クソの役にも立たないチート能力もらって転生した   作:とやる

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クソの役にも立たないチート能力もらって転生した

 やあジョニー。神様転生ってやつは知ってるかい?

 

 もはや改めて説明する必要もないだろう。

 トラックに轢かれたり、いきなり現れた殺人犯に殺されたり。とにかく死んだと思ったらそれは神様のミスで、お詫びにチートを持って別の世界に転生させてやろうってやつだ。

 

 御察しの通りおれは転生者だ。

 道路に落ちてた500円玉を拾おうとしたらトラックに轢かれるというべったべたなテンプレで死んで、目が覚めたら居た辺り一面真っ白な世界で爺さんの神に「めんご」とひと言謝られて転生した。

 一連の流れを鮮やかな手並みで高速処理されたおれには、チートを選ぶ暇も転生する世界を選ぶ時間もなかった。全て神の意のままにってやつ。

 ざけんなクソジジィ!と別世界に飛ばされる間際に叫ぶと、呑気な声でファミリアに入れとかなんとか。

 

 急速にぼやける意識の中でおれは強く神に願った。

 いや、神っていうとあのクソジジィもか。おれは苦楽を共にした青春のバイブル(健全図書)に強く願った。

 

 ーーどうか美しいエルフのいる世界でありますように……!!

 

 おれはファンタジーが好きだったのだ。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 気がつけば、クッソでかい塔が目の前にあった。

 

 なにこれでかっ!!?

 その貫禄におれは思わず驚愕する。

 きょろきょろと辺りを見回しても、いいところ明治中期ぐらいの木造建築や石造りの民家しか見えないというのに、目の前の巨大な塔は素人目にも明らかに建築技術が周りと逸脱しているのがわかった。

 仮におれが住んでいた平成の日本でもこの塔を作り上げることは不可能だろう。

 

 ぼけっと塔を見上げて動かないおれを不審に思ったのか、さっきから人の視線をやけに感じる。

 おっといけないいけない、まずは世界観の把握をしないとな。

 塔を見たときはSFかと思ったが、周囲に科学技術が使われているようなものは見受けられない。

 都会をイメージするとわかりやすいが、仮に科学技術が発展していた場合見渡す限りの人で埋め尽くされるこの場にそれらしいものがひとつもないのは考えにくい。

 それに、剣を携えたり鎧を着込んだ人がさっきから塔に出たり入ったりしてるのを見るに、ファンタジー世界の線が強いな。

 

 ……てことは、もしかしてエルフがいるのでは!?

 

 エルフ。媒体によって設定は多種多様だったりするが、容姿が整っていたり、自然を尊んだり、高潔だったりの共通点も多くある。

 そして何よりエルフ耳と呼ばれる細長い耳が特徴だ。

 隠さずに言おう。おれは耳フェチなのだ。

 いやあ、学生時代はエルフモノのバイブルによくお世話に……ごほんごほん。

 

 とにかく、エルフがいるかもしれないのなら話は早い。

 転生特典としておれに与えられているはずのチート能力を存分に活用し、エルフの美少女とのめくるめくるラブロマンスをするのだ。

 

 行動の指針を決めたおれは、取り敢えずさっきからファンタジー風な衣装のお兄さんお姉さんが出入りしている塔の中へ入る。

 塔は内部もとても現代日本の建築力では実現し得ないような構造になっており、科学技術以外のなにか超常的な力が存在する事は間違いない。

 ファンタジーっぽいし魔法かな?

 

 どうやらファンタジー世界の住人たちはおれの目の前に見える通路から地下へと降りているようだった。

 ふむ……地下か。どちらかというとワールドマップで世界中を探索するのがメインだが、地下迷宮を攻略するパターンの作品も少なくはない。

 もしかしたらここは地下に迷宮がある都市なのかもしれないしな。

 装備を持ち込んでいるということは十中八九害をなす敵がいるのだろう。

 地下に人が向かう目的は分からないが、そこにバトルがあるのだけは間違いない。

 

 ふっふっふ。神様転生のお約束として転生者はとんでもなく強いチート能力を持っている。クソジジィに勝手に決められておれに与えられたチート能力がどういうものかは知らないが、チート能力自体はあるはずだ。

 なんだろう、やっぱ王道の超魔力とかかな?エルフって魔法使いのイメージがあるから、すごい魔法使いだとお揃いっぽくてこう……いい。

 でも肉体強化系の能力も捨てがたいな……ステゴロ最強は男の浪漫っていうか。いや、やっぱ自分で動くの怠いし怪我することありそうだから魔法でいいや。痛いのは普通に嫌だ。楽してチートムーヴしたい。

 

「……!?」

 

 おれとすれ違った魔導師風のお姉さんがぎょっとした目でおれを見た。

 え……そんなにおれキモいっすかね……と落ち込みかけたが、よく考えたら今のおれは手ぶら、いわゆる装備無しの裸状態なのでそれに驚いたのだろう。

 心配を掛けさせるのも悪いから、大丈夫ですよ。自分チートあるんで!って想いを込めてマッスルポーズを取っておいた。

 なんか見てはいけないものを見たかのように目を逸らされたが、おれは気にしない。気にしないったら気にしない。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 階段を降り切ったら広い空間に出た。

 その広さゆえに地下とは思えないほどの開放感があるが、一面の岩肌や薄暗い光量がここは地下なのだと視覚に訴えてくる。

 日本だとなかなかお目にかかれない光景にほえーと感嘆しながら進んでいると、前方に見える壁がぼこり、と盛り上がった。

 なにやつ!?と身構えるおれをよそにそれは放射状に広がり、やがて1匹の生物を産み落とす。

 それは太った子どもぐらいの大きさの豚のような二足歩行する生き物だった。

 

 えっキモい。

 

 思わず漏れたおれの呟きを理解したのか、その生物はキェー!と人の耳では聞き取れない鳴き声を上げて猛然とおれに向かってくる。

 

 待って待ってキモいキモい無理無理無理。

 転生前のおれならばこんなの見た瞬間に即逃げるのだが、今のおれはひと味違う。

 見た目はキモいが所詮お前はただの経験値。これから始まるおれのエルフハーレムの最初の礎となることを誇ってあの世に行くといいわ!

 さあ!神から譲り受けたチート能力を刮目せよ!

 

 ちょっとカッコつけて顔の前で腕をクロスさせ、勢いよく両腕を突き出す。

 おれの両手から発射された灼熱の炎がキモい生き物を飲み込みーー……。

 

 えっ!?ちょっと魔法でないんですけど!?

