・王虎の月、4日
起きたら一日が経過していた。
どうも一昨日、日記を書いてから1日以上起きなかったらしい。ずいぶん疲れが貯まってたんだなぁ。
コルネオリ達は11階の探索をしつつ、臨時で誰かを雇うそうだ。もう募集はしているそうなので、後は来るのを待つだけらしいんだが……うちの知名度で、まともなのが集まるかあ? ちょっと不安だ。
・王虎の月、5日
速攻で2人集まった。早。
しかし、こいつら使い物になるのか? 経歴だけは立派なんだけどなー。
ダークハンター、ナリアンテスは黎明期のグレイロッジに参加していた古強者。だそうだが、普通に古いだけじゃねえのかこいつ。動き見てもなんかあんまりキレがねえし、聞けば一時期引退してたそうなんだが、まだ戦えるのか? 不安だ。
ブシドー、ネイホウはレンの紹介でロックエッジに入ったという……その、経歴だけ見れば超強そうなんだが。ぶっちゃけ、しゃべり方がひどい。「いやーソレガシ案外強いでござるよニンニン」という初対面の挨拶を見て不安にならないほうがおかしいだろう。まず案外とか自分で言うなよ。そもそもロックエッジの二軍っていう立場は出会ったばかりのコルネオリと同じなんだが、コルネオリと違ってこいつには気合いが足りてないように見える。レンに会えたら彼女の評価を聞いてみたいもんだが……ああ、不安だ。
・王虎の月、6日
見舞いにきてくれたマハ相手に雑談。
ナリアンテスについては、その身分は正しいと保証された。引退してからどうなったかはマハにもわからないが、少なくとも全盛期は、あのロッドテイルも認める優秀な鞭使いだったらしい。ちなみに引退した頃の腕は
「うーん……そのころあたしたちも第三階層だったから、いまのアイノテたちよりちょっと上くらいだったと思うよ」
だそうな。
それにしても気が滅入る。俺の腕は相変わらずさっぱり上がらない。大丈夫なのかこれ。
・王虎の月、7日
ケルヌンノスに頭を刈り取られる夢で目が覚めた。ここんところ、こういうのばっかだ。寝覚め悪いったらありゃしねえ。
それはともかく。実力を心配していたナリアンテス&ネイホウだが、どうやら杞憂だったらしい。奴ら金持ちだから装備はいいとはいえ、たった二人でスノードリフト狩ってきやがった。すげえな……ぼやぼやしてると、俺もクビになっちまうな。
・王虎の月、8日
新パーティの探索、初日。
カチドキに話を聞いたところ、11階にはずいぶんと蟻が多いらしい。大亀はこのあたりの名物で有名らしいんだが、蟻のほうは聞いてなかったので驚いたんだとか。
本来なら執政院が動いてもいいんじゃないかってくらいの事態なんだが、あいにく執政院は執政院で10階の異常事態にかかりきりだ。なんでも、全冒険者通達とかいう聞いたことないものを出しやがったくらいの異常事態らしい。そんなにヤバいのかよ……あー、動きてえなあ。
・王虎の月、9日
うわ、うちのギルド、10階の難題をあっさり解決しちまいやがったよ……
マジ強いなあの助っ人二人。いや二人だけじゃねえ。カチドキもイナー姉さんも、コルネオリもすげえ強くなってる。たぶん、あのケルヌンノスに勝った自信ってのもあるんだろう。一気に強くなった感じだ。
取り残されてるのは俺だけだ。くそ。
・王虎の月、10日
眼帯のおっさんが、また無茶なこと言ってきやがった。
熊を一人で狩ってこい、だと。無茶言うなっての。誰が引き受けるんだ、と思ったらコルネオリが傷だらけで泣きながら帰ってきた。うええマジで勝ったのかよ。信じられ……なくもないか。コルネオリの堅さで防御固めてシールドで殴ってたら熊でも勝てないだろ。なんだかんだ言ってこいつもロッドテイルの弟子だからな。
そして俺の腕は今日も上がらない。まずいんじゃないのかこれ。
・王虎の月、11日
コルネオリの憧れのひとであるアシタから、それ精神的な理由でしょ、と言われた。
元はコルネオリの様子を見に来ただけらしいのだが、喋ってみてあまりのファイターっぷりに相手がメディックだということを忘れて話を振ってしまったのが運の尽き。本職らしく診察のまねごとみたいなのをした後、
「いや、たしかに怪我してるけどさー、ぴくりとも上がらないって傷じゃないよこれ。腕が上がらないなら、べつの理由があるんじゃないの?」
「べつの理由?」
