胡蝶の君へ   作:九咲

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しのぶアフター③

私は死んだ。

 

不慮の事故だった。私は巻き込まれただけの事故だった。

 

何がいけなかったのだろう。

 

朝の占いのおとめ座が最下位だったから?

 

お弁当のおかずをつまみ食いしたせい?

 

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。

 

目覚めた夜はイヤに幻想的だった。

 

だってこんなに月が綺麗だもの。

 

……けれど…なんでこんなにお腹が空いているんだろう。

 

ふらふらと立ちあがる。覚束ない足取りで獣道を進む。

 

飢えて飢えて仕方がない。どうしようもない飢餓感が苛む。

 

死んだはずの自分と知らない森にいても疑問に思わない飢餓感が蝕む。

 

食べたい、飲みたい、貪りたい。

 

ああ、……この前のスイーツ食べ放題は美味しかった…いや、今は血が滴るお肉がたべたい。

 

ばったり会う、なんか驚いてる。

 

「お嬢さん……どうしたんだいこんな夜更けに」

 

 

人里に来たのかな?…なかなかイケメンじゃないか。

 

……いただきます。このどうしようもない飢餓感を埋めて下さい。

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

 

「……………こりゃ酷い」

 

発見された死体は食い尽くされていた。体力がいまはないが少ない男でとして駆り出されていた。

 

死体には慣れてるが…それでも目を背けたくなる惨状。

 

ただ食欲による蹂躙。

 

………噛み跡から察して…多分熊じゃない。

 

人が人を喰ったかのよう(・・・・・・・・・・・・)

 

 

「宵鷺どうしたか?」

 

考え込む俺に不信に思ったのか声をかけてくるマタギの助さん。

 

マタギの人達は猟銃を持ち警戒している。

 

 

「いや、怖いなぁと思いまして」

 

「しのぶちゃんがいるから気が気でないだろう。新婚の旦那まで駆り出してすまんね」

 

「いえ」

 

 

もしも鬼ならば……鬼舞辻無惨の鬼では無いという事になる。

 

………『影涙』をまたにぎるのか。

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

今でも思い出す。姉さんと妹と過ごす。かつて幸せだった時代。

 

今も幸せだ。だけど彼女達が幸せだったはずの未来はあった筈だ。

 

哀愁の気持ちは常に『宵鷺逢魔』の底に沈殿する。

 

仇を討っても払拭はけしてされなかった。

 

しのぶを救えてはよかった。けれど姉さんと妹は。

 

「幸せになれば………この気持ちは払拭されるのだろうか」

 

俺のよく知る二人ならそう言うだろうと思うのは独りよがりじゃないだろうか。

 

解を出してくれる二人はもういない。ようは俺の気持ち次第だけど。

 

映さんなら鼻で笑い渇を入れてくるだろうが彼女は病床に伏せ去年亡くなったという。

 

 

……………俺はこれ以上失う事にはなりたくない。

 

此度の犯人()はおそらく『転生者(・・・)

 

鬼舞辻無惨がいない以上鬼はいないはず。

 

始まりの鬼がいない今。新たに始まりの鬼が現れた可能性も否めないが『転生者』である俺が至った荒唐無稽で理由もない決。

 

どちらにしろ『鬼殺』するのみ。

 

 

「お、逢魔くん!!」

 

しのぶが息を切らして部屋に入ってくる。

 

「どうしたの?息を切らして」

 

「…か、カナタが見当たらないんです。」

 

「…散歩とかは控えるよう言いつけた筈なんです」

 

「留守を頼む。しのぶ…炭治郎くんたちが来たら説明してくれ」

 

「お、逢魔くん!!?昏睡状態から覚めてまだ筋力や体力戻ってないんですよ!!?私が」

 

「……ただ探してくるだけだよ。しのぶ」

 

「ならなんで日輪刀を………?」

彼女の視線は竹刀袋に入った『影涙』

 

「護身用さ」

 

踵を返し蝶屋敷を出る。

 

「…逢魔くん…」

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

解『日光克服』

 

異様に怖かった太陽光が生前と同じ気持ちの良いものになった。

 

飢餓感はまだ満たされない。最初の若い男性は美味しかった。

 

老いた肉は不味い。牛豚鳥など食肉と一緒。鮮度が大事。

 

後『血液』によって違う。薄い血もあれば濃い血もあった。

 

…………子供肉って美味しいのかなぁ?子羊とか子牛とかも美味しかった記憶がある。

 

私ってばグルメだからね!

 

食べ歩きで食べログとか書いてたし。

 

ンぷぷ。最初飢餓地獄かなんか想ってたけどこんなに美味しいものがあるなんて天国だわ!

 

いくら食べてもいっぱいにならないし太らない!

