・虹竜の月、15日
イナー姉さんとカチドキが少しの間、休養することになった。
まあ、かなり致命的な打撃受けてたし。ネクタルったってアレは基本的に気付け薬。ああいう具体的損傷には、天下のケフト施薬院もなかなか対処できません。一応カチドキのほうは立って歩ける状態ではあるんだが、喉がアレなので水を飲むのも一苦労。しばらくは絶食しなきゃいけないということで、とりあえず動ける状態じゃなさそうだ。
で、レンは来なかったが、今日はツスクルが酒場に現れた。
「うまくやってくれたみたいね。ありがとう」
という彼女曰く、ツスクルが意識を取り戻すとレンはひとりで支度を始めて、ちと自分を見直してくるからその間のことは頼む、と言い残してどこかへ行ってしまったらしい。……勝手だなオイ。そう言ったら彼女は笑って、
「そうね。でもそれはいいことだから。
私はレンの友人だから、レンが必要とするときだけ近くにいてあげればいいの。彼女が要らないと言ったときまで、べたべたする必要もないわ」
と、達観したように言った。
それで、いろいろわからなかったところを聞いたんだが、結局ツスクルもあんまり詳しく事情を知っているわけではないらしい。
わかったのは、ヴィズルという例の人物はただの執政院の長だったわけではなく、たぶんグレイロッジを襲った理由も表向きの理由とは違うわけがあったんじゃないか、ということだった。……なんだかわからん理由で殺し合いを命じる人間かー。友達になりたくないタイプだな、と言ったら、ツスクルは深くうなずいた。
「うん。でもレンにとっては恩義あるひとだったから。
私は彼に関わるべきではないと思っていたし、だからこの迷宮はさっさと踏破されてしまえばいいと思っていた。そうすればレンもヴィズルとはもう関わらないで済むと。それでグレイロッジを誘導して、迷宮の奥へ案内したこともあったわ」
だからこそ、ヴィズルから信用されなかった彼女には、大きな秘密は手に入れられなかった。レンはまた違うことを知っているのかもしれないけれど。
「いずれ、レンはまたあなたたちの前に姿を現すと思う。
そのときに、いろいろ聞くといい。私は――私にとっては、これはもう終わった話だから」
そう言って笑う彼女の顔色は、いつもより心なしかいいような気がした。
そしてイナー姉さんが部屋を訪れたパベールからいろいろ聞き出していた。なんでも一撃で相手を倒す攻撃力がどうとか。急に勉強熱心になったな。まあ、そうでないと痛い目に会うということを思い知ったからなんだろうけど。
しかしあの2人が並ぶと、なんというか……顔だけはベテランのイナー姉さんと、童顔+女顔でどこか頼りないパベール。なんだか力関係と外見が奇麗に逆方向向いているあたりが見ていて愉快すぎる。次にパベールに会ったときに、うっかり笑い出さないように注意しよう。
・虹竜の月、16日
最近、マハとようやく互角に近い戦いができるようになってきたので、調子に乗ってその場にいたチ・フルルーと稽古。手も足もでねぇ……あの斧、盾で受けるだけでじーんとなって動けなくなるんだが。それを暴風のように連打されると俺にはもうどうしようもない。
で、それを後ろから見ていたショロロにケラケラ笑われた。テメエ文句あるなら自分で戦ってみろと言ったら、
「へえ、じゃタッグ戦でもやる? ボクとアイノテで組んで」
とか抜かしやがった。チ・フルルーもそれを聞いてちょっと考え込んで
「アシタさんがいれば……」
マテ。つーかタッグ戦で片方メディックありって詰みとか言いませんか。アシタが後列に下がって医術防御しているだけで普通に勝てる気がしねえ。そう言ったのだが、
「え、そんなことないですよ。ほらコルネオリさんと組めば普通にアリじゃないですか」
あーなるほど。たしかに防御陣形組んでフロントガード連打してたらトルネードでアシタを削れる分俺たちのほうが若干有利か。そう言ったら今度はショロロがにやりと笑って、
「えー、でもボクがアシタさんと組んだら勝ち目なくない? それ」
馬鹿野郎。そしたら俺はパベールと組んでアザーズステップ→トルネードで一気に狩るわい。そう言ったら不満そうにしながらもショロロは反論しなかった。……まあ、それこそ詰みだしな。
しかしこう考えていくと、なかなかコンビで最強の組み合わせってのも見つからないもんだな。コルネオリとアシタが組めば俺たちには手も足も出ないが、今度は攻撃力不足が原因でハラヘルスとカチノヘのコンビに勝てなくなりそうだ。でもハラヘルスとカチノヘじゃチ・フルルーとワテナの組には勝てないだろうし……ダメだ。決め手が見当たらない。案外ナリアンテスとカチドキとか悪くなさそうだけど。ドレインバイト+奇想曲の組み合わせは案外えげつない。
そしてそんな雑談に明け暮れているうちに日が暮れた。つーかフルメンバー揃わないとうちもロックエッジも動きようがねえな。
・虹竜の月、17日
動きよう、ありました。
よく考えたらアクティブメンバーって俺たち3名+ロックエッジ2名でちょうど5名、迷宮で自由に動ける最適人数じゃん! ということに気がついた。というわけでチ・フルルーとパベールがうちに参戦、いきなり第五階層を飛び越して第六階層を垣間見ることになった。
で、ロックエッジが現在苦戦中の27階へゴー。ご、ゴー……なんじゃこりゃー!
