・白蛇の月、21日
帰ってきたら英雄扱いだった。
まあ、悪い気はしない。相手はとんでもないバケモノだったが、運と知識に大いに頼っていたとはいえ、こうして勝つことができたのだ。いちおう褒められていい結果は出したって言っていいだろう。
異変は去り、樹海は平穏を取り戻した。第六階層もこれからはずいぶん行きやすい場所になるだろうし、ひょっとしたらさらに奥へ探索が進むのかもしれない。樹海を生み出す素となるモノは30階にいるが、さらに下がないとは限らないし、なかったとしても未知の素材がたくさん眠る樹海は十分に魅力的な場所だ。
そしていつものように金鹿の酒場で宴会。バカ騒ぎが続き、カチドキがうまくもない歌を歌い出す。すぐにムズピギーとチクタクが寄ってきて伴奏を始め、周囲はやんややんやの大喝采。とんでもねえ騒ぎになった。
で、宴も一段落してバカも体力を使い果たし、ほどよく静かになってきたところで、俺はその話を切り出した。――そろそろ引退したい、と。
最初に反応したのは、なんとコルネオリだった。やめないでくれよ、アイノテがいなかったら僕たちどうすればいいんだよーと言って泣き出す。……しまった、こいつ酒入ってると人格変わるんだっけ。おまけにカチドキもそれに唱和し、なんでやめるなんて言うんだと詰め寄られた。
なんでもなにも、俺がもう限界だと思ったからさ、と言ったのだがぜんぜん聞いてくれやしない。堂々巡りが続き、いい加減うんざりしてきたところでイナー姉さんが、まあ当人が決めたならしょうがないかな、と言って、それで一応議論が収まった。
なんとなく宴って雰囲気でもなくなってしまって、気まずいまま宿屋へ。部屋でこの日記を書いていたら、その途中でドアをノックする音がした。
ドアの向こうには、さっき一言も発しなかったショロロがいた。真っ青な顔をしていたのでどうしたと問うと、やめちゃやだよアイノテ、置いていかないで、と言って、そして泣き出した。
……参ったね。覚悟はしていたがここまでの反応が返ってくるとは思っていなかった。とりあえず泣き疲れて眠ってしまったショロロはイナー姉さんに預けたが、去り際にそのイナー姉さんからも非難がましい目で見られちまった。四面楚歌か。
・白蛇の月、22日
なんとなくみんなと顔を合わせづらくなって酒場へ。
あいにくまだ準備中の時間だったが、店内を見たらアシタがひとりでちびちびやっていた。……不良め。昼間っからなにやってんだよおまえと聞いたら、キミに言われたくないなあと返された。そりゃそうだ。
アシタもまた、俺がやめると言い出したのは知っていたようだった。さすがに違うギルドであるこいつは俺の決定に反対したりはしなかったが、
「でも変だよ、キミ。
樹海も平和になって、ようやく安定して儲けられるようになったのに、なんでいまやめるのさ?」
と聞いてきた。
俺も、なんとなくこいつには本当の理由をしゃべってもいい気がしていた。なので、まだ誰にもしゃべっていない、俺が引退する本当の理由を、話すことにした。
そもそも、いまのホイスビーはオーバーワークなのだ。
いろいろあって長期間フル稼働せざるを得なくなっちまったし、結果として大物を退治したりした。けど、それは本来の俺たちの実力からはかけ離れた業績だ。なんとかいままでやってこれたのは運もあるし、勢いみたいなものもあったんだろうが、このまま突っ走っていたらいつか破綻するのは目に見えている。
けど、ホイスビーは有名になりすぎた。このままだと俺たちがブレーキを望んでも、周囲がそれを許してくれない。もう崖っぷちなのに、後ろからどんどん押してくるから戻れやしない。どうにかしようと思えば、一度ホイスビーと呼ばれるもの自体をぶっ壊す――俺には、それしか思い浮かばなかった。そういうことだ。
「で、やめることにしたワケ」
アシタはそう言って、納得したようにうなずいた。そして、
「バカたれ。
そんなんだからみんなに怒られるのよ、キミは」
と言い放った。……そんなんって、俺なにか悪いことしたか? と問うと、
「だって誰とも相談してないでしょ、それ。
照れくさいんだかなんだか知らないけどさー。そういうのってみんなで決めるのが筋でしょ? 勝手に決めたら揉めるに決まってるじゃない。あったま悪いなーホント」
……それをおまえが言うか。自分勝手大王。
「あたしはいいのよ。天才だから。
で、どうするの。やめるのはいいとして、このまま身勝手に物別れバイバイで済ますわけ? キミたち、そういう気まずい別れ方で済ましていい仲だった?」
あーもう、わかったよ。
まさかこいつに説教される日が来るとは思わなかった。参ったね。この街には俺にとって頭が上がらない人間が多すぎる。
ともかく、そうと決めたら善は急げ。去り際、アシタに一言だけ、ありがとよ、と言った。相手はきししと笑って、惚れるなよ、と返してきた。
宿に帰って、みんなを集めて俺はさっきのことを説明した。俺だけじゃなくて、ホイスビーという形自体がもう、一度壊さないといけないものになっていること。そのために、俺が出て行くのがたぶん最善だろうということ。
カチドキとコルネオリはまだ不満そうだったが、イナー姉さんが俺の味方になってくれた。そして、またショロロはなにも言わなかった。
……ともかく。これでお膳立ては整った。出立の日は、明後日と決めている。どこに行くかはまだ決めていないが、冒険者稼業のおかげで金はそれなりにあるし、どこに行ったってそれなりにやっていけるだろう。元よりこの身は根無し草、樹海は不釣り合いに過ぎる。ってね。
・白蛇の月、23日
グレイロッジの道場に行って挨拶。
もう退院していたロッドテイルは相変わらず。俺が街を出ると言っても、ふん、としか言わなかった。マハは寂しくなるねー、でも恋しくなったらいつでも帰ってくるんだよ、と言った。……最近ようやくわかってきたが、こいつ俺のこと子供扱いしてないか?