「そ。よーするにキミ、ブルっちゃってもう樹海に行きたくないんじゃないの? で、腕が上がらないのを理由にトンズラしようとしてるんでしょ。自分のギルドを妙に持ち上げるのも引退して文句言われないための伏線ね。やーいチキン野郎。なっさけないねーキミそれでも男?」
……言いたい放題言いやがるな、あの女。
パベールという、アシタお付きの線の細いレンジャーがめっちゃぺこぺこ俺に謝っていたが、俺はあいまいにしか返すことができなかった。アシタの診断は口こそ悪かったが、完全に当を得ているような気がしたからだ。
ああ。認めるよ。俺は樹海が怖い。
元から、そこまで才能溢れたソードマンだとは自分でも思っていなかったし、樹海に行って大物に出会うたびに逃げたくなる自分と必死で戦っていた。
それでも、田舎から出てきて冒険者として大成するって夢のため、どうにかこうにかやりくりしてきたわけだが、ケルヌンノス戦で思い知ってしまった。ああ、この辺が限界か。と。
まだできないことはないと思う。でも、俺が強くなる限度はこの程度、というのが、なんとなく心に思い描けてしまった。そして、痛みとともに身体の一部が動かなくなる経験も、恐怖と共に刻み込まれた。そりゃ無意識に拒否反応が出てもおかしくないだろう。
……潮時、かねえ。そろそろ。
・王虎の月、12日
コルネオリからショロロに打診が来た。近いうちに出れないか、との話。
なんでも火力が決定的に不足しているらしい。蟻の大群に囲まれてとんでもねー大苦戦をしたとかで、鍛えれば戦力になるアルケミストが欲しい、とのこと。
……ま、俺には関係のねー話か。
・王虎の月、13日
ショロロと大喧嘩しちまった。
……いや、それもたぶん、俺が全面的に悪い類の。
打診が来てからなにかごそごそやっていたショロロだったが、今日起こしに行ったら俺が一瞬わからなかったらしい。
で、不審に思って聞いてみたら、どうも一時的に記憶障害を起こしかねない薬を飲んだようだった。そのおかげで集中力が激烈に増し、大氷嵐の術式を覚えることに成功したが、いくつか障害が残った。すぐ戻ると思うけど、いま必要なのは即戦力だからね、とショロロは言ったが、俺は我慢の限界だった。
怒鳴りつけた。なんでそんな無茶してまで樹海に行くんだ、そんなにして実力が落ちた状態で行っても満足に活躍なんかできるわけねーだろ、と。
最初はただ竦んでいた相手も、だんだん理不尽なことを言われていると感じてきたらしい。ふざけるなと言い合いになって――取っ組み合いの喧嘩になるのに、あまり時間は要らなかった。
いくら俺の腕が動かないったって、アルケミストのガキに遅れを取るほどナマっちゃいねえ。ショロロもすぐにそれを理解したが、それでも絶対、あいつは退こうとしなかった。絶対に倒せない俺に向かって、感情だけで、何度痛い目に逢っても向かってきた。勝てないとわかっていても、決して退かなかった。
……今の俺はアイツ以下かよ。畜生。
・王虎の月、14日
土下座して謝った。
ショロロはなんだかんだ言ってガキだから、昨日の喧嘩を自分も悪いところがあると思い込もうとしていたっぽい。けど、それでお互い悪いと言って水に流すほど、卑怯にはなりたくなかった。アイツを前に、自分がそこまで嫌な大人になるのは許せなかったし、許したくない。
それで、いろんな話をした。昔のことや、これからのこと。
アイツは、親を尊敬していたし、親が自分みたいになれと言って付けた自分の名前を誇りに思っていた。だから親を真似てアルケミストになったけれど、なってから自分がアルケミストに向いていないって気づいたらしい。火を出す仕組みはわかっても、火よりも樹海の収集物や生物たちのほうに大きく心を動かされた。最初はアイツなりに立派にやろうと思っていたが、やがて疲れてしまったらしい。それで、使えないアルケミストを気取ってごまかしていた。
でも、今はそういうことを言っていられる事態じゃない。樹海は急速に、虫たちに食い潰されつつあるらしい。どこかにいる女王種を早く倒さないと、下手をすれば街まで蟻であふれかえりかねない。
だから、戦うのだ。大切な樹海を守るために、自分の死力を尽くさないと。この際、疲れたとか言ってられないからさ、と言ってアイツは笑った。
