだろ。明日早いし早く寝ろって言ってたのに」

 

「買い出しとちゃいます? それか散歩か」

 

「散歩! 私も散歩する! 体動かさなきゃ寝れそうにないし!」

 

 

 本番が近づくにつれ、テンションが普段のそれを飛び越えて天井知らずの上昇を見せる。今の彼女は制御不能の暴走機関車。最後の最後でも年上の駄犬っぷりを見せる香奈に、後輩たちも笑うしかない。

 

 後輩たちの制止が来るより先に宿を飛び出し、香奈は夜の街に駆け出す。都心に負けない大都会ながらも星空は宇宙の奥まで見えるようで、空気は澄んでいた。

 

 ひやりと涼しく心地の良い夜風。明日の景色を想像すると気分が昂ぶる。叫び出したい気分だった。この知らない街の真ん中で、私はここにいるぞと。

 

 

「誰か……踊ってる?」

 

 

 宿の近くの公園。気分のまま少し踊ってみたくなった香奈だったが、芝生の上に先客がいることに気付いた。

 

 香奈のダンス部と同じ、ジャンルはヒップホップのようだ。しかし、音楽も無く街灯もろくに当たらないこのステージで、そのダンスはただそれだけで燦然と絶対的な輝きを放っていた。

 

 香奈がその舞いに喝采を送る前に、月明かりがその踊り子の姿を照らす。

 

 

「えっ、ミサ!?」

 

「……来てくれたんだね、香奈ちゃん。待ってた」

 

 

 香奈がここに来るとわかっていたように、美沙羅はその再会を歓迎した。

 

 

__________

 

 

 こんなに長い時間を苦悩に費やすのは久しぶりだなと、壮間は思った。

 

 

「魔法少女のこと、もっと聞いとくべきだったな……」

 

 

 何もしなければ時間というのはあっという間に過ぎてしまい、気付けば夜。ミカドはあれ以来現れないし、香奈からのメッセージも大半が美沙羅に関することなので無視してしまっていた。

 

 色々と考えはしたのだ。

 

 まず魔女を全部倒す……聞く限り相当数が蔓延っているようで、虱潰しの駆逐は無理がある。ではせめて美沙羅を守れるように、彼女を東京に引き戻すか? いや、そうなると見滝原を守る魔法少女がいなくなる。彼女は使命を放り出せるような人間じゃない。

 

 

「あぁもう、なんなんだよ魔法少女って……!」

 

 

 壮間は壁に張り付けられた『救済の少女』の絵に拳をぶつける。みっともない八つ当たりだと分かっていても、思ってしまった。

 

 『救済の少女(おまえ)』が本当に魔法少女だとするなら、今どこで何をしてる? この街を救ったんだったら、さっさと現れて美沙羅のことも救済してくれよ。

 

 

「なんで魔法少女なんかになったんだ……! 梓樹……!」

 

 

 魔法少女になり、命を賭すのに見合う対価。あらゆる過程を踏み倒して成就する、たった一つの『願い』。彼女は一体、なにを願ったのだろう。

 

 

「美沙羅がどうしたって?」

 

「っ、成湖……!? なんで」

 

「よ、偶然だな日寺。散歩だ、散歩。精神統一ってやつ? にしても本当に来てたんだな、見直したよ」

 

 

 思考が行き詰っていた壮間の前に現れたのは、ジャージ姿の成湖だった。この付近がダンス部が泊っている宿なのだろうか。香奈が来ていたら既読無視を問い詰められていただろうなと、壮間は胸を撫で下ろした。

 

 

「散歩って……別にいいけど、女子が夜に一人は危なくないか? 宿まで見送ってくよ」

 

「そういう気遣いがずっと出来りゃ、多少はモテるんだろうにな」

 

「うるせぇ」

 

「で、美沙羅に会ったんだろ? どうだった? 女子一年会わざればなワケだけど」

 

「いや……どうって言われても……綺麗になってたよ」

 

 

 壮間は悩んだ末に言葉を濁す。さっきの独り言が聞かれていたのなら、彼女の現状を成湖にも明かすことになりかねないのだが。

 

 

「……ホント、わかってねーな。美沙羅は昔っからずっと綺麗だよ」

 

 

 成湖はそう言うと歯を見せるようにして笑った。中学の頃、3人でつるんでいた時と変わらない笑顔だ。こうして二人でじっくりと話すのも久しぶりで、美沙羅と会ったことも重なって、まるで中学に戻ったように感じた。

 

 

