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三玖に勉強を教える準備をしていると、自室から二乃が出てきた。既に制服ではなく、動きやすそうなルームウェアに着替えている。
「なによ。アンタまだいたわけ? 早く帰りなさ……っ!」
俺を発見するや否やすぐに文句を言ってきたが、
「起きてたのね、三玖·····」
三玖が起きていると気づいて口ごもり、ばつの悪そうに俯き、視線をそらした。
しばらくの沈黙の後、二乃が口を開く。
「その、さっきのことなんだけど·····」
「いいよ、別に」
三玖は微笑みながら二乃に言う。
ソファーから立ち上がり、目の前に行って二乃の手を握る。
「分かってるよ。二乃は、私たちのこと大事にしてくれてるから·····ずっと五人だったから、いきなり新しい人が入ってきて嫌だったんでしょ?」
「そ、それは·····」
「無理しなくてもいい·····だけど、フータローはちゃんとした人だから、大丈夫」
三玖は自信ありげに二乃に言う。
二乃は何かを言いたそうにしているが、俯いたまま何も言わない。
「だけど、フータローに謝った? ·····これから勉強教えてくれるんだから、ちゃんとしないと」
「·····っ」
三玖がそう言うと、自室の前で俯いていた二乃は握られていた三玖の手をほどき、自室の前からリビングに降りてきた。俺の前で止まり、キッ、と俺を睨んでくる。
しかしすぐにまた俯いてしまい、前髪に隠れて顔が見えなくなってしまった。
「? どうした」
「ご……ごめ……」
「ごめ?」
「ご……ご……っ! ご、ごはん!」
「ご……ごはん!? ·····どうしたんだいきなり」
俺は予想だにしない二乃の意味不明な発言に戸惑う。いきなり何を言っているのだろうか。三玖もポカンと口を開けている。
だが、この微妙な空気を破ったのは、
「呼びましたか!?」
いきなり部屋の扉が開き、自室から顔をのぞかせた五月だった。
「何に反応したかは分からなかったことにしておくが五月、お前のことは絶対に呼んでいない」
「そ……そうですか……」
五月はしょんぼりと肩を落とし、とても残念そうに自室へと帰って行った。
どうやらお腹が空いていたらしい。ごはんというワードに飛びついてくるくらいには。
……。
何かを言いかけていた二乃は完全に水を差されてしまったようで、行き場のなくなってしまった言葉を飲み込み、口をパクパクさせている。
「んで、何が言いたかったんだよ」
口半開きの三玖、口パクパクする二乃、そして俺という謎の雰囲気を打開するため、俺は自分から二乃に問いかけた。
「·····悪かったわね。って言おうとしたのよ」
「お、おう·····そうか」
「だから……晩御飯くらいなら、作ってあげる」
あれだけ言いずらそうにしていた二乃の口からは、あっさりとその言葉は出てきて。
だが何故かなんとも言えない雰囲気が、三人の間に漂っていた。
その原因はただ一人。元はと言えば睡眠薬の提案をしてきたのもそいつだった。
「五月、
一花の裁判長を引き継いだ三玖の有罪判決に続き、
「五月は夕飯抜きね」
二乃の容赦のない刑罰が下ったことに、五月はまだ気づいていない。
◆◆◆
「えぇ〜!? 私だけご飯抜きですか!?」
「睡眠薬のこと、フータローに謝ったら許す」
「ごめんなさぁい!」
「二乃の十倍素直でよろしい」
「悪かったわね!」
「いやメシに向かって謝れてもな·····まあ俺はいいんだけどさ」
涙目で謝る間、五月の視線はずっと二乃の手料理に向けられていた。
出会って二日目の俺でも理解できる。五月の行動理由の九十パーセントは食い物だ。女の子としてはなにかとマズいと思う。
·····ひょっとすると、食い物をエサに勉強も·····と考えるがすぐにやめにした。そんなやり方では健康体を卒業してしまう。俺が目指しているのはあくまで高校の卒業だ。
五月の判決の後、晩御飯を食べることになった。なんだかんだやってたらいつの間にか八時過ぎ。五月は既に限界を迎えようとしていた·····。
いやそうではなくて、どうやら俺も食べていいらしい。
「今日だけだから! 仕方なくだから! もう·····なんなのよホント·····」
何かごにょごにょと言っていた気がするが、ここはありがたくいただくとしよう。五つ子の食事当番は全部二乃らしく、そのことからも二乃が料理が出来ることはなんとなく察していた。
二乃がキッチンから料理を運んでくる。リビングは先程のクッキーに変わり、新たなにおいに満たされていく。
