・虹竜の月、4日
ロッドテイルから免許皆伝をもらいました。
すっげえ投げやりだったけど。要するに押しつけるネタが尽きたのと、いい加減やりすぎに気づいたんだろうな。……遅いわ。あー苦労した。
帰り際、マハから18階、19階、20階の地図をもらった。執政院のほうにもあるけど、たぶんいまは出してもらえないだろうから、という話だ。すげえありがたい。礼を言うと、マハはちょっとためらってから、
「どう、勝てそう?」
と聞いてきた。
……不意打ちだったので答えは用意してなかったが、それでもなんとか――たぶん、と答えることができた。
マハはそっか、と笑って、
「がんばって。
たぶんレンさんも、ホントはアイノテたちのこと、殺したいなんて思っていないだろうから」
と、告げた。
それで終わればよかったんだがワテナがいきなり近づいてきて、
「言うの忘れてた。あのさ、レンってうちらと戦ったときと戦法ぜんぜん変わってると思うよ。
あいつもさー、ああ見えて意地っ張りじゃん? 構えも使わぬ素人に負けるなど自身の未熟としか思えんとか言っちゃって、負けを認めないんだよねー。往生際悪いっての。負けは負けじゃんねー」
……それを早く言ってくださいワテナさん。ぶっちゃけいまの助言で戦闘プランが完膚なきまでに崩れ去ったんですけど。
まあいいさ。ともかく21階まで着くことが先決だ。幸いレンはモリビト達に知らせておいてくれると言っていたから、簡単に通れるだろ。
・虹竜の月、6日
畜生レンの奴、知らせておくってこういうことかよ!
18階に着いた途端、待っていたのはモリビトと思しき戦士たちの大群。それまで魔物なんてほとんど出てこなかった大平原は、途端に戦場と化した。
予想していなかった俺たちは大苦戦。回復のための水場を確保しつつ少しずつ大平原を探索し、なんとか正解と思しき通路を見つけるまでに1日かかった。街に帰れなかった……日付がずれているのはそういうわけだ。
で、野営しているところに相手の強力なカースメイカー部隊が奇襲。危なく呪い殺されるところだった……マンティコア戦で余ったテリアカβが、思わぬところで役に立った。
それでなんとか19階への通路を確保し、ついでに自分たちにしかわからないように秘密の出入り口を作って撤退。あー、マジで危なかった。
・虹竜の月、8日
今日も1日以上の仕事だった……
第四階層の樹海磁軸が、モリビトのテロによっておかしくなっちまった。18階の大平原が妙なことになって、平原の中に小さな見えざる迷宮ができてしまったらしい。
とりあえず壁を経由していけば19階まで到達できる経路は確保したんだが、それだと回復の泉が使えない。その経路をがんばって探り当てようと思っていたら滅茶苦茶遠回りしなければならなくなって、結局諦めかけたところでへんな木に突き当たっていきなり周囲の迷宮が消えた。なんだったんだ……
そして撤退。くそ、一向に進めねえな。
・虹竜の月、10日
ここのところ、1日では帰れないのが定番になっている。樹海の奥深くはそこまで遠いんだな……
19階の地図は渡されているので隠し通路とかはわかっているのだが、相手もそれに気づいて20階への階段のところで張ってやがる。仕方ないので奇襲するために迂回路を探っているうちに、俺たちはばったりツスクルと出くわした。
「……元気そうね。よかった。
レンは、第五階層に登ってきた敵をあらかた駆除し終えたところ。いまならいつ行っても21階にいると思う」
と言われた。やっぱり超人なんだなアイツは……いや、目の前にいるコイツも同類だが。ぶっちゃけ、カチノヘなんかとは気配の質が違う。あっちはうさんくさい山師としか思えないが、こっちは目にしただけで死と疫病を連想させる呪い師だ。
思っていると、ツスクルは言葉を続けた。
「レンは――亡霊に縛られている。
悔しいけれど私にはどうにもできない。私は縛ることや呪うこと、傷つけることはできるけれど、それを解除することができないから。
だから、お願いします。彼女と私を、倒して欲しい」
そう言って、彼女は俺たちに背を向けた。
去りゆく背中に、おい、なんでおまえはレンに協力するんだ? と尋ねる。答えは期待していなかったが、彼女は少しだけ立ち止まって振り向いた。
「いまレンの側を離れたら、レンは見捨てられたと思ってしまうだろうから。
ごめんなさい。レンが戦う限り、私も戦う。それだけは変えられないの」
そしてそんなことを喋っているうちに、俺たちはモリビト達に囲まれていた。
かろうじて血路を開いて撤退。外に出たらもう夜が明けていた……なんてこったい。
・虹竜の月、11日
イナー姉さんに導かれて隠れつつやってきた20階。ようやく降りてきた俺たちを待ちかまえていたのは、あのモリコだった。
「アルルーナのときは知らなかった。おまえたち、25階よりさらに下を目指すつもりらしいな。
