ギレンは生き残りたい   作:ならない

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紫煙

二月五日 地球 中央ヨーロッパ 旧スイス連邦 ジュネーブ

 

かつて多くの国際機関の本部が有ったこの都市は、地球統一政体が設立された現在でも要地としてあり続けている。

そんな都市に地球連邦軍のヨーロッパ方面軍本部が置かれている。その本部施設内部の会議室は紫煙に包まれていた。十人の高級将校達が葉巻や煙草などを燻らせながらテレビを眺めている。

画面では北極基地にて行われている平和協定の調印式が生中継され、連邦の議員が笑顔で共和国首相ギレン・ザビと握手を交わしている。

 

「不快だな……」

 

連邦地上軍ヨーロッパ方面軍司令長官パウルス大将は忌々し気に呟くと葉巻の頭を乱暴に噛み千切り火を着けた。

 

「パウルス、カッターを使え。折角のパルタガスが勿体ないぞ」

 

シガーカッターで葉巻の頭を切りながら方面軍参謀長ドルトン中将が軽口を叩く。上官に向かっての言葉使いではなかった。

 

「ふん、お上品なことだな気取り屋め」

 

が、パウルスは気にした様子も無く軽口を返し肩を竦める。二人はただの上官と部下の関係では無く士官学校の同期で長年の友人でも有った。情熱的で人情家で兵士達の信望も厚いパウルスと冷静で時として冷徹な判断で兵士達から恐れられるドルトン、真逆な二人は不思議と気が合った。

 

「しかし、協定内容が内容です。不快と思うのも分かります」

 

幕僚の一人ボダン准将が苦々し気に顔を歪ませ吸っていた煙草を灰皿に押し付ける。

サイド3を始め各サイドを独立国家と認める事、連邦宇宙軍の規模縮小と規制、月面都市及び木星船団の中立化、核、化学、生物兵器の使用の禁止(核は動力源としては可)、今回の戦争終結までに発生した互いの被害に対する請求権の破棄、その他諸々、共和国側の要求を連邦政府は全面的に飲む形に成った。代わりに地球に対する質量兵器使用を全面的に禁止という連邦政府の主張を認めさせる事は出来たもののやはり連邦に不利な協定であった。

パイプを咥えた老提督、大西洋第二艦隊司令フォード中将が口を開く。

 

「だが当初の想定通りに事は進んでおる……遺憾な事じゃがな」

 

その時、ノックと共に秘書官が入ってくる。

 

「閣下、準備が整いました……」

 

秘書官は立ち込める煙りに無言で換気扇のパワーを最大にする。

 

「うむ、では我々も当初の予定通り行動を開始する」

 

パウルスは立ち上がる。

 

 

 

パウルスは壇上に上がり回りを見渡す。連邦の兵士達が緊張した面持ちでパウルスに注目している。

この様子複数のカメラが設置され全世界に放映される。

パウルスは軽く息を吐き、マイクに向かって口を開く。

 

「この戦いは一部の人間の私利私欲から始まった。それは共和国のザビ家────では無い!!自らの利権のみを守ろうとする連邦政府高官達こそこの戦争の真の原因なのだ!!先程、地球連邦政府とムンゾ共和国の間で平和協定が結ばれた。これにより戦争が終結した。この協定締結で平和が訪れるのだろうか?──否!否である!!…U.C0022年、政府は紛争の消滅を宣言した。だが、紛争の火種が完全に消滅した訳では無い。連邦の弱体化は各地の民族主義を活発化させるだろう。私の父は連邦政府初代首相リカルド・マーセナス氏と共に地球連邦立ち上げのために戦い、マーセナス首相亡き連邦成立後は体制の維持のため分離主義者達と戦い、その戦いで戦死した。連邦のため戦い死んで行ったのは私の父だけでは無いだろう。連邦維持のため多くの人々が犠牲になった。だが、今の連邦政府高官はその犠牲に唾を吐きつけ、保身を謀ろうとしている。この暴挙に我々は立ち上がる!!我々の父祖の犠牲を無駄にしないため、宇宙で散った仲間達の思いを受け継ぐため、我々の未来、子供達に平和な世界を遺すために───」

 

「我々は地球連邦政府に対して宣戦を布告する!!!」


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