マクロスM   作:廓然大公

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第5話

その日、目が覚めたのはまぶしい光線が目に入り込んできたからだった。瞼の上から目を焼くような太陽光線の暑さに、夢の中から意識が浮かび上がってくる。

「ううん」

寝返りを打つと、何時もとは違うシーツの感覚、滑らかな絹とは少し違うざらりとした麻のような感覚に薄らと、瞼を開いた。

少し離れた場所からジュ―と何かが焼けるような音がする。すぐに香しいベーコンの匂いであると気が付いた。薄く開いた視界にはいつものプラスチックの様なのっぺりとした天井ではない、木目の見えるいつもより高い天井。上手く回らない頭を揺らしながら昨晩のことを思い出す。昨日はちゃんと家に帰り付いたんだっけ。やけ酒でも飲んだのか昨日の記憶があまりぱっとしない。しかし、それでもオーディション中止の事実だけはしっかりと思い出され、胸の中に苦いものが広がる。頭を掻きながら、いつものようにベッドを降りようとした。

「やっと起きたか、このボンクラ」

唐突に掛けられたその罵声に振り向くと、一人の男がフライパン片手に立っていた。少し伸びた無精ひげと丸いサングラスの印象的な男だった。少し太った、ランニングシャツを着た見たことの無い男の姿に戸惑ってしまう。

「ええっと」

働かない頭を動かして状況の把握を図る。しかし、つきんと軽い頭痛が走る。そこで思考は止まってしまった。

「どうしたんだっけ」

「なんだ、覚えてねぇのか」

男は自分の言葉に何かを察したのか、ふん、と詰まらなそうに鼻を鳴らすと、火を止め、テーブルの上に焼きあがったベーコンエッグを乗せた。

「とりあえず食べろ、話はそれからだ」

有無を言わせず男はそう言うと部屋に一つしかない椅子に座り食事に手を付けた。低血圧の頭はまだうまく働いてくれない。いろいろと疑問は残るもののすきっ腹に桜チップの香りは暴力的だった。ただでさえ金も無くさらには配給品のビスケットのようなものしか口に出来ていない者としてはその匂いは致命傷だった。寝台を椅子代わりに出されたベーコンに齧りつく。天然物なのか随分としっかりと味のついた厚切りのベーコン。気が付けば出されたサラダやバゲットにも手が伸びていた。

 

 一通りの食事が片付くと、男はつまらなそうに新聞を読みながら口を開いた。

「それで、お前さんは一体何者だ」

「何者と言われても」

「民間人がそう簡単にバルキリーに乗れるかよ。軍か、民間軍事会社か」

「うちは軍事会社じゃないです。知りませんかエアサーカス、トライスターオーケストラって」

男は眉をひそめ、否定を表す。地球圏ではゴールデンタイムに宣伝を打つほど有名なのだが確かにこんな辺境惑星にまでは届いていないのも無理はない。

「うちはそんじょそこらの航空機団とは違いますよ。様々な星団、船団でも公演を行う、エアサーカス、トライスターオーケストラ。YF11サンダーボルトによる模擬戦闘や速度に特化させたVS5系による超高速エアレースから新統合軍の主力戦闘機、YF19エクスカリバーによるドッグファイトなど多数の演目を取り揃え、各方面からも多くの称賛と、三年先までの予約を控えているのです。」

「なるほど、お前はそこのプロパガンダガールってことか」

「コンパニオンとお呼びください」

男はふん、ともう一度つまらなそうに息を吐くと見ていた新聞を畳み机の上に置いた。

「なるほど、お前は何も知らん客引きのコンパニオンだとは分かった」

「はぁ」

売り言葉に思わず反応してしまう。地の育ちの悪さは被った外面では隠しきれない。

「YFじゃ試作可変戦闘機だ、正式配備されたのはVF171。説明のうたい文句はちゃんと確認しておくことだ」

詰まらなそうに煙草をふかし始めた男にかっと血がのぼる。何が悲しくていきなり罵倒されなければならないのだろう。初対面の、しかもこんなおじさんに。

「なによ、いきなりこんなところに連れ込んで、だいたい何、ここどこよ、あんた誰よ、わけわかんない。いきなり起きたと思ったらどことも知れないし知らないおっさんには説教されるし、オーディションは無くなるしっ」