……すげーな。俺なんか目じゃねえ。アイツは、たぶんこの街でもとびきり樹海が好きで、樹海のことを本気で考えてるんだろう。
俺はただ、一発当てるつもりでエトリアにやってきた山師。
アイツは、エトリア生まれで、エトリアの樹海を本気で愛する探索者。
……最初から勝負になってねえな。こりゃ。
それでも。
できれば、コイツの力になってやりたいなあ、と思えたのは、少し救いだったかもしれない。
・王虎の月、15日
グレイロッジの道場に通うことにした。
ホントは見学だけのつもりだったんだが、見ているうちに剣が振りたくなってきた。で、模造刀に手をかけた瞬間、マハにどやされた。腕が動かないときに変な練習をしたら変な癖がつくからやめろ、と。
……いや、正論だけどよ。くそ。
・王虎の月、16日
道場、2日目。
ショロロは今日から樹海の探索に出るらしい。つってもまだ第三階層に適用できるほど回復してないので、イナー姉さんとカチドキ連れて第二階層の奥に出かけていった。
……それでも十分すげえけどな。
俺は日がな1日、道場で稽古を見てた。つうか初めて知ったが、サシでやるとロッドテイルより強いのな、マハって。どうりで俺とじゃ勝負にならないわけだよ。
・王虎の月、17日
道場、3日目。
ワテナとかいうブシドーのお嬢ちゃんを初めて見た。
すげえ。ネイホウなんて目じゃねえじゃん。やっぱありゃダメなのか。いやまあ、レンと比べりゃ一発だけどさ。
マハは、グレイロッジ最強の戦士はどうだった? なんて聞いてきた。いやもう、感想もない。素振りしかしてないのに、その密度に怖気が走る。あの域には絶対辿り着けないだろうな、俺は。
とか言いつつ密かな憧れを抱いてしまうわけだが。ああ、剣振りてえなあ。
・王虎の月、18日
こっそり裏のほうで剣振ってたら、案の定見つかった。
……それも、ロッドテイルに。
よりによってやばいのに見つかっちまって、案の定げんこつでぶっとばされた。怪我人が無茶してどうする、と、立派な戦士ですら竦み上がる大声で罵倒された。
それで、スイッチが入っちまった。
うるせえ俺よりずっと年下のガキが死ぬ気で無茶やってるのに俺がこんなところで立ち止まってられるか、と、食ってかかった。相手は俺なんかが勝てるはずもないバケモノ重戦車だが、アイツだって俺相手に退かなかったんだ。俺も、ここで退いたらダメになると思っていたから、必死だった。
相手は、……驚いたことに、殴ってこなかった。
代わりに、息を思い切り吸い込み、近所中に響き渡る大声で大喝した。
「馬鹿か貴様は!
そこで流されてどうする! その種の無茶を窘め、諫め、フォローしていくのも年長者の責務であろうが!
そんな気分だからいつまで経っても樹海に戻れんのだ、このうつけものがあっ!」
――目が覚めた。
自分に足りないもの、それが完全に理解できたように思った。すげえなおっさん、俺のことなんてほとんど知らないくせに、俺より先にそれに気づいて喝破しやがった。
思わず礼を言うと、ロッドテイルは顔を真っ赤にして「ふ、ふんっ!」とか言いながら去っていった。……あー、あれはあれでわかりやすいタイプだわ。今までただの嫌な親父と思っていたが、認識を改めよう。
・王虎の月、19日
ロックエッジ最強の戦士、チ・フルルーと初顔合わせ。
グレイロッジからロックエッジに流れたという黄金の経歴を持つ彼女は、雰囲気だけならその辺の素人と変わらない。が、マハと雑談しながら片手で大斧ぶん回すのを見ると、やっぱり超人の類だと思う。あれなら人間も片手でぶん回せるだろーな。たぶん。
で、その彼女に現状を率直に告げて相談してみたところ、
「んー、わたしは斧使いですから剣のことはよく知りませんけど。
ギルドにアルケミストさんがいらっしゃるなら、蟻は氷に弱いので……そうですね、氷の追撃を仕掛ける類の剣技を覚えられてはどうでしょう?」
と、すげえ的確なアドバイスをもらった。感謝。
樹海のほうは、相変わらず。ショロロもだいぶ元の勘を取り戻してきつつあるようだ。
……じゃあ、俺もがんばらないと。
・王虎の月、20日
嘘みたいに腕が軽くなってきた。
大事を取って訓練は明日からってことにしたが、ここまで早いとは。やっぱ精神的なアレかね……あーやだやだ。自分のことながら、うじうじしているのは見てて嫌気が差す。