 

 目と鼻の先まで迫っていた生物の体当たりを頭から飛び込んで躱す。

 胸から着地してグエッとヒキガエルのような声が出るが、今のおれはそれどころじゃなかった。

 ポーズが違ったのか……?それなら!

 

 素早く立ち上がったおれは右手を高々と掲げて叫ぶ。

 いでよ裁きの落雷よ!奴を討ち滅ぼせ!

 おれの声に天から呼び起こされた青き雷が生物を焼き尽くしーー……。

 

 だからなんで!?

 

 雷は出ず、またもや眼前に迫る生物の体当たりを必死で躱す。

 これもしかしておれのチート能力は魔法じゃないのか?スーパーマン的な肉体強化とかのチート能力か?

 

 魔法チートじゃないのはめちゃくちゃ残念だが、まあ肉体強化なら及第点だ。

 痛いのは嫌だが、腐っても神の与えたチート能力だ。どんな攻撃も跳ね返す鋼のボディのはずだ。

 

 肩幅ほどのスタンスを取って腰を落としたおれは、襲いくる生物相手に回避行動をとらず一歩踏み込んだ。

 出来るなら触りたくないけど喰らえ!通信空手仕込みの正拳突きぃ!

 

 おれの右拳が自分でも自画自賛するほどキモい生物の心中を的確に捉えーー。

 

 ぼき。

 

 乾いた音が響きおれの右手が折れた。

 

 いっっっってええええええ!!?

 右手を起点に脳を走る痛覚の大合唱に意識が弾ける。

 生きている間骨折をした事がなかったおれにとってこれは未知の痛みだ。

 痛い以外の事がまったく考えられない。

 だから、おれは生物の追撃に気がつく事ができなかった。

 

 がつん、と頭を殴られる衝撃。

 あまりの衝撃にトラックに轢かれたのかと嫌な記憶がフラッシュバックするが、真っ白に染まる頭は直ぐにそんなことも考えられなくなる。

 数回ごろごろと転がって止まったが、とてもじゃないが立ち上がれない。

 立ち上がるどころか右手は熱いし頭も熱いし痛いし頭の中に鐘が取り付けられてぐわんぐわん叩かれまくってるように響く。

 鼓膜が心臓に変わったんじゃないのかと錯覚するレベルに耳鳴りが酷かった。

 もう痛すぎて左手で頭を触ったらべったりと血がついてるし、それを認識した瞬間の恐怖はそれはもう凄まじいものだった。

 

 殺される。

 

 自分より格下だと思っていたはずの生物が、その時のおれには死神よりも恐ろしい何かにみえた。

 とにかくその生物から距離を取りたくて、おれはみっともなく涙を流しながら尻を地面に擦り付けて後ずさる。

 太ももを生温かい液体が伝っていることも気がつかないほどにおれは取り乱していた。

 

 だが、その生物はそんなおれをまるで意に介さず猛然と襲いくる。

 立ち上がって逃げることも出来なくて、おれは数秒後に来るであろう衝撃に恐怖して硬く目を閉じた。

 

「【ディオ・テュルソス】!」

 

 ーー美しい声が聞こえた。

 歌うように、されど力強い声が聞こえたかと思えば、大気を焼くような雷撃が轟く。

 いつまでも来ない衝撃を不思議に思ったおれが恐る恐る目を開ければ、そこにはとても美しい女性がいた。

 

 さらりと流れる黒髪は絹のようで、触れるととても気持ちがいい事が分かる。切れ長の双眼に収まる紅い瞳は宝石のように煌めいて見えた。その身を包む白の戦闘着は彼女の高潔な精神を表しているように思えた。

 

 そして何より、その細長い両耳はーー!

 

「美しい……」

 

「ーーは?ちょ、おい!」

 

 こんなに綺麗なエルフがいるなんてファンタジー最高だなおい。

 困った顔も美しい……なんて思いながら、痛みで張り詰めたおれの精神は助かった安堵によって暗転した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「む。目が覚めたか」

 

 ぱちぱちと瞼を動かすおれが身体を起こせば、そこには気を失う前に見た美しいエルフの女性がいた。

 

 ひゃっほう!やっぱとんでもなくかわいいな!?エルフ最高かよ!

 おれのテンションは瞬時に最高潮へ。当たり前だ。夢にまで見て実際に夢であれやこれやを散々したエルフが目の前にいるのだ。しかも目を見張るような美人のエルフが。これで手を出さないのなら男じゃない。

 

 ねえねえ君名前は?今暇?どこ住み?一緒に遊ぼうよ。

 

「ちょっ、やめ……私に触れるなァ!」

 

 ごふっ。

 手を握ろうとしたら、美人エルフさんの持っている片手杖の先端がおれの腹にめり込んだ。

 ちょ……あかんで。それはあきまへんでエルフさん。暴力ヒロインは時代遅れって話ですよ。

 いや今のはおれが悪かったか。

 

 腹の痛みで思い出したが、そういえばあれだけ痛かった身体が嘘のように痛くない。

 不思議そうな顔でエルフさんを見れば、ゴミを見るような目で語ってくれた。ありがとうございます。

 

「折れているようだったからポーションで治療しておいた。……冒険者の義理は果たした。次はしっかりと準備しておくんだな」

 

 そう言ってエルフさんはさっさと歩いて行ってしまう。

 いや待って。今彼女に置いていかれると心細すぎてやばい。今は痛くないとはいえあの痛みはしっかりとおれの身体に刻まれてしまった。そんな生物が現れるかもしれない場所に1人でいられるか!お願い待ってエルフさーん!……止まる気配がない。

 おれの声が虚しく響く。

 ほほう。もうおれとは関わらない腹積もりですか。なるほどなるほど……逃すかァ!!

 エルフさんの手を掴むべくおれはクラウチングスタートを切った。

 

「ひっ!?なんで追いかけて来るんだ!?怪我は治してやっただろう!?」

 

 あら可愛い悲鳴。

 って違うそうじゃない。怪我を治してくれたのは嬉しいありがとう!けど心細いからひとりにしないで!あと耳触らせて!ってか結婚して!

 

「ふざけるな!?私は高潔なエルフだぞ!?……というか本当に近寄るな!!臭い!!」

 

 え?臭い?

 お風呂は毎日入るタイプなんだけど……あ。

 ここにきてようやくおれは自分が失禁をしていた事実を思い出した。

 いやん!

 

「気色悪い声をだすなぁ!!」

 

 怒気を孕んだエルフさんの声も可愛いが……っていや走るの早すぎない?

 中高と陸上部だったおれは走りにはかなり自信があったのだがどんどん引き離されていく。これは本気でまずい。

 薄暗くて視界も悪いしおっかない生き物はいるしチートはないし、エルフさんに置いていかれると今度こそ死にかねない。

 何とかしてエルフさんを引き止めないと……そうだ!