そう喚きたてる自分をそのサングラスで一瞥すると、男は立ち上がり外へと出て行った。

「付いて来な」

「ちょっと」

返答も待たずに出て行ってしまった彼の背中を追い、外に飛び出した時、目に飛び込んできた真っ青な空と、真っ白い砂浜だった。

視界の半分以上を占めるその青色と、そして明るさに面食らう。都市型宇宙船では見ることのできない肌をじりじりと焼いてゆく本物の太陽の光。少し前に見たネルーシロ空軍基地も灰色の滑走路と、白い管理棟があるのみで、青い空は見たことが無い。薄らと汗をかくその肌の熱気を感じながら、少し遠くなった男の背中へと付いて行った。

海岸沿いの砂浜を歩いてゆく。一キロほど伸びた砂浜、右手には青々とした小高い森、左手には真っ青な空。境界のような白く長い砂浜を歩けばその違和感にすぐに気が付いた。

「何あれ」

白い砂浜は大きくえぐれ、海水が流れ込んでいた。真っ白い砂浜を切ったような跡、そしてその跡は右側の森までも続いていた。

「さて、これで思い出したか」

 行った先にあったのはまだ傷の新しい木々とそしてあちこちにへこみや傷の入ったVF11の機体だった。

「お前さんは昨日これに乗ったここまで飛んできた。そして減速もせず、危険感知したAIによって何とかドラッグシュートを開いてそのまま突っ込んだ。仕方なくコックピット開けば伸びたお前さんがいたってわけだ。」

あちらこちらの外装が剥がれ、塗装はひっかいたように途切れていた。主翼も根元から大きな亀裂が入り、、機首もとがっていたはずの先端がひしゃげ、ギリギリコックピットへの被害はギリギリな無いもののこれでは使い物にならない、それは明白だった。

「なにこれ」

 昨日は何をしていたっけ、朝、いつものように出勤して、事務仕事して午後は、そうだ。レイチェルさんに倉庫整理を手伝ってくれって言われて、それで。

「変な表示が出て、突然操縦が効かなくなって、それで速度が上がって」

「そんなことまでは聞いてない」

男は面倒くさそうにそう言うとポケットから取り出したくしゃくしゃの煙草に火を点けた。

一服大きく白い煙を吐く。

「明らかな面倒ごとを持ち込むんじゃねぇ」

マリーダの思考をぶった切るような男の言葉。に思わず眉をひそめた。

「ちょっとくらい慰めてくれてもいいんじゃない、うら若き乙女がトラブルに巻き込まれてんのよ」

「この状況でそれだけ元気なら何とでもなるだろうよ、じゃあな」

「ちょっと待ちなさいよっ」

男は露骨に嫌そうな顔をすると、立ち去ろうとした足をしばし止めた。

「何がどうしたっていきなりこんな島に飛ぶことになるのよ」

「知らん、少なくともこれでは家には帰れないってことだ」

「大体、ここどこよ」

「エルサレーナから直線距離で三百キロ、ニューヴェネツィアからは千二百キロのさびれた孤島さ」

「はぁ、嘘つけよ」

「信じないなら見てくればいいさ、五分も歩けばすぐにわかる」

指差された細道を走った。

少し登り坂になっていたその小道、五分と立たずにたどり着いたのは切り立った崖の上だった。すぐ脇を見ても、同じように切り立った崖がそそり立つ。どうやらこちら側はずっと同じようにむき出しの岸壁になっている。海岸線に走ってみれば西の端、そして東の端もやはり切り立った崖。確かに浜を囲むように弓なりの崖になった孤島らしかった。

「マジか」

切り立った崖からは上も下も真っ青な景色が広がっている。水平線の向こうにも島は見えず絶海の孤島、そんな表現が脳裏に思い浮かんだ。

 