「……変わったよな、美沙羅も、お前も」

 

「どうしたんだよ……そんな急に」

 

「私が美沙羅と仲良いのは知ってるだろ? 連絡はいつも取ってた。だから美沙羅が明日、私たちと同じステージに立つのも知ってた」

 

「それは俺も聞いたよ。お互い部活最後のステージ、どっちが勝っても恨みっこ無しの真剣勝負だって」

 

「違うんだよ日寺。違うんだ……美沙羅と私とじゃ、明日のステージの意味がまるで」

 

 

 行き先を誘導するように、成湖の歩幅が僅かに広がる。彼女と壮間の距離が、少しだけ遠くなった気がした。

 

 

__________

 

 

「ええええぇっ!? ミサが見滝原高校のセンター!? で、明日のコンテスト出るの!?」

 

「うん、そうなの。日寺くんには言ったんだけど、聞いてなかった?」

 

 

 噴水と大きな池が見えるベンチで体を並べ、香奈と美沙羅は1年ぶりの会話に興じる。互いが互いの変化に驚きながらとめどなく溢れる言葉と感情は、やはり明日のステージに行きついた。

 

 

「聞いてない! あ、でもこれはミサの口から聞けてよかったかも。だからソウマってば既読スルーしてたのかな? いやーソウマもアレですなぁ。アレ。えっと……」

 

「もしかして、粋?」

 

「それそれ! すごくダンス上手くなってたし、頑張ったんだねミサ。いやぁーまさかラストステージでミサとまた踊れるなんて! もう明日が楽しみ過ぎるよ~!」

 

「楽しみ……か。そうだね。私も楽しみ。明日は……私の最後のチャンスだから」

 

 

 夜空に向いていた屈託のない香奈の笑顔の横で、美沙羅は据わった声で言った。香奈も経験的に、その周囲に漂った剣呑を察する。

 

 美沙羅の『最後』は、香奈とは言葉の意味が違う。

 

 

「……どういうこと、ミサ?」

 

「ねぇ、香奈ちゃん。明日が終わったら、香奈ちゃんは何になるの?」

 

 

 無意識のうちに考えないようにしていた事だった。一足早く夢から醒めたような、そんな気分になった。

 

 4月の頃は漠然とダンスを続けたいと思っていた。でも、壮間の旅に同行するようになって、自分のやるべきことをもう一度考えなきゃいけないと思うようになった。

 

 でも、そんなことはダンス部の仲間には関係ない。だから今はただ目の前のステージに全力を尽くそうと、この人生の一幕を仲間との楽しい思い出にしようと、ただそれだけを考えて。

 

 

「私は……」

 

「私はね、街を作るの。この街の大学で都市開発の勉強をして、日本中に見滝原みたいな先進都市を作ることになってる。そう、お母さんが決めたんだ」

 

 

 香奈もよく知っていた。美沙羅の母は教育者として有名な人で、今までも美沙羅の進路はほとんど母が決めていたらしいのだ。

 

 

「ここに引っ越したのも、お母さんが見滝原の都市システムを気に入ったから。部を引退したら受験に専念しなきゃいけない。だから、私のダンスは明日でおしまい」

 

「そう……なんだ。ミサは……ミサはそれでいいの!? お母さんに無理言ってダンス始めたって言ってたじゃん! 本当はダンス続けたいんじゃ……!」

 

「いい。ダンスやれてたのはお父さんが口利きしてくれてたからだけど、引っ越しの時に出てっちゃったしね。それに、こんな私を育ててくれたのはお母さんだから、感謝はしてるんだ」

 

 

 美沙羅の言葉には決意が籠っている。彼女がそう決めたのなら、心がモヤモヤするが何も口出しはできない。ただ、香奈の胸を貫くのは、彼女の鋭い視線。

 

 心臓が縮むような冷たい緊張。その緊張の名前は、『敵意』だ。

 

 

「私は……高校に入った時から、ずっと香奈ちゃんみたいになりたかった。なんでもできるみたいに自由で、快活で、眩しくて。日寺くんの視線の先にはずっと香奈ちゃんがいた」

 

「ソウマ……?」

 

「私は日寺くんが好き。だから、明日のコンテストで優勝して日寺くんに告白する」

 

 

 ・・・・・・・

 

 

「ええっ!!??」

 

 

 恐らくここ数か月で一番大きい声が香奈の腹の底から出た。夜中なので慌てて口を塞ぐが、そうでなければ肺活量の限り叫んでいただろう。

 

 今何て言った?