脆い地面の大平原。ちと足を踏み外せばいきなり28階の針山に叩きつけられ、そしてそこにヤバイ大きさの鳥が襲ってくる。回復役がいない俺たち大ピンチ。どうしよう……と思っていると、ショロロJrから提案があった。
「あのさ、この階層には強くて大きい生き物がすごく多いから、その生き物たちの動く気配を探っていけば通れる道がわかるんじゃないかな」
おまえ天才。つーことで、使ったことがほとんどなかった千里眼の術式が大活躍。あっという間にあらかた動ける場所の地図を作り終えた俺たちは、執政院に情報を渡すためにいったん街へ帰ることにした。
……あー、しかしあの階層はいまの俺たちの手に負える場所じゃないわ。いちおうパベールの指示で相手より早く索敵し、見つけたら即座に逃げの一手。どうしようもないときにはアザーズステップ→防御陣形→チェイスショック+大雷嵐の術式、でほとんどの敵には対処できるが、それを抜けられると一気に崩される。戦うっつっても体力的には限度があるし、獣避けの金鈴が山ほど必要でみるみる減っていく。やはりこの案には無理があったか。まあ、ふたりの超人と共闘できたのは、それなりに楽しくはあった。
・虹竜の月、18日
カチドキが行方不明になった。
なんでも、喉がようやく治ってきた記念に広場で早口言葉の練習をしていたら、ちょうど宿屋の従業員が餌をあげていたペットのネズミが驚いて逃げ出したらしい。それでわたしの声に文句あるのかテメエーと叫びながら追いかけていったんだそうだが、困ったことにそのネズミはなにかあると樹海を散歩して下へ下へと行こうとするやっかいな習性持ちだった。で、未だカチドキ帰らず。なにやってんだ……ていうか、飼うならきちんと管理しろよ。そんな危険なネズミ。
で、とりあえず酒場に捜索願を出したらバード5人兄弟とかいうクレイジー過ぎるギルドが名乗り出た。イケニ5兄弟とか言うらしいがそもそも君ら外見で区別がつきません。そう言ったら長男が笑いながら、
「うん、俺も次男と四男の区別はつかん」
……それ以外は付くのかよ。信じられねー。
・虹竜の月、19日
カチドキが、カチドキRになって戻ってきた。
なんでも13階でイケニ5兄弟と共に泉の精霊と名乗る酔狂なモリビトと出会ったそうな。どうもバードが大好きらしいそのモリビト(通称:ピンコ。いま決めた)は、6人もバードが現れたことにいたく感激したらしい。このなかでいちばん私を楽しませたバードに素晴らしい加護を与えましょう、とか言われてイケニ5兄弟は即座に芸大会を開いて競い合い+けなし合いの骨肉の争いモードに入ったが、カチドキは自称ジャーナリストなのでビールと落花生片手にピンコと雑談しながらそれを見ていたらしい。……常備してるのかよテメエ。酒飲みめ。
で、結果として兄弟は全員疲れ果てて自滅。すっかりピンコとお友達モードになったカチドキがなし崩し的に加護を受け取ることになった。なんでも、名前をカチドキからカチドキRに変えることで風水の加護を得てパワーアップ、って話だが……効果あるのか、それ。
ちなみに例のネズミは今日、俺たちが26階をさまよっているうちに偶然発見。……どこまで潜ってるんだおまえは。竜に踏みつぶされるぞ。
・虹竜の月、20日
イナー姉さん、退院。
まだ傷は癒えきっていないし明らかに無理してるんだが、自分は前線の主力じゃないから完調でなくても大丈夫、という。
ちょうど27階も手詰まり感があったし、パベールとチ・フルルーにはふたたび調整生活に戻ってもらって、俺たちは無難に21階から下へ行くことにした。なにしろ最近は24階のほうでもトラブルが起こっている気配があるそうだし、そもそもあのあたりでまともに動けるギルドはグレイロッジとロックエッジとうちしかいない。絶対的に人手が足りてないのだ。
