連邦軍本部ジャブロー上空 サラミス級巡洋艦【アイザック・ハル】
艦尾に設置された追加ロケットエンジンの轟音を響かせ宇宙に向かって上昇して行く軍艦の群れ。その中の一隻でエルラン中将はこれからの事を考えていた。連邦軍勝利のための思考・・・・では無い。むしろ逆、自分を如何に共和国に高値で売り込むか、そのために頭を使っていた。エルランは今までにも機密性の高い情報を共和国に流し見返りに金を受け取って来た。その資金を元に連邦内で地位をまさに買って今の階級にまで昇って来た。だがそれももう終わりだろう。連邦政府の先が無いように思う。
(私の様な者を重用する有様ではな・・・)
このエルランと言う男の自己評価は低かった。司令官としても軍官僚としても自分よりも優れた者は連邦軍内に無数に居る事を理解していた。だからこそ、そんな自分を今の時勢に重用する連邦高官達が如何に無能か理解する。経済の疲弊、地球の資源の枯渇、環境汚染、連邦政府の抱える問題は山積している。しかし何の解決策を提示する事無く保身と自己の利益を守る事に時を費やし問題の先送りを続けた高官達、皺寄せをスペースノイドに押し付けた。その結果が今回の戦争とも言えるだろう。そんな高官達をエルランは悪く言うつもりはこれっぽっちも無かった。何故なら自分も同じく保身と利益にしか興味が無いから、だからこそ彼等を共和国に売り渡す事に迷いは無かった。共和国側の工作員から渡されたリストに有る高官を宇宙に脱出させるだけで自分の一生分の稼ぎの三倍の金を手に入れる事が出来る。
(しかし、分からんな何故リストの中にこんな男の名前が載っているんだ?)
高級官僚や政治家の名前が載っているリストの中でジャミトフ・ハイマンと言う名の将校が載っている。訳が分からない。
(まあ、どうでもいい精々高値で売らせて貰おう)
エルランは輝かしい将来を想像して笑を浮かべる。一瞬、爆炎が艦内を埋めつくしエルランは何が起こったか理解出来ないまま炎に飲み込まれた。
衛星軌道上ムンゾ共和国軍高出力長距離ビーム砲ビックガン改2装備 MS-06E-3【ザクフリッパー】
『初弾命中!お見事』
ザクフリッパーは本来偵察を主任務とした機体で通常の06系モビルスーツのモノアイ型頭部メインカメラと違い3つ目のゴーグル型の各種センサー複合型頭部メインカメラを搭載している。さらにこの機体は改造されてさらに高性能なセンサーを搭載して大量の情報を処理するため複座式のコクピットを備えている。
「少し狙いが逸れました。大尉調整してください」
興奮気味のオペレーターとは真逆に抑揚無く前席射撃担当の曹長が不満を述べる。
「了解した。磁場の影響だろう」
後席レーダー員の大尉がキーボードを操作して調整する。
『誤差0.0005許容範囲どころか予測よりも優れた数値ですよ!?人間が認識出来る範疇ではありません!』
「落ち着けマイ中尉、曹長は超一流のスナイパーだ。その辺の勘も超一流なのだろう」
『そんな非合理的な・・・』
「戦場なぞ元々非合理なもんだ。それにそれを感じられる程のセンサーを積んでるとも言えるだろう」
「・・・大尉」
「おっと、待たせた曹長調整完了だ。いつでも撃っていいぞ」
引き金が引かれた。一条の光りがサラミス級の追加ロケットエンジンに吸い込まれる様に当たり爆散する光景が映像がメインモニターに映し出された。距離にして約1000km、レーダー波は勿論のこと光学器機にまで影響を及ぼすミノフスキー粒子散布下において射撃を命中させるのは不可能と言えた。しかし、その不可能を可能としたのが高出力高精度のビックガン改2は勿論のことだったが、最大の要因はリヒャルド・ヴィーゼ教授指揮の元で共和国が誇る光学メーカー、カノム精機とグラモニカ社そしてフェリペ社が開発した新型無人偵察ポッド【バロールⅣ】それが十八機、ザクフリッパーの周囲30kmに展開して多角的に情報を収集、レーザー通信を介してザクフリッパーに集約する事で高い精度を実現したシステムだった。それにしてもこの命中精度は異常だったが。
「良し、優先目標を設定した。後は射撃自由だ。曹長任せた」
「了解」
次ぎに発射されたビームはマゼラン級の船体に命中した。爆発が発生した事でバランスを崩し錐揉み回転をしながら地球に落ちて行く。打ち上げ中のために満足な回避行動も取れない連邦増援艦隊は数分の後に最後の艦が落とされ全滅した。
月面都市【フォン・ブラウン】推進用レーザー管制室
月面都市からの物資の打ち上げはロケットなどでは非効率なため、マスドライバーと推進用レーザーを使用する。マスドライバーは物資を直接的に電磁投射基で発射する。しかし、マスドライバーはその構造上電磁投射基よりも大きなものは投射出来ない。一方で推進用レーザーは一定の波長のレーザーを物質に当てる事で推進力を得る事が出来る。しかし、レーザーは物資を打ち上げるのに手間がかかるため小さな物を打ち上げるのには向かない。
「予定の時間まで後、五分を切った。各員所定の位置に着き待機せよ」
そんな推進用レーザー施設でエギーユ・デラーズ大佐は時計と小惑星の映し出された画面を睨む様に見ている。
(我がブリティッシュ作戦の成就まで後少しか・・・)
デラーズがブリティッシュ作戦を提案して数年、初期案ではコロニーを地球に落とすだけの作戦だったがギレンが強硬に反対、現在の形にまで改変するに至った。
(まさか地球に落下する小惑星を餌にルナツーの連邦艦隊だけでは無く地球のモグラどもまで釣り出すとは、ギレン・ザビただの優柔不断な男では無かったか・・・)
表面に出す事は一切無かったがデラーズの中ではギレンの評価はそれほど高いものでは無かった。自身の考えた作戦を変更された事もそうだったが、穏健派で通ったギレンは強硬派のデラーズの目には軟弱な様に写った。だがそれは今回の事でかなり改善された。
(いや、むしろ私の方が大義と言う言葉に目を曇らせていたのだろう)
これ以降デラーズは戦略や戦術だけでは無く政事的な事や民衆心理などを勘案した作戦を立案する様になり名将として歴史に名を残す事になる。
「デラーズ大佐、そろそろ時間です」
思考に没頭していたデラーズは副官の言葉に気を取り直し司令を出す。
「各員最終チェックを開始せよ」
次々にチェック修了の報告が上がって来る。いよいよ作戦の最終段階、オペレーターが秒読みを開始した。さしものデラーズも緊張した。
「二十秒前・・・・・・・・・・十秒、9、8、7、6、5、4、3、2、レーザー照射!!」
スイッチが押し込まれ。管制室のメインモニターには天に向かって真っ直ぐに伸びる赤い光りの線が映し出された。赤い光は小惑星の表面に当たる。デラーズはその光景を見ながらほくそ笑んだ。