 

 ソウマが好き??

 

 

「……なんで!?」

 

「え……なんか思ってた反応と違う……」

 

「ねぇ本当にソウマが好きなの!? なんで!? どの辺がいいの??」

 

「どこってそんなの……まず優しいでしょ? それにすっごく面白くて、頑張り屋さんで、あとやっぱりカッコいいとことか……とにかく私にとって特別な人で……」

 

 

 知らない人の話だ。そもそもの前提が違うのだろう、英語で話されているように何も伝わってこない。

 

 

「あれ……? てっきり私は、香奈ちゃんも日寺くんが好きなのかなって……」

 

「えー!? ナイナイ! 全然無い! 確かに最近はね、最近のソウマのことはめっちゃ応援してるけど! 好きとか恋とかラブとかそーゆーのじゃないよ!」

 

 

 香奈も壮間がミカドを除いて誰彼から嫌われるような男だとは思っていないし、魅力が無いとまでは言わないが、それと恋愛感情とはどうしても結びつかない。美沙羅はしっかりしている印象だったので、彼女が壮間を好きというのは意外も意外な話だった。

 

 

「へぇー、ミサってソウマが……へぇー」

 

「……本当にどうとも思ってないの? 日寺くんのこと」

 

「え……? うん、だからそうだって。ソウマのことが好きだなんて、そんなわけ……」

 

 

 じっと、美沙羅は何も言わず香奈の目を見る。

 香奈は思わず目を逸らしてしまいそうになった。誤魔化しもせず答えたはずなのに、その目からはあの緊張が消えていないようで。

 

 

「……そっか。ごめんね、変な話しちゃって。でも私の気持ちは変わらないよ。明日、ずっと憧れてた香奈ちゃんに勝って……変わった私を、日寺くんにも好きになってもらう」

 

 

 立ち上がった美沙羅は数歩先に進むと、体の向きを変えず、座ったままの香奈に振り向いた。

 

 

「私はこの街で大人になるよ。明日のステージが終わるまでが、私が子供でいられる最後の時間」

 

 

 それは確かめるまでもなく、宣戦布告だった。

 言われるまでもなく手は抜かない。事情を知ったとしても、香奈だって明日皆で笑って終わることを諦めない。全力を尽くして、踊るだけだ。

 

 

「また明日。いいラストステージにしようね」

 

 

 そう、心は決まっているはずなのに。

 どうしてか、その背中を見つめたまま、香奈は立ち上がることができなかった。

 

 

__________

 

 

「───美沙羅はあのクソ母親のせいで、明日から先の人生を決められてる。守ってくれてた父親は遂に愛想つかして逃げちまった」

 

 

 成湖は、美沙羅の抱える決意を本人から聞かされていた。成湖はそれを、『恋心』という要素を除いて壮間に伝える。

 

 

「お前だって知ってるだろ? あの毒親のことは」

 

「まぁ、俺ら一緒に叱られたこともあったしな……梓樹に関わんなって」

 

「あのババアは自分の娘を教育モデルとしか考えてない。進路から趣味や服装まで勝手に決めたレール走らせて……美沙羅をまるで商品かなんかみたいにプロデュースして自分の教育の賜物なんですよって自慢しようとしてる、いい歳して承認欲求拗らせたド屑だよ」

 

 

 凄まじい物言いだが、壮間も否定はしなかった。

 少なくとも壮間の知る美沙羅の母親は、メディアでたまに見る時を除けば決して褒められるような印象を持たない。

 

 

「今が美沙羅の最後の猶予なんだ。お前には言えないけど、明日のステージにデカい想いも賭けてる。私はただ中学でバスケ嫌になってダンスやっただけだからな、美沙羅と私じゃ覚悟ってやつが違う」

 

 

 成湖がダンスをやったのはもう一つ理由がある。高校に入り、ダンス部の体験入部にいた香奈を見て、美沙羅がダンスを始めると言ったからだ。香奈の近くで、香奈に勝ちたいと美沙羅が言ったのだ。

 

 幼い頃からずっと美沙羅は束縛されていた。だから、中学で壮間への想いを聞いて、親友としてできる限りの応援をしようと決めた。しかし今、その行く末に辿りついてしまった。

 

 

「ずーっとこのまま……まだダラダラこういう関係が続いて行くんだろうなって、根拠もなく思ってた。でも終わりが近づいて、美沙羅は変わらざるを得なくなった。そしたらお前も香奈もえらく変わってんだぜ?」

 

「勝手かもだけど、今ならちょっと分かるよ。その気持ち」

 

