その頃、ライドウは、闘技場の離れにある庭園へと足を踏み入れていた。
高層ビル、六本木ヒルズにある『サイバース・コミュニケーション』という大手通信会社の一室。
そこに美しい金の髪をしたモデル並みに均整の取れた美女が、六本木の街を一望出来る窓辺に立っていた。
「クリフォト・ルーツ?」
濃いサングラス越しでも分かる美貌の女諜報員は、チーフ・オフィサーと肩書が書かれたプレートの置かれているデスクに座る人物を振り返る。
彼女の依頼主―氷川は、操作していたパッドをデスクの上に置くと、見易い様にトリッシュの前に滑らせた。
「現地では”血溜まり”と呼ばれているそうだ・・・冥府にしか生息していない特殊な魔界樹で、人間の血を養分にする事で膨大な魔力を持つ果実を実らせると言われている。」
パッドに魔界樹の球根の映像が映っている。
人間の心臓と似た形をしているソレは、まるでパイロープ・ガーネットの様な紅い輝きをしていた。
「シリアのパルミラ遺跡で発掘されたモノだ・・・軍が管理していたという話だったが、内戦が酷くなって今現在どうなっているのかは不明らしい。」
人間の生き血を吸わねば生きてはいけない脆弱な植物である。
恐らくもう既に枯れて塵と化してしまっているかもしれない。
「これと同じ魔界樹の種が”マレット島”にあるという訳ね。」
人の血肉を喰らう恐るべき食肉植物。
種もみの大きさは、人間の子供の掌サイズより若干小さいぐらいだが、血液を採取すると忽ち巨大化し、無差別に人を襲い始める。
「君には、この種もみの調査、若しくは回収を依頼したい。」
若き開発責任者は、偽造パスポートとSecret Intelligence Serviceの身分証ID、前金の入った厚い封筒をデスクの上に置いた。
「M16に潜り込ませている内偵の話によると、近々”マレット島”調査依頼を日本の悪魔召喚組織―”クズノハ”に依頼するそうだ。彼等を上手く利用して任務を遂行して貰いたい。」
「”クズノハ”?・・・隣国の”ヴァチカン”は何をしてるの?」
イタリアは、ヴァチカン教圏内にある。
悪魔討伐&孤島調査を依頼するなら、異端審問官―13機関(イスカリオテ)にするのが定石だ。
「新しく法王猊下に就任したユリウス・キンナ教皇が、大掛かりな構造改革を行っているそうだ・・・だから孤島調査に貴重な人員を裂けないと言っている。」
故に、同盟関係にある組織『クズノハ』に実態調査依頼をしたのだという。
「あれが、17代目・葛葉ライドウが所持している3体の最上級悪魔(グレーターデーモン)の一つ、魔神・ヴィシュヌ。」
入場門前広場2階。
魔帝によって生み出された造魔―魔神・イフリートと対峙するヒンドゥー教の最高神・ヴィシュヌ。
まるで角の様な鋭利なポールドロンに、拘束具を思わせる漆黒の衣装。
銀の冠に金色の眼を持つ恐ろし気な仮面。
畏怖堂々としたその出で立ちは、魂を抜き獲られる程の神々しさを放っていた。
魔神・イフリートが放つ火炎系最上位魔法『マハラギダイン』とインド最高神、ヴィシュヌが放つ氷結系最上位魔法『マハブフダイン』がぶつかり合う。
そこから発生する凄まじい程の水蒸気爆発。
柱の陰に隠れていた女諜報員は、身を低くして衝撃に耐える。
(全く、何て戦いしてるのよ。)
人造の魔神と悪魔使いの周辺の柱や壁は、先程の魔力同士のぶつかり合いで殆ど消し飛んでいた。
主を庇ったのか、番の魔槍士が片膝を付いている。
慌てた様子で仲魔に回復魔法を掛ける召喚術師。
そんな二人に向かって煙を突き破った魔神・イフリートが襲い掛かる。
左右に跳んでイフリートの剛腕から逸早く逃れる二人。
悪魔使いの少年が、常に右眼を覆っている黒い眼帯を外した。
(噂の魔眼”帝王の瞳”とんでもない魔力ね。)