「気は済んだか」

元いた砂浜に戻ると男はパラソルの陰に置かれたカウチに座っていた。

「であんたは何者」

「何物もなにもただここに住んでる男さ」

「こんな無人島に一人で」

「こんな無人島とは全くだ」

男はそう言った。昼を回った太陽が午後の墜落を始めている。

「電話なら小屋の中にある。適当に迎えでも何でも呼べばいい」

「船か何かないの」

「船は持ってない、たまに雑貨屋が食い物を持ってくるだけだ」

「じゃあ、連絡はつくわけね」

その事実に少しだけ安堵した。

「ここからニューヴェネツィアまでどれくらいかかる」

「さぁ、波の具合による、早ければ六日程度、長ければ十日は下らないな」

「なっ、なんでそんなにかかるのよ。」

「船旅だからな、時間はかかるさ」

「まぁいいわ、電話は小屋の中って言ったわね、借りるわよ」

軽く手を振る男を背に小屋の中へ戻り受話器を取った。

三回の呼び出し音と共につながったのは上司のレイチェルだった。

「はい」

「もしもし、レイチェルさん」

「マリーダ、あんたマリーダね。ああよかった。チェン、チェン、マリーダから電話が来たわ、うん、そう、そう。ギムさんに伝えて。捜索隊出てるから、うんそう」

「もしもーし、レイチェルさーん」

電話越しで辺りがざわつくのが分かる。バタバタと聞こえてくるのはそれだけ大ごとになっているという事だろう。

「マリーダ、けがはない、あんた今どこにいんのよ」

「特にけがはしてないです。それがなんだか良く分からない島に不時着しまして」

「島って、まぁ生きているのが分かったからいいけど、何があったのよ」

怒涛の勢いでまくしたてるレイチェルに受話器を耳から遠ざける。

「それが良く分からなくて、突然コントロールが効かなくなって、急加速でブラックアウトして、次に気が付いたらもうすでに墜落してて。」

「誘拐とかされてるわけじゃないのね」

少し安堵したようなレイチェルの声

「ええ、特に縛られたり、身代金の要求をされたりしたわけでもありませんし。電話も貸してもらってますし。」

「そう」

一息ついたのか、電話口に空気の当たる音がする。

「座標分かる、迎えに行くから」

「えっと、ちょっと待っててください。ねぇ、ここの座標ってわかる」

返事の代わりに窓から飛んできたのは小さな紙飛行機であった。メモ紙を折ったその小さな飛行機を開くとそこには数字の羅列を記入されていた。窓の外には相変わらずカウチの背中が見えるだけ。

「ずいぶん遠くまで飛んだのね。それでVF11は」

「全損とはいきませんけど、修理にはずいぶん時間がかかりそうですね」

「そう、じゃあフライトレコーダーとかも見たいし、VF11のための回収船をやることになるけど出来るだけ早く迎えに行くけど早くても二週間くらいはかかるかも」

「バルキリーで一日来れるのにそんなにかかるんですか」

「まだこっちでは航空便の一機も勝手には飛ばせないのよ、VF11の機体も回収しなきゃいけないし、海運になるから時間はかかるわ。だいたい領空圏の問題とか政府側ともまだ正式に決まってない中あんたがいきなりバルキリーで失踪、いろいろとこっちでも問題になってんだから。」

「それはお手数おかけして」

「一応聞いておくけど、亡命とかしたわけじゃないでしょうね」

「そんなこと考えてもいないですよ。大体移住ならそんなことしないで普通に降りますよ。勝手にバルキリーが飛んで、勝手にここまで連れてこられたんですから」

「そうだとは思ったわ。大体バトロイドでも危なっかしいあんたがバルキリーを長時間飛ばせられるわけないもんね」

「嫌な信頼なんですけど」

非難の声にレイチェルは軽く笑った。

「それで、あのとき何があったの」

「それがいつも通りにバトロイドで倉庫内を整理していたら突然、操作が効かなくなって。突然飛んだって思ったら急加速してその後は覚えてないです」

「操作が効かなくなったのね」

「はい、なんか良く分からない表示が出て」

「わかった、こっちでもちょっと調べてみるわ。それで、迎えまである程度時間かかるんだけど、それまで持ちこたえられる」

「ええ、おじさんが一人います。無人島ってわけじゃ無かったんでなんとか」

「えっと、私有地みたいねその島。管理人さんかしら」

「いえ、あんまり良く分からないんですけど」

「ちょっと代わってもらえるかしら」

「分かりました」

受信機を片手にカウチの側まで走ってゆく。しかし、既にそこに姿は無い。あたりを見渡しても既に人影は無く、男の姿は見えなかった。

「ちょっと、今見当たらないんですけど」

「そう、それじゃあ、どうしようかな。とりあえずマリーダ、何とかしてそのおじさんを丸め込んでおきなさい」

突然の言葉に受話器を見つめる。

「丸め込んでおけって、なんですか」

「いい、よく考えなさい。あんたは今、微妙な立場にいるわけ。突然、軍基地から脱走してその上まだ国際的な規約の結ばれていないカナルグランデの領空を侵犯してその上、私有地に墜落、侵入した状態なのよ」

「でもそれはバルキリーが勝手に」

「確かにそれが本当だとしてもまだ証明は出来てないでしょう。運よく、エリン少将が協力してくれて基地からの逃亡と領空侵犯のことは隠せているんだから。ここでもし管理人にすべてをばらされてでも見なさい。非難轟々、オーケストラの信用失墜、予約キャンセル、その経済的損失いくらになると思ってんの、払えるのあんた」