·····これは·····。
「牛肉! 白菜! 糸こんにゃく、豆腐がグツグツと·····! これはたまりませんっ!·····ふっ、ふへへ·····」
「五月、よだれよだれ。風太郎君がいるんだから、少しは落ち着こうか」
興奮が抑えられない五月を鎮める一花。
五つ子達に準備任せっきりも悪いし·····俺も手伝うとするか。
俺はキッチンに立つ二乃と皿を運んでいる四葉に声をかける。
「悪いな、任せっきりで。俺にも何か手伝わせてくれ」
「別に大丈夫よ。あんたは座ってなさい」
「上杉さんは座ってて大丈夫ですよ!」
二人揃っての着席指令。なんだか申し訳無いな。
再び席に着いて待ってると、ソファーでテレビを見ていた一花が振り向いてこちらを見ていた。
「爆発オチは勘弁だしね」
「爆発しねぇよ! どんな印象持ってるのか知らないが、俺一応レシピ通りに作るくらいはできるからな·····」
「そうなんだ。だって三玖」
隣のソファーで正座をして『日本の城 鉄壁の小田原城』を観ている三玖がビクッと肩を震わせる。
「なんでいきなり私なの·····?」
テレビから視線を逸らさずに答える三玖。
「何となく?」
「そう。今重要なところだから」
「これつまらないよ·····違うの観ない?」
「一花は二乃の手伝いでもしてたら?」
「なんで私だけなのかな?」
「私が料理したら大抵爆発オチだから」
「あ、もしかして怒った?」
テレビから一切視線を逸らさずに返す三玖とソファーに寝転びながらスマホをいじる一花。
「働かない人の分は、私が食べちゃいますからねー」
キッチンの方から五月の声がした。テーブルを見るとほとんど準備が整っている。
「ほら、少しでも手伝った方がいいんじゃないか?·····俺が言えたことじゃないが」
「うう·····やむなし」
悲しそうにテレビを消しながら、一花とキッチンへ向かう三玖。そのまま二乃に自分も手伝うという旨を伝える。
「? 三玖はテレビでも観てなさいよ」
だが現実は非情だった。二乃から戦力外通告を受けすぐに戻ってきた。
テレビをつけ、同じ歴史番組を見始めた。
「いいもん。私が手伝っても邪魔なだけだし。お城見てた方が楽しいもん。どうせ五割爆発する私は要らないよね。四人で料理してるの楽しそうだなぁ·····でも別に羨ましくはないよ。だって私にはお城があるから。」
俺の存在を思い出したのか、ゆっくりと俺に振り向く三玖。光のないとても悲しそうな目で俺のことを見てくる。
えっ? ここで俺か·····。一体なんて言ってやればいいんだ·····。
「フータロー·····」
「お、おう·····」
·····。
続く沈黙。ここでの最適解は·····なんだ?なんて言ってやればいい!?
俺はこれまで鍛えてきた脳細胞を一つの無駄無くフル活用。中学からテストでは不正解など一つも取ったことのないIQ130(自分調べ)の俺が導き出した答えは·····、
「お·····」
「?」
「小田原城、最高だよな!」
「·····っ! うん!」
どうやら正解だったようだ。よかった。
嬉しそうに何度も頷く三玖。瞳には光が戻っていた。良かった良かった。
◆◆◆
二乃特製すき焼きを食べた俺たち。途中で五月が「先程のことは……すいませんでした!」と自分の肉を俺に差し出してきたりしたが、なんか奥歯をガチガチ言わせてたし、肉を持つ箸が異常に震えていたので、「別に気にしてないから大丈夫だ」と丁重にお断りしておいた。
「今日はごめん·····いろいろと」
「いや別に大丈夫だ。最初から上手く行くなんて思ってないしな」
玄関で五つ子に見送られた後、三玖は俺を送るためについてきてくれていた。最初は断ったが、「話したいことも、あるから」と言われたので了承した。
今は玄関前のエレベーターを待っている。
「まぁ大丈夫じゃないのはお前らの勉強だな」
「うう·····それを言わないで欲しい·····」
「あとは·····そうだな、二乃には嫌われたかもなぁ」
「?」
三玖は首を傾げる。
「そんなこと、ないと思うよ」
「そうなのか?」
「うん、今日の二乃·····すごく楽しそうだったから」
「そうかぁ?」
俺にそうは見えなかったが·····どうやら五つ子にしか分からないものがあるんだろう。なんせ十六年ずっと一緒なんだ。
「うん、きっとまだ戸惑ってるだけだから、大丈夫だよ」
「そうか」
エレベーターが到着する。
訪れる沈黙。チン、というエレベーターの到着音が響きいた。
「三玖はちゃんと見てるんだな」
「えっ?」