「……全っ然わかってないね。私はさ、日寺。ずっと今が続いて欲しいんだ。この夏が終わらないで欲しい。明日なんて来ないで欲しい。明日どっちが勝ったって、今日の関係はもうそこには無いだろ?」

 

 

 成湖は小さく踊るようなステップで、足を速める。

 川が流れる音が聞こえる。この橋を渡った先に、ダンス部の宿があるのだろうか。

 

 

「勝手に痛みを知って、何かを納得して……お前らは変わってく。私だけが、置き去りになるんだ」

 

 

 そこでようやく壮間は気付いた。

 何か妙だ。成湖の様子がおかしい。

 

 壮間は魔法少女のことを、美沙羅が願ったモノのことを考えてしまっていた。気付いた時にはもう、成湖は橋の手すりに乗りかかっていて───

 

 

「だからさ。明日が来るくらいなら……死んだ方がいいよな」

 

「成湖!!」

 

 

 高めの柵を背中で飛び越え、成湖は無気力にその身を投げ出した。

 

 高さはそうでもないが、頭から落ちた。川の水位が無ければ死にかねない。そんな考えが巡るよりも先に駆け出し、壮間は橋から飛び出して落ちゆく成湖の腕を掴んだ。そして、壮間のもう片手が橋の縁を掴んで、落下は止まる。

 

 

「成湖! しっかりしろ、おい!」

 

 

 気を失った成湖の首元に、小さい鳥居のような模様が見えた。

 いくら自暴自棄になろうと成湖は本番前に刺青を入れるような奴じゃないし、ましてや自殺なんて手段は決して選ばない。

 

 成湖は正気じゃなかった。

 何か異変が起こっているのは間違いなくて、考えられるのは当然───

 

 その瞬間、空間が歪む。片手で掴んでいた橋が消え、無かったはずの足場が現れ、そこは異空間へと塗り替わった。

 

 

「魔女の結界……!」

 

 

 真っ黒な背景、整列して空を行進する橙色の灯。野菜や果物の頭をした『使い魔』たちが、切り絵の浴衣を着て踊っている。金切声で奏でられる不協和音の祭囃子が聞こえ、そこにあるのは形だけを真似た歓楽の紛い物。

 

 使い魔たちに囲まれた櫓の上にいるのがこの結界の主、魔女だろう。笑顔のお面を付けた魔女は、壮間と成湖を見つけ血と墨の色の体を揺らして喜んだ。

 

 

(成湖はコイツに操られてたのか……! 人を操って自殺に追い込んで、その後どうすんのかは大体想像つく。そりゃ魔女の存在が表に出ないわけだ……)

 

 

 これだけ強大な存在が普段は不可視の結界に身を隠し、寄ってくる餌を取り込む。加えて、美沙羅の話だと使い魔も成長したら魔女になるらしい。生態が狡猾にも程がある。

 

 それにしても、やはり魔女から匂うのは『嫌な感じ』。怪人を相手にしている時とはまた違う。本能的に戦いたくないような、強烈に沸き上がる忌避感。

 

 だが、壮間は無理矢理緊張を鎮めてジクウドライバーを構えた。思案する暇は無い。一刻も早く、壮間の手でこの魔女を───!

 

 

「日寺くん!」

 

「……梓樹……!」

 

 

 詳しいことは教えてくれなかったが、魔法少女は魔女の出現を察知できるという。外側から結界に侵入してきた白い光。魔法少女に変身した美沙羅が、壮間を守る位置に着地した。

 

 ───間に合わなかった。壮間はジクウドライバーを隠し、奥歯を噛み締めた。

 

 

「晶ちゃん……!? 『魔女の口づけ』がある、そっか……ステージ前で緊張してたのを、魔女に付け込まれたんだ。許せない!」

 

「っ、待て梓樹!」

 

「大丈夫だよ日寺くん! 日寺くんも晶ちゃんも、絶対に私が守るから!」

 

 

 手を伸ばす壮間の方を見ずに、美沙羅は両手に剣を持って魔女に向かっていく。友達を傷つけられた怒りをそのまま発露するように。

 

 しかし、その軌道は余りに正直で、直線的過ぎた。

 

 

「───え……!?」

 

 

 魔女の身体の墨色が多数の腕となり、指から放った弾が美沙羅を迎え撃った。結果、爆発に押し戻されて美沙羅の体は抉られながら遥か後方に吹き飛んでしまう。

 

 壮間は届かなかった自分の腕を、無念と共に地面に叩きつける。

 

 壮間の『想像』は突拍子の無い妄想ではない。その本質は得た情報から無意識に行われる『分析』だ。その『想像』が美沙羅の死を警告している最たる理由は、非常に単純で残酷だった。

 

 まず、あの魔女は昨日の個体より格段に強い。そして、それ以上に───

 

 

(アイツは……梓樹は……! ()()()()()()()()()()()……!)