 

それに人間ってばなんて美味しいんだろう!!気付くのが遅かったわ!!

 

…………アルぇ…?なんかおかしいなぁ……おかしいなぁ!!アハハハハハハっ!!

 

あれぇ?あんなところに女の子ぉ?日が暮れちゃうよぉ?鬼が出ちゃうよ?

 

悪い子は食べちゃわないとね!!ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!ひひひひひひひひ!!

 

獲物を見つけた少女の鬼は歓喜の笑みを浮かべる。

 

木の上から見下ろした先には極上の餌だ

 

「鴨が葱をしょって鍋を持ってお醤油まで持ってるよ!!ひひひひひひひひ!!おかしいなぁ!!」

 

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

まだ夜では無い。黄昏時もまだ遠い時間帯。

 

今日は天気も良く春になり日が長くなっている。

 

 

「おやまぁ…宵鷺んちのぉ…どうしたけ?」  

 

「田部さん」

 

八百屋の田部トキさん。よく野菜を買うとき世間話をする。

 

「カナタ見ませんでした?」

 

「カナタちゃんかい?昨日から宵鷺んちに遊びに来てる?見とらんよぉ…熊もでちょるけ大丈夫か?」

 

「ええ、ですからそろそろ帰るようにと。」

 

軽く会釈をして走る。呼吸を使用しても息が切れる。

 

剣士としてのピークは過ぎあの『境地』には至れないだろう。

 

守らなきゃいけない。

 

 

日光…?……『転生者』ならただの鬼では無いはず。

 

禰豆子さんと同じく日光を克服している可能性はある。

 

「ばっかやろう…全然安心出来ないじゃないか」

 

『全集中の呼吸・常中』

 

全身に力を集中させる。

 

気が緩んでた。常中させていなかったと馬鹿だ。

 

影の呼吸・肆の型『影踏み』

 

知覚を過敏にする。周囲の『影』を知覚する。

 

 

「こっちだ!!」

 

全速力で駆けるっ!!

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

やばい、やばい、どうしよう!!

 

 

涎が止まらない。味見で舐めてみた血が極上だった。

 

まるで最高級の赤ワイン。飲んだ事ないのだけれど。

 

この至福。この多幸感。今まで行った店でも味わった事ない。

初恋の実った時の気持ちに似ている。

 

これが『稀血』か!!

 

知らない知識がそうと叫んでいる。

 

目の前で怯える齢十に満たない女児。その表情ぞくぞくする。

 

その様はこの極上の多幸感を催す血の調味料にしかならない。

 

飼うかぁ。一回で食べたら勿体ないもんね。ふふふ毎日血いっぱい舐めてあげるからねぇ?

 

この味知っちゃったら他食べれないかも。

 

 

「助けてぇ…父様…母様…しのぶ様…良い子にしますから…………我が儘も言いません…お姉ちゃんらしくします…」

 

「きゃははははは!!だぁめ!!今日からお嬢さんは私の血液サーバーなの!!ひひひひ!!ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ」

 

「ひぃ…」

 

 

 

「薄汚ぇ声でうちの可愛い姪泣かすなよクソ鬼」

 

蹴り飛ばす。

 

「はへ…?だれぇ…私の食事を邪魔したのぉ!!」

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

カナタに覆い被さっていた鬼を蹴り飛ばす。

 

食欲に囚われた餓鬼さながら。

 

涎が滴り落ち眼が血走っている。

 

10代の少女の風貌の鬼だった。

 

やな予感は全て的中。炎天下と行かないも快晴。夕方近くもまだ日はおりていないもコイツは瓦解せず行動している。

 

「…邪魔しないでくれるかな?…私の至福の時を…ねぇおじさん」

 

「うるさい黙れ口をきくな餓鬼風情が。食欲に塗れた魑魅魍魎が何をした?」

 

どうしようもない怒りが噴出する。

 

かつての姉さんと妹に重なる。

 

俺の身内に手を出すなよ。この子はカナヲの娘。カナヲはしのぶの妹みたいなもの。

 

ならば身内だ。…………奪わせるものか。

 

日輪刀『影涙』を抜き下段に右手で構える。

 

左手は昏睡状態から影響か握力はおちている。

 

日常生活に支障はないが戦闘にはやや支障はあるが関係ない。

 

「お、おうま…」

 

「おう、カナタしのぶの言い付け守らなかった事は後でお説教な…?……今からちと害獣処理するから待っとけ」

 

「う、うん」

 

意識を少女の鬼にむける。濃すぎる。血が(・・)

 

そこら辺の下弦でもない鬼に比べ威圧感がある

 

上弦は童磨しか相対した事はないがそれに近い。

食欲に塗れた魑魅魍魎には分不相応。

 

「貴様…『転生者』か」

 

