古い夢を見た。
自分は今よりもずっと背が低くて、視界には大人たちの壁のような体が見える。五歳か六歳か、いいや多分それよりももっと幼い頃のような気がする。今よりもずっと小さな手の平が視界に写っている。不確かな視界。あたりにはいくつかの配管がむき出しになっていた。地面からは微細な振動がずっと続いている。小さな教室をさらに半分にしたような狭い空間。息を吐けば別の人の肌に当たる、それくらい多くの人がその部屋にはいた。低い天井は大人が立ってしまえば頭をぶつけることは必至で身じろぎすらも許されない。その中で、自分の体を強く、強く抱きしめる二人の大人。彼等の間から見えた窓の外、底のない暗やみと共に広がっていたのは星の大海であった。
幼い私は古びた宇宙船にいるらしい。あたりでは大人たちの悲鳴が聞こえる。船が一つ大きく揺れるたびに男の呻くような声と女の甲高い悲鳴が狭い狭い部屋の中にこだまする。部屋の中に明かりは無く、時折窓から入ってくる何かが爆発した閃光だけがこの部屋を照らす光源だった。人間の生臭い匂いが部屋の中に漂っていて、この部屋に詰められてもう十日はシャワーも浴びる事が出来ていないのだろう。息苦しい匂いが辺りに立ち込めている。空気の循環も大きな振動と共に止まった。
その様は奴隷船のような不浄さがあった。
何かから逃げているのだろうか。宇宙船は右に行ったり、左に行ったり、上に行ったり、下に行ったり、文字道理縦横無尽に動き回る。重力のない宇宙空間で自分たちを捉えてくれるのは小さなベルトだけ。本来であれば格納庫だったこの小部屋にあったのは荷物を縛っておくための太いベルト、そのベルトから蜘蛛の巣のように細いひもが延ばされ、人につながっている。しかし、そのひもは人の命を預かるにはあまりにも細く、拙い。ナイフをあてがえば簡単に切れてしまう白い細いベルト。大きく揺れ、振動するその船内。この小さな体であってもそのベルトは細い。掴むべき手がかりも無く、この身を支えるのは蜘蛛の糸のような白いひもと自分の体を抱きしめる大人の腕だけだった。彼らは私に覆いかぶさるよう、自らを盾にするように蹲った。
自分で視界を動かすことはできず、ただその光景を追体験するしかない。親の背中越しに見える遠い窓からは半ばから折れた宇宙船や何かが爆発する煙が見えた。映画のようなその光景と二人の大人が自分を抱きしめていることで多分上機嫌だったのだろう。泣くことも無く、じっと窓の外を見ていた。
少しの衝撃の後、音と振動が止んだ。部屋の中で蹲っていた大人たちが徐々に顔を上げ辺りを確認する。危機は去ったのか、そう皆が胸をなで下ろし少しの安堵感が漂い始めた。しかし、私は見ていた。窓の外にじっと私たちを睨みつける赤い甲虫がいたことを。船体の後方から軋むような嫌な音が聞こえ、そして視界が白く染まっていった。
次に見えたのは真っ青な空と海であった。
真っ暗な船内から振り返れば視界は青色に染まる。振り向いた先にも蒼が広がり、狭い宇宙はどこにも存在しない。夢の中だからだろう、特に不思議に思うことも無く再び前を向いた。
空に雲の影は無く、海に船の波は無い。白く薄くなっていく空と青く濃くなっていく海の交わる水平線。自分は丁度その真ん中にいる。
水平線の見えるその空を自分は飛んでいるらしい。風が体中をすり抜けていく。エンジンから伝わってくる振動が体に伝わってくる。
さっきまで感じていたはずの小さな揺れよりももっと大きく、荒く、うるさいはずなのに不快には感じなかった。風防の隙間から風が入り込んできて、笛のように甲高い音が鳴る。体が押しつぶされるように圧迫される。息苦しい、呼吸ができない、それなのにあの暗がりよりもずっと気持ちがいい。
右足のスロットルを踏む。圧はさらに強くなり、視界もさらに早く流れていく。
右手の握る操縦桿一つで何処まででも飛んでいけそうなその旅路、どこまで行っても青い空と青い海が広がり、自分の小ささが否応なく見せつけられる。しかし、それは決して悲観するようなことではなく、世界の広さを映し出していた。
左足を押し込む、機首が下がり、海面へと落ちる。目の前の波目を見て、そして再び機首を上げる。数メートル下には凪の海が太陽光を反射させる。少しだけ機体を傾けると、機体の足が少しだけ水を搔いた感覚が伝わってくる。
左手で通信を回復させる。案の定、耳元にはいつもの声がする。怒鳴りつけるその声は急降下と急上昇について文句を言ってきているらしい。
笑いながら謝るとその声は不平を漏らす。
「 」
適当に返事を返すとその声は少し怒ったようにまた小言を言い、私もそれに言い返し、それでも納得しなかったその声には宙返りを返す。天と地が逆転して、照り付ける太陽の光が一瞬のうちで一回転する。自分だけ一日未来へと来たような新しい感覚と浮遊するような押し付けられるような圧迫に少しだけほおが緩むのを感じる。耳を劈くほどのエンジンの轟音が雲の波の間を流していく。天高く登り、そして失速したように背面から落ちていく。耳元の声にならない悲鳴に少し上機嫌になりながら再び機首を起こした。結局、いつものように彼が折れて私は高らかと勝利宣言をして、笑った。彼も私につられるように笑う声が聞こえてくる。
「起きろ」
耳元のインカムから聞こえる声ははっきりと聞こえた。