魔帝の造り出した造魔―魔神・イフリートと壮絶な戦いを繰り広げるライドウ達。
その頃、ダンテは、謎の魔界騎士と対峙していた。
霧の渓谷へと足を踏み入れた時、ライドウはある違和感を感じた。
例えるならば、先程とまるで空気が変わった・・・と言えば良いのか。
「マスター、あそこに石碑があります。」
番の黒騎士があぜ道に置かれている半ば朽ちた石碑を指示した。
近づいてみると古代ルーン文字で何かが書かれている。
「か弱き光の道標に従え・・・・・か。」
「読めるんですか?」
魔界育ちのクー・フーリンですら初めて見る文字である。
「少しだけな・・・・駆け出しの頃に世話になった薬師から教わったんだ。」
ヴァン神族出身の薬師は、とても親切で、一番最初の相棒―ネミッサと二人で、結構世話になったのを覚えている。
「侵入者避けが目的なのか、この辺一帯の空間が大きく歪んでる。正しい、道を通るには石碑の示す方向に進むしかない。」
悪魔使いが石碑に手を翳し、そこに書かれているルーン文字を読み上げる。
すると、石碑に彫り込まれている文字が発光し、そこから球状の光の玉が浮かび上がった。
「コイツが道案内をしてくれる・・・見失わない様に気を付けないとな。」
「イエス・マスター。」
悪魔使いの少年と従者の騎士は、光る道標を頼りに、霧深い渓谷へと入って行った。
オルフェウス城―中央広場。
雷を帯びた大剣と蒼白い魔力を纏った大剣の刃同士が激しくぶつかり合う。
飛び散る火花。
人間の膂力を遥かに超えた筋力を持つ二人の魔剣士は、身の丈程もある大剣を高速で操る。
刃と刃が発生する剣風が大地を抉り、石柱を粉々に砕く。
(強ぇえ!だが―!!)
目の前に対峙するこの漆黒の魔剣士は確かに強い。
しかし、テメンニグルで殺り合った魔槍士程では無かった。
クー・フーリンは、立っているだけで心臓を貫かれる程の鬼気を放っていたが、この魔剣士は、それがまるで無い。
慎重に相手の出方を見て対処すれば、決して負ける事は無いだろう。
高速で繰り出される刺突―スティンガー。
それを紙一重で躱し、お返しに払い斬りを放つ。
雷神剣『アラストル』の刃が、漆黒の魔剣士の胴鎧に喰い込む。
確かな手応えを両腕に伝えたが、逆に吹き飛ばされたのは銀髪の魔狩人の方であった。
アラストルの刀身と同じ材質で出来ているウルツァイト製の鎧が、ダンテの必殺の斬撃を防いだのだ。
漆黒の魔剣士の右ストレートがダンテの顔面にヒット。
咄嗟に後ろに跳んで致命的な一撃は、殺したつもりでいたが、魔力を纏った拳の威力は凄まじく。
ダンテの大柄な体躯は、あっけなく飛ばされてしまった。
城壁に容赦なく叩き付けられるダンテ。
頭を打ち付けたのか、軽い脳震盪を起こし、その場で片膝を付いてしまう。
「おい!しっかりしやがれ!坊主!!」
完全な無防備を晒してしまう銀髪の魔狩人に、アラストルの激が飛ぶ。
大剣を上段に構え、銀髪の青年の頭蓋を叩き割らんと襲い掛かる漆黒の魔界騎士。
「物理反射防壁(テトラカーン)!!」
その時、ダンテの前方に魔力で出来た壁が現れた。
漆黒の騎士―ネロ・アンジェロの必殺の一撃は、物理攻撃を全て反射する防壁に阻まれ、逆にダメージを受ける。
今度は、ネロ・アンジェロが吹き飛ばされる番であった。
己の放った斬撃の威力を全て返され、予想外な深手を負わされる。
「ダンテ!大丈夫?」
魔狩人の命を救ったのは、小さな妖精―ハイ・ピクシーのマベルであった。
上位魔法を唱えた影響か、顔色が大分悪い。
「ひゅー♪下級悪魔の癖に上位魔法が使えるのかよ?」
未だ片膝を付くダンテの手に握られた雷神剣―アラストルが口笛を吹いた。
「お、奥の手だけどね・・・お陰で暫く魔法が使えないわよ。」
本当ならば余り使いたくは無かった。
使える上位魔法は、物理反射防壁(テトラカーン)だけなのだが、使用出来るのは1回だけ。
しかも、かなり魔力を喰う為、一度使用すると回復するまで他の魔法が全く使えなくなってしまう。
「へっ・・・お前に助けられるのは、これで2回目だな。」
ダンテが地面に折れた歯が混じった血の塊を吐き出す。
驚異的な再生能力を誇る魔狩人でも、先程の一撃はかなり効いた。
何とかアラストルを杖に立ち上がるが、脚が震えて上手く歩けない。
