サイド3『ムンゾ共和国』31バンチ『ブリュタール』ホテル『コノシア』
若く美しい女性の外交官を一目見てムンゾも案外古い手を使うとアームストロングは心の中でほくそ笑んだ。
(そう思った自分を殴りたい)
外交官がテーブルに広げた資料を見て背すじが凍りついた。とある商品の商談その内容が事細かに記されている。ただの商取引ならば問題は無い、問題は商品の内容だった。資料に記載された商品は『人間』無論、人材派遣などでは無い。
「孤児として集めた子供を商品として売り飛ばす。ハッキリ申し上げて下衆としか言い様が有りませんわ、アームストロング市長」
外交官はアームストロングを見つめている。余りにも冷たく凍りつく様な美女の視線にアームストロングは身を震わせた。
「な、なぜ」
「なぜ我々が知り得たのか?そんな事は今のあなたには関係無い事です。問題は我々があなたをいつでも処理できると言う事実です」
「私を脅すつもりか!?」
「脅し?いいえ、我々が望むのはあくまで取引です。あなたがこの書類に署名して戴ければ我々はこの事に関わる事は有りません」
外交官セシリア・アイリーンは氷の微笑を浮かべた。
アームストロングが部屋を出て行った後にセシリアは携帯端末を操作し通信を繋げる。
「ギレン閣下、アームストロングが書類に署名しました。これでフォン・ブラウンの物資打ち上げ施設を我々がいつでも使用できます」
『ご苦労アイリーン君、流石だなもう少し時間が掛かると思っていたが』
「ありがとうございます。しかし閣下あれで良かったのですか?」
『構わん、我々はアームストロングの件から手を引く・・・我々はだが』
「既に手を打っておられましたか」
『フォン・ブラウン市民の知る権利を尊重しただけだ。後は汚職を嫌う真面目な警察官を多少支援したかな』
「なるほど・・・それでは閣下、私は次の会談が有りますので」
『うむ、よろしく頼む』
通信を切る。数日後アームストロング逮捕のニュースが報道されたが戦争に関するニュースに逐われ自治権をもつ月面都市現役市長の逮捕としては非常に小さい扱いをされていた。
共和国軍第二艦隊旗艦グワジン級戦艦『グワリブ』艦橋
第二艦隊司令官キリング・J・ダニカン中将は司令官用の座席に腰かけ軍帽の日差しを深く被り時折秘書官が淹れた紅茶のカップに口をつけていた。そんな落ち着いた様子を見て副官の中佐は不安気に声を上げる。
「司令は恐ろしく無いのですか?」
「ふむ」
ダニカンはメインモニターに写し出された小惑星に目を向ける。核爆発で軌道を変え月の衛星軌道を回りながら重力で加速、少しづつ月から離れている。後八時間程すれば月の重力圏を離脱して地球落下する軌道をとるだろう。
「不満かね?」
事も無げに言うダニカンに対して副官は肩を震わせて声を荒らげる。
「当たり前です!!あんな巨大な物質を地球に落とす等!!地球を滅ぼすおつもりですか!?これでは虐殺です!!正気の沙汰とは思えません!!」
なおも非難の声を上げようとする副官の言葉を別の将校が遮る。
「中佐殿はお疲れの様だ。部屋にお連れしろウラガン」
「マ・クベ大佐!?」
マ・クベの副官が中佐の肩を掴む。
「触れるな!」
中佐はその手を振り解く。本国から派遣されて来たこの諜報部将校と中佐は反りが会わない様で事有る毎に対立していた。艦橋の乗組員達が不安気にこちらを見ている。
「中佐下がりたまえ」
「しかし司令!」
「下がりたまえ」
「・・・了解しました」
ダニカンの言葉に中佐は渋々艦橋を出て行く。
「皆、手が止まっているぞ」
乗組員達は慌てて作業に戻る。ダニカンは溜息が出そうになるのをなんとか飲み込んだ。
「それでマ・クベ大佐何か新しい情報を掴んだのかね」
「連邦の通信を傍受しました。連邦政府からルナツーへの命令です」
マ・クベは手に持っていた資料をダニカンに渡す。通信内容を詳細に記された資料を読みダニカンは眉をひそめる。
「まさか奴ら平文で通信でもしているのか?」
「連邦軍が使用している暗号通信は既に情報部により殆ど解析済みです」
「罠の可能性は?」
「地球に潜伏中の諜報員の情報もすり合わせた結果です。まず間違い無いと本部からのお墨付きも有ります」
資料を読み進めダニカンは今度こそ深い溜息を着く。
「指揮だけしていれば良い私は恵まれているのだな・・・」
「は?」
「連邦議会の決定は現実の可否より優先されるらしいと言う話さ」
ダニカンは連邦宇宙軍の司令官に同情した。