地球 南極基地
平和協定が結ばれたこの場所では締結を記念して晩餐会が開かれていた。
コロニーでは滅多に手に入らない地球産の天然の食材や有機農法で作られた食材を利用した高級コース料理が次々と出されている。ギレンはメインの魚料理を楽しんで───いなかった。
対面の席には昨日まで不倶戴天の敵だった連邦の高級官僚達、此方側の席にはキシリアを始め外交戦のプロ達が並んでいる。食事の最中に交わされる会話の端々に何らかの思惑が有るようで正直料理を楽しんでいられなかった。
(これなら道端のスタンドのホットドッグの方がマシだな、まあ二人に叱られるからやらないけども……)
ズム・シティでその様に食事を済ませてたら、メディアに取り上げられサスロとキシリアに叱られた事を思い出した。
その時、対面の連邦議員に秘書らしき人物が耳打ちすると議員の顔色が青く変わる。
(浮気でもばれたのかな?)
「ギレン閣下、問題が発生しました」
ギレンの秘書官が耳打ちしてくる。
「私は浮気どころかまだ独身だぞ?」
「は?」
秘書官は困惑する。
「なんでもない、それでどうした?」
「は、はい、連邦内部でクーデターが発生しました」
今度はギレンが困惑した。
地球 南極上空
クーデター発生の報告を受けて晩餐会を早々に切り上げられ、ギレンは軌道往還シャトルの準備を指示、軍には足の早い船と護衛の派遣を要求した。そして二十分後にはシャトルで地球軌道に上がっていた。
「迎えの船は?」
「軍から輸送艦が派遣されました。LPAガランシェールです」
秘書官が指差す方向に三角錐状の独特な形の船舶が待機して、二機のゲルググが周辺を警戒している。
後部のハッチからシャトルを受入れ固定、乗り込んでいたギレンとキシリア、外交官達がガランシェールに乗り移る。
「ガランシェール船長、スベロア・ジンネマン大尉であります」
ガタイの良さと髭は変わらないが原作よりも若々しいジンネマンが敬礼と共に待ち受けていた。
「ギレン・ザビだ。宜しく頼むキャプテン」
「ハッ、皆さん無事にサイド3まで送り届けます」
「早速で悪いが本国と通信したいのだが」
「通信室へ、自分は指揮が有りますので乗組員に案内させます。何か有りましたら彼にお伝え下さい」
「解った。ありがとう」
ギレン達を見送たジンネマンは顎をなでる。
「キャプテンか……」
響きを気に入ったジンネマンは以後、昇進して船長の任を解かれた後も部下にキャプテンと呼ぶ様に命令では無く個人的な願い事として言ったそうである。
ガランシェール通信室でギレンが本国に残った官僚達と現状の確認を行っていた。ルーゲンス大臣が情報部から上がって来た報告書を読み、ギレンに伝える。
『クーデター派は地球統一軍を名乗っています。名前通り強い連邦による地球圏の再統一を掲げています。指導者はビルヘルム・パウルス大将、ヨーロッパ方面軍司令長官です。現在、ヨーロッパ方面全軍、大西洋艦隊第二艦隊第三艦隊が参加を表明しています』
「地球連邦軍全体が参加している訳では無いのだな?」
『現状では北アメリカ方面軍、南アメリカ方面軍、大西洋第一艦隊が反クーデターを明確に表明しています。しかし、各地では混乱が発生しており正確に敵味方を区別出来ていない様です。特にアジア方面軍は各軍で戦闘も発生している様です』
「なるほど、国内の反応はどうだ」
今度はハーン大臣が報告を上げる。
『国民の大部分はまだ状況を認識仕切れていない様ですが、一部ではこれを期に地球に侵攻すべしと言う声も上がっています』
ギレンは思わず額に手を当てる。
「何としても好戦論を抑えろ」
現状ムンゾ共和国軍は宇宙での空間戦闘に特化している。陸戦機や水陸両用機などの局地戦機や各種航空機、各種研究など地上戦に掛かるリソースを宇宙兵器開発や研究に振り分けた結果として、連邦宇宙軍より技術的戦術的優位を保つ事が出来ていた。戦車などの車両は持っているがコロニー内部や月面での戦闘を想定した物で有り地球の多様な地形に対応出来る物ではなかった。
そんな状況で地球侵攻など行っては苦戦どころか返り討ちになる危険がある。
「それに、混乱の渦中に自ら飛び込む必要は無いだろう」
『では今回のクーデターには不干渉を貫くと?』
「状況次第だな、クーデター派が地球圏統一を掲げている以上、彼等に連邦の中核になられたら困るしな……ルーゲンス大臣、地上戦の準備にはどれ程の期間がいるかね?」
『そうですな………数ヵ月ではとても…編制、練兵、補給、必要兵器の開発など考えれば二年以上掛ります』
「ふむ……もし、もしも連邦軍の協力を得られたらどうかね?」
ルーゲンスは驚きながらも考える。
『それならば、協力の内容によりますが、全面的な物で有れば今年中にも可能かも知れません……しかし…先日まで戦争をしていた相手に協力などするでしょうか?』
「それこそ状況次第と言ったところか、地球統一軍に追い込まれれば我々を頼ざる得ないだろう。精々、足下を見てやるさ。それまで連邦が大敗けしないように特殊部隊によるハラスメント(嫌がらせ)攻撃に徹するとしよう」
ギレンは底意地悪い笑みを浮かべた。