で、探索してみたらいきなり詰まった。グレイロッジの活躍によって動き出したはずの昇降機が、なぜか動かなくなっていた。しかも箱の中からはカサカサ、カサカサというとても嫌な音。む、虫は苦手だ……とか言ったらショロロに馬鹿にされた。なんとでも言え。嫌なモノは嫌なんだよ。
そういうわけでまずは後回しにして周囲を探索。しかし改めて思うが、こんな足場でよく俺たち戦えたなー。足踏み外したらまず生きてねえよこれ。
・虹竜の月、21日
最近、ショロロが絶好調。
大雷嵐の術式連打しているだけで敵が勝手に潰れていく。こっちの財布もどんどん潰れていく。
勘弁してくれ。アムリタは有限なんだぞ、と言ったら、じゃあ先に24階の泉を確保しようよと提案された。よしそれで行こう、と調子に乗って遠出して破滅の花びらに先制されて全滅しかけて泣きながら撤退。こういうの、最近は久々だな……
・虹竜の月、22日
アーマービーストが堅すぎてめげそう。
なんだアレ。勘弁してくれ……時々ショロロの大爆炎の術式をかいくぐって生き残る個体がいて、それを処理させられるときの苦労と言ったらもう。そしてぼやっとしていると熊とかワニとか竜とか襲ってくるし。なんだこの階層、と言いつつふと気づいたんだが、そういえばここってすごい深層なんだよな。やばい、この前まで第六階層にいたせいで変な錯覚してる?
・虹竜の月、23日
最悪。
昇降機をどうにかする方法として、とりあえずグレイロッジが昇降機を動かし始めたときのやり方を真似てみようとカチドキ(Rとか面倒だから省略)が言い出した。
まあ結局俺たちも昇降機なしで25階に降りる手段は見つけられなかったわけで。窓から飛び降りる、という手も考えたが、下になんだかわからない水晶の破片やらなにやらがトゲみたいに乱立している危険な状態なので、できれば遠慮したい。
そうして俺たちはその機械室に入った。こういうところではショロロの独壇場になる。いろいろ調べているのをぼーっと見ていた俺たちだったが、暇になったコルネオリが壁際によりかかったところ、ぽち、という凄い嫌な予感のする音がした。
ぎー、がしゃんがしゃんがしゃん。そんな音がして、部屋の正面パネルの中央に悪趣味なドクロ印付きのスイッチが飛び出てくる。明らかにナニカのセーフティを解除したっぽい。そうは思ったものの、最後のボタンが押されてなかったために、そのときまだ俺たちはさほど警戒していなかった。なんだよこれー。バカ変なものに手を出すな。知ってるよこれハドウホウとかそういうのの発射装置だよきっと。なんだそりゃ、テキトー言って押して変なことが起こっても知らねーぞショロロ。おいカチドキ、テメエなに押そうとしてやがる。
――冗談で押すふりをしたカチドキが、地面のなんでもない箇所にけっつまづいた。
神速でコルネオリが飛び込む。それはよかったんだが盾でがつんとぶっ飛ばしたのがいけなかった。アオリを食ってショロロがコンパネ側にのけぞってひっくり返りそうになり、それを支えようとした俺は、急だったのでバランスが取れずに一緒にひっくりこけた。ぽち。なんだいまの音。ハハハそんなの決まってるじゃん背中がボタンを押した音さー。
上部スクリーン点灯。鮮明に映った地底の遺跡のなかで、外の洞穴に向けて光の帯が突き刺さるのがはっきりと見えた。次いで爆音。さらには、なにかヤバイ獣がきしゃあああああ、と怒り狂う音。ヤベ、本格的にマズいモノを直撃しちまった! ちくしょうハドウホウめどうせなら一撃でぶっ倒せば害もないものを。
後でパベールから聞いたところ、雷鳴と共に現れる者、とかいうごっつい名前の竜が25階に居着いちまったらしい。あーあ。俺知らね。こらカチドキ、テメエなにを共犯者面してやがる。同類だと思われたくないからあっち行けあっち。