そしてナリアンテスが引退。今のショロロなら、自分ががんばるまでもないだろうということらしい。顔は悪いがけっこうな使い手だったな。機会を見て、俺からも礼を言っておこう。
・王虎の月、21日
すげえぞ俺。怪我する前より調子いいんじゃないのかこれ。
とか思ってたら案の定マハに注意された。無理しすぎ、と。いやーまあはしゃいでるのは自覚してます。でも自分とは思えないほど剣の振りが早い。こりゃ復帰もだいぶ早くできそうだ。
・王虎の月、22日
調子に乗ってマハと立ち稽古。
相変わらず相手にならなかったが、瞬殺だけはされなくなった。終わったあとで、成長したねーとマハに頭を撫でられた。……いや、それは外見的にどうなのか。
・王虎の月、23日
コルネオリから、明日までに復帰できないか、と打診が来た。
ネイホウが、蟻との戦いで無茶をしすぎたらしい。いやーセッシャあの量は勘弁して欲しいでござるよニンニンとへらへら笑いながら言っていたが、他のメンバーから聞くと本気でシャレにならない量が押し寄せて来たそうだ。奮闘しなければ全滅の危機だったそうだ。あいつもよくがんばってくれたなあ……俺も、がんばらないとな。
・王虎の月、24日
状況は、思ったより深刻だった。
フロントラインは第二階層の磁軸手前。そこから先は蟻が埋め尽くして、もう目も当てられない。執政院はふたたび全冒険者通達を出して12階にいると目されている女王蟻を狩ろうとしているが、グレイロッジやロックエッジ、レン&ツスクルまで動いているのに、未だに女王の巣を発見できていないらしい。
マジで蟻だらけ。勘弁して欲しい。俺けっこう虫苦手なんだけどなーと言ったらショロロに笑われた。むかつく。
・王虎の月、25日
12階でアシタ達と遭遇。
女王を捜している、と言ったらアシタは眉をしかめ、
「キミたちじゃ無理じゃないのー?
あれ戦ってるとどんどん蟻が寄ってくるから、大火力ないときついよー? なに、そっちのアルケミストはグレイロッジの毒使いみたいなバケモノなわけ? ハイキラーアント何発で倒せる? 1発? それとも2発? え、4発だって? 論外ね。出直してきたら?」
と挑発ぎみに言い放った。アレもホント容赦ねぇ性格だな……ショロロは終始、すっげぇ不機嫌そうだった。まああれだけ言われりゃな、とフォローのつもりで言うと、そうだよあの女、たいして面識もないくせにアイノテに馴れ馴れしくして何様のつもりだっ、とか息巻いてた。いや、怒るのはそっちなのか?
・王虎の月、26日
遭遇は、偶然と言ってよかった。
執政院に渡された地図には書かれていなかった謎の空洞にいた、それまで見たことのない体躯の大蟻。ショロロは見た瞬間に相手の正体を看破し――当然、迷うことなく突撃。困った奴だが、フォローする準備はできてる。大いにやれ!
幸い、遭遇戦だったのは相手にとっても同じだった。まわりの蟻たちが集まってきて、俺たちを迎撃する準備が整うまでには、コルネオリの指示によって俺たちは隊形を整えている。だが、相手は予想外に堅かった。ショロロが呼び出した氷の塊を相手にぶつけながら、ダメだ、出力が足りないよ、と悲鳴を上げる。
……ったく、そんな程度で悲鳴を上げるなら突撃なんてするなっつーの。
属性の選択は悪くねえ。火力不足は未熟が原因だが、それはもうどうしようもねえ。だから、そいつはこっちでフォローしてやるさ。
俺は剣に仕込んだ仕掛けを起動し、叫んだ。
――チェイス・フリーズ!
周囲の蟻は、俺の攻撃込みで2発で倒せる。
それはありがたい事実だったが、他の火力がコルネオリのシールドスマイトしかないというのはいかにもきつい。それでも、最後は時間との勝負で、こちらの根気(と、ネクタル)が尽きる前に相手の体力がギリギリ尽きてくれた。
正真正銘、ケルヌンノスなんか目じゃない大物の撃破。勝った後、しばらく俺たちは呆然としていた。うわ、勝っちゃった、とか言ったのが最初に突撃したお馬鹿さんだったことは、この際目をつむることにしよう。
ああもう、ともかく疲れた。達成感とかどうでもよくてとりあえず惰眠をむさぼりたい。なのに、酒が入ったコルネオリはなかなか離してくれなくて、結局相当夜が更けてから寝床に入ることになっちまった。あいつも、酒飲むとグチっぽくなる癖さえなきゃいい奴なんだがな……