「問十一、□肉□食。□に入る言葉を記せ。で、お前の回答は?」
俺は目の前で正座をしている五月に問いかける。
「や、焼肉定食です! お腹が空いてたんです!」
「俺も焼肉定食焼肉ありで食べてぇよ!」
この問題の不正解者は五月だけ。こんな回答する奴が本当にいるとは……。
「一花裁判長、こいつら全然反省してないんですけど」
「いやぁ、お姉さんとしてもなんと言ったらいいか·····」
俺はソファーに座り、正面の床には·····二乃と五月が正座していた。もう一つのソファーには一花と·····なぜかすやすやと眠っている四葉と三玖がいる。
事の発端は三十分程前に遡るのだが·····。
◆◆◆
「おやつです! 上杉さん、二乃の作るクッキーはホントに美味しいんですよ!」
「そうなのか四葉。なら期待して待ってるよ」
五月が提案した勉強前のおやつタイム。
目の前であからさまに内緒話をしていた二乃と五月。勉強イヤイヤだったはずのに、『これが終わったら勉強する』なんて怪しいにも程がある。
しばらく五つ子の小テストを眺めていると、あることに気が付いた。
五つ子全員が、必ず自分だけしか間違っていない問題が一問ずつあるのだ。四葉以外。しかも間違え方は悲惨を極めているときた。この科目が苦手ということだろう。とてもわかりやすい。四葉は·····全科目アレだな。
もっとも、これだけ五つ子全員の成績が悪いと全科目似たようなものかもしれないが·····。
そんなことを考えていると、部屋が香ばしい匂いに満たされていることに気が付く。
「クッキー焼けたわよー」
どうやら二乃クッキーが焼けたようだ。ここからは警戒しなくてはならない。
大皿に乗っているクッキーは大丈夫だろう。あの中に何かを仕掛けたとするなら、仕掛けた本人も見分けがつかなくなってしまう。故にセーフ。
なら俺に何かを直接渡してきたらそれを疑うべきだ。
「上杉君、中野家特製レモネードですよ。 頭がスッキリします!」
「勉強で覚えたこともスッキリか?」
「違います!」
アウトだ、明らかにこれが怪しい。しかも何故か俺だけ違う飲み物ときた。もう少し上手く嘘をつけないのだろうか·····主に五月の原因だろうが。
仕掛け対象の目の前で内緒話をするなんて甘すぎる。随分と舐められたものだ。
だから·····スマン四葉。
「そうか·····せっかくのところ悪いが、俺はレモネードにはトラウマがあってな·····四葉飲んでいいぞ、すごい美味いらしいから」
そう言って中野家スッキリレモネードが入ったグラスを四葉に手渡す。これで四葉が平気だったら·····しっかりと頭を下げることにしよう。·····こころの中で。
「いいんですか!? 実はとっても美味しそうに見えたので気になってたんです! 上杉さんがいいなら·····ホントに貰っちゃいますよ?」
「えっ·····ちょっと·····」
「ああ構わないぞ。俺の為に作ってくれた二乃と五月には少し申し訳ないが·····その分美味しく飲んでやってくれ」
「分かりました! ありがとうございます上杉さん!」
屈託のない四葉の笑顔に少し心が痛む。四葉には後でちゃんと謝ろうか·····。
「ちょっと五月、何してんのよ!」
「わ、私のせいですか!?」
四葉がストローから口を離す。
「すっごい美味しいです! これを飲めない上杉さんは可哀想です·····ニシシ」
「そんなに美味しいなら、私も飲んでみたい」
四葉の美味しそうな顔に興味を持った三玖が隣からストローをパクリと咥える。
これは俺も予想外だった。二乃達はもう見るからに慌てているが·····要らぬ犠牲者を増やしてしまった·····。
それから何事も無くクッキーを食べ終わっ頃。
「あれ·····なんだか、少しふらふらします·····」
「急に、少し眠い·····? かも·····」
眠そうに目を擦ったり欠伸をしたりする三玖と四葉。
それから食器を片付けてる十分としないうちに間に、三玖と四葉はソファーの上で寝てしまった。
◆◆◆
そして今に至る訳だ。
「どうします裁判長? 俺『アットホームで楽しい職場』って聞いてたんですけど。初日から薬盛られかけましたよ」
家庭教師ってみんなこんなものなのか? いや薬盛られかけたのは日本中探しても絶対俺だけだろう。こんな殺伐とした場所が『アットホーム』とは。全く、こいつらの小テストの回答みたく大喜利じゃないんだ。しっかりして欲しいものである。
「有罪は確定……かなぁ。現に寝ちゃってるしね」
超短期型睡眠薬なんてなんで持ってるんだよ……。
「とりあえず、お前ら二人の処遇は眠った本人たちに任せようと思うが……」
お前らは今から補習だから。な?