「それは」

ぐうの音も出ないレイチェルの言葉に黙るしかない。

「その胸でも尻でも使って何とかして管理人の口をふさぐのよ。わかったね」

「セクハラですよっ」

「うるさい小娘、このままだと来期の契約更新も無くなるわよ」

オーディションも無くなった今食い扶持が無くなる事だけは避けたい。

「やればいいんでしょ、やればっ」

「それじゃあ、定時連絡は宜しく。そのほか緊急の連絡も何かあったらするように。それまで頑張ってね」

切れた受話器を戻し、窓の外を見る。砂浜に置かれたカウチの背中が見える。迎えが来るまでに二週間、それまではVF11と共にこの島に残っていなければならない。そのためには何としてでも彼の機嫌を取らねばならない。

苦い顔をしながら彼が座っていたカウチ寝転んでみる。

目の前には何も知らないような真っ青な空と大きくなってゆく入道雲、そして波と木々の揺れる雑多な緩やかな音だけが流れてゆく。

「その様子じゃ何か言われたみてぇだな」

上から聞こえた声を見上げた。そこにはやはり髭面の男が立っていた

「どこに行ってたのよ」

「小便だ、小便」

深いため息とともに一度頬を張ると椅子から立ち上がった。

「すいません、少し動揺していました。わざわざ助けていただいてありがとうございました」

 連絡がついて少しだけ頭が冷えた。よく考えれば、自分は勝手に私有地に墜落し、そして倒れていたところを救助され、保護され、しまいには朝食を世話してもらっているのだ。俗に言う命の恩人に随分と喧嘩腰であった。その上、あと二週間、自分はここにいなければならない。彼との関係改善は急務である。

「動揺していたとはいえ、先ほどは失礼しました」

「その言葉使いはプロパガンダガールの研修ででも習ったか」

男は再び椅子に腰かけると文庫本から視線を離すことなく、そう答えた。

「付け焼刃の敬語なんて面白いだけだが。どうするお前が多少面白くしたところで俺の返答は変わらんぜ」

彼の毒にまみれた言葉に歯を食いしばる。

「いいえ、これはあくまで誠意の問題でございます。命を救っていただいたことに始まり救護手当や連絡手段をお貸しいただいたことも深くお礼申し上げます。」

男は一度鼻を鳴らす。

「迎えまで二週間ってところか。バルキリーもお前と一緒に引き取りに行くからそれまでここで迎えを待たなければならない。そのために俺に助けを乞う、そんなところか」

完璧に読まれた思考、もしかしたらさっきの電話が聞かれていたのか。あたりにはいなかったのに。

「はい、その件について重ね重ね失礼とは思いますが、迎えの船が私そしてバルキリーの回収に参るまでどうか便宜を図っていただけないでしょうか。その際に今回の事故の正式な謝罪と賠償保障をする所存ですがいかがでしょう」

「表ざたに出来ないから俺の口封じのために篭絡しろとでも言われたか」

詰まらなそうに煙草に火を点ける男。半ばから折れた煙草をくわえ、ガスの減ったライターを灯す。

「全部顔に出ているぞ」

咄嗟に口元を隠す。

「口封じせずとも誰にも話すつもりはないさ。面倒ごとが増えるだけだからな。」

男は頭からつま先までじっと見ると、つまらなそうに鼻を鳴らした。

「こっちとしてはさっさと出て行ってくれれば問題は無い」

「それはどうも」

男は文庫本を開いたまま、こちらに視線を向けることは無い。それでもどうやら滞在には了承してくれたらしい。

「食料の配達は火曜と金曜。冷蔵庫の中にあるものは適当に使って構わない。風呂は無い。簡易シャワーが裏にある。ベッドが使いたいならあの小屋を好きに使え。以上だ」

余りにも適当な男の言葉にまたしても血がのぼる

「以上だって、それだけ」

「それだけしかないからな。衣食住それなりにあれば人間生きていける」

「そうかもしれないけど」

部屋の中にはテレビもラジオも置かれてはいない。必要最低限と言えば最低限であるがそれは生存に最低限であって生活に最低限ではない。

「あなたはどうするの」

「なんだ、一人で寝られないって程子供じゃないだろう」

むきになる自分をよそに男は淡々と答える。

「それと島の西側の森には入るなよ」

「なにかあるの」

「いろいろだ」

寝転がる男のつかみどころのない言動。しかし、今頼ることができるのは彼しかいない。

「分かった。世話になります。私はマリーダ。マリーダ・セイル。あなたは」

「モグラ、大体の奴はそう呼ぶ」

少し考えたようなそぶりを見せた後に男はそう答えた。明らかな偽名。しかし、もうそれ以上は追及せずにもう一度バルキリー残った荷物を取り出しに歩き始めた。

 

「なんなのよ」

陽は西に傾き始めてた。

 




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