皆さんが主人公に選んだのは誰ですか?
印象深いボスはどいつですか?
遺跡の周りとその天井に砂が堆積したことにより出来た巨大な洞穴。その最奥、外周より内側が丸々くり貫かれた様な四角く巨大な回廊。そこへと繋がる一つしかない通路から十数メートル先に見える今にも動き出しそうな、ターバンを被り三日月刀を振りかぶる石の彫像群。
しかし疑わしいことに
砂漠には不向きな格好のせいで熱のこもった芯とは裏腹に、じっとりと冷たくなった掌で首元に下げた、紐に通した二つの指輪を握り締める。私を産み落としてくれた、名もしらぬ二人の遺品。隣で壁際を歩く雪
小動しないその目に浅く息を吐く。そうだ、
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狩りとは待つ事だ。焦ることなく周囲や己から思い付く限りの情報を収集し、考察を深め、次の一手を慎重に導く。
未だに僅ながらに積もっていく流砂、少ない魔物が砂利混じりの床を踏み締める音以外に存在しない静寂の中で、私は時間と戦っていた。体にこもる熱を大きく吐き出したい、睫毛をすり抜けて目に染みる汗を堪えて私は今か今かと焦れていた。普段であればこうはならない。しかし、ここに居る筈の『赤目』が追い出した魔物の軍勢を食い止めている仲間達がそう長く持つ保証もない。
石橋を叩きすぎても機を逸する。これが最善だと自分を納得させた私は回廊へと足を密やかに運んだその先で、獲物になった己を悟ることになった。
唯一の通路から回廊へと出た私達の左手、道の一部分がせり上がったかのように
呆気に取られる。どんな獣かと想像していたが、異様に細長い手足と体表を除けば、それは飢餓状態の人間然としていたのだから。
幾つもの黒い肉棒の様なものが流動する、そのいやに肉感的で生々しい体表とは裏腹に、一対の鬼火の様に揺らめく真っ赤な瞳が私達を捉えていた。
皮膚が存在しないのか、剥き出しになった歯と目蓋のない瞳に浮かべる感情は、何もない。無反応なのだ。人間と同じく動物にも感情を表すのに用いられる筋肉がある。獲物や天敵との突とした邂逅は、どんなに冷静沈着と呼ばれる人間や動物の表情にも僅ながら変化をもたらす。それがコイツにはない。いっそ動きの無さすぎて死んでいるかの様にすら思える。
不気味なまでの生気の無さに面食らっていた私へと、赤目は崖を滑り落ちるかのようにその巨体で飛びかかった。
「・・・!」
それに伴う枯れた巨木の様な、五指の右手の凪ぎ払いにより、私は背後へととびずさる。後方を確認しながらの飛び込みから体勢を立て直すと私は駆け出した。
巨体の餓鬼が四肢で地面を叩いて猛追する。赤子の如く走行する癖に、石像や石畳を砕いてぐんぐんと迫り来るその様に、脅威は石化だけではないと全身が警報をならして私を急き立てた。
とは言えこのままでは追い付かれ、遺跡の絨毯になる事は想像に難くない。
一瞬あれば良い。背後へ踵を返し、魔物を相手に想定して造られた剛弓、それにつがえていた矢を集中と共に引き絞る。
「リンデ!」
「ガウッ」
躊躇う事なく相棒が全速へと至る。驚異的な加速度で瞬きの内に赤目へ接近する。タイミングのずれた、赤目のしなる様に凪ぎ払われた腕をくぐり、頭上へとすれ違い様に跳ぶリンデ。
それを見上げる赤目、狙いを済まし終えて哺乳類の、特に人間のそれに近い骨格の隙間から血色の光が漏れているのを狙い、晒された首元から臓器を狙い撃つ。
一射、外れ。修正する。
二射、当たり、突き刺さる。
三射、体を穿つ。
四射、骨に当たり皮膚をちぎる。
五射、深く潜行する。
「・・・なっ」
隆起しては沈んでいく肉からぽとりと
一か八か、動き回る極小の的に矢を射るというのは不可能に近い。だが剥き出しの臓器を狙うしかないだろう。
助走をそのままに、目の前に転がる石柱を足場に高く、高く飛び上がる。体を浮遊するのに任せ、空中で弓を放つことに全霊を注ぐ。
此方に意識を戻した赤目は胸を冗談のように、風船のごとく膨らませ、がぱりと肉を裂いて開いた口から音を炸裂させた。
「■■■■■■■■■■!!!」
渋面が浮かぶ。耳を突き破っていくかのような赤目の叫び声に体が硬直する。
