その日の朝刊には各紙の一面に寄港の二文字が躍った。入植の際の大型船団の数倍はあろうかというマクロス・エクソダスがニューヴェネツィア本島へ寄港したのだ。群島の一部地域を除いてどこからでも見えるほどのその巨大な船団は多くの市民に歓迎され、また、テレビをつければ、どこの放送局でもマクロス・エクソダス大統領の修理のための要請を受け入れてくれたことへの感謝と、ニューヴェネツィア首相のマクロス・エクソダスへの惜しみない援助を約束するという定型文が流れていた。
桟橋に置かれていたのはいつもの食料と日用品。本土から久し振りに届けられた朝刊に目を通し、そして新聞と共に送られてきた食品を担いでまた小屋へと戻って行く。新聞をテーブルにたたきつけ、食品を小さな冷蔵庫に放り込んでゆく。
朝昼兼用の食事でもとろうと、二つの卵とベーコンだけを残して、あとは食糧庫に放り込む。この一週間スコールもないためにダンクに残っている水も心もとない。開けかけたインスタントコーヒーの缶を締め戻した。
プロパンガスの元栓を開け、青く燃え始めたコンロにフライパンを置き、ベーコンと卵を焼いてゆく。ぱちぱちと音を立てている間に、バゲットを薄く二枚切、レタスを二枚程度契り乗せた。
「うし」
片手に焼きあがったベーコンエッグをレタスと共に挟んだ簡単なサンドイッチと牛乳。そしてもう片手にまだ読みかけの文庫本を持って部屋を出る。今日も又空は青く、西の空に微かに積雲がある程度。いい天気だった。
砂浜を歩き、いつものカウチへと向かう。足で少し斜めになったパラソルを起こし、サイドテーブルに皿を置く、砂浜に置かれたどカウチにかりと座り込むと、織布の突っ張った感触が跳ね帰ってくる。
一息つくとともに一口、サンドイッチを頬張る。悪くない、いつも通りの出来だった。新鮮な野菜だからだろうか、多少いつもよりはましであるような気もする。口の中で咀嚼しながら指に着いたベーコンの油をナプキンで拭うと脇に置いた文庫本を開いた。丁度昨日の夕暮れにやっと探偵が推理ショーを始めた。証拠が揃っていない、と読者にも犯人を匂わせず、やっと解決篇にまでたどり着いた。小さなソーラーパネルしか取り付けていないこの島では夜は冷蔵庫の稼働で精いっぱいであるために日の光があるときだけ本を読むことができる。欠伸を噛み殺し、そして時折、サンドイッチを口の中へ放り込んでゆく。
事実確認ばかりでなかなか犯人を指摘しない探偵、サンドイッチが残り半分ほどになった頃、ふと波音に異音が混じっているのが聞こえた。あたりを軍事船も民間船も通ることの無い、ただ自分の息遣いと、風鳴りと波の打ち寄せる音しかないこの島で、その轟音は明らかなる異物だった。
こー、というその異音を探し辺りを見回した。目を凝らすと、視線の先、水平線の向こう側に小さな豆粒の様な影が揺らめいて見える。蜃気楼のせいなのか影のはっきりしないその豆粒の様な影は徐々にそして確かに大きくなってゆく。数秒もすれば軽い空気の抜けたような音は耳なじみのある何かの爆発するような音であり、ともすれば人の鼓膜など簡単に破ることのできるソニックブームすら作りかねない騒音であることに気付いた。目を凝らした先、点だと思っていたのは機首で、一本の線のように平べったいそれは水平翼であることはすぐに見当がついた。
耳なじみのある轟音はやはり聞きなじみのある熱核反応エンジンの唸り声で機影がまるで一本の横線のように、見えるということはつまり真っ直ぐ正面からこちらへと向かってきているという事だった。
「誰だ、あの馬鹿パイロットは」
椅子から跳ね起き、手にしたサンドイッチを急いで飲み込み、文庫本を手に横へと飛び込む。みるみるうちの大きくなった機影、海面すれすれを低空飛行する飛行機は些か不安定でよく見れば両翼が上下に振れている。畳んだパラソルと椅子を両手に出来るだけ遠くへと走る。後ろを向くとつっこんでくる飛行機の後方に真っ白なパラシュートが開く。減速のためのものであろうが、如何せん開くのが遅かった。
視界の端にその白を見て十秒もせずに後ろから轟音と少し遅れた暴風に転がされた。咄嗟に飛び込んだ砂浜。あたりを真っ白くした土煙は轟音から五分ほどたってようやく収まって来た。小さな石が背中に振ってくる感触。ようやく立ち上がると白く耳の穴にまで入って来た砂がじゃりじゃりと音を立てた。砂埃に少しだけ咳き込みながら後ろを振り返った。
白く平らだった砂浜には太く真っ直ぐ線が引かれ、そしてどうやらそのまま森へと突っ込んだらしく、折れ、ぶら下がっている枝が揺れている。
「あー、くそっ」
体中の砂を払いながらその飛行機が空けて行った穴へと踏み込んでいった。下草もろともえぐり取られた地面の湿った茶洞の新しい土が見えている。あちこちに飛び散った機体の破片。どうやら最後の最後で両翼を畳んだらしく翼から燃料の流出は無いらしい。
「本当についてない」
減速が間に合ったためか、木々が緩衝材になったのかどうやら機種は無事らしい。あちこちに傷がつき、機体自体もひしゃげてはいるもののどうやら発火の恐れは無いようにも見える。しかし、万が一のことは容易に考えられる。白木はすぐさまコクピットに取りつくとハッチを開けに入る。大きく歪んだ機首はレバーを操作しても開かない。しかし、ニ三回蹴りを入れるとスムーズでは無いものの少しだけ隙間ができた。体をねじ込むようにして無理矢理大きく開けたコクピットハッチ。濃い碧の機体はこの星ではあまり見られない、最近正式配備がはじまったVF11。機種の脇、本来ならば新統合軍のマークが描かれているべきそこには赤い女狩人のロゴが描かれていた。民間の機体であることを表すそのロゴは今までこのカナルグランデでは見たことも無い。つまり、この星のものではない。
「さて、どうしたものかねぇ」
そしてそのコックピットにはまだ幼さの残るあどけない少女の寝顔があった。
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