東南アジア ベトナム ホーチミン市ドンコイ通り 某高級ホテル
旧世紀、フランス植民地の時代から有る高級ホテル、その中に有るレストランでは二人の男が同じテーブルを囲んでいる。
一人は伝統的なベトナム料理に舌鼓を打っているがもう一人は料理は一口も口にせず苦虫を噛み潰した様な顔でコーヒーを啜りながら対面の男を睨み続けている。
その視線に気付き生春巻きを食べる手を止め口をナプキン拭ってから開く。
「ここの料理は絶品ですな、ライアー閣下」
「私は貴方と食事に来た訳では無い!!」
イーサン・ライアーはテーブルを叩き立ち上がり、余りに勢いよく立ち上がったためにイスがひっくり返る。
その様子に他の客は驚く事は無かった。レストラン内に居る客の全てはライアーと対面の開襟シャツ姿の五十代ほどの痩せた男、ルオ・ウーミンが手配した護衛達だった。
ルオ・ウーミンは商業特区ニューホンコンに本拠を構え地球上の海運の大半を支配するルオ商会の会長にして華僑の顔役、一方でマフィアや麻薬カルテルなど裏社会との繋がりが有り、表と裏の両方の社会に大きな影響力を持ち、アジア方面を支配するのに決して無視する事の出来無い者それがルオ・ウーミンと言う男だった。
ウェイターがイスを素早く元に戻す、ライアーは息を吐き座り直す。
「声を荒げ申し訳無い、しかし、貴方と接触している事が統一軍のタカ派などにバレたら私とて無事では居られないのも理解して頂きたい」
ライアーのその言葉を聞き流しルオはグラスの水を呷る。
呑気なその様子にライアーの心拍数が再び上がり始める。そも今回の会合を持ち掛けて来たのはルオの方なのだ。連邦の旧態を一掃し再建を掲げる統一軍その中でも急進的な一派に連邦政財界の重要人物、まして急進派の言う所の連邦の腐敗を招いたとされるルオと接触している事がバレたならばライアーでさえ命の危険が有るのだから、さっさと本題に入ってもらいたいと言うのが本音だった。
そんなライアーの気持ちを知ってか知らずかようやくルオは本題を口にし始めた。
「閣下は今回の戦争、統一軍の勝利条件は何と考えておいでかな?」
「それは勿論、地球圏の再統合でしょう」
その答えにルオは不満気に鼻を鳴らす。
「現状で実現は不可能ですよ。その目標は」
歯に衣着せぬその物言いに眉を顰める。
「これ以上の戦闘は不経済、私としてはさっさと和平なり休戦なりすべきだと思います。或いは統一軍とは手を切るのも有りですな」
ライアーはまたも激高し立ち上がった。
「戦争は金勘定でする物では無い!!」
そのまま踵を返し立ち去ろうとしたライアーの背にルオの大声が突き刺さる。
「否!!軍事とは財政を無視して語れる物では無い!!!!」
声の鋭さに思わず立ち止まってしまう。
ルオは一気にたたみかける。
「人類の九割は宇宙に住み、生産力は地球を上回り久しく今や地球の経済はコロニーに依存している。最早地球の経済は否地球上の社会はコロニー無しでは回らなくなってしまった。そのコロニーが独立したのにも関わらず連邦も統一軍も戦略も編成も改める事無く今まで通りの態勢を通している」
ライアーは息を呑む。それほどまでにルオは変った。先ほどまで頼りなさ気な痩せた小男は世界に名だたる大商会の会長に相応しい覇気を纏っていた。
その姿に魅せられたライアーはルオの話を聞く事とした。
車に乗り込み去っていくライアーを見送ったルオは通信端末を取り出し何処かへと連絡を取り始めた。
「イーサン・ライアーはこちらの話に乗りました。…はい……はい、有難うございます。後はあちらの出方次第ですが………なるほど既に手を打っておいででしたか……分かりました。次の段階に移ります。……ではルオ会長」
通信を切りルオの影武者は次の会合に向けて準備を始めた。