「そ、そんなぁ」
「五月の演技が下手なせいよ。全く·····」
「私のせいなんですか!?」
「それについては俺も同意だわ。ほら、早く筆記用具出せ。ほらほら」
●●●
……。
お母さんがいなくなる前。
私が小さい時、お母さんが言ってた。
「ごめんね。もっと食べさせてあげたいんだけど·····」
その言葉はもうお母さんの口癖のようになっていた。
お父さんがいなくなって、お母さんが一人で私たち五つ子を育てている。お母さんの少ないご飯も私たちに分けてくれていた。
一人で無理をするお母さんを見ていたら、ふとしたことが頭にうかんだ。
お父さんがいなくなって、もしかしたらお母さんまでいなくなったらって考えたら。いつの間にか、私たちは涙を流していた。
「大丈夫よ。私はずっと一緒にいるから。」
私たちは泣き続ける。
そんな時。
しょうがないなぁとお母さんが微笑む。
「じゃあ、私のとっておきの『勇気』を、五つに分けてあなたたちにあげる」
ゆうき? と私たちは首を傾げた。
「そう。これがあればね、なんだってできるのよ。つらいことも、悲しいことも、なんだってへっちゃら!」
不思議と私たちは泣き止んでいた。
それを見たお母さんは、満面の笑みで私たちを抱きしめる。みんなずっと一緒、とでも言うように。
みんなを支えるお母さんに憧れて。
だから私はお姉ちゃんになりたいんだ。
みんなに、私の少しの勇気を、分けてあげたいって思ったんだ。
▲▼▲▼▲▼
何度も見た夢。
また、同じ夢を見ている。
「そんなに買っても意味ねーだろ」
子供の風太郎君が、今の私に問いかける。
「これはね、うーん·····五倍私が頑張ろうってこと!」
いつもと同じように私が答える。
そうしたら。
「でも、今のお前は、全然頑張ってない」
お姉ちゃんになるんじゃなかったの?と。
「バイバイ」
そしていつも通り、今の私に失望した風太郎君の背中は遠ざかっていく。
待ってよ。って言いたいのに、私の口は開かない。体も動かない。
待ってよ。まだ行かないで。
私、頑張るから。
これから頑張るから、お姉ちゃんになるから。
何度呼んでも振り向いてくれない理由は分かってる。
私には、少しの勇気も無いから·····。
▲▼▲▼▲▼
「待って·····!」
目を覚ましたのはリビングにあるソファーだった。
いつの間にかみんないなくなり、テーブルに広がっていたはずの勉強道具は無くなっていた。
暗くなっている部屋を見回していると、
「なんだ三玖、起きたのか。」
リュックを背負ったフータローが隣の部屋から出てきた。
「フータロー·····」
「全く困ったもんだよな、睡眠薬飲み物の中に突っ込むなんて。三玖も後で二乃と五月に文句言っといた方がいいぞ」
いつも通りのフータローに自然と笑みがこぼれそうになり、慌てて俯いて隠す。
チラリと見えたテーブルの上に置いてある時計は、七時三十分をさしていた。
「フータローは、もう帰るの?」
「ああ。あいつらの勉強も終わったしな。らいはも料理を作って待ってる」
そっか。帰っちゃうのか·····。
·····やだな。
―――これがあればね、なんでもできるのよ。
ふとお母さんの言葉を思い出した。
私に、できるのだろうか。
『勇気』を一度なくしてしまった私でも。
多分、これはきっとわがまま。
もしかしたらまた振り向いてくれないかもしれない。
フータローに迷惑かもしれない。
少し、怖い·····けれど。
後悔したくないから。
みんなのお姉ちゃんになるって決めたから。
振り向いてもらうために頑張ると決めたから。
だから、どうかお願いします。
私に、もう一度勇気を下さい。
「待って·····」
伸ばした私の手は、
「まだ、行かないで·····!」
フータローの背中の少し手前で空を切った。
あ·····。
また、私は·····。
けれど、
「どうした? 三玖」
フータローが振り向いて、私を見る。
届いた。
小さな勇気で踏み出した私の最初の一歩。
お母さんにもらった勇気は、まだ私の中にあったのだ。
やっと……やっと届いたんだ。
私の中で、止まっていたなにかが動き出した気がした。
ここから始まるのは、きっと私の新しい物語。
「迷惑かもしれないけど·····勉強、教えて欲しい」
やっと振り向いてくれたね·····
……。
どうも、フィヨルドです(´・ω・`)
好評価してくれた人、誤字報告してくれた人、後日まとめます。ありがとう!
皆さんは9巻読みましたか? なんだか危ないですよね。特に一花が。
次回もよろしくお願いします。