・素兎の月、9日
帰ったら英雄になってました。
いやマジで。なんか気がついたら、グレイロッジと共闘して氷嵐の支配者を撃退したということになってた。無理だからそれ! と慌てて訂正したが、事情通どもにはコロトラングルを単独で倒したことのほうも知れ渡っていたらしい。なんでも15階はあのエイを刺激しないようにそーっと進みましょうってのが定番になっていて、アレを倒したギルドなんて今まで数えるほどしかないそうな。そういうのは早く教えてくれよ……しかもアシタがことあるごとにライバル視しているということまで暴露され、ロックエッジのライバルギルドとしてエトリアにおける我がギルド、ホイスビーの株がいきなりストップ高に。
……勘弁してくれないかなー。あんなの二度とやりたくないし、俺たち結局は凡人の集まりなんだけどなー。こらショロロ、ちょっと褒められたくらいでいい気になってんじゃねえ。
・素兎の月、10日
いい気になった結果、全滅しかけました。マル。
いつものごとく発端はカチドキ。なんでも執政院からの依頼で、飛竜が最近うるさいから原因を調べてきてくれ――って、あの飛竜かよ! って感じだったんだが、まあショロロは思いっきり乗り気だったし、倒せって話でもないから一応行ってみるかーと8階に行ったらいきなり襲われた。タスケテ。
そんでもって、がんばって善戦したんだが、コロトラングル戦後のアイテム欠乏期でぶっちゃけ回復が追いつかねえ。イナー姉さんが倒れ、カチドキが倒れ、新型ネクタル使ってコルネオリを復活させたタイミングで俺が狩られた。後は記憶にないのだが、聞いたところによるとショロロがコルネオリに先読みでネクタルを投げつけるという神の一手が功を奏し、ギリギリ二人だけで撃退したらしい。飛竜は泣きながら飛び去っていったとか。
そして俺たちの名声はさらに上がる。バカ言うなっての。あんなまぐれ勝利まで実績にカウントされてたまるか。
・素兎の月、11日
16階以降、第四階層は通称枯レ森と言う。ぶっちゃけ水がない。最初に見たときはマジびびった。そのくせ、獣は普通に多いときてやがる。どっかに隠れた水場でもあるのかねえ?
で、樹海磁軸を出たところで、へんな女と出くわした。コロトラングルを傷つけたのは貴様らか、とか聞いてきやがる。もしやこいつが噂の亜人間、モリビトって奴か? と思って尋ねると、質問に質問で返すとは何事かと激怒された。
モリビトというのは、グレイロッジが見つけた樹海の奥に住む亜人種だって話だ。いろいろあって一時、エトリアの街とは戦争状態にまでなったらしいが、グレイロッジがいろいろやった結果、なんとか収まったとか。だが未だに人間に怨恨を抱えているモリビトも多く、油断してはいけない――そんな話を、噂で聞いていた。
で、たぶんそのモリビトだろうそいつは、あのエイを傷つけられたことにいたくお怒りらしい。樹海の守護者たるありがたい御方になんてことを、とか言われてもなあ。あれ明らかに正当防衛だろ。と言ったらさらに激怒された。誠意がないらしい。
もう面倒になったので適当にあしらおうとしたところ、そこに通りかかったのがロックエッジのザ・軽薄ことバードのチクタク。お、かわいこちゃんはっけーんねえねえ名前なんて言うの? とか空気も読まず聞き出したのでモリビトのモリコだと適当に紹介したらぶん殴られた。私はそんな変な名前じゃないっ、だそうだ。……そんなに嫌だったのか、モリコ。
で、結局うやむやになって物別れに終わった。あいつ、なにしに来たんだ?