彼は年月とともに崩れ、転がっていた遺跡の瓦礫を握りしめ、空中で的にされた私へ豪速で投げた。
私は身を散弾に曝され、何度目かの強烈な衝撃に地面に横たわっていることに気付いた。
鈍痛が体内で反響する最中頭を廻す。二度同じ手は食わぬと、獣どころか人間をも凌駕する賢さと適応力。並みの手段では通じず、新しい手を打つには体が付いてきてくれるか分からない。なら、とれる手段は一つしかない。
最早死に体だ。生き抜いて帰るつもりだったが、私という獣がより強い獣に命を狩られる時が訪れたらしい。
「来るな!リンデ!」
ここは草木のない、砂漠という死の大地だ。赤目に食人の嗜好はないと聞く。一体、私は誰の糧になるのだろう。魔物の餌となることをリンデはきっと許すまい。
「どんな時でも絶対に生き抜け。それが生き残るお前の責務だ」
相棒を食すのは嫌だろう。しかし、なるのであれば私はお前の命を繋ぐ糧となるぞ。
目を閉じ、天に居を構える狩猟の女神へ祈りを捧ぐ――――
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怒号と叫び声、暴力の交わしあいから生まれる喧騒の中、ユースファが目前の敵から顔を外して遺跡の方角の、星の瞬き始めた夕空を仰いだ。
「何してるのユースファ!危ないわ!」
「違うよプリムロゼ!危ないのはハンイットだ!」
周りの全てをほったらかして空と遺跡の位置に顔を行ったり来たりさせるユースファに業を煮やしつつも、これが意味のある行動なのだと察する。
「・・・私だけでサポートするわ!オルベリクもアーフェンも気を抜かないで!」
「「応!!」」
喧騒に溶けぬ掛け合いに何かを悟った二人は、私達を守る陣を展開するように武器を構えて突撃した。
「凍りなさい!」
侵入経路をしぼるように周囲の敵を氷柱に閉じ込めていく。此れまでにない強烈な虚脱感に眩む視界を目一杯瞼を開けて確保する。
遺跡にいた魔物に恐慌をもたらし、駆り出したのは件の赤目、だとすればきっとここが正念場になるだろう。
「頼むわよ・・・」
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狩王女ドレファンド。天へと昇った彼女が位置する夜空から、星座の矢に位置する星が強く煌めいた。
砂漠の町で契りを交わした伴侶が、血を分けた子々が、友人が、悟る。違う。星が不自然なほどの速度で動いている。
国と臣民の行く末を座して祈る王は悟る。違う、私達の目に軌跡を残す速さで落ちてきているのだと。
ある雪国の老いた魔女と傍人は祈る。それが凶兆ではなく幸を愛しいヒトに運ぶ慈悲なのだと。
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世界を覆う天蓋からの落石は尾をひいて矢の形を成す。空気の膜を幾重にも破るその轟きと強烈な発火現象に戦場の誰しもが本能の鳴らす警鐘によって上空を見上げた。
着弾。星屑の光は真昼時よりも明るく辺りを染め上げ、戦場にいる者の網膜に焼き付いた。大気の千々に千切れる音と大地の震えに守る者のいる者はその場に留まり、そのいない者は爆心地から少しでも遠くにと疲労を忘れて釈迦力に足を動かした。
命を脅かす破壊の嵐の余波が彼らの体を薙ぎ倒す。死の具現を思わせる一矢であった。
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焦げ臭さに体が咳をする。
意識を取り戻した私は仰向けになると、天井の代わりに茜空が広がる巨大な天窓に何が起ったかを知った。
「仇はとったぞ、師匠」
横倒しになった石柱の影にいた事で死を免れたらしい。それもぐずぐずで二度耐える事は出来ないだろうと見てとれた。
私の軽率な行動で砕かれた人々がいる。赤目の首級を償いにすれば、彼らは許してくれるだろうか。残された人々は生き抜くことを選んでくれるだろうか。
体を貫くような痛みに注意を払いながらゆっくりと石柱から顔を出す。