「転生者ぁ?…訳わかんないこと言わないでよ。死んで訳わかんないところにいて…まぁこんなに美味しいものに会えたんだから些細な事だね。東京のものより美味しい!!」

 

「……」

 

やはり『転生者』。しかも食欲に溺れ壊れてる。(・・・・)

 

「同じ『転生者』として引導を渡してやる。それに貴様を始まりの鬼にするわけにはいかない。幸い食い散らしてるおかげか『鬼化』した個体はいないようだ」

 

まぁ無惨のように『鬼化』作用があるか分からないけど。

 

「とりあえず死ね」

 

 

影の呼吸・伍の型『影狂い』

 

影のように伸びる剣戟。

 

俺固有の崩し(アレンジ)の剣技は今は使えない。

 

 

「…………よくも!!」

 

速い。伸びた剣は少女の鬼の頬の薄皮を斬るだけに留まる。

 

四足獣のように深く深く伏せるように構える少女の鬼。

 

猛禽類のような眼差しは射殺すかのよう。体力がいまはない。長期戦は無理だ。

 

『影同化の呼吸・常中』

 

力を抜く。『全集中の呼吸・常中』を解く。

 

宵鷺の剣は『柔』の剣。影のように揺らぐ。

 

影は本体の写し鏡。映さんはそれを体現していた。

 

 

『影同化の呼吸・常中』は擬似的に『無想』に至る。

 

 

無我とは対極の極致。

 

『無想』無心になる。

 

仏教における無念無想の意になる。剣術とは刹那の術理。

 

外なる『無想』。内なる『無我』。

 

俺なりの解釈による俺なりの境地。

 

沸沸とした怒りに蓋をする。荒波のような激情は凪のように静寂を取り戻す。

 

激情は過剰に力を込め術理を鈍らせる。

 

あらゆる影を知覚する。

 

無我の境地は忘我とは違う。我を無くして自己を拡張する。

 

無想とは無心になり世界と一体化する。

 

俺なりの決。対極の境地ながら至る領域は一緒。

 

 

この転生者の鬼は恐らく上弦レベルのポテンシャルを有している。

 

そして始まりの鬼たり得るのだ。

 

ようやく終結した幾百年の鬼との戦い。

 

再び『鬼』が生まれたならばどれだけの血と涙が流れるかどうか。

 

人という種として断じて認めるわけにはいかない。

 

討ち滅ぼすのみ。

 

少女の鬼は獣が如き膂力を持って跳躍する。

 

人ではこの鬼の膂力には敵わないの自明の理。

 

『転生者』としても平々凡々だ。所謂『転生特典(ギフト)』を持たぬ我が身。

 

だがだからこそ至れる境地も在るだろう。

 

 

意識は拡張される。この刹那で決まる。弱り切った身体では限界は近い。

 

右手をゆらりと構える。

 

 

影の呼吸・始の型『影生まれ・東雲の誓い』

 

 

襲いかかる少女の鬼の頸の『影』を知覚する。止まって見える鬼に這い寄る影のように斬り捨てる。

 

鎮っ…!!

 

「はへ…?」

 

少女の鬼の頸は真っ二つにはなり地面に落ちる

 

「ひぅ…」

 

「…………せめての情けだ。安らかに眠れ」

 

 

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

 

 

闇のような髪に影のある瞳。多少痩せ細る男性だった。

 

私を殺しに来てくれたのだろうか。

 

自制の効かない衝動。飢餓感。  

 

自分が自分でなくなるような欲の衝動。

 

喰らえと叫ぶ。頭の中にガンガン叫ぶ。増やせと叫ぶ。

 

あぁもう五月蠅いなぁ…!!

 

 

どうしようもない欲の衝動が襲う。我慢強い方ではなかったけれども仮に強くても耐えられない程の欲望の嵐。

 

いくら食べても収まらない。むしろ一線を越えてしまってから堰を切ったかのようにより強くなった。

 

殺してよ。

 

殺してよ。

 

殺してよ。

 

 

衝動のまま目の前の男へ襲いかかる。

獣が如き膂力で咆哮を上げながら襲いかかる。もはや人間の振る舞いなどかなぐり捨てて。

 

餓鬼さながらと男は言う。本当まさにそう。

 

だから殺してよ。

 

 

 

影の呼吸・始の型『影生まれ・東雲の誓い』

 

 

そう男が真っ黒な夜のような刀を振るうと私の視界はぐるぐると回った。

 

ぽとんとはねた後地面が見えた。

 

首が刎ねられたのだ。

 

 

それと同時に静かになった。騒がしかった暴風も水面のような静寂を取り戻す。

 

ああ、静かに…なった

 

「…………ありがとう……………それとごめんなさい……」

 

私の身体は塵となり私の意識は霧散する。

 

 

どうか……………せめて、静かな所に。

 


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