一方の漆黒の魔界騎士も同じ状態であった。
攻撃を跳ね返された時に地面を抉りながら止まった時と同じ状態で、片膝を付き、悔し気に此方を睨んでいる。
「おチビちゃんのお陰で、あちらさんも相当ダメージを受けてるみたいだけど、どうする?」
「どうするもなにも、コッチも打つ手無しなんだから、逃げるに決まっているでしょ?」
マベルの言う通り、唯一の戦力である魔狩人の怪我が回復しない限り、戦う事が出来ない。
ハイピクシーも、高位魔法を唱えた影響で電撃下位魔法どころか、回復系の下位魔法すらも使えない状態なのだ。
「逃げる?冗談だろ。俺の辞書に逃走なんて二文字はねぇよ。」
ある程度回復したのか、ダンテはいつもの軽口を平然と叩くと、雷神剣―アラストルを構える。
「アンタねぇ・・・手負いの獣程厄介な奴はいないのよ?」
呆れた様子でマベルが魔狩人に視線を向ける。
妖精が言う通り、この魔界騎士―ネロ・アンジェロはまだ奥の手を隠している。
下手に手を出せば返り討ちにされるかもしれない。
両者睨み合いの膠着状態。
しかし、それは唐突に破られた。
何かの指令を受けたのか、漆黒の騎士は上空を見上げると、四肢を魔力のオーラで包み、何処かへと跳んで行く。
「た・・・助かったぁ・・・。」
マベルがへなへなと銀髪の青年に縋りつく。
もし、あのまま戦闘が続行していたら、確実に誰かが死んでいたかもしれない。
「一体何処に行きやがったのかなぁ?」
「うーん、城の西側に移動したみたいね・・・?西側と言ったら、確かライドウ達がいる所に近い筈・・・・?」
得意の探知能力で、魔界騎士の魔力の痕跡を辿ったマベルは、急に顔色を真っ青にした。
あの手負いの化け物は、自分の主人の所へ向かったのだ。
「ど・・・どうしよう?ダンテぇ。」
実力は、この魔狩人と同クラス。
普通に考えれば、主人が手こずる程の相手ではない。
しかも、すぐ傍には番である魔槍士もいるのだ。
負ける要素は何処にも見られないが、それでも一抹の不安は残る。
「どーするも、こーするもライドウ達の後を追い掛けるしかねぇだろ?それにジュリー・・・エウリュディケーと黒猫の行方も探さないとな。」
短時間ですっかり8割方回復したダンテは、雷神剣・アラストルを背に収める。
この城で探索出来る事はこれが限界だろう。
ならば、一度城から出て、ライドウ達と合流した方が得策だ。
自分の主、メルクリウスは随分と変わった人物であった。
チルコ・マッシモを拠点に精力的に事業を展開している商人で、ローマでもそれなりに名は知られている。
諸学と技芸に精通しており、特に錬金術に関しては異常な程の興味を持っていた。
「それは一体何ですか?」
主人の好きなダージリンティーを盆の上に乗せて持って来たエウリュディケーが、黒檀の頑丈な机の上に置かれた大剣を物珍しそうに眺める。
柄頭に不気味な髑髏の装飾、蝙蝠の羽根を広げた鍔に、その中央には竜の顎に咥えられた鋭く光る刀身が続いていた。
「魔具(デウスオブマキナ)さ・・・仕事で異国に渡った際に、偶然にも見つけてね。」
書斎机に向かって書き物をしていた館の主人―メリクリウスが、侍女からお茶を受け取ると美味しそうに一口啜った。
「デウスオブマキナ・・・。」
主のメリクリウスから、魔導の手解きを受けているエウリュディケーは、初めて見る魔具を改めて見つめる。
強力な悪魔を素材にして造られると言われる魔界の武器。
優秀な魔導士が使えば、魔王クラスに匹敵する程の力を出すのだという。
「そういえば、この前、風属性の魔法を習得したと言っていたね。」
「あ、はい・・・中位級の風属性と上位の回復魔法・・・それから移動系と精神系の魔法を少々・・・。」
美しい紅玉の瞳に見つめられ、顔を真っ赤に上気させる紅茶色の髪を結いあげた美少女。
魔導の素質を認められ、以降様々な魔術をこの美しい主から教えられていた。
エウリュディケー自身、大変呑み込みが早い質で、今では、下位クラスの悪魔なら軽くあしらえる程の実力を身に付けている。
「ふぅん・・・精神系ねぇ・・・・どうして覚えようと思ったんだい?」
悪魔は、中位クラス以上になると精神系にある程度耐性がある輩が多く出て来る。
故に精神系より躰の自由を奪う神経系の方が人気があった。
「・・・・悪魔を傷つけたく無くて・・・眠らせてしまった方が、良いかと思いました。」