 

 おいエルフさん!おれはクソ雑魚だぞ!放っておいたら死ぬぞ!エルフさんが見捨てたからおれは死ぬんだ!それでいいのか!!?

 

 おれの叫びにエルフさんがぴたりと止まる。

 ふふん、作戦成功。

 見ず知らずのおれを助けて治療してくれるような優しい高潔な美少女エルフであり、暫定おれのヒロインでもあるエルフさんはおれを見捨てられないだろう。

 咄嗟に相手の良心に漬け込むこの手腕。詐欺師の才能がありそうだ。

 ……いや、割と最低なことをしている自覚はある。あるけど生きるためだから。仕方ないね、うん。

 

「一階層で死ぬ冒険者は……」

 

 一階層?地下一階ってことか?

 冒険者っていうのもさっきエルフさんが言ってたな。恐らくこの世界のジョブかなんかだろう。

 おれは葛藤している様子のエルフさんに畳み掛ける。

 

 実際おれは死にかけていただろう?エルフさんが来なければ死んでいたぜ?へへ、あまりおれの弱さを舐めない方がいい。何せ大学入ってからぐうたら生活の極みだったからな。下手したら運動部の中学生と喧嘩して普通に負けるまである。

 

「ぐっ……!」

 

 ぷるぷると震えるエルフさんを見ておれは最後のダメ出しをする。

 ここでーーきめる!

 

 そんな後味の悪い思いはしない方がいいだろう?ほら、一緒に地上まで行こう。

 

「…………………………地上までだからな」

 

 ちょろい。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 エルフさんの半径5メートル以内には絶対に近寄らないという条件に心が泣いたが、取り敢えずおれは無事に地上に帰還することができた。

 潜っていた時間は体感として1時間ほどのはずなのに、陽の光が随分と懐かしく感じる。

 

 地上に出た瞬間エルフさんはソッコーで立ち去ろうとしたが、運命はおれを見捨ててはいなかった。

 

「おや?フィルヴィス?」

 

 その声にばっと勢いよく振り返ったエルフさんにつられて振り向くと、そこには優男然としたイケメンがいた。

 

 なんだぁ、テメエ……。

 

 おっといけない。イケメンを認識したら反射で呪詛を唱える悪い癖が出てしまった。

 それにしてもエルフさんはフィルヴィスって名前なのか……美少女エルフは名前まで素敵なんだなあ。

 

「その彼は……」

 

 イケメンが不思議な顔を向ける。

 なになに?おれのことが知りたいの?いいだろう、教えてやろう。

 おれはフィルヴィスの夫!天衣無縫の無一文!

 

「ふざけた自己紹介をやめろ!!」

 

 ごふっ。

 本日2回目の片手杖の殴打を頂いた。

 叩くなら叩くでせめてその綺麗な手で直接やってほしい。

 

「お前に触れるぐらいなら死ぬ」

 

 道のりは険しそうだ。

 

「……くっ、ふふっはははっ!そんなフィルヴィスは初めて見た!」

 

「ディオニュソス様!」

 

 おれたちのやりとりを見ていきなりくつくつと笑い始めたイケメンにフィルヴィスがぷりぷりと怒る。

 何だイケメンにしてはいいやつ……は?今ディオニュソスって言った?

 それってギリシャ神話のあの葡萄酒の???

 

「ああ。私はそのディオニュソスだよ……よく知っているね」

 

 まじかよ。

 てことは、おれがファンタジー世界だと思っていたこの世界は実は神様たちが戦争をするラグナロク的な世紀末な可能性が微レ存。

 確かにファンタジーはファンタジーだがおれが求めているのはそういうのじゃない。

 てか、神様がこうして目の前にいるって事はもしかしてあのクソジジィにも会えるのでは?

 

 出てこいクソジジィぃぃぃ!!!てめえチート能力寄越すって話ちげえじゃねえかああああ!!!

 

 しかし、ディオニュソスによるとそんな神は見たことも聞いたこともないらしい。

 もうまぢ無理。凹む。

 

 それから、では私たちはこれで、と別れようとするディオニュソスとフィルヴィスを泣き喚いて引き止め、この世界のことについて教えてもらった。

 泣き喚いてばっかだなおれ。流石にみっともなさすぎて涙がで、でますよ。

 でもまあ居た堪れなくしたもん勝ちみたいなところあるしね、仕方ないね。

 

 ディオニュソスによると、この世界は天界という場所から神様がやってきて【神の恩恵】というものを人間に与えファミリアを作るらしい。

 んで、その【神の恩恵】を与えられた人は要約するとスーパーマンになれるらしい。

 ……ん?そういえばあのクソジジィもファミリアに入れって言ってたな。これはもしやおれのチート能力のフラグたったのでは?

 

 話が逸れたが、そうやってスーパーマンになった人を冒険者と呼ぶんだとか。その冒険者は、特にオラリオではおれが潜っていた地下を探索してモンスター倒し、生活資金を稼いでいるらしい。

 要するにモン○ンか。なるほど理解した。

 フィルヴィスは目の前のイケメンのファミリアに属しているという。その【ディオニュソス・ファミリア】は出来たばっかで、今はまだフィルヴィスしか団員がいないとか。

 

 おれに電撃走る。

 2人しかいないファミリア。めくるめくる開かれる神と人の禁断の恋。

 いけません!いけませんよこれは!フィルヴィスはおれのヒロインだ!NTRとかきょうび流行んねえんだよ!

 そこまで一瞬でシミュレーションしたおれは、おれもファミリアに入れてくれ!と力強く言った。

 

「ーーは?絶対に嫌だ」

 

 おっふ。

 フィルヴィスの目が冷たすぎて背筋が震える。おかしいな、今日はぽかぽかしているはずなんだけど。

 出会ってからまだそんなに経ってないのにどうしてここまで好感度が下がっているのか……全部おれが原因ですね。本当にありがとうございます。凹む。

 

「……いや、いいだろう。彼もうちのファミリアに入ってもらおう」

 

「そんな!?お考え直してくださいディオニュソス様!」

 

 イケメン……!お前……!

 なんだよ……イケメンにもいい奴っているんだな……!

 やったーと歓声を上げ全身で喜びを表現するおれを、フィルヴィスは牛乳を拭いて三日放置した雑巾を見るような目で見てくるが、まあここから好感度を上げれば問題ないだろう。

 へへっ、ギャルゲーはおれの数少ない得意分野なんだ。直ぐにその固く閉ざされた心を開いておれにメロメロにしてやるよ。

 

「ディオニュソス様!私は嫌です!こんな下卑た男を入れるなど!?」

 

 ……これ本当に好感度上がるのか?

