ダンテと出会ったのも束の間、彼女達は何処かへ消えてしまう。
完全に見失ってしまったダンテ達は、オルフェウスの足取りを調べる為に彼の書斎へと向かうのであった。
オルフェウス城、居館(バラス)4階、城主の書斎室。
”陽光の導き”を使い、主の書斎兼寝室に入ったダンテ達は、まず最初に片っ端から室内にある書物を漁る事にした。
しかし、あるのは小難しい魔導関連の書籍や建築関係の本ばかりで、これと言ってオルフェウスに関する手掛かりになる様なモノは見つける事が出来なかった。
「ちょっとぉ、何にも見つからないじゃない。」
「うーん、おっかしぃなぁ・・・?デブ親父は良くこの部屋に弟子の一人と二人で籠もって何かの研究をしてたんだけどな?」
マベルの詰問に銀髪の魔狩人に背負われた大剣が懊悩(おうのう)した様子で応えた。
アラストルの説明によると、弟子の一人小国ダヴェドの第三皇子と二人で、書斎に入り深夜まで魔導に関する何かを実験していたのだという。
その時、外界から何人か囚人らしい人間を連れて来ては、実験材料に使っていたらしいのだ。
「へぇ、オルフェウスには弟子がいたんだ。」
「名前は確かアンブロシウス・メルリヌスって言ってたかな?人修羅様みたいに美味そうな上玉だったぜぇ。」
可憐な美少女と見紛う(みまごう)ばかりの美少年に、大剣は涎を啜りあげた。
どうやらこの魔剣は、幼児愛好趣味でもあるらしい。
そんな二人のやり取りを他所にダンテは、先程から室内に置かれている巨大な鏡を見つめていた。
壁の大半の面積を占めるその姿見鏡は、見ているだけで魂を吸い取られてしまいそうな怪しい光を放っている。
「どうしたの?ダンテ。」
姿見を見たまま動かない銀髪の大男に向かって、マベルが胡乱気に聞いた。
「・・・・誰かに見られている様な気がする。」
ダンテは、姿見から視線を外すとぐるりと室内を見渡す。
すると、頭上にいる小さな妖精が悲鳴を上げた。
「どうした?」
「あ、アレ・・・・アンタの映っている鏡が・・・。」
ハイ・ピクシーが指差している鏡に再び視線を向ける。
すると不気味な笑みを口元に刻んだ自分自身が嘲るかの様に此方を見つめていた。
「ヤバいぜ・・・コイツは地下水路でやり合った奴とは比べ物にならない程の強烈な魔力を持ってやがる。」
アラストルの指摘通り、この悪魔は地下水路で死闘を繰り広げたデス・サイズとは出来が違う様だ。
オーラの如く強大な魔力を纏いつかせ、ダンテと同じ姿をしたソレは、鏡の世界から現実の世界へと這い出して来る。
蒼白い魔力のオーラが炎の如く全身を包み、漆黒の鎧を纏った魔界騎士へとその姿を変えた。
東の地―イェソド。
魔界を支配する四大魔王―カウントフォーの一人、魔界の反逆皇『ユリゼン』の領地であるこの場所には、何故か力の弱い妖精や地霊、亜人種などが多く住んでいる。
領主の『ユリゼン』は、四大魔王の中でも変わり種で有名で、手先が器用な妖精や地霊などを優遇していた。
また、厳しい戒律を領地に住む住民等に敷き、無法者やタチが悪い悪魔共等を徹底的に排除している為、魔界の中でも一番治安が良かった。
「あまり余所者を村に入れたくは無いんだけどな・・・。」
地霊に属する悪魔―ドワーフの鍛冶屋・ゴトーは、右眼に呪術帯を捲く風変わりな客人を忌々しそうに見つめた。
此処は、銀鉱脈の採掘場の近場にある村。
質素な造りをした鍛冶屋には、所狭しと鉄や銀を加工する道具や機械が置かれている。
その寝室兼居住スペースの限られた場所に、客2名と小屋に住むドワーフの老人とその孫がいた。
「ひ、ひでぇよ爺ちゃん・・・この人はオイラ達の命の恩人なんだぜぇ?」
パイプをくゆらす老人を孫のパックが窘める。
彼は、エルフとドワーフの混血児である。
母方の血が色濃く出たのか、背が高く、ほっそりとしており、エルフの特徴的なとんがり耳をしていた。
「儂の言いつけに背いて、エキドナの森に入ったお前が悪い。」
ギロリと孫を睨み付ける。
「だっ・・・だって、助けを求める声が聞こえたから・・・。」
祖父に睨まれたハーフ・エルフの少年は、口内でごにょごにょ言い訳を言うと、眼帯の少年のすぐ傍らで毛布に包まって眠る亜人の幼い子供に視線を向けた。
ゴトー達が暮らす採掘場の村の近くには『迷いの森』と呼ばれる原始林がある。
ジャングルの亜熱帯地方を思わせるその森には、邪龍・エキドナが根城にしており、彼女が生むキメラシードが、獲物を求めて行商人の一団を襲う事件が多発していた。