悪魔の大半は、人間の持つマグネタイトを摂取する為に無差別に襲って来る輩が多いが、中には自分の身を護りたくて止む無く戦うモノ達もいる。
大変臆病で、争いを好まない悪魔がいる事を知っているエウリュディケーは、そんな彼等を傷つける行為をしたくは無かった。
「君は優しいな・・・何処となく私の弟に似ているよ。」
ダージリンの香りを楽しみながら、啜るメリクリウスは、遠い記憶の海を思い出していた。
「知りませんでした・・・メルクリウス様に弟様がいたなんて・・・。」
13歳の頃から、ローマの貿易商である父親の親友であるこの美青年に仕えているが、彼の肉親の話を聞いたのはこれが初めてであった。
立ち入った話題なので、余り知ろうとは思わなかったが、良く考えたら、自分はこの主の事をまるで知らない。
「ふふっ・・・不思議だな、君といるとついつい要らない事まで話してしまいそうになる。」
自嘲的な笑みを浮かべ、美しい商人は、歳の離れた弟の話を始めた。
「実の兄である私が言うのも何だが、弟は根が優しすぎる性格をしていてね・・・虐げられている魔族を見るとつい救いの手を差し伸べてしまうんだ。」
いつの時代でも、魔族は人族や神族から忌み嫌われている。
知能が低く、常にマグネタイトに飢えている彼等は、無差別に力の弱い人族を襲うからだ。
しかし、中には魔界での弱肉強食の闘争に疲れ果て、安らぎを求めて人間界に来る輩も居る。
そういった者達を救済する為に、メリクリウスの弟はあるコミュニティーを造って彼等と一緒に生活していたのだそうだ。
「最初は色々苦労していたらしい・・・私も敢えてアレには手を貸さなかった。弟も私の手助けを望んではいなかったからね・・・周りから謂れの無い迫害を受けるなんてしょっちゅうだった・・・。」
それでも紆余曲折を経て、小さな集落は次第に人が増えていったらしい。
「弟の考えに賛同する者達が集まって来たんだ・・・力の弱い魔族しかいなかった村には、人族だけではなく変わり者の神族も協力する様になった。」
彼等の力で小さな村は、次第に大きな街となり、周りの国々から知られる様になった。
しかし、そんな順風満帆な生活は長続きする事は無かった。
「ある悪魔が弟の心に付け込んだんだ・・・散々利用した挙句・・・弟は無残に殺されてしまった・・・。」
その時の情景が思い起こされるのか、美青年は薄い唇を噛み締めていた。
エウリュディケーも黙って主の独白を聞いている。
「噂によるとその悪魔は、愚かにも神に戦いを挑んで滅ぼされたらしい・・・今は、魔界よりも更に深い場所・・・アマラ深界と呼ばれる牢獄に幽閉されているそうだ。」
弟の仇を討てなかった事が相当心残りだったのか、主は微かに震える手で書斎机に紅茶のカップを置いた。
「すまないな?エウリュディケー・・・詰まらない話をしてしまった。」
盆を抱えて立っている侍女に向かって、主が柔和な笑みを浮かべた。
途端に真っ赤になって俯いてしまう美少女。
余りにも美し過ぎるこの主に見つめられてしまうと、どうしていいのか分からなくなる。
「ひひっ・・・赤くなってやがんの・・・可愛らしいお嬢ちゃんだ。」
茹蛸の様に赤くなって下を向くエウリュディケーの耳に、下品極まりない笑い声が聞こえた。
びっくりした侍女が慌てて周囲を見回す。
しかし、自分と主人のメリクリウス以外、この室内に人影は見当たらなかった。
「全く・・・私の可愛い弟子をからかわないでくれないかな?」
座っていた椅子から立ち上がると、美貌の商人は、黒檀の机の上に鎮座している魔具に近づいた。
繊細な蝋の様に白い指先で刀身をゆっくりとなぞる。
「あれだけ痛めつけてもまだ懲りないのか・・・・これはしっかりと躾をしないといけないかな?アラストル。」
魔具に唇を近づけ、エウリュディケーには理解出来ないへブル語でゆっくりと囁く。
すると刀身から怯えた様な悲鳴が聞こえた。
「め、メリクリウス様・・・・?」
魔具と主の不可解なやり取りに、エウリュディケーは戸惑いの表情を浮かべる。
「紅茶美味しかったよ?エウリュディケー・・・今日はもう遅いから休みなさい。」
優しく微笑む主。
エウリュディケーは、それ以上何も言えず、ただ素直に頷くしかなかった。
またも支離滅裂。