後はいつものように。俺がいなくなって困る人間がいるわけでもなし、まあこんなもんだろう。世話になった何人かにも挨拶回りは済ませておいた。後は心置きなく、旅立つだけだ。
そしてショロロは顔を見せもしない。参った、本格的に機嫌を損ねちまったかね。せめて見送りくらいは来てくれないと寂しいんだが……まあ、仕方ねえか。
・白蛇の月、24日
出立の日。
あんまり湿っぽいのも嫌なので、早めに出立することにした。見送りはカチドキとコルネオリとイナー姉さん。やっぱショロロは来なかった。
カチドキはまだ納得していないようで、わたしたちならグレイロッジだって目じゃないのにさー、とかぶーたれてる。無茶言うなよ。こいつも過剰極まりない自信だけは誰にも負けねえな。
コルネオリは、案の定泣いていた。寂しくなるよお、と言って。……今日は酒入ってねえはずなんだけどな。こっちは逆に、実力に見合わないほど気弱なんだよな。不思議なことだ。
イナー姉さんはいつもの通り。落ち着いたら便りをよこすようにね、とだけ言って笑っていた。このひとはホント強いなぁ。どうして戦闘中だけあんなへっぴり腰になるのかよくわからん。
あんまり話し込んでいると出立する気がどんどん減っていくので、俺は早いうちに切り上げて出ることにした。また、月日が経てばこの街にもどってくることもあるだろう。そのときは、みんな笑って語り合えばいい。
そのときまで、しばしの別れを。
そして街の門を出る。とりあえずシリカ商店で近くの地図は買っておいたのだが、あんまり行き場所は決めてない。なにしろエトリアは樹海が見つかるまでただの田舎都市だった場所だ。近隣の地域も似たようなもので、そうとう遠くまで行かないとソードマンの就職口は探せないなーとか思っていたら、ばたばたとえらく騒がしい足音。あ、こりゃヤツだな。と予感して振り向くと、案の定そこにいたのは――って、なんだそのでけえ荷物。聞くと、ショロロはぜえぜえ言いながら、
「だ、だって、遠くまで旅するんでしょ? だから」
だからじゃねえよ。まさかテメエついてくるつもりじゃねえだろうな、と言ったらヤロウ、いかにも当然という顔で
「当たり前。だってアイノテ、ボクがいないとただの使えないソードマンじゃない。チェイサーにはアルケミストがいないとね」
……いや。いやいや待て。そもそもテメエ親がこの街にいるんだろ、と言ったら、
「そんなの、当然許可もらってきたに決まっているじゃない。ボクがなんのために昨日一日かけて家にもどっていたと思ってるのさ。父さん説得するの、けっこう大変だったんだからね」
と言って、はいこれが証明書、と一枚の紙をよこした。……手紙かよ。うわアイノテ様とかすげえ達筆で書いてある。中身読むの怖いんだけどこれ。
「じゃ、そういうことでまずは南下して海に出よう。船に乗れば陸路よりだいぶ早いし。
どうせアイノテ、行くところ決めてないんでしょ? ボクね、見てみたい場所が山ほどあるんだ! すごく楽しみ!」
言って俺の腕を引っ張るショロロは、もう俺の返事とかどうでもいいといった風情ではしゃいでいる。――あー、ダメだ。止める言葉が思い浮かばねえ。つーかなんだかんだ言って、俺はこいつにからっきし勝てねえんだな。
まあ、こんなのもいいだろう。
道はまだずっと遠くまで続き、俺たちの冒険も、まだまだ終わりそうにない。
それでも。コイツと一緒なら、たぶんどこでも楽しいはずだ。
――次の冒険が、始まる。
アイノテ世界樹日記は、これで終了になります。
世界樹日記シリーズはIVまで書きためがありますので、またなにかありましたらよろしくお願いします。