「この亜人の幼子は、奴隷商人が連れて来た商品の生き残りだろうな。」
相当疲れているのか、滾々と眠り続ける亜人の子はとてもやせ細っており、肌の色も完全に血の気を失っていた。
そんな幼子の隣では、隻眼、隻腕の10代半ばと思われる美しい容姿をした少年が黙々と武器の整備をしていた。
投擲用の武器―クナイを砥石で研ぐその姿は、容姿の美しさも相まって何処か鬼気迫るモノを感じる。
(片目、片腕であの化け物共の群れを全滅させたのか・・・。)
エキドナの森は、キメラシードの他にもかなりスキルが高い悪魔が多数生息している。
かなり腕の立つ冒険者が、珍しい鉱石や薬草を手に入れる為に『迷いの森』に入ったが、誰一人として無事に帰って来た者はいなかった。
「ちょ、ちょっと何処に行くのさ!」
武器の整備を終えた隻眼の少年が、合体剣―七星村正を背負い、身支度を整えると無言で立ち上がる。
「”迷いの森”・・・・その奥にある”ノモスの塔”に行く。」
亜人の幼子を置いて出て行こうとする少年を慌てて呼び止めたパックに、猛禽類を思わせる鋭い隻眼の視線を向けた。
「お前さん気は確かか?あの森は邪龍・エキドナの巣だぞ?しかも強力な結界で”ノモスの塔”までの道程を封印している。命を溝(ドブ)に捨てる様なもんだぞ?」
同族の中でも偏屈で有名なゴトーは、何故かこの隻眼の少年を放っておけなかった。
たった一人の身内であるパックを助けて貰い、多少なりとも義理を感じているのかもしれない。
「じ、爺ちゃんの言う通りだぜ?アンタがいくら強くったってあの化け物には勝てないよ。」
パックの脳裏に『迷いの森』で、自分と亜人の幼子を救った情景が思い起こされた。
一陣の旋風(つむじかぜ)となった隻眼の少年をキメラシード達は、捉える事が出来なかった。
俊敏な動きで知られている妖獣・ライアットに寄生したキメラシードですら、散々翻弄され、悉く悪魔の弱点である心臓を破壊され、全滅した。
大樹の物陰で、亜人の子と震えながら、鍛冶屋の孫は、その一部始終を見つめていたのである。
「それでも、俺は行かなきゃいけない・・・・それが、俺の償いだから・・・。」
何かを思い詰めた様子の隻腕の少年に、ゴトーは吸っていたパイプの煙を盛大に吐くと、作業机の上に置かれている一本のナイフを差し出した。
「これを持ってユリゼン様の所に行け・・・彼の御方様ならお前さんの力になって下さる筈じゃ。」
ドワーフの鍛冶屋が差し出したのは、オリハルコンで出来たアセイミナイフであった。
柄の部分に豪奢な装飾が彫り込まれている。
隻腕の少年は、それを受け取ると銀色に光る刀身を暫く眺めていた。
「最後に・・・お前さん、名前は何と言うんだ?」
ナイフを鞘に納め、腰に差した隻眼の少年にゴトーが問い掛ける。
「・・・・・ナナシ・・・。」
隻腕の少年は、短くそれだけ応えると鍛冶屋のボロ小屋から出て行った。
マレット島、闘技場―庭園。
数体の妖獣・ブレイドの群れと魔帝が造り出したと思われる造魔兵・フロストが3体。
侵入者である悪魔使いの少年と漆黒の甲冑を纏った騎士を取り囲んでいた。
背中合わせに立つ二人。
しかし、その表情には、一片の恐怖すらもない。
「そんじゃ早速、新しい魔具の試し斬りだな?」
「試し斬りという表現は、些か不適切では?」
両腕の籠手に封じられている魔具・イフリートを解放するクー・フーリン。
それに連動するかの様に、臑当(すねあて)から鉄靴にかけて炎が宿る。
「じゃぁ、何て言えば良いんだよ?」
従者に言葉の間違いを指摘され、不機嫌に背後に立つ美丈夫を睨み付ける。
「マスターのお言葉を借りると”ぶちのめす”が妥当です。」
焦れたのか飛び掛かって来たブレイドの一体を回し蹴りで吹き飛ばす。
「成程ww」
ライドウも両手に仕込んだクナイを取り出すと、フロストから放たれた8本の氷の爪を全て撃ち落とした。
瞬間移動(テレポート)を使い、一気に悪魔使いと距離を詰める氷の造魔兵。
振り下ろされる氷の爪を紙一重で躱し、心臓(コア)の部分―縦隔下部の位置にクナイを突き刺した。
心臓を破壊され、粉々に砕け散るフロスト。
仲間を一撃で殺されたもう一体が氷結系中位魔法の『ブフーラ』を放つ。
しかし、それを見越したライドウが、魔法発動よりも早く銀色に光るクナイを投擲。
打ち込まれた鋼の凶器は、寸分違わぬ正確さで氷の造魔兵の心臓に突き刺さっていた。
「人間と同じ構造に造るなんて芸が無いぜ?ムンドゥスちゃんよぉ。」