悪いがそれはさせない。古くからの盟約に従い、私はおまえたちを排除しなければいけない」
盟約ってなんだよ、誰との盟約だ、と聞くと、ヴィズル殿とのだ、という答えが返ってきた。……死人じゃねーか。そんなのに義理立てしてどうする気だ、と言うと、モリコは初めて見る、悲しそうな表情をした。
「千年だ。千年間もずっと、我らはその死人たちに義理立てして生きてきたんだよ。
いまさら変えられない。樹海の謎を暴こうとする者は、ここで排除させてもらう」
ぱちん、と指を鳴らした途端、とんでもない気配が山ほど、近づいてくるのがわかった。
樹海は視界が悪いので集団戦に向いた地形ではない。
だから樹海で戦争をしようと思えば、広域に展開して、敵を見つけ次第急激に戦力を集積するやり方しかない。
グレイロッジはそれらの敵を集積させるに任せつつ、正面から撃破したと聞く。長期戦になったが、彼らは勝った。
ロックエッジは、持ち前の高火力であっという間に敵を屠るやり方で、一気に各個撃破したらしい。アシタらしい戦法だと思う。
俺たちは、それら2ギルドのどれとも違う。どちらの戦法も、英雄たちだからこそできた戦法だ。だが俺たちは英雄じゃない。
だから、――イナー姉さんのとっておきの秘策、名付けて超ヒット&アウェイ作戦に頼るしかなかった。要するに、敵を19階への階段寸前まで引きつけて速攻撃破し、即座に19階まで退避してまた戻る。体力が尽きたら18階まで撤退して回復し、これを繰り返す。きわどい場面もあったが、かろうじてすべてを撃退し、地図に記された21階への階段へ向かう。
モリコはそこで待っていた。モリビトの守護者、偉大な黄金の鳥イワォロペネレプと共に。
「これが最後だ。モリビトの意地、最後の戦力を抜けられるのか――試してみるがいい!」
宣言するモリコ。高らかに鳥が鳴き、そして最後の戦いが始まった。
苦戦はしなかった、と思う。実力的にはたしかに押されて然るべき相手だが、相次ぐグレイロッジの難題を解決してきた俺たちは、連携能力が格段に上がっていた。――そう、個人で勝てないなら集団で。冒険者の基本だ。
最後、コルネオリのシールドによって地面に打ち倒され、弱々しく鳴いて動かなくなったイワォロペネレプを見て、モリコが泣き出した。ちくしょう、なんで人間なんかに勝てないんだ、と言って。
……いや、そんなの当たり前だろ。おまえだって気づいていないわけじゃねえだろう。俺たちは戦う理由と覚悟があって――おまえたちは、もうぶっちゃけ、戦いたくないんだろ。
そんなこと、と叫んだモリコがそこで絶句する。当然だ。こいつだって――誰にだってわかる。長く続いた戦争で、モリビト達はもうボロボロだった。
俺たちには作戦があったし知識があった。だがそれを差し引いても、傷だらけで動きが鈍いフォレストオウガや、喉をやられて火が吹けないフォレストデモン、ろくに動けないイワォロペネレプは俺たちにとって難敵とは言えなかった。彼らがもしグレイロッジがここを抜ける前の戦力を保持していたら、俺たちは勝利できたかどうか。
もうやめろよ。これ以上戦ってもおまえ達はさらに傷つくだけだ。そんなことをして、千年も生きてきた歴史を踏みにじって滅びるのは馬鹿みたいだろ。そろそろ――潮時じゃないのか。
だがモリコは泣きながら叫ぶ。うるさい人間、樹海は私たちのものだ、おまえたちなんて千年も前に私たちを生むだけ生んでおいてさっさと上に逃げたくせに、ヴィズル殿を千年も放っておいて勝手に繁殖した奴らが戻ってきたら我が物顔で闊歩してるんじゃない吐き気がするっ。
……そんなの知らねーよ俺は。知ってるのは、おまえたちがなんだかわからないもののために戦っていて、このままじゃなんだかわからないまま全滅する。それだけだ。
なあ、おまえたちももうたくさんだって思ってるだろう? と周囲に呼びかける。顔を上げたモリコが見たのは――ずらっと周囲に勢揃いした、傷だらけのモリビト達だった。
男も女も、子供以外は傷のないやつなんていなかった。すげえな、こいつらみんな勇敢な戦士だった。楽勝できた奴なんてひとりもいない。
でも、もういいじゃないか。おまえたちは千年がんばってなにかのために尽くしたんだろう。もうそろそろ――次に行こうぜ。なあモリコ。そう言うと彼女はモリコって言うな、と言って、……初めて少しだけ、笑顔を見せた。
知ったかぶって高説垂れ流して、俺もいい気なもんだね……と思ったが、この際目をつぶりたい。目をつぶってみんなが幸せになるなら、それでいいじゃねえか。
ああもう、それにしても疲れた。なにしろこっちだって傷だらけだ。コルネオリだけはピンピンしているが、あいつは身体が超合金で出来てるからな……そしてその相手をするのは俺。勘弁してくれ。こらカチドキ逃げるな。