・虹竜の月、13日
モリビト達を下した翌日。俺たちは、モリコの案内で21階へ降りる階段へと来ていた。
「ここを降りればシンジュクのトチョウとかいう名前の遺跡の中に出る。
第六階層の敵はレン殿に押されてまだそちらまで来ていないようだが――時間はあまりないと思う。だから急げ」
という。ぶっちゃけ、ここまで協力的になるとは思わなかった。けどなぜショロロとだけ目を合わせようとしないんだろう。ショロロのほうもすげえ険悪な目でにらんでる。仲良くしろよなおまえら、とひとごとっぽく言ったらふたりからぶん殴られた。……な、なぜ?
そして樹海磁軸に到達、撤退。休みたいところだがそうはいかないだろう。ふたまたに分かれた不思議な遺跡の中で、レンとツスクルが待っている。
・虹竜の月、14日
ふたまたに分かれたビルとビルをつなぐ、水晶で出来た木みたいな橋の上。そこで、レンとツスクルが待っていた。
戦うことが決まっている以上言葉を交わす必要はない、とレンは言ったが、それだとこっちは気になって集中できない。改めて、なんで俺たちと戦う、またどうしてグレイロッジやロックエッジと戦ったんだ、と尋ねた。
「――グレイロッジから聞いたのか。
そうだな。初めは、私の主からの命令だった」
レンは、ぽつぽつと語り出した。執政院の長ヴィズルの奸計。樹海が人を呼び寄せて街が栄える以上、街のために樹海の謎は決して解けてはいけないのだと――そう考えたヴィズルは、モリビトとグレイロッジを共にけしかけて争わせ傷つけさせ、それでもグレイロッジが止まらないとわかると、今度はレンとツスクルに奴らの撃退を命じた。
だがふたりは負けた。負けただけじゃない。その後、身体を張って止めようとしたヴィズルもまた、共同戦線を張ったグレイロッジとロックエッジの前に命を散らすことになった。
「主には大恩ある身。私は全力で彼らを打ち倒す義務があった。
しかしそれは果たせなかった。それで疑問に思ったのさ。これは正しい結末なのか、それとも私の未熟故に間違いが起こったのか、とね」
そうして、レンは迷いはじめた。
迷いながらも、レンは続けて降りてきたロックエッジを迎え撃ち、――迷い故に、ふたたび膝を折る。二度目の敗北は、はっきりと自分の実力ではないと悟った彼女は、せめて正しい結末に至るために自分になにが必要であったのかが知りたいと……それを求めて、ずっと樹海をさまよっていた。
そこに、ヴィズルが復活したという報告が入る。
ならば、我が使命は今度こそ果たすべきもの。
グレイロッジ、ロックエッジの精鋭には通じずとも、それ以外のなんびとたりともヴィズルの元には行かせない。今度こそ――迷いなく、そうしようと願った。
「それだけのことさ。
地下に現れたというヴィズルがなんなのかはわからない。オバケ、亡霊なのかもしれないし、なりすましかもしれない。
そう、そんなのはどうでもいいんだ。私は私として、ヴィズルのために命を果たす。後は余分だ」
そう言ってレンは刀を抜いて――迷いなく、こちらへと向けた。
「勝負だ。ホイスビーの諸君。……氷のレン、参る」
言った直後に先制したのはイナー姉さんの矢。迷うことなくツスクルの肩に突き刺さり――集積ペイントレード、というツスクルの声と共に、どすどすどすとイナー姉さんの身体に矢傷が現れて血が吹き出て倒れて動かなくなった。瞬殺。
それを視界の片隅に入れつつ、俺は矢のような速度でカチドキに向けて走るレンに横から斬りつける。一合。二合。ちくしょうやっぱ三合が限界か。剣を飛ばされそうになった俺の横からコルネオリが盾を構えて突撃し、ふたたび前のように盾の内側へとあっさり入られ――そして、どす、とそのレンの肩に、矢が突き刺さった。カチドキ。楽器を捨ててまで攻撃を優先したのか。一瞬ひるんだ隙にコルネオリが態勢を立て直してシールドスマイト。レンは飛んだ。飛んで橋から落ち――ると思ったら、側面のでかい水晶の柱に足をかけてさらに飛び、一気に俺に斬りかかる。フォローしようとしたカチドキの首にツスクルの手から出たツタがからまり、カチドキが血を吐いて倒れた。
詰み。そう、俺たちがどれだけうまくやってもこれで詰みだ。――前は震えているだけだった、つまりは手の内を一回も晒していないヤツがいなければ。