流石は狩猟の王女と崇められる者の一射だ。存外にも肉体は炙られた以外綺麗に残っており、その頭蓋だけがごっそりと無くなっていた。サラダボウル状のクレーターにそれ以上近付く事は、肌を焼くような灼光と咳き込む程の臭気に憚られた。
その場から退散しようと重いからだを動かさんとした足には、しかし感覚がない。俯いた先には灰色が登ってくる私の両足。
死んだ赤目を今一度見る。
「馬鹿な・・・」
切り株から新芽の生える様にその首元から歪な赤子の頭が顔を出した。人知を越えた、生物の枠外の異常な再生。司令塔である脳味噌の入る余裕があるにも見えず、けれども機敏な虫のように手足を滅茶苦茶に動かし始めた様子に総毛が逆立つ。彼は生きている、と言うより、生かされているかのようだった。
思考を打ち切り、口内の奥歯の裏に貼り付けていた、石化を解く草を食む。薬草独特の風味とえぐみが口腔から鼻腔へ突き抜けていく。
痙攣し、緩慢ながらも奇怪な動きで迫る赤目。矢を射るのに快適な姿勢を模索し、自身の置かれた状況から生まれる逸りに歯噛みする。
上半身を倒れた石柱に乗せ上げる。些か力の入りにくい姿勢だが、これしかない。
狙いが定まらない、定めさせてくれない。不規則に体を震わせる為に直感は黙りを貫く。焦りが焦りを生む。空回りする私を覚ますかの様に首にぶら下げた金属の指環が鎖骨を叩いた。
その二人の存在を意識すると、上がっていた肩は落ち、
震えというのは左右上下する現象だ。揺り動けば揺り戻しが必ずある。
無駄足に終る可能性もある。しかし、彼の頭部は急拵えのもの。可笑しな速度で部位を戻したものの、元と比べると歪で小さく、再生を止めている。体躯の差から追い付かれて潰されてしまうよりかは、消耗している事に懸け、奴を此処で仕留めるか、行動を取るための時間を稼ぐ一手を撃つ。
猶予は長くない。けれども、不思議とその一瞬が必ず訪れることを確信している様に体は落ち着いていた。
体を作る材料で、その動力となる血を送る心臓と、脳味噌と直結する眼球が矢の軌跡によって
ここだ。
直感の告げたと同時に矢から手を放した。
会心の一矢は私の視界の真中から睫毛一本分もぶれることなく突き進み、赤目を貫き、その身を隠した矢は奴の体の奥底で衝き止まる音を響かせた。
「・・・」
奴自身が石像のようにぴた、と体を停止させた。
「・・・どうだ」
「■■■■■■■■■■■!!」
耳をつんざかれ、その中で何かが破裂した。
両側頭部に走る激痛とふわふわと浮わついた感覚に柱から滑り落ち、耳を抑えて蹲る。
「ぅぐ・・・!」
「□□□□□□□□□□□□!」
何も聞こえない。しかし体を震わせる程の号が赤目は未だ健在である、又は鼬の最後っ屁を試みていると予想がつく。
吐き気を堪えて柱に手をかけ這々の体で柱の向こうを見ると、追い込まれた獣に相応しい必死な様で奴が此方に突っ込んできている。
死を遠ざける為に己の死も厭わないその矛盾した決死の一人行進に、奴の感情が始めて見えた気がした。使命感や義務感に近い、親しいものを持つ者の見せるソレが、私の動きを止める。
注意を散漫させたからこそ気付けたのだろう。夜空が燦々と輝いている現象に、その発生源に気付いた私は再度頭を引っ込めた。
細かな衝撃を除けば女神の一撃に匹敵する落ち星が一度、二度、三度と大地を鳴かせ、ふわふわとした体からは固い地面の感触が消えていた。
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「ちょっと、ユースファ」
「いや、どうしようかな・・・」
やり過ぎなのはバツの悪そうな本人も分かっている。とは言え、彼女以外に上空から敵を狙い撃ちする芸当も出来なかっただろう。私達から少し離れた、崩落の揺れを続ける遺跡洞穴の入り口から奥を見つめ直すことに集中する。
オルベリクは厳しい目で駆け出す準備をしているし、アーフェンは鞄から使えそうな薬を既に出して携えている。
寂しくなるのは貴女だけじゃない。お父様の仇を討ち果たした私に残ったのは貴女達だけなのだ。
私と貴女は約束した。この旅が終わったら―――
「――続きをするのよ。必ず」
遺跡の崩壊を少しでも止めるために、氷結魔法行使の準備になけなしの精神力を有る分以上に叩き込んだ。