・素兎の月、12日
気を抜いてたら一気に、俺とコルネオリが持ってかれた。
で、久々にケフト施薬院を訪れたわけだが、なぜかやたら高かった。院長いわく、いままでが割引していたわけで、一流の冒険者であるおまえ達にはもう割引なんていらんだろ、とのこと。
そうか……そんな風に言われるようになっちまったんだなあ。いまいち実績がない気がするからよくわからんが、そういうことらしい。
・素兎の月、13日
風雲急を告げる、とはこのことだ。今日、ロックエッジが壊滅した。
壊滅、というのは文字通り。かろうじて動けたパベールの機転によってなんとか撤退だけはしてこれたらしいが、大打撃を受けた。パベールとチ・フルルーはそれでも立って動けるが、ハラヘルスとカチノヘはしばらく病院生活だそうだ。
で……ああ。自分でも思い出すのが嫌だったんだが、アシタはひどいもんだった。前線でずっと一人で時間を稼ぎ続けた結果そうなったらしい。怪我というより、壊れたと言う方が正しいような惨状。一命はそれでも取り留めたが、動けるようになるには早くても3ヶ月。それも元の動きができるようになるかはわからないらしい。
ショロロには、面会を許さなかった。刺激が強すぎると思ったからだ。それでもいろいろきつかったらしく、いま部屋に篭もって泣いている。まあ、あの歳のガキにはシビアだろうさ、今回のことは。正直、俺だってショックだ。
それにしても、意識を取り戻した第一声がヤローテメーぶっ殺してやるっつーのはさすがアシタ。ぶっちゃけアイツがこのままくたばるなんて想像できないが……それは楽観が過ぎるか。
・素兎の月、14日
樹海の奥の奥。第六階層と言われる場所がある。
ロックエッジが壊滅状態になったのは、そこだった。ハラヘルス曰く、オバケに襲われた、とのこと。なんのことだか俺はさっぱりだったが、一緒に来ていたマハが即座に返した。それはヴィズルのことですか、と。ハラヘルスはうなずいた。
その時点で俺はなんだかわからなかったが、マハはこれ以上言えないという。――どーもきなくさい。その場の判断ですぐそこを後にした俺は、カチドキを捕まえてヤバキーワード、ヴィズルについて調査するように頼んだ。餅は餅屋だ。
で、3時間で調べてきた結果。ヴィズルは前の執政院の長で、モリビト戦争の引き金を引いた黒幕であるが、彼がなにを考えていたのかは誰にもいまいちわからないらしい。わかっているのは、彼がグレイロッジを抹殺しようとして返り討ちにあったこと、それからグレイロッジとロックエッジがここのところ第六階層を探索していたのは、その辺の調査をするためということだ。
どうしてそこまで早く調べられたのか聞いてみると
「え、ロッドテイルさんに直接聞いただけだよ?」
……ペラペラしゃべっていいのか、あの親父。たぶんバカだから簡単に誘導尋問とかに引っかかったんだろうなー。もしくはあいつ、実は若いバードの女の子に弱いのか。そういやあのギルドのムズピギーもそのタイプだったな。
で、さらに調べるためには樹海のもっと奥を調べるのがいちばん手っとり早そうなのだが、困ったことに執政院からやばい通達が出た。16階の樹海磁軸の使用禁止、及び18階以降への立ち入り禁止ときやがった。なんでも、グレイロッジが今回の件について調査して報告するまで、深い階層は危険だから出入りを全面禁止するそうだ。……いきなり足を封じられたな。
・素兎の月、15日
ショロロが暴発した。
アシタの敵討ちだとか言って、いや待て執政院の通達があってだなと説明するこっちの言も聞かずに飛び出した。バカ、一人でなにする気だ阿呆。慌てて仲間を集めて後を追い、たぶん最寄りであろう11階の樹海磁軸にやってきたらあの野郎、そこで待ってやがる。俺を見てにたーと笑って、
「来ると思った。さ、行こうか」
……ま、負けた。なんかすげえ敗北感。つーか最近俺はあいつの尻に敷かれてませんか。とつぶやいたらカチドキが驚いてリュートを取り落とした。……それは今更気づいたのかって反応ですか。ガッテム。
まあ、実際は準備もしていなかったことだから、1日待って明日から出発することにしたわけだけど。それでも、ショロロの嬉しそうな笑顔を見ていると、つい、あー流されてるなーでもまあいいかという気になってしまう。ヤベエな。俺もロッドテイルのおっさんの悪口言えねえわ、こりゃ。
・素兎の月、16日
こっそり女王蟻が復活、部下を生み増やしつつ潜伏していたのに出くわしたのだが、もうまったく完膚無きまでになにひとつさせず勝利。だいぶ強くなったんだなー俺たち。特にイナー姉さんの新必殺技、アザーズステップが超強い。あのひとも地味に進歩しつづけるひとだよな。ひとりじゃぜったい戦えないが集団戦で真価を発揮する。
で、17階に初めて到達。した途端に例のモリビトの女、通称モリコが待っていた。なにしに来たのかと思っていたら、なにしに来たんだおまえらと聞いてきた。下の階を目指していると言ったら顔をしかめて、いま行ってはダメだと言う。なぜ? と聞いたら、どうも下の階から変な怪物が上がってこようとしているので、危険だから行くべきじゃないと止められた。
なんだよ、心配してくれてるのか。と言ったら顔を真っ赤にして人間の心配なんか誰がするかっと一喝された。こいつもロッドテイルと同じクチか……おいショロロ、なんでおまえ不機嫌そうにしてるんだ?