 今朝登校中にぶつかった美少女転校生とか目じゃないぐらいに嫌われてるような気がするんだが……ま、まあおれは転生者だし大丈夫だろう。

 転生者ってやつはだいたいハーレムを作るんだ。おれ知ってるよ、詳しいから。

 

 猛反対するフィルヴィスも結局はディオニュソスに宥められ、おれは【ディオニュソス・ファミリア】に所属することになった。

 今は零細ファミリアという事でディオニュソスとフィルヴィスが共同生活をし、おれはお金だけもらって安アパートに転がり込む手筈になった。

 いやさらっと言ったけどおれのフィルヴィスと同棲とか見逃せねえからなあ!?と騒いでみたものの、フィルヴィスはおれを生理的に嫌悪してるみたいだしお金はないしでおれの主張は認められなかった。凹む。

 これはせっせとお金貯めてホームってやつを買うしかねえな……。おれもフィルヴィスと1つ屋根の下がいい。

 

 そうそう。

 ファミリアに入ったからおれも【神の恩恵】を刻んでもらったんだけど、そこでようやくおれのチート能力が判明した。

 

「ーーすごいな。もう魔法が発現しているよ」

 

 魔法!?

 やっぱおれのチート能力は高火力魔法だったか!

 クソジジィさんきゅーな!

 喜び勇んでディオニュソスからおれのステイタスが記された羊用紙を受け取る。

 やっぱ王道は炎の魔法だよなー。主人公っぽくてかっこいいし。でも雷も水も捨てがたい。いっそ全部とか!?

 どれどれ、おれの魔法は……。

 

 魔法

 

【メガンテ】

 ・自爆魔法

 

 …………………………………………。

 理解し、飲み込むのにしばしの時間を要した。

 そこに記されていたのは、かの有名なドラ○エのアレだった。

 

 おれ死ぬじゃねえか!?

 

 ざけんなボケェ!てめっ、クソジジィィィィィィ!!

 確かに高火力の魔法だけど!一回こっきり!しかもおれの命と引き換えじゃこんなん無いのと一緒だわ!だれが使うか!!!

 しかもあれはゲームだから許されるんであって、これ現実では使ったらどうなるんだ?

 身体が爆散して血肉を撒き散らすとかのショッキング映像に成りかねない気が……いや絶対使わんけども。

 

 こうして、微塵も使えないゴミみたいなチート能力を与えられて転生したおれのエルフハーレムを目指す冒険が始まった。

 

「いいか!?ディオニュソス様のお言葉で仕方なくお前と探索するが絶対に私に触れるな!近づくな!破ったら私は自分を抑えられるか分からないからな!?」

 

 前途は多難である。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 月日が流れるのは早いもので、おれが【ディオニュソス・ファミリア】に入ってから3年が過ぎた。

 

 3年というのは長いようで短い。だが、おれたちが積み上げた時間は小さくも着実な成果となって現れている。

 まず、団員が増えた。

 おれとフィルヴィスだけだった団員も今はなんと15人もいる。

 フィルヴィスとの2人きりのダンジョン探索が出来なくなったのは残念だけど、稼ぎが目に見えて増え賑やかになったのはおれとしても嬉しい。

 特に、おれは早くに両親を亡くして1人暮らしをしていたからこの賑やかさがとても好ましかった。

 まだホームは買えないけれど、この調子ならもうそろそろ買えそうである。

 夢のフィルヴィスと1つ屋根の下までもう少しだと思うと胸とか期待とかあといろんなものが膨らみますね。

 

 それから、おれとフィルヴィスはLv.2にランクアップした。

 ……いやね。結局チートは無いに等しかったわけで、おれとしても痛い思いはできる限りしたくはなかったんだけども。

 フィルヴィスはがんがん強くなるからさ……おれも強くならないと求婚したときの報復でガチで死にかねない。

 なら求婚をやめればいい?ははっ、抜かしおる。

 おれが美少女エルフヒロインを諦めるわけがない。

 なんか緑髪のとんでもねえ美人のエルフさんも見かけたが、おれの目はフィルヴィスしか見えていない。ギャルゲーとかも1ルート1人がスタンダードだしね。あの緑髪のエルフさんはフィルヴィスを攻略してからだ。

 

 ここまででもうわかったかと思うが、積み上げた3年という月日はおれとフィルヴィスの関係になんら変化をもたらさなかった。

 毎日のように求婚しているというのに、フィルヴィスの態度にデレのデの字も見当たりやしない。

 あ、フィルヴィス発見。おーい!結婚してくれ!耳触らせて!!

 

「近寄るな!死ね!」

 

 ごふっ。

 へへ……この片手杖の打撃にももう慣れてきたぜ……。

 そんなおれたちの様子に周囲の団員からまた副団長が懲りずにやってる……と冷ややかな視線を向けられる。

 おかしいなー、結構死線を共に乗り越えたと思うんだけど……普通こういったパターンだとともに危機を乗り越えるうちに愛が芽生え……ってやつじゃない?そんなにおれが嫌いってことですか?凹む。

 

 まあでもおれは諦めない。

 絶対にフィルヴィスを落としてあんなことやこんなことをしてそのエルフ耳を触ってみせる。

 覚悟しておくんだな!

 

「死ね」

 

 怖いんでガチトーンで言うのはやめてください。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 さらに1年の月日が流れた。

 

「「「かんぱーい!!」」」

 

 迷宮探索は順調で【ディオニュソス・ファミリア】はついにホームを手に入れることが出来た。

 昨日ようやくホームが完成し、今日は完成したホームでファミリアのみんなでお祝いである。

 

「みんなの頑張りのおかげだ。本当によく頑張ってくれた」

 

 優雅に葡萄酒を飲みながら団員と談笑しているディオニュソスを尻目に、おれは湧き上がる歓喜に震える。

 くそ……イケメンは絵になるな……。

 おっと。尻目どころかがっつり見てしまっていた。

 とにかく、念願のホームである。フィルヴィスとの1つ屋根の下である。同棲である。水浴びを覗き放題である。

 あれほどおれを嫌っていたフィルヴィスがおれと一緒のホームで暮らし、同じ釜の飯を食べる。これはもう結婚といっても差し支えないのでは?

 

「黙れ。耳が腐る」

 

 なん…だと…!?

 いつもなら二言目には死ねが飛んでくるのに!

 苦節四年、ついにフィルヴィスがおれにデレた……!

