ギレンは生き残りたい   作:ならない

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敗北の空

サイド3【ムンゾ共和国】首都バンチ【ズム・シティ】首相官邸

 

会戦勝利の報を受け、会議室の大臣達は歓喜で沸き上がっていた。ギレンはそんな大臣達を落ち着かせるため声をあげるが、顔には安堵の色が浮かんでいる。

 

「さて諸君、盛り上がっている所で悪いが、未だ作戦が終わった訳では無い。今回の戦いでの被害を把握する必要が有るし、それに捕虜の扱いには十分な配慮が必要だ。オルバイ大佐」

 

「はい、被害は報告を待つ他にありませんが、捕虜の扱いに関しては既にマニュアルを作成、憲兵や警備兵を中心に教育を施しました。更に一般の兵士には捕虜への私刑は厳罰に処すると全軍に伝達済みです」

 

「宜しい、では小惑星のルナツーへの到達時間まで後どれくらいかね」

 

「十五分ほどです。ルナツーへの退避勧告は通達済み、後は衝突を待つだけです」

 

連邦宇宙軍最大の軍事基地ルナツーの破壊、それが今作戦のもう一つの胆である。

 

「それに付いてなのですが、ギレン閣下は本当にルナツーを破壊するおつもりですか?」

 

マハラジャ・カーンがおずおずと発言する。

 

「何か不都合な事でも有るのかね?」

 

「敵艦隊主力が壊滅した以上、通常戦力だけでルナツーの制圧も可能なのではないでしょうか。あの工廠や宇宙港はただ破壊するのは勿体無い様に思うのです」

 

「ふむ、君の言う事も分かるがね……ところでカーン大臣、ルナツーが地球上から見えるのは知っているかね?」

 

カーンは突然の話題の変化に疑問を感じたが、質問に答える。

 

「はい、軌道のタイミングと天気さえ良ければ、ハッキリと目視で見えると聞いた事が有ります」

 

ギレンは首肯くと話を続ける。

 

「そう、ルナツーが現在の位置に曳航されて約二十年間、あれが連邦宇宙軍の象徴となって久しい。そして地球市民はそんなルナツーを見上げて来た訳だ。では、その象徴が砕ける現実を目の当たりにして、地球市民は何を思うのか……彼等は敗北感を味わう事になる」

 

「敗北感ですか?」

 

「そう、敗北感だ。決定的な敗北感を彼等は実感する事になるだろう。連邦政府のプロパカンダなぞ意味を成さ無い。なんせ空を見上げれば、決定的な敗北の証拠が現実として存在するのだからな」

 

「ギレン閣下は地球市民に心理戦を仕掛けると言う訳ですか」

 

大臣達は息を呑む。ギレンはその様子に、今度は満足げに首肯く。

 

「そうだ。地球市民は宇宙で起こった事をどこか他人事の様に思っている節が有るが、彼等自身の目に見える形にする事で現実として印象付けられる。そして過度に敵愾心を煽らない分、直接地球を攻撃するよりも有る意味効果的だ」

 

大臣達は固唾を飲んでギレンの話に聞き入っている。

 

「戦争を有利に終わらせる為にはな、敵国民衆に厭戦気分を与える事だよ」

 

現代の戦争は民衆の支持無しでは継続出来ない。軍を動かすための資金も人員も民衆から得ているのだから、それを無視出来るのはそれこそ超大な権力を持った独裁者だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

共和国軍第二艦隊旗艦グワジン級戦艦【グワリブ】

 

「退避勧告に対するルナツーからの返答は?」

 

キリング・J・ダニカンは副官に確認をとる。

 

「ルナツーからの返答はありません。が、多数の脱出用舟艇の発進を確認しています」

 

「そうか……返答ははじめから期待はしていなかったが、あれだけの規模の基地だ。民間人も多かろう。全軍に通達せよ、脱出を妨害する様な行動は此を堅く禁じるとな」

 

「ハッ、了解であります。……ところで閣下」

 

副官は気不味そうに声をあげる。

 

「先日は申し訳ありませんでした」

 

副官は深々と頭を下げる。

 

「構わない、当然の反応だ。私も君の立場なら君と同じ事を言うと思うしな」

 

「閣下……ありがとうございます」

 

「さて、今は任務に集中するぞ」

 

副官は最敬礼で答える。

 

 

 

 

 

 

 

 

地球オーストラリア大陸メルボルン郊外住宅地

 

高層ビルが建ち並ぶメルボルンの中心部から離れた、郊外の住宅地。オーストラリア第三の都市の近くに有りながら、ここは古くから人口密度が低く、広い敷地と大きな庭つきの家が建ち、比較的裕福な人々の住む宅地として有名だった。その中の一つの家では、リビングでテレビのニュースを囓り付く様に見ている男の姿があった。

 

『連邦政府は各地で発生している暴動に対して、鎮圧のため地上軍の治安出動を命じたと発表しました』

 

男は深いタメ息をついた。

 

「新年早々物騒なニュースばかりだな」

 

「あなた、テレビばかり見てないで少しは手伝って下さいな」

 

男の妻は洗濯物の入ったカゴを持ち、不平を漏らす。

 

「ああ、すまない」

 

男はソファから立ち上りカゴを受け取る。

 

「ヨナは?」

 

そこで息子の姿が見えない事に気付く。

 

「庭でミシェルちゃんとリタちゃんと遊んでるわ」

 

「またか、ヨナは女の子とばかり遊んでるな、男の子の友達はいないのか?」

 

夫の言に妻は不満そうな顔をする。

 

「あら、あのくらいの子供なら性別何て関係無いわよ」

 

「だが、ヨナももう八歳だ。そろそろ「パパ!!ママ!!」ッ!」

 

その時、息子の悲鳴の様な声が響く。尋常では無い声に男は庭に急いで走る。

 

「ヨナ!!ミシェル!!リタ!!無事か!?」

 

三人の子供達は呆然と立ち尽くしている。ひとまず無事を確認して安堵のタメ息を漏らす。膝を付き息子と目線を合わせる。

 

「ヨナ、あんな声を出して何が有ったんだ?」

 

「パパ、空が……」

 

息子は震える声で答える。

 

「空がどうし……ッ!!!」

 

子供達の見上げる方向に目を向けた男は、驚愕の光景を目の当たりにする。

 

「る、ルナツーが!!」

 

その日、多くの地球に住む人々は目撃した。地球連邦宇宙軍が誇る、最大の宇宙要塞が砕け散る様子を。それは、目を焼く閃光も耳を裂く轟音も体を震わす振動も無かったが、

地球市民の心に大きな衝撃を与えた。


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