地中に潜り、背後から襲って来たブレイドの一体を華麗に躱すと、カウンターに肘撃ちをお見舞いする。
魔力を宿した一撃は、簡単にブレイドの兜を破壊すると、その頭蓋までも粉々に砕いた。
「あの扉の先が気になりますね。」
紅蓮に燃える拳でブレイドの一体を吹き飛ばし、鋭いボディの連打で、身体を二つに千切る。
流れる様な見事な体術に、ブレイド達は次々と炭化し、塵へと還っていく。
「いかにもって感じだな?地獄門まで後少しって事か。」
流的にはベタベタだが、悪魔という生き物は人間よりも思考が単純である。
悪魔使い達が探している異界への入り口は、この闘技場を抜けた先にあるのかもしれない。
最後の一体となったフロストが両手を地面に突き刺し、周囲に氷の棘を発生させる。
しかし、その決死の一撃が悪魔使いに致命傷を負わせる事は敵わなかった。
棘が届かない頭上に跳躍。
火炎系中位魔法『アギラオ』を放つ。
紅蓮の矢に次々と貫かれ、穴だらけにされていく造魔兵。
核である心臓を破壊され、塵へと還っていった。
「さて、邪魔者の片付けたし、先に進もうぜ?」
地面に着地した悪魔使いが、同じく、最後の1体となったブレイドの頭部に踵落しを決めて潰している相棒に向かって言った。
「どうした?志郎。」
「いいえ、どうやら気のせいだったみたいです。」
何かの気配を察したのか、漆黒の騎士は闘技場の2階―テラス部分に視線を向けていた。
だが、そこに誰もいない事を確認するとすぐに冬の湖面を連想させる蒼い瞳を外してしまう。
「金髪の猫ちゃんでも見かけたか?」
「マスター?」
どうやらこの主も自分達二人をつけている鼠の存在に気が付いているらしい。
「彼女の目的が分からない以上は、適当に泳がせておこう・・下手に警戒されると厄介だからな。」
「了解。」
島に上陸してから時折感じる視線。
その正体が、自分達―『クズノハ』に依頼を持ち掛けたSISの諜報員、トリッシュである事は知っている。
因みに彼女の身元は、現在、元締め役であるマダム・銀子に問合せ中だ。
分かっている情報によると、確かにイギリスの秘密情報部(Secret Intelligence Service)からうちの組織にマレット島の調査依頼は来ているが、トリッシュと言うコードネームの人物は該当しないそうだ。
「一体何者何ですかね?」
闘技場の大門を抜け、迷いの渓谷へと足を踏み入れる二人。
その道すがら、ライドウは自分の知りえる情報を簡単に仲魔に教える。
「俺に恨みを持ってる奴等は大勢いるからなぁ・・・特にセルビアの黒手組(ブラックハンド)と中国の天地会は俺に莫大な賞金掛けてるって噂だし・・・。」
仕事柄、人・・・特にフリーメーソンの輩に喧嘩を売るのは日常茶飯事である。
特に黒手組(ブラックハンド)と天地会は、悪魔を喰いモノにする凶悪な連中で、ライドウは何度も奴等のアジトを潰している。
「貴方は行動が目立ち過ぎるんです・・・もう少し自重して下さい。」
「へいへい。」
名前が売れすぎるイコールそれだけ悪魔召喚術師としては三流という事である。
名も知られず、闇に動き、依頼を完遂(かんすい)する事が一流の召喚術師の最低条件だ。
その条件を完全に無視し、「気に喰わない」という一方的な理由で、凶悪な悪魔崇拝のテロリストグループに喧嘩を売るのは、下の下がする事である。
書斎にあるテラスへと続く大きなガラス扉を破壊して、銀髪の大男が中庭へと吹き飛ばされる。
「ダンテぇ!!」
書斎に残る小さな妖精―ハイピクシーのマベルが叫んだ。
そのすぐ傍らを銀髪の魔狩人を剣のたった一振りで吹き飛ばした、禍々しい鎧と兜を身に付けた巨漢の騎士が、悠然と通り過ぎていった。
「ちぃ、やってくれるじゃねぇか。」
中庭に何とか着地したダンテが、口内に溜まっている血を地面に吐き出す。
音速の如く速い上に凄まじく重い打ち込み。
咄嗟に大剣―アラストルで受け止めたが、勢いを殺せず、中庭まで無様に弾き飛ばされてしまった。
黒騎士の一撃を受けた両手が未だに痺れを訴えている。
「お、おい!しっかりしてくれよ?ボーズ!」
片膝を付くダンテの目の前に禍々しい魔力のオーラを纏った黒騎士が降り立った。
炯々と光る黄金の双眸が、銀髪の魔狩人を冷たく見据えている。
「慌てるなよ?まだゴングは鳴ったばかりだぜ?」
掃き溜めのゴミの中で漸く巡り会えた強敵。
ファントム戦の時は、糞ったれな色男に邪魔されたが、今回はその心配も無い。
慌てふためく魔具を尻目に、ダンテは冷酷な笑みを浮かべた。
何とか休み期間に上げられました。