飛びかかるレンに向けて炎が走る。その火を受けてさらにチェイス。対抗するレンは――畜生、空中で抜刀氷雪かよ! がきりと剣が交錯し、その隙に俺の胸を足場にしてレンが後ろへ跳躍。だがそこにコルネオリが突進! さすがに態勢を崩されたレンはそれでもコルネオリを押し返したが、ツスクルに向けて走る俺を止めることは、できなかった。
峰打ち一閃。ペイントレードで返すこともできずに倒れたツスクルを背に、俺はレンに言った。もうあんた一人だ。降参しろ。レンは、初めて意表を突かれたような表情をした。君、それは本気で言ってるのかい。だってほら、さっきまでは2対5でノルマ2.5人。いまは1対3でノルマ3人。な、ちょっと増えただけじゃないか。真顔で言い放ったレンは、初めて見る不思議な構えを見せた。
「八相の構え、と名付けた。もっとも名前にはあまり意味がないんだ。
構えとは技術の体系を指す言葉。私ぐらいにしか使えないモノを構えと名付けても、あまり意味はないだろう?」
ククク、と鬼神のように彼女は笑い、そして――悪鬼羅刹も裸足で逃げ出す、剣の暴風が始まった。
いやもう、ホントになんにもできねー。一応シールドを構えてじっとしていればなんとかなるんだが動こうとすれば即死級の剣舞が飛んでくる。ショロロだって術式の間合いに入ろうもんなら即殺されかねないんで怖くて入れない。コルネオリと共に亀みたいに固まったらシールドに名前刻まれた。畜生、遊んでやがる。
最後はそれでも、シールドに身を隠したまま橋の端に押しつけるように追いつめたコルネオリから逃れようとふたたび飛び上がったレンを、先読みしていた俺がショロロの大雷嵐の術式を乗せたチェイス剣で迎撃して吹っ飛ばし、降りた先をまたコルネオリがシールドで叩き据えて辛うじて勝った。マジでこいつとは二度と戦いたくねえ。
「……なんで殺さない?」
ぜんぶ終わった後、息を乱して倒れているレンが言った。
「私たちは本気でおまえたちを殺そうとしていた。たぶん他の連中が来てもそうだ。
アイノテ、熟練の冒険者である君らしからぬ落ち度だ。復活して再び剣を向けるかもしれない相手に慈悲は要らん。とどめを刺せ」
言って目を閉じる。
つったってなあ。グレイロッジだってべつにあんたを殺しはしなかっただろ。そう言ったらおまえたちはグレイロッジの出先機関かと笑われた。う、そ、それは痛いところを……じゃなくて。
俺が言いたいのは、奴らと同じってこと。ぶっちゃけ、レンとはもう戦いたくない。そして俺は、レンはきちんと正気に返れば戦わないで済むと思ってる。
「正気。
私が狂気だと言うか、若造」
ああ、シラフにゃ見えねえ。だってアンタ――結局もう、戦う理由なんてないじゃねえか。
レンは唇を噛んで、返事をしなかった。
だから俺は続けた。モリビトだってそうだ。もういい加減やめとけよ。アンタは俺たちに向けて潮時だって言ったが、実はアンタ、あれ自分に向けて言ってただろう?
「違う。あれは私なりの慈悲だ。
ずっと君たちを見てきたから、これ以上進まれて、自分たちの手で殺すのが嫌だったんだ」
そう、ロックエッジの時も思っていたんだろう?
「…………。
はは、そうか。そうだったな」
未熟故に負けたんじゃない。アンタは自分の気持ちに負けたんだろう。
なあ、レン――結局今回も、迷いが出て負けただろ。その迷い、アンタがあのとき俺たちを殺さなかった理由そのものじゃないのか。アンタはもう誰も殺したくなんかなくて、身体が拒否してるんじゃないか。
「――黙れ。
私はいま、とても混乱している。これ以上言ってくれるな」
じゃあ約束だ。頭が冷えたら、金鹿の酒場に来て飲もうぜ。そのときに、返事を聞かせてくれ。
「……約束しよう。
いまは、行け。ホイスビーの諸君。君たちはもう、我々が止められるレベルの冒険者ではなくなった」
結局、その日彼女は酒場には来なかった。
……たぶん、もう少し時間がかかるんだろう。
それでも。
いつかまた、アイツはアイツらしい姿で俺たちの前に現れるだろうと思う。
それまで、しばしの休息を。超人だって休みは必要なのだ。
そしてこの名前入りシールドどうしよう。正直構えていると恥ずかしいんだが売り払うのも忍びないし。