エレベーターに乗り、扉が閉まる。
「いやさ、俺五つ子のこと全然分からないからさ、そういう三玖を見てるとなんだか·····」
なんと言えばいいのだろう。五つ子をしっかり見てて、率先して勉強しようとして·····。
隣を見ると三玖が上目遣いで俺を見ていた。一瞬目を奪われるも、変に思われるのもいけないと思い慌てて目をそらす。
「そうだな、なんだかお母さんみたいだな」
「ええっ!?」
三玖らしくない大声。何かまずいこと言ってしまったのだろうか。
「えっ、あっ·····スマン。なんか変なこと言ったか?」
「う、ううん。全然。」
「そっか·····ならよかった」
ほっと胸を下ろす。これから家庭教師をするにあたって、不安要素を残す·····特に五つ子に嫌われるのは論外だ。二乃は既に怪しいが、そこは三玖を信じるとしよう。
「なんで?」
「ん? 何がだ?」
「なんで、お母さん見たいって思ったの? ·····料理すら出来ないし·····」
そう言うことか。
俺は先程考えていたことをそのまま伝える。
「いや料理は出来なくてもな、率先して勉強しようとしてたし、姉妹のことよく見てるなって」
「そ、そっか」
三玖は俯き、服の裾を握りしめていた。
やっぱマズいこと言ったのか·····?うーん、よくわからん。
再びチン、という音が鳴り、扉が開いた。
俺たちはエレベーターを出て、入口の自動ドアを通り抜ける。
外の生暖かい風が体を撫で、夏を実感させられる。マンション内はクーラーがついてたので尚更だ。
「わざわざありがとうな。じゃあ」
「う、うん·····」
控えめに手を振る三玖に感謝を述べ、俺は家路に着いた。だんだんとマンションは遠ざかっていく。
時刻は九時少し前。今日は親父が仕事なので、あまり遅くまでらいはを一人で待たせる訳にもいかない。
だがその時、
「ま、待って·····!」
しばらく歩いたところで、三玖の呼び止める声が背後から聞こえた。息を切らしていることから、どうやら少し走って追ってきたらしい。
「どうしたんだ? 早く戻らないと皆に心配されるんじゃないか?」
「そうなんだけど·····」
沈黙。俺は三玖の言葉を待つ。
「今日、勉強できなかったから·····明日の、昼休みとか·····」
「お、おお! いいぞ!」
突然の勉強の誘いに俺は興奮し、勢いよく返事をしてしまう。まさか二度まで自分から誘ってくれるとは。
一度目は寝起きの気まぐれも否定できなかった。だが二回目となればそれは無いだろう。
初めて頼られてるんだ·····そりゃ興奮してしまう。
「じ、じゃあ·····私もう戻らなきゃ行けないから·····」
そう言って三玖が差し出してきたのは最新型スマートフォン。
「? くれるのか?」
「違う·····連絡先、あれば場所とか決められるでしょ?」
あと、家庭教師やるんなら、知っておいた方がいい、と。
そう言われ、表示されている三玖のアドレスを自分のスマホに打ち込む。これでなんと三人目の連絡先だ! 迷惑メールが半分埋め尽くされたフォルダとのお別れは早い内にくるかもしれない。
「ありがとな」
「うん。じゃあ、また明日」
「おう。楽しみにしてる」
そう言って三玖はマンションへ走って行った。
また明日·····か。
そんなこと言われたのは、いつぶりだろうか。
俺はそんなことを思いながら、家を目指す。·····足は自然と速くなっていた。頭に浮かぶのは今日の一日のこと。
いつも硬い表情が自然と緩んでいることに、自分では気付きもしなかった。
牛肉は~、全っ部私のものです!
どうも、フィヨルドです(´・ω・`)
すいません! 遅れました! だけど大増量なので許して下さい!
さて、プロローグがやっと終わった感じですかね。こんな高評価されるとは思ってもいなかったので、フィヨルドビックリしてます。
まだ評価してない人は、ぜひして下さいね(´・ω・`) 作者のやる気が倍になります。
(敬称略)
☆10評価
りょ〜すけ ナティブ 影狼/zero
☆9
いっぱんぴーぽー 金柑のど飴 リムル 来宮 幸彦 ユンパロンゼトン ken1121 混ざり者 ハル13 Oceans セルラ 塩胡椒 ななしの⑨ ポポポンのポン マウントベアー 徐公明 tdk しんた1230 T0の側近 ワウリンカ ベアーフォール 深泉虚月 お隣さんはヴェールヌイ
☆8
とろつき トレス のりべん 空気読めない人 モジー
☆7
㌦猫
さん! 評価ありがとうございます!誤字報告、感想もありがとうございます!
ではまた次回に。