あの空が嫌いだった。
あの真っ青な空が大嫌いだった。
何処まで行っても真っ青な空は
水平線の向こうまで広がっていて、どこまでも続いていて。
ゴールのないどこまでも飛んでゆくことのできる空。
上空に広がる青と眼下に広がる紺碧。
そして見渡す限り真っ青な空にちっぽけな自分一人が浮かんでいる。
その広さが恐ろしかった。
その深さが憎らしかった。
時計一つ落とせばそれは永遠の別れになってしまって、
もはや見つかることは無くて
上も下も分からないその青だけが目の前に立ちはだかる。
その癖にどんなに手を伸ばしてもその青に手が届くことは無くて
それがなおさら恐ろしくて、悔しくて
それでも
それでも、俺が空を飛んだのはきっと
きっと君が歌ってくれていたからなんだと思う。
西暦1992年、地球に突如出現した超大型戦艦、のちにマクロスと呼ばれるようになるその地球外文明との接触は人類に大きな躍進をもたらした。プロトカルチャーに由来する先進的な技術はそれまでの地球の科学力をはるかに凌駕し、同時に地球外生命体の存在を証明していた。
プロトカルチャーの遺児、ゼントラーディとの第一次星間戦争を経験し彼等との融和を成し遂げた人類は種の存続、そして更なるプロトカルチャーの遺児との接触、新たな居住惑星の獲得のために銀河の各方面へと旅立っていった。
惑星カナルグランデもまた、新たに見つけられた移民惑星の一つだった。
2021年、地球から約二十五光年の位置に存在するフォーマルハウト星系にて発見されたカナルグランデは周辺を無数のフォールド断層に囲まれ、また地球と同程度の大きさと、気候条件を持った惑星であった。
しかし、地球と大きく違ったのはその陸地面積の少なさであった。惑星総表面積の九十二パーセントを大きな海洋が占め、オーストラリア大陸程度の大陸が一つと、辺りに散らばるように広がった六つの群島のみが降り立つことのできる大地であった。すべての陸地面積を合計したとしても南アメリカよりも小さく、またプロトカルチャーの足跡も無かったその惑星は、地球圏から最低でも三週間の行程を要するために多くの船団の発進基地惑星とも寄港地ともなることは無く、発見から既に二十八年、中央島、首都ニューヴェネツィアを中心とした統一政府が立てられ、人類の新たな文明が築かれつつあった。
それは小さな島だった。
ニューヴェネツィア本島から二百キロほど離れた、エルサレーナ群島のさらに東の端、歩けばニ十分もかからずに一周することのできる小さな島、辺りに島影は無く、広がる青い海の中ぽつんと一つだけ海上から顔をのぞかせている。猫の額程度の砂浜と小さな林、その周りを囲むように険しい岸壁がそびえている。岸壁の切れ間、砂浜から伸びる小さな湾には古びた桟橋があるのみ。すり鉢状の島の底に広がった林の陰に小さな小屋があるだけ。島には滑走路を設けるほどの広さもなく、つけるうまみも又なく、残された交通手段である海洋船も定期巡行の航路からは外れている。
孤立無援の島、それがこの『モグラの島』だった。
電話の音がする。
じりじりと時代錯誤なベルの音が響くのは小さな小屋の中だった。素人が適当に作ったような木造の小屋、あるのはコンロと小さなコーヒーメーカーと冷蔵庫、そして一人分の草臥れた寝台。雑多に脱ぎ散らかされた肌着やタオルがとビールの空き缶が寝台脇の机の上にまだ残されている。
そしていまだ鳴り続ける電話も又その寝台脇の小さな物書き机の上に置かれ、その上には投げ捨てられたタオルが被せられていた。依然としてちかちかと点滅し続ける電話の文字盤も上に置かれたタオルによって隠されていた。
タオルによって微かに小さくなったベルの音はそれでも着信を知らせ続け、開け放たれた扉から出てゆく。窓の小さい小屋から一歩出ると、そこには真っ青な空が広がっていた。紺碧ともいうべきその青さ、上を向いた視界の端、ちょうど小屋と背後に広がっている小さな森を囲むように広がった高い岸壁、そして唯一開けた南の空へは真っ白い砂浜が広がっていた。
時折吹く海風は背後の木々をゆらし、打ち寄せる波は波目の模様を晒し帰ってゆく。
その浜辺のちょうど中央、赤と白のパラソルが立てられていた。
その下には木組みの台に布を張っただけの簡素なカウチ。
そしてゆっくりと寝息を立てる一人の男がいた。
サイドテーブルにはまだ読みかけなのかしおりの挟まれた文庫本が一冊。
時折、風に吹かれ前髪が揺れる、しかし彼は気づくことも無く、ゆっくりと時間は過ぎてゆく。
いつの間にか途切れたベルの音、着信ありを示す赤いランプが光り、そしてまたいつもの喧騒が流れてゆく。
何でもないある初夏の一日の事だった。
感想とか着いたら続きかくかもしれない