 長かったなあ……じゃあ早速結婚しよう、フィルヴィス。耳触らせてくれ。

 

「ええい、近寄るな!ふん!」

 

 伸ばしたおれの手を避けるようにガタッと椅子を引いたフィルヴィスはそのままずんずんと歩いて行ってしまう。

 ああ……せっかく副団長の職権濫用でフィルヴィスの隣の席を手に入れたのに……。

 

「相変わらずですね、副団長」

 

 空いたおれの隣の席に妖艶なエルフの女性が座る。

 えっろ……じゃなかった。彼女はアウラさん。おれの後にファミリアに入ったエロフ間違えたエルフの女性。

 相変わらずも何も、フィルヴィスはおれのヒロインだからね。いつか絶対に耳を触ると決めてるんだ。

 

 アウラさんはこくこくとお酒を飲み、ふぅと一息ついてから流し目を作っておれを見つめ甘い声で言った。

 えっっっっろ。

 

「私の耳でよければ触らせてあげましょうか?」

 

 まじで?

 アウラさんのその細いエルフ耳を触らせて頂けるのですか?

 今さら取り消しても遅いですよ?

 

「ええ。構いませんよ」

 

 目を閉じたアウラさんが頭を差し出すようにぐいっとおれに近づく。

 

 えっ。

 いや待って待って。

 耳を触るだけじゃおれは止まりませんよ。

 アウラさんのエロフボディを隅から隅までねちっこく堪能するまで止まりませんからね。ぐへへ。

 さあ、酔っていたと取り消すなら今のうちですよ!

 

「……触らないのですか?」

 

 片目を開けたアウラさんがおれを見つめる。

 

 え。

 アウラさん本当に酔ってるの?まじで触るよ?

 …………いや。

 ほら、最初に触るエルフ耳はフィルヴィスのって決めてるっていうか。

 だからほら、アウラさんのエルフ耳を触ったらその誓いが守れなくなるというか!

 めっちゃくちゃ残念だけど!血涙するぐらい惜しいけども!

 やっぱそこは譲れないっていうかね!?

 

「……ふ、ふふっ」

 

 身振り手振りを交えながらまくし立てるおれがおかしかったのか、アウラさんは堪え切れないというように吹き出した。

 

「まあ、こうなるだろうとは思っていました。副団長はフィルヴィス一筋ですものね」

 

 ……いやいやいやいや。

 おれはエルフハーレム目指しているから。

 今はフィルヴィスをおれにメロメロにするのにかかりっきりなだけだから!

 ぜんっぜん!これっっぽっちも!そんなじゃないんだからねっ!?

 

「ええ、そうですね。ダンジョンでフィルヴィスがピンチの時は、自分の身を厭わずに駆けつけますものね」

 

 なっ。

 そ、それはほら、ピンチを助けられたどきどきが恋のどきどきになるっていうか!?

 アウラさん吊り橋効果って知らないの!?おっくれてるー!

 そもそもおれは痛い思いもしんどい思いもしたくないの!だから強いモンスターとかいたら躊躇いなく逃げるね!

 それにファミリアで1番強いフィルヴィスが無事ならそれだけおれが安全になるし!

 

「なら、私たち団員のピンチにもぼろぼろになりながら守ろうとするのはなぜですか?」

 

 そ、それはほら。フィルヴィスの好感度稼ぎ的な?

 おれに惚れさせるために点数稼ぎのためにあえて団員を助けてるんだよ。

 いやー、おれの点数稼ぎのためにいつもすまんね!

 フィルヴィスにもっとおれの武勇伝をカッコよく伝えてくれよな!

 

「ふふ、そういう事にしておきましょうか」

 

 意味深げにそう言い残し、アウラさんはディオニュソスの元へ向かう。

 ……くっそ、完全に弄られた。副団長をなんだと思ってやがる。

 あーもうだめだ。これはだめだ。なんか胸がぐわーってなる。

 こうなったら……フィルヴィスー!大好きだー!結婚しておれのハーレムの1人目になってくれー!あと耳触らせてくれ!!!

 

「死ね」

 

 ほんとまじで怖いんでガチトーンはやめてください。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「いい加減応えてあげたら?彼、あんなこと言ってるけど本当は……」

 

「ふん。ファミリアへの貢献は認めるが誰があんなクソ野郎なんかと」

 

「素直じゃないですね」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ホームが完成してから2年経ち、おれとフィルヴィスはLv.3になった。

 

 いやほんとおれよくここまで来れたな……。

 思わず自画自賛するのも仕方がない。結局チートは無いに等しいが、転生前と比べるとLv.3の身体能力は十分チートの範疇である。

 だってジャンプしたら二階建ての民家の屋根に登れるからね。

 こんなのオリンピック選手でも無理だよ。おれすげえ。

 

 思い返すと、本当に色々あったなあ……。

 痛いのは嫌だしんどいのは嫌だと言い続けていたのに、気がつけばおれの役割は盾と剣をもって最前線で戦う純戦士である。

 どうしてこうなったと小1時間ぐらい問い詰めたい。

 モンスターはまじで怖いし、ミノタウロスを最初に見た時はションベンちびるかと思った。もう失禁は勘弁だと寸前で堪えたが。

 ごめん嘘本当はちょっとだけちびった。

 

 モンスターの攻撃は痛いし、フィルヴィスの杖殴りはもっと痛い。運が悪いと骨が折れるし、水浴びを覗いてガチギレしたフィルヴィスの魔法でまた転生するところだった。

 おかしい。デレる気配が全くない。

 あれれー?おっかしいなー?

 しかし、ここにはどんな難事件も解決してくれる麻酔を撃ちまくる名探偵はいない。おれは自分でこの難題を考えなければならなかった。必ず解き明かしてやる……!ギャルゲーマスターの名にかけて!

 だが何故だ……。随所で仲間を助けるファンタジー界隈のカッコいい行動ムーヴを繰り返し、毎日愛の言葉を紡いでいるというのに。

 考え始めて数秒で迷宮入りしてしまった。

 エルフハーレムの道は険しい。

 

「はい、更新できたよ」

 

 おれの背中に指を添えてステイタスの更新を行なっていたディオニュソスがぽん、とおれの背中を叩く。

 上着を着てから受け取った羊用紙をみれば、耐久が大きく伸びたおれのステイタスが記されていた。

 

 さんきゅーディッオ。

 あれかな、やっぱ毎日フィルヴィスに杖で殴られてるから耐久だけ抜きん出てるのかな?