 

 

 昨日の戦闘の時点で、彼女の戦いは非常に危なっかしかった。きっと誰かを守りながら戦ったことなんて無かったのだろう。あれは首の皮一枚の勝利だったのだ。

 

 だが彼女は結果に陶酔し、それに気付いてすらいなかった。この見極めの甘さは戦い続ける上で致命的であり、センスの欠如と言わざるを得ない。半年も生き残れたことが奇跡と思えてしまうほどに。

 

 残酷だ。だから壮間は思ってしまった。

 美沙羅はきっと、戦うべき人間じゃないと。

 

 

(強い……こんな魔女、今まで見たこと……! でも……!)

 

 

 美沙羅は傷を負った体に手を当て、自身の魔法で再生を行って立ち上がる。敵わないかもしれない敵なのが分かったとしても、想い人と親友がいる前で引き下がれない。

 

 

「何も選べなかった弱い私とは違う! 変わったんだ! 私は!」

 

 

 その覚悟とは裏腹に、壮間は立ち上がった美沙羅に絶望感すら覚えてしまった。

 

 壮間が短期間で強くなれたのは、出会いに恵まれ過ぎたからだ。だが美沙羅には技術を教えてくれる先輩も、高め合う好敵手もいなかった。ずっと独りで戦ってきた美沙羅が強くなれなかったことに一切の非は無い。

 

 だから、この窮地は誰が悪いのかなんて決まってる。

 邪悪の魔女と、性懲りもなく迷って突っ立ってるだけの壮間だ。

 

 

「……ッ、変身!」

 

《ライダータイム!》

 

 

 魔女の4本指が長い刃物のようになって、使い魔の軍勢と共に美沙羅を刻まんと迫る。その悪意の波を一瞬で斬り捌いたのは、ジオウへと変身を果たした壮間だった。

 

 

「日寺くん……!? どういうこと、その姿って……!?」

 

「黙っててごめん! 罵倒も失望も後で聞く! だから……!」

 

 

 美沙羅は救済なんて望んでないのかもしれない。彼女にはまだ叶えたい何かがあって、実現したい自分がある。この戦いでそんな彼女の何かが劇的に変わったかもしれないのにと、傍観者は言うだろう。

 

 でも、壮間が主人公足り得る『想像力』という才能が、その可能性を否定している。美沙羅は明日を迎えずに死ぬ。それが読めていて、黙って見ているなんて壮間にはできなかった。

 

 

「だから……あの魔女は、俺が倒す!」

 

 

 

 ───刹那

 

 櫓が崩壊する。魔女の背中から黒い液体が花火のように噴き出て、遅れて発せられた悲鳴が結界を揺るがす。

 

 空間に亀裂が入っていた。

 それは穴でも扉でもなく、転位(ズレ)だ。位相がズレた空間が相食んで、それを引き裂くようにして入り口が生み出されている。それはまるで、というより()()()()()()()()

 

 発生した欠陥(クラック)から瞬く間に異形の植物が繁殖し、結界の半分が森へと変容した。森の先頭に立つ存在こそが、一瞬にして魔女を斬り倒した侵略者。

 

 

「お呼びじゃねぇって言っただろ……クソっ……!」

 

 

 腐ったような鈍色の大剣を担ぎ、枯れた樹皮を切り出した鎧を着込んだその風貌は、死に瀕してなお戦地を彷徨う武者の如し。

 

 その両肩の大袖に刻まれし銘は、『2013』『GAIM』。

 落ち武者のアナザーライダー、『アナザー鎧武』。

 

 

「魔法少女と、王の資格者……」

 

 

 アナザー鎧武が二人の存在を認識する。

 それに対し、ジオウが下した判断は『即殺』だった。

 

 

《アーマータイム!》

《ビ・ル・ドー!》

 

《フィニッシュタイム!》

 

 

 混乱する使い魔たちを薙ぎ倒し、ビルドアーマーに換装したジオウは即座に必殺シークエンスに移行。空中に作り出した軌道の路を滑り、障害物を無視してアナザー鎧武の死角へと直通する。

 

 