あらゆる因果律を捻じ曲げ、所持者に膨大な魔力を与える蒼き魔眼。
その魔眼から、蒼白い炎が噴き出す。
「絶対零度!」
魔神・ヴィシュヌから氷河の大瀑布が発生する。
成す術も無く呑み込まれてしまう炎の魔神。
巨大な氷の棺に閉じ込められたイフリートに向かって止めの一撃を放つ。
炎の魔神ごと粉々に砕け散る氷山。
後に残されたのは、魔神を生み出す際に核として使われた魔具だけであった。
(噂以上の化け物ね・・・氷川達が恐れるのも無理ないわ。)
闇社会で『人修羅』の名前を知らない奴等はいない。
各国に存在する秘密結社(フリー・メーソン)でも、17代目・葛葉ライドウの名前は悪名高く知られている。
その中でも、セルビアの黒手組(ブラックハンド)と中国の天地会は、所有している支部を幾つも破壊されており、巨額の賞金首を掛けて命を狙っていた。
(でも次々に寝首を掻きに来た賞金稼ぎを全員再起不能、中東の暗殺教団ですら関わり合いになるのを極度に恐れてる・・・・まぁ、仕方ないんだけどね。)
あんなモノを見せられるまで、確信はしていなかったが、成程、確かにあれでは並みの暗殺者では全く歯が立たないだろう。
法外な金を幾ら積まれた所で、自分の命が惜しいのは当たり前である。
アレとまともにやり合えるとしたら、薔薇十字団(ローゼンクロイツ)の首領、”ドラグール・ヴラド・ツェペシュ”か、イタリアのマフュア―コーサ・ノストラのボス、ブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドのコンビぐらいだ。
「ふー、全く、厄介な仕事を依頼してくるわね?礼司の奴。」
今も六本木ヒルズで仕事をしているであろう自分の雇い主に、美貌の諜報員は、悪態を吐いた。
迷いの渓谷を抜け、闘技場から少し離れた庭園に辿り着いたライドウと従者のクー・フーリン。
途中幾度か悪魔の群れに襲われたが、二人にとっては障害にもならない相手であった。
城主のオルフェウスが、愛する妻―エウリュディケーの為に造った庭園は、かつては、様々な花を咲かせ、来る者達を楽しませたであろうが、今は微塵も感じられない。
不気味に静まり返るその場所は、まるで冥府魔導の様相を呈していた。
「エネミーソナーが激しく反応してる・・・地獄門はこの近くだな。」
腰に下げているガンホルスターから、愛用のGUMPを取り出し、蝶の羽の様に液晶パネルを展開させる。
エネミーソナーの反応は、庭園を通った更に奥を指示していた。
「マスター!」
従者の声に咄嗟に身体が反応する。
後方に跳び退るライドウ。
先程まで居た場所に、深紅の落雷が落ちる。
「今のを良く避けたな?人修羅。」
上空から、嘲る様な声が聞こえる。
二人が見上げるとそこには巨大な大鷲が、夕焼けに染まる空を優雅に飛んでいた。
「グリフォン・・・・?13代目の奴とは違う種類みたいだな。」
現世の生物にも200万近い種が存在する様に、魔界でも、同じ魔獣でも細かく種が違う。
このグリフォンを例に挙げると、大型と小型が存在しており、図体がデカい程、性格は狂暴で残忍である。
「貴様の首を引き千切って、ムンドゥス様に献上してくれるわ!」
遥か高くに舞い上がる巨大な怪鳥。
刹那、唸りを上げ、此方に急降下してくる。
その巨体でライドウとクー・フーリンを薙ぎ払おうとしているのだ。
「知ってたか?空飛んで攻撃する奴ってチキン野郎って言うんだぜ?」
悪魔使いと魔槍士の躰をバラバラにせんと、向かって来る巨大な魔獣に向かって、地属性上位魔法『マハマグダイン』を唱える。
悪魔使いの前面に突如現れる巨大な石柱。
それを見たグリフォンが、慌てて軌道を修正。
石柱を削りながら、右方向へと反れる。
「ちぇっ、これだから空飛べる奴って嫌いなんだよ。」