 

「まあ、そうだろうね」

 

 やっぱそうかー。

 フィルヴィスのやつ、おれの耐久が成長するに合わせてより力を込めてきてる節があるからなー。

 お陰でいつも新鮮な鈍痛がおれに寄り添う。

 お前じゃなくてエルフに寄り添って欲しいんだよふざけんな。

 いつになったらデレてくれるのかなーほんとに。

 出会った当初よりは距離を縮められたと思ってたんだけど、おれの勘違いなのか……。

 

「そうでもないと私は思うよ。君といるときの彼女はどこか楽しそうだ」

 

 まじで?

 でもフィルヴィスっておれにはあんま笑顔見せてくれなくて……。

 今日も朝挨拶したらいつも通り杖と熱烈な抱擁をする事になったし……。

 

「ま、まあ君が諦めなければいつか思いは届くかもしれない……いや、今のままだと無理かな……」

 

 おい。

 ……おい。言ってることちげえじゃねえか。

 神だからって何言っても許されると思うなよ。

 おれ、ひさびさにキレちまったよ。屋上いこうぜ。

 

「……あ、おーい!フィルヴィス!ちょうどいい所に!」

 

 おれの怒気に冷や汗を流したディオニュソスが、偶然通りかかったフィルヴィスに手を振りながら駆け寄っていく。

 

 あっこいつ!

 待てこらっ!逃がさねえからなあ!?

 それはそうと……フィルヴィスー!おれだー!結婚してくれー!耳も触らせてくれー!

 

「いい加減にしろ!」

 

 ごふっ。

 あ、朝と同じ場所を的確に杖で……これが時間差二重の極みってやつか……。

 腕を上げたなフィルヴィス……。

 

「本当におまえというやつは……!もっと誠実に振る舞えないのか……!」

 

 腰に手を当ててぷりぷり怒るフィルヴィスがものすんげえ可愛いなって思った。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「最初は監視が目的でファミリアに入れたが……彼が居てくれて良かった。そう思うだろ?」

 

「……いいえ。全く思いません」

 

「ははは、素直じゃないな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ギルドからの強制任務。

 ある一定のランクまで達したファミリアは、ギルドから直々の命令を下されることがある。

 それは拒否が出来ず、命令されたファミリアはそれに従うしかない。

 あくる日の【ディオニュソス・ファミリア】及び他複数のファミリアはギルドからの強制任務により27階層まで行くことになった。

 

 あーーーーーーめんっどくせ。

 

「………………」

 

 思わず心の底から出てしまったおれの本音にフィルヴィスがゴミを見る目になる。ありがとうございます。

 

 強制指令の内容は27階層に集まるらしい闇派閥の打倒。

 どうも隠密に進める電撃作戦らしく、これから直ぐに準備をして出発になる。

 いやもうほんとに面倒くさい。闇派閥のやってる事はそりゃおれも良くは思ってないが、だからといって自分から闇派閥を倒してやろうとは思わない。

 そんなのは【ロキ・ファミリア】とか【フレイヤ・ファミリア】とかのバケモン連中に任せておけばいいのに……なんでおれらがって気持ちでいっぱいだ。

 

「ぐずぐずしてないでさっさと準備をしろ」

 

 やる気0でだらけるおれを軽蔑するような声音でフィルヴィスが急かす。

 団員の編成に装備の点検、最終的な確認その他諸々と副団長の仕事は意外に多い。なんでおれ副団長なんてやってんだ。こんなにめんどくさいのに。

 ……まあフィルヴィスと少しでも一緒に居たいからなんだけど。

 残念なことにフィルヴィスはあまりおれと仕事をやりたがらないのでその目論見を果たせているかどうかは怪しいが。凹む。

 あ、でも。最近は結構一緒にやる事が多くなったかな。団員が増えて雑務が多くなったっていうのもあると思うけど……もしかしてついにおれの魅力に気がついてくれた?結婚しよう。耳触らせてくれ。

 

「いいから早くやれ」

 

 ごふっ。

 この片手杖の一撃も何千回目か分からんな……なんせ初めて出会ってから明日で7年だ。

 その間毎日プロポーズしてるというのに目の前の美少女エルフさんはちっとも靡いてくれない。

 いい加減におれも挫けそうになる。いや諦めないけどさ。

 7年目の記念日はとっておきのものも用意してるんだ……ぐへへ、明日を楽しみにしておくんだなフィルヴィス!

 なんせ今日がシャリアという姓を名乗る最後の日になるんだからな!

 ぐっへっへっ、明日フィルヴィスについにあんなことやこんなことをできると思うと胸と息子が期待に膨らむぜ!

 

「はあ……本当におまえというやつは……」

 

 美少女エルフのため息を全力で吸いにいったら思いっきり蹴られた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 そこは地獄だった。

 

「うわああああああッ!!」

 

「う、うああああ、ああああああっ!!」

 

 絶え間なく鼓膜を引き裂くような悲鳴と怪物の雄叫びが響き、甲高い金属音が空間を蹂躙する。

 

 27階層に辿り着いたおれたちを待ち受けていたのは、闇派閥と思わしき人影と視界を埋め尽くすほどのモンスターだった。

 罠だ、と気がついたときにはもう遅かった。

 一部の隙もなく空間を埋め尽くすモンスターに囲まれたおれたちには迎撃の選択肢しか残されていない。

 

 敵も味方もない大乱戦が始まった。

 

 ダンジョンは下に潜れば潜るほど出現するモンスターが強くなる。

 下層に分類される27階層に出現するモンスターはかなり強い。この世界に転生した日におれが殺されかけたあの怪物など比較にもならない。さらに途方も無い物量で迫られると悪夢以外の何者でも無かった。

 おれは必死で無尽蔵かと見紛うほどの怪物の大群を捌いていた。

 

 視認不可避の弾丸のような速度で突撃する【イグアス】を何とか盾で防ぐ。

 ずしりと重い衝撃に立ち止まりそうになる身体を気合いで動かし、1匹でも多くの怪物を倒すために前へ。

 目の前には、怪物の物量に押し倒された団員の姿があった。

 

 やめろっっ!!!くそ、どけよ!!!

 

 地を踏み砕かんばかりに突進するが、とてもじゃないが間に合わない。

 おれだけだったなら。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

 団員を守るように白亜の盾が展開される。

 それは怪物の攻撃を防ぎ、その間に距離を殺したおれが即座に致命の一撃を叩き込む。

 

 どん、と背中と背中がぶつかった。

 ……半径5M以内には近づかないんじゃなかったか?