《ボルテックタイムブレーク!》

 

 

 しかし、それを読んでいたアナザー鎧武は『クラック』から伸ばした蔦を腕のように操り、不意打ちで死にかけになった魔女を軌道上に置くことで一歩も動かずに防御。

 

 ジオウの一撃が魔女を貫くが、巨体と夥しい量の体液で照準が外れてしまう。ジオウの必殺は空振り、アナザー鎧武は魔女の身体から飛んだ『グリーフシード』を捕まえると、意識を失った使い魔を踏みつけて着地した。

 

 

「逃がすか!」

 

 

 逃げるつもりは無いが、これ以上取り合うつもりも無いと、アナザー鎧武は面を上げる。その声なき命令に従って、クラックから津波のように現れた植物がジオウと美沙羅の体を呑み込んだ。

 

 

「日寺くん!!」

 

「───ッ!! 梓樹!!」

 

 

 クラックは森を吸い込み、閉じた。次いで、魔女の死によって結界が消滅する。

 

 結界の消滅後、現実の見滝原に戻って来た者は、誰一人としていなかった。

 

__________

 

 

 美沙羅と別れ、香奈は噴水を眺めながら放心していた。

 時間だけが無駄に過ぎていくのは分かった。身体が冷えて明日に響いちゃ一大事で、早く帰るべきだというのは、頭では分かっていた。

 

 分かっていても、体が動かない。美沙羅の話がグルグル頭の中を巡って、先に進めない。

 

 

「そっかぁ……ミサって凄いな。そっか、私たちってもう……大人になるのかぁ」

 

 

 何より驚いたのは、美沙羅が壮間に想いを寄せていたことだ。両者と長い時間一緒だったのに、全く気が付かなかった。自分は自分で思うより鈍感なのだと、驚いた。

 

 

「明日、私に勝ったら告白するって言ってたよね? ミサってば、そんなの気にしなくていいのに。告白なんて好きにすればいいし、ソウマだってミサ相手なら断らないよ! いやー、あんなオシャレで可愛いカノジョさんができるなんて、幼馴染として鼻が高いよ! お似合いお似合い! うん……」

 

 

 心からそう思っているはずなのに、どうしてだろう。

 どうして『応援するよ』のたった一言が、言えなかったのだろう。

 

 壮間はどんどん強くなって、どんどん変わっていく。それに巻き込まれて何もかもが変わっていく。置いて行かれたくない。置いて行かれるのが、怖い。

 

 踊るのは楽しいけど、楽しい時間はもう終わる。壮間の覇道に同行するという決意が揺るがないとしたら、香奈は壮間の近くで何をすべきだ。何になればいい?

 

 明日が終わったら、私はどんな大人になればいいんだろう?

 

 

(こっちに来て)

 

「……だれ!?」

 

 

 香奈は無意識に頭を押さえた。耳に届いたというより、頭に直接響くような声だった。でも幻聴と言うには余りにも明瞭で、動かなかった体は自然に立ち上がっていた。

 

 どこに行けばいいのかも不思議と分かってしまう。呼ばれているという直感に従い、頭に浮かぶ通りに歩いて行くと、香奈は裏路地に逃げていく白い小動物を見た。

 

 

「待って! 君なの? 私を呼んだのって!」

 

 

 香奈は小動物を追う。曲がり角の先には既にその姿は無く、

 その代わりに在ったのは、地面から広げられた『クラック』と、その先に広がる異界の森。

 

 森の奥で、白い小動物───キュゥべえが姿を現す。

 森の出現と空間の歪み。なにもかもが分からないこの状況で、キュゥべえがそこにいたのを見て、香奈は思わず踏み出してしまった。クラックの向こう側、『ヘルヘイム』へ。

 

 クラックが閉じる。

 森は誘う。彼ら彼女らを、進むべき運命へと。

 

 




高町の魔女(Littlewit)
その性質は惜愛。年がら年中昼夜問わず、手下と終わらない縁日に興じる。変わらない踊りも同じ料理を出し続ける屋台も、魔女のお気に入りだから満足らしい。祭りをやめようとする者は結界の底に沈めてしまい、ときどき新しい出し物にリサイクルされる。祭りを終わらせてしまう花火が大嫌い。



というわけで、佐倉杏子が登場しました。今回の2018年は「杏子生存ルート」の5年後という形になっております。
この世界線において5年前に何があったのか、原作履修済みの皆さんは色々と違和感を覚えていると思いますが、それに関しては次回以降。全ては森で明かされる予定です。

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