踊り子ユースファ   作:モアニン

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踊り子ユースファ

ここは歓楽の町、サンシェイド。交易で砂漠を行き交う人間に一時の娯楽(日陰)をもたらす町。そしてお天道様から潜む人間たちの避暑地。

 

私は薄々気付き始めていた。私は売られたのだと。私と同じ、突如親が去った雛鳥の様に戸惑うばかりの佇まいの娘が何人も加わってきた事、そして両親が迎えに来ない年月が私を確信に導いた。

支配人を恐れてか、これが死の訪れるまで続くのか、羨まれる、両親との温かい日々を過ごすことは叶わないのか、一体どれなのか。怯えを隠せぬまま支配人に尋ねた。

 

「支配人様。私め等はどうして此処に置かせて頂かせているのでしょうか」

 

「他の奴と同じだ。終わった事を気にする暇があるなら、一リーフでも稼ぐ手立てを考えてこい」

 

「はい・・・」

 

剥き出しの刃が心にじくじくとした傷を残す。時間を取らせるなと殺気だった支配人の表情が雄弁に告げていた。彼には余裕が無い。贅を好む彼が質素な生活を受け入れねばならぬほどに、今の経営状況は甲板を水面に浸した船のごとく傾いていた。私達にとっても他人事ではないけれど、私個人は喪失感の大きさに脱け殻の挨拶を返すので精一杯だった。

私の態度に眉根を痙攣させた支配人は、苛立ちを吐き出して執務机の角にかけていたコートを羽織って外へと出ていった。

彼は頭がキレる男だ。必需品ばかりが売買されるこの世の中において、いわば楽しみでしかない享楽によって一財産築いたのだ。下賎だと罵る輩も少なからずいる。事実彼は卑しさを体現した男だが、その性分のお陰で私達は飢えをしのげているし、観衆は凝りの解れた表情で対価とばかりに路銀すら落としていく。彼は私達に商品としての価値を見出だしているからこそ、そのはち切れんばかりの堪忍袋を短気な彼は何時も張り詰めたままにしている。だが、価値なしと判断された場合は過去の同僚みたく消え失せるだろう。結末を目撃したという娘からは彼女の顔に浮かべる恐怖の余りに聞くことが憚られた。結局は私もそれを目にすることになったのだが。宿舎で泥のように眠っていた昼間、入り口からの騒ぎで目を覚ました時の事だ。

いっそ死んでやるという気概はなかった。私も含めて皆が支配人の罰を恐れて心と体を粉にする毎日を送っていたのだから。余裕の無くなり、ストレスと鬱憤を溜め続け、この辛い環境下で互いを思いやれなんてのは無理がある。けれど、こいつ等みたいに同じ境遇を共有する仲間を傷付けて憂さ晴らしなんてしたくはなかった。こうして見下す時点で私も彼等と変わらない卑しい性分の持ち主なのかもしれない。とは言え、その態度が私を更に追い詰めた(孤独にした)。もしかしたら私は間違っていたのかもしれない。けれど取り返しがつくようにも思われない。

だから、何時か私の人生に安らかな幕切れをもたらす存在を何時も待ちわびていた。

 

 

その日は支配人が上機嫌で私達の詰所を訪れた。傍らに新しい娘を連れて。

肌の白くて綺麗な娘、大事に育てられているんだろうと思った。名前はプリムロゼと言う。同僚からは澄ました態度と揶揄されるその反面、生意気と反感を買われた彼女の瞳は初めて会ったときから変わらず、この砂漠の太陽の様な熱と光を放っていた。ある者は白日の下に曝された己を直視する事を恐れて影に潜み、ある者は影に甘んじていたその境遇から惹かれて身を焼いた。

私は後者だった。思えば、あのクソッタレな支配人もそうだったのかもしれない。

 

 

―――――――――――――――

 

 

 

踊り子として舞台に立ち、色香を振り()く。下品とも言えるそれは、彼女の場合においては違った。男の鼻の下だけでなく、純粋な子供にすら分火(魅了)し、彼等に踊り子になりたいという気炎()を吐き出させ、親を困らせる彼女は私にとっては誇りで、同時に羨望の対象だった。彼女の踊りは見る者を圧倒させる、いわば芸術だった。酒の肴程度に軽んじる誰もを惚けさせる程の凄みがある。彼女の番が巡って来れば誰もが隣の女と手元の酒を忘れ、自然と舞台へ体を前のめりにする。目を奪うのだ。暗闇の中でスポットライトと大気を割る、万雷の喝采を浴びるプリムロゼとその彼女の立つ舞台は、私ですら立った事のある筈なのにとても、とても遠くに見えた。

 

「すごい・・・」

 

「あぁ!すまない。折角酌をして頂いているのに」

 

「良いんです。センセイ『も』彼女の踊りは好きでしょう?」

 

「おや、君もかい」

 

「えぇ、勿論」

 

日銭を手に入れる為だけの仕事、娼婦まがいのそれ。踊り子と言う稼業に生まれた情熱を注ぎ込み始めたのは彼女の舞台上の踊りを目にしてからで、当然ながら一朝一夕にとはいかなかった。私達の踊り子としての寿命は短い。日に日に上がっていく彼女の技術に私は追い付けるのか。私は己の意思で、進んで努力するという事を初めて体験した。彼女は踊りの改善点を探している所だろうに、私はどうしたら努力出来るかを考えてばかりで、歯噛みせずにはいられなかった。けれど、日々互いを疎ましく思う日々から解放され、体を動かし、より良い未来の模索の為に頭を働かせることが私の人生を晴れやかにした。常連客から受けが良くなったのもこの頃からか。