 

「いつの話だ。無駄口を叩く暇あるなら1匹でも多くの敵を倒せ!」

 

 その檄に尻を蹴られるように、おれは目の前の怪物に飛びかかる。

 盾で冷静に攻撃を捌きつつ、混戦に浮き足立つ団員たちに矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 指揮能力もこの数年で随分と磨かれたものだ。

 

 他のファミリアの人間には悪いが、おれたちの生還を最優先させてもらう。

 うちのファミリアで最も戦闘能力が高いのはフィルヴィスだ。情けない事この上ないが、フィルヴィスには踏ん張ってもらわないといけない。

 

「お前こそ、私に遅れるなよ」

 

 こんな状況だというのに、ハッパをかけるようにフィルヴィスの口角が上がる。

 ……言ってくれるじゃねえの!

 おれはエルフハーレムを作る野望のためにこんなところで死ぬわけにはいかないからな!フィルヴィスこそおれのハーレム要員なんだから死ぬなよ!

 

 おれとフィルヴィスが最前線で戦い、アウラさんを中心とした残りの団員がひと塊りになって怪物の対処に当たる。

 壁際の地形も利用して、とにかく生き残ることを最優先だ。

 このまま消耗戦になるのはまずいが、今はこれ以上の手がない。

 戦力を一点突破させればこの包囲網も突破できそうだが、混沌を極めるこの戦場で他のファミリアと連携を取るのは難しいだろう。

 一撃で戦況を覆せる大火力があれば話は別だが、そんなものはどこにもない。

 

 怪物を斬り、殴り、潰し、蹴り飛ばす。

 剣を振るったら横から別の怪物の攻撃を喰らい、盾で防げば狭まった視界から強襲を受ける。

 ポーションはとっくの昔に底をつき、身体が傷を負うたびに加速度的に体力が失われていく。

 

 これはマジでやばい。

 本気のマジで死にそう。

 

 弱った身体が弱音を絞り出すが、おれはそれを根性で捩じ伏せる。

 痛いのも苦しいのもしんどいのも本当の本当に嫌で嫌で仕方がないが、死ぬのはもっと嫌だ。

 なんせ夢にまでみたエルフのいる世界に転生したというのに、エルフハーレムはおろかエルフ耳すら一度も触れていないのだ。

 他のファミリアの人間を踏み台にしてでも絶対に生き残ってやるからな。

 倫理観とか知るか。こんな状況でそんなこと言う奴は頭がいかれてる。誰だって自分の命が一番おしい。当たり前だ。

 

「うぁーーっ!」

 

 不意に、耳に馴染んだ美しい声が聞こえた。

 凄まじい焦燥感に駆られて振り向けば、マインドダウン寸前なのか苦しそうに膝をついたフィルヴィスが怪物に殴り飛ばされる瞬間だった。

 

 頭が真っ白になった。

 気がついたときには、おれはフィルヴィスを突き飛ばしていた。

 

「ーーーーーぁ」

 

 おれに押されたフィルヴィスがどうして、と目を見開く。

 驚いた顔も可愛いぜーーなんて思った瞬間意識が飛びかけるほどの衝撃がおれを襲った。

 

 凄まじい勢いで吹き飛ぶおれは別の怪物にぶつかってすぐに止まる。

 刹那、また別の怪物の牙がおれの横腹を食い破った。

 

 肉と内臓を食いちぎられる灼熱の痛みに頭が沸騰し、人の喉から出たとは思えないほどの絶叫をあげる。

 火花が散る視界が捉えたのは、続けざまにおれをがぶりと狙う怪物。

 

 お、おれなんか食べたらお腹壊しますよ。

 声に出そうとして掠れた音が喉から絞り出され、怪物はおれの喉笛を食い千切ろうと牙を突き出す。

 咄嗟に掲げた右手により絶命は免れたが、その代償におれの右腕は肘の中程から先がなくなった。

 

「うあああああっ!!!」

 

 悲痛な叫びをあげるフィルヴィスが怪物をおれが落とした剣で薙ぎ払い、そんなフィルヴィスを守るように団員たちが奮戦する。

 くっそ、フィルヴィスを守るのはおれの役目だぞ。点数稼ぎの邪魔しやがってこのやろう。

 

「おい!おいっ!!しっかりしろ!!」

 

 膝をつき、横たわるおれを抱きかかえたフィルヴィスが必死に呼びかける。

 身体中痛くて痛くて仕方がないのに、初めて触れた彼女の体温が温かくて、それが嬉しくて仕方がなかった。

 へへ、こんなに近くでフィルヴィスの顔を見たの初めてだ。

 

「ばかっ!喋るな!今すぐ治療をーー」

 

 ポーションを取り出そうとしたフィルヴィスの手が止まる。

 すぐにおれのポーチに手を伸ばしたが、当然そこにもポーションはない。とっくの昔に使い切ったのだから、あるわけがない。

 

「あ、ああああ、あああぁぁっ」

 

 表情を絶望に染めたフィルヴィスがか細い悲鳴をあげる。

 

「だ、だれか……だれか!!回復魔法を使える者はっ!!?早く……早く来てくれ!!!お願いだから……っ!!!」

 

 必死に叫ぶも、こんな混沌とした戦況では意味がないだろう。

 おれが他のファミリアより自分のファミリアを優先したように、他のファミリアもそうするだろう。

 仮におれが回復魔法を使えて、おれの近くに今のおれのような人がいたとしても、きっとおれは回復魔法を使う事はない。

 だから……さ。もういいよ、フィルヴィス。

 

「よくない!よくな、い……から……!お前は喋るな……っ!」

 

 いいや。もういいんだ。自分の身体のことだからな。もう無理だってわかる。

 

「うるさい……っ!いいから、喋るな……!今すぐ止血をすればきっと……!」

 

 フィルヴィスが止血をしようと尽力するが、血の勢いが緩むだけで止まる気配がまるでない。

 密着しているのでおれの身体から急速に体温が失われていくのが分かったのだろう。

 フィルヴィスの宝石のような紅い瞳の双眼から大粒の涙が溢れ出す。

 それはぽたぽたとおれの顔に落ちて、頰の血糊と混じって伝っていく。

 美少女エルフは泣いても美しいなあ。耳を触らせてくれ。

 

「……結婚してくれとは……言わないのか……っ」

 

 言ったら結婚してくれるの?

 

「生きて帰ったら応えてやる!だから、だから……!死ぬな!……死なないで……っ!!」

 

 涙で声を震わすフィルヴィスの姿は痛ましいのに、おれは嬉しくて仕方がなかった。

 全く酷いやつだ。美少女エルフを泣かせて、しかもそれを嬉しいと思うなんて万死に値する。

 でも……へへ、やったぜ。数年かかったけど、フィルヴィスを攻略できた。転生者の面目躍如ってところかな。

 けど、だったら尚更結婚してくれとは言えないなあ。もう居なくなるような奴がそんな事を言えるわけがない。

 

 ……あ。でも、1つだけお願いがあるんだ。いいかな?