ともかく、忠告はありがたく頂いた。注意しつつ下を目指すことにすると言ったらなんにもわかってないな貴様! と怒られた。いやまあ、モリコの気持ちはわかったからと言ったら、うわああんモリコって言うなーと叫んでどっか行っちまった。……いい名前だと思うんだけどなあ。モリコ。なんかカチドキとイナー姉さんはおまえが悪いって顔してる。ショロロは最初からおまえがなにもかも悪いって顔してる。コルネオリは終始なにも考えてない。なんか、俺たちのギルドにも変な役割分担ができちまったな。
そして体力が尽きて撤退。17階は規模の割に複雑な迷路だ。特に、片側からは容易に通れるがもう片側からはなかなか通れない木の通路が多すぎる。なんつーややこしい……
・素兎の月、17日
死ぬかと思った。
氷の剣士、レン。呪い師、ツスクル。最強の冒険者にして俺たちの共通の後援者であった彼らが、突如として牙を剥いた。
場所は18階の水飲み場。さして大きな獣もおらず、平和な枯れ木の大平原の中に、いきなり鈴の鳴る音が響いた。
なんだろうと思ってそちらを見ると、そこにレンとツスクルがいた。いつものように――レンはいつも厳しい顔だし、ツスクルはいつも陰鬱だ――、いつもするように立って、ただしレンは刀に手をかけていた。
ここでなにをしているんだと聞くと、それはこちらの台詞だ、たしか全冒険者通達が出ていて18階は立ち入り禁止だったはずだが、と答えが返ってきた。そりゃアンタも同じだろ、と言うと、レンは苦笑して、……そして、刀を抜いた。
なんでだ。なんでアンタたちと戦わなきゃならない。そう尋ねると、レンは涼しい顔で答えた。なに、このまま地下に行っても君たちの実力では生きては帰れまい。ならばここで死んでも同じこと。さっさとくたばれ小僧。
悪夢みたいな戦闘が始まった。
戦う意志はあったが、相手の剣はまるで見えなかった。それでも経験から相手の剣筋を予測して一合、二合。三合めが来る直前に割り込もうとしたコルネオリが、一足で盾の内側まで踏み込まれ、当て身で吹っ飛ばされた。一撃。あのコルネオリが一撃でだ。冗談じゃねえと思っていたら俺のほうに剣が来て、アザーズステップで俺と入れ替わったイナー姉さんが峰で打たれてぶっ倒れた。急に歌が途絶えて後ろを見たら、ツスクルの手から伸びたツタがカチドキの喉にからまり、吊り上げて窒息させているところだった。そうしてよそ見した俺は――次の瞬間、どこに攻撃を受けたかわからないほどの衝撃を受けて、吹っ飛ばされて地面に転がった。
ショロロは、最後までがたがた震えてなにもできなかった。そのせいか、レンもツスクルも彼女には手を出さなかった。
「弱い」
簡潔に、レンが言った。
「とても弱い。これから死の階層に挑まんとする冒険者がこの体たらくとはな。――笑わせてくれる」
うるせえよ。笑い顔なんて見せたことないくせに。
つぶやいたら、レンは修羅のような笑みを見せた。
「その、小さな脆い腕で、なお――下に赴く気か」
当たり前だ。俺は退かない。
「なぜだね。君たちはもう、十分に富と栄誉を手に入れている。実力に不相応とまでは言わないが……なあ。この辺でいいんじゃないのか、アイノテよ。もうそろそろ君たちはやめ時だ。そうは思わないか」
初めて。
レンの瞳が、本気で俺の瞳をのぞき込んだ。
ああ、そりゃそうだ。俺はもう、ケルヌンノス戦で思い知った自分の実力限界にとっくに達している。
最初に会ったとき、レンは俺には絶対に勝てないと思った。実力差がありすぎてその差は見えていなかったが、直感的にそう思ったんだ。いまなら断言できるが、その直感は正しかった。なまじ強くなった分、レベルの差がはっきり量れちまう。
――だがよ、レン。
悪いが退くつもりはねえ。俺はそれでよくても、後ろの奴がそれじゃ嫌だってうるさいんでね。
レンはその答えを聞いて、ため息をついた。
「21階で待つ」
言って、きびすを返す。
「モリビト達には知らせておこう。君たちはなんの遠慮もなく、いつでも21階で私に挑戦するがいい。
そして死ね」
……正直、それ以上は覚えてねえ。悲しそうなレンの瞳、それだけしか記憶に残っていない。
次に目が覚めたとき、俺はケフト施薬院のベッドの上で――そして、ベッドの側に、泣きながら俺の手をにぎっているショロロがいた。
渡された試練はたったひとつ。
レンと、ツスクル。21階に赴き、あの最上級の冒険者に打ち勝たなければならない。