「見ない内に明るくなったね?」

 

「最近は打ち込める事が見付かったんです」

 

「彼女が原因かい?」

 

「・・・分かりますか」

 

「口から飛び出すのは踊りと彼女のことばかりだからね。目だけじゃない、君も彼女に心奪われた訳だ」

 

「心も・・・」

「これは埒外の強敵だな」

 

「・・・ぇえ!?、そんな事は・・・」

 

「分からないぞ。同性愛なんてものは歴史を紐解けば幾らでも見付かるのだから不思議ではない」

 

「・・・私はそう言うのとは違いますってば、センセイ」

 

「そうかそうか、それはすまなかったね」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――――――――

 

行っておいでと促され、観客からは見えない舞台袖でプリムロゼを拍手で迎えた。おめでとうと一先ずは口にする。

 

 

「プリムロゼは良い名前だね」

 

「何か用かしら」

 

「じ、時間は取らせないよ。ただ貴女の立ち居振舞いが名前を良く現してるな、て感じたんだ」

 

「・・・そうかしら」

 

「このクソッタレみたいな場所で貴女だけは腐らず高潔なままを貫いてる・・・その衣装だってアイツが用意したんだろうけど、良く似合ってるよ」

 

「・・・なに、口説いてるの?」

 

そんな軽薄なつもりで言った訳じゃない。私は真摯に真剣に私の思いを伝えてるつもりだ。

 

「ち、違う!そんなんじゃないよ」

 

「じゃあ、告白?」

 

「ち・・・」

 

違うと反射で答えようとして思いとどまる。告白とは隠していた心中を告げることである。その意味では告白と言えるのではないだろうか。

顔が茹る。

 

「・・・ち、違わないけど、違う!」

 

「・・・どういう事かしら」

 

「この事は忘れて!ああ!でもやっぱり忘れないで!」

 

彼女の困惑ぎみの表情、恥ずかしさに顔面の沸点を通り越した私は逃げるように舞台裏を立ち去った。

 

 

 

――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

 

自慢ではないが私はプリムロゼを良く見ている。観察する立場に甘んじているのは決して意図した事ではない。しかして機会があれば今すぐにでも話し掛けたいと機を伺い続け早数年。味方(友達)を作らずして経過した年月の内に私はその方法を忘れてしまった。だから私はプリムロゼに訝しまれる事はあっても嫌われるような事はしていない筈だ、恐らくは。

 

(あれじゃあ気障な野郎の言うことじゃないか・・・私は何て事を口走ったんだ。絶対変なやつだと思われてる・・・)

 

本当に臭いものは蓋をしても臭ってくるのだと言うように恥辱にまみれた敗戦の記憶が顔を出す。同僚一同の寝室にして待機室、そこでプリムロゼに感付かれない様「然り気無く」視線をやる。

彼女は紐の切れたサンダルを新品と履き替えに来たらしい。楽しげに談笑していた同僚の三人組が彼女を一瞥して会話に戻る。今日は何も起こらないらしい。脱力した事実から体が固まっていたいたことに気付いた束の間に、プリムロゼが硬直して形の整えた眉を寄せた。舞台上でのみ表情を変える彼女には珍しい。

座った彼女は一点を注視して呟いた。

 

「・・・トゲ?サンダルの中に・・・」

 

キラリと光る針先。アレは鋲だ。

仕立てた人間は直ぐに知れた。先行きの無い不安と生存競争から脱落を通告されることを恐れる私達、その中でも一際臆病な娘達の集団が身を寄せあってこれ見よがしに聞こえる声量で囁いていた、くらい笑みで。

 

「あら、血が出てるわ」

 

「まめが潰れたの?売れっ子だからって、踊りすぎよ」

 

そんなことをする人達の様には見えなかった。誰よりも他者の悪意を恐れていた彼女達がどうして。当初からあったそんな感情とは別に、プリムロゼに働いた悪行へ溢れんばかりの怒りが喉元でつっかえた。皮肉なことに私は憎むべき彼女達に「プリムロゼ」ではなく「私」自身に気を向けていた事に気付かされた。これは彼女の気をひく好機だとごく自然に考えている自分に。

直ぐ様プリムロゼに近付いて声をかけた。

 

「大丈夫、プリムロゼ?」

 

「ええ、いつものことよ。ユースファ」

 

そう、何時もの事なのだ。続ける言葉を失う。私はこの見慣れたこの光景を静観して、傍観してきた。今更口出す権利が私なんかにあるのか。

居た堪れなさに襲われた。けれど、ふとこう思う。それで、今までみたく客席に着いて何かが好転するのだろうか。分不相応でも、らしくなくても行動をおこせば変わるのではないか。あのときプリムロゼはこんなことを考えて私を助けてくれたのだろうか?

一度目は大口から息だけが吐き出た。二度目は顔をあげて睨み付ける事で漸く声に出せた。

 

「いい加減にしなよ・・・汚いんだよ、こんなことばっか」

 

三人の顔が此方に振り向く。

何時だって恐怖を抱くのは自分だ。観客や聴衆は私になにもしないじゃないか。だから負けてはならないのは踏み出すことを何時も勝手に恐れてる私自身なんだ。

負けるもんか。

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