 

「……ふ、うぅ……なん、だ……」

 

 エルフ耳触るのがおれの夢なんだ。最期に触らせてくれ。

 

「……好きなだけ!!好きなだけ……触っていい……から……最期なんて……言うな……っ」

 

 やったぜ。では遠慮なく……。

 鉄でも埋め込まれたのかと錯覚するほど重い左手をなんとか持ち上げてフィルヴィスの耳を触る。

 すべすべとしてて、ほんのりフィルヴィスの体温が感じられて、なんというか幸せで胸がいっぱいになった。

 あっくそ。右手なくなったんだった。この感触を堪能できないとは哀れな奴だ。いやおれなんだけど。

 

 ……転生する前からの夢、叶っちゃったなあ。

 

 そうそう。そういえばおれって転生者だった。

 あと、役に立たなさすぎて存在を忘れてたけどあったわ。一撃で戦況を覆せる大火力。

 

 フィルヴィス、悪いんだけどおれを立たせてくれないかな?なんかもう身体重くて仕方なくて。

 

「何を……する気だ……?」

 

 いやほら。逃げるにしても立たないとダメでしょ?だからね、お願い。

 涙を流すフィルヴィスの助けを借りておれはなんとか立ち上がる。

 フィルヴィスの白い戦闘着がおれの血で赤黒く染まっているのが申し訳なかった。

 ーーひとつ、嘘をついたことも。

 でも、きっと彼女は今からおれがしようとすることを正直に言えば協力してくれないだろうから。

 だから、ごめんなと心の中で謝った。

 

 アウラぁ!フィルヴィスを頼む!!!

 

 叫んで、おれはフィルヴィスを振りほどいて走る。

 ぐじゅりと嫌な音がして血が吹き出るが知ったことか。どうせあと数秒の命だ。

 

「ーーなっ、おい!まて!待ってくれ!!」

 

「フィルヴィス!!ダメよっ!!」

 

 咄嗟におれを追いかけようとしたフィルヴィスがアウラさんに羽交い締めにされる。

 追いかける側と追いかけられる側があの時と逆になったな、なんて思った。

 彼女にだけは一度話したことがある。

 なんでだっけかな、酒の席で酔いがまわってだったか……とにかく、無事におれの意図を汲み取ってくれたようだ。

 

 さあ、見せてやるぜ腐れ闇派閥と怪物ども。

 知ってるか?転生者ってやつは例外なくとんでもないチート能力ってやつを持ってるんだ。

 おれの命を賭けるんだ。これでゴミみたいな火力だったら化けて出てやるからなクソジジィ。

 

 怪物の攻撃を回避も防御も迎撃もせず、ひたすら前へ。

 ただただ中心を目指す。

 おらおら死にたくないやつは今すぐおれの後ろの壁際まで避難しろ!どうなっても知らねえからなあ!!?

 右腕をもがれ、腹が引き裂かれ、もう【神の恩恵】を刻まれたLv.3の冒険者の生命力に任せて動いてる感じだ。

 それももう限界だ。間違いなくおれはあと10秒もないうちに死ぬ。

 

 最期に、怪物どもの中心に飛び込みながら振り返ったおれは彼女を見た。

 

「やめて……っ!いくな……っ!いかないで……ーーっっ」

 

 ……初めて名前を呼ばれちゃった。

 へへ、嬉しいなあ。もう、本当に思い残すことはないや。

 あ、やっぱりひとつだけある。もっと君の笑顔が見たかったかな。

 

 ーーさあ、いくか。

 大好きなエルフの美少女が……彼女が笑って生きていけるように。

 おれは英雄じゃなくて、弱くて、情けない奴で、人間が出来てる奴でもない。

 むしろクズな部類に入るだろう。

 でも、そんなおれにだって譲れないものがひとつだけある。

 惚れた女も守れなくて、男を名乗れるかよ。

 

 だから、お前らは邪魔だ。おれが相手をしてやる。

 本当にうじゃうじゃと嫌になるが……お前らを倒すのに百や十の攻撃も要らない。

 

 「一撃だぜ」

 

【メガンテ】を となえた !

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その事件は後に27階層の悪夢と呼ばれた。

 闇派閥の策略により事件に関わったファミリアは少なくない死者を出した。

 

 駆けつけた救助隊が見たのは、まるでダンジョンの空間がごっそりくり抜かれたかのような破壊跡。

 26.27.28階層にまで渡るそれは、信じられないことにひとりの冒険者によって成されたという。

 

 それを見たものは一様に口を揃えてこう言った。

 

『温かな白い光だった』と。

 

 

 ☆☆☆

 

 

『フィルヴィスへ。

 

 手紙なら素直になれるかなと思って書くことにしてみた。

 でもやっぱり恥ずかしいから単刀直入に言います。

 

 一目惚れでした。

 出会ったその日からおれの心は君に奪われていました。

 一緒のファミリアに入り月日を重ねるたびにもっと好きになっていきました。

 おれがエルフを好きなのも、エルフハーレムの夢がある事も本心です。

 でも、君が大好きです。

 君だけを愛しています。君しか考えられないです。

 恥ずかしくて茶化すように言っていたけど、君と番いになりたいと本気で言っていました。

 君がおれの隣に居てくれるだけで何も要らないと心の底から言えます。

 

 ……やっぱり恥ずかしいな、これ。

 この手紙は渡すかどうか分からないけど、もし読んでるなら……君には迷惑かもしれないけど、本気で向き合ってほしいと思う。

 おれも、もう茶化したりせずに本気で君にプロポーズするから。

 振られたら泣くと思うけど、変に距離を取らないでいてくれると嬉しい。

 

 プレゼントに用意した片手杖は気に入ってくれたかな。

 実はおれ、最初に見た君の魔法が大好きなんだ。

 おれを助けてくれた君の魔法。

 見た目も結構悩んだんだけど、綺麗な君にこの白い杖は似合うと思う。

 魔力を増幅する効果もあるから、戦闘にも使えるよ。

 良ければ、使ってくれると嬉しいです。

 

 顔から火が出そうなほど恥ずかしくてこれ以上書けそうにないので、ここで筆を置く事にします』

 

「……ばか」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 これは【ディオニュソス・ファミリア】が27階層より1人を除き全員生還し、白い戦闘着を纏う森の妖精が【死妖精】と呼ばれず。

 

 いずれ出逢う山吹色の髪の妖精やその仲間と笑いあえる、そんな未来がある世界の話。

 

 ひとりの転生者がひとりの妖精の幸せを願った、それだけの話だ。




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