多少のダメージは負いながらも、何とか巨大な石柱との激突を避けたグリフォン。
そんな怪鳥を見て悪魔使いが舌打ちする。
「ならば、我々も空を飛べば良いのですよ。」
漆黒の騎士が籠手に封じてある魔具・イフリートを解放する。
何か妙案でもあるのか、その口元には不敵な笑みが刻まれていた。
「ひゅー、危ねぇ・・・いくら俺様でもあんなモンにぶち当たったら只じゃ済まないところだったぜ。」
朱に染まる空を舞う巨大な魔獣は、安堵の溜息を吐いた。
そして改めて、地上で此方の出方を伺っているであろう、悪魔使いの少年を見つめる。
見た目は、10代後半辺りの中性的な美貌を持つ少年であるが、中身は想像以上の化け物だ。
流石、魔界を統べる四大魔王の一人・・・ユリゼンが選んだ番だけはある。
幾多の街を焼き、幾多の種族を滅ぼし、恐怖と共に魔界にその名を轟かせた人の形をした修羅。
しかし、自分も我が盟主―魔帝・ムンドゥスの命によってこの島を守護する者の人柱として選ばれた。
魔獣の中でも上位種に入るグリフォン族の名に懸けて、此処で引く訳にはいかない。
グリフォンは、電撃系中位魔法『マハジオンガ』を唱えた。
数万ボルトの電気を帯びた球状の物体が、まるで爆撃の様に幾つも降って来る。
忽ち地上は、深紅の爆雷地獄で埋め尽くされた。
「くくっ・・・いくら人修羅とて、この電磁の海は躱せまい。」
空中で優雅に弧を描くグリフォン。
しかし、すぐにその深紅の瞳は、驚愕の色に塗り替えられる。
爆雷の雨が止んだその地上には、破壊され尽くした中庭の中に無傷で立っている人修羅の姿を見つけたからだ。
避けきれないと悟ったライドウは、咄嗟にレッグポーチから、あらゆる魔法攻撃を防ぐアイテム―ペンタグラムを使い、雷の雨から身を護ったのだ。
役目を終えた護符は、術者の手の中で燃え尽きる。
「!!奴の番がいない!!」
常に主の身を護る為に傍にいる筈の『クランの猛犬』の姿が何処にも見当たらない。
慌てて、周囲を見回すグリフォン。
その視界に黒い鎧の影が映る。
「ぐふっ!!」
次に感じたのは、左頬を殴り飛ばされる衝撃であった。
魔具・イフリートの発生する業火を推進力に、遥か上空に飛翔した魔槍士が、グリフォンに攻撃を仕掛けたのである。
予想外の奇襲に対応が取れず、地上へと叩き落とされる怪鳥。
追撃として悪魔使いが重力系中位魔法『グライバ』を唱える。
「ぐぇえええええええ!!」
数百トンの重力の鉄槌が、容赦なくグリフォンを襲う。
暫くバタバタと無様に痙攣を繰り返していた魔獣は、すぐに動かなくなった。
「殺したんですか?」
地面に着地した漆黒の魔槍士が、眼帯の主に声を掛ける。
「否、コイツには聞きたい事があるからな・・・少しだけ手加減した。」
幾ら手加減したとはいえ、自慢の羽根は砕け、動かす事は敵わないだろう。
ライドウがこの魔獣を生かしておいた理由は唯一つ。
地獄門(ヘルズゲート)の場所を聞き出す為である。
「冗談でしょ?ファントムに続いてグリフォンまで・・・。」
この島を守護する上級悪魔を2柱とも倒してしまうとは。
美貌の女諜報員は、地面に無様に這いつくばる巨大な魔獣を信じられない様子で眺めていた。
しかし、逆に考えれば、これはこれで好都合だ。
冥府の門を護る三柱の二つを始末してくれたのだ。
これで『クリフォト・ルーツ』回収にまた一歩近づいたという事になる。
(まぁ、それも彼等に気づかれなければの話なんだけどね。)
庭園2階のバルコニーに気配を隠して潜むトリッシュは、短く溜息を吐く。
この仕事に就いてから、何度も修羅場と名がつく状況は体験してきた。
だが、今度ばかりは今まで経験してきた事とはまるで違う。
どんな凶悪な悪魔よりも、眼下にいる華奢な悪魔使いが一番空恐ろしく感じた。
連休最終日に何とか投稿出来ました。