一方、そんな彼女の存在を知りつつも、ライドウは、島を守護する悪魔の一人・グリフォンを倒すのであった。
「おい、起きろチキン野郎。」
魔力を宿した拳で、グリフォンの鼻っ柱を思い切りひっ叩く。
「ぴぎぃ!」
激痛に情けない悲鳴を上げて眼を覚ます怪鳥。
目の前に人修羅の姿を認め、瞳孔が恐怖で収縮する。
「ひぃ!ば、化け物!!」
悪魔使いから少しでも距離を取りたいが、身体が思うように動かない。
見ると翼が根元から引き千切られ、無残な姿を晒していた。
「ったく、化け物に化け物って言われる方が結構、傷つくんだぜ?」
激痛と恐怖で無様な痙攣を繰り返す怪鳥を呆れた様子で眺める。
その隣に漆黒の甲冑を纏った番が近づいた。
「どうしますか?素直に喋れる状態ではありませんよ?」
こんな錯乱していては、まともに会話が通じるとは思えない。
「脳侵食(ブレインジャック)してみるか・・・そっちの方が口を割らせるより効率的だ。」
ライドウは、跳躍してグリフォンの上に乗る。
闘牛の如く暴れる怪鳥に舌打ちしつつ、額の部分に手を伸ばそうとした。
その時―。
蒼い閃光がグリフォンの頭部を斬り飛ばした。
殺気を感じ取り、その場から逸早く逃れるライドウ。
切断された傷口から、間欠泉が如く怪鳥の血飛沫が辺りを濡らす。
「ちっ、仲間がいやがったか!」
斬撃を放った相手は、中庭の2階、テラス付近に立っていた。
蒼白い魔力を纏った禍々しい鎧。
手には、身の丈程の大剣を握り、頭部に二本の角を生やしている。
”マレット島”を守護する上級悪魔の一人―ネロ・アンジェロだ。
暗黒の魔界騎士は、1階の中庭で此方の出方を伺っているライドウ達を暫く眺めていたが、何者かに呼ばれたのか、魔力のオーラを纏うと何処かへと消えていった。
「口封じですかね?」
「多分な・・・まぁ、それだけ俺達が魔帝の近くにいるって事だな。」
裏を返せば、魔界への扉―地獄門(ヘルズゲート)がこの中庭の何処かにあるという事だ。
ネロ・アンジェロは、それをライドウ達に知られる前に、同胞の命を刈り取ったのである。
神々に愛された英霊達が住まうと言われる国―エリューシオン。
そこに二人の幼い子供に竪琴を聴かせている紅茶色の髪をした美女―エウリュディケーがいた。
「あ、また音階を間違えてるよ?エウリュディケー。」
黒髪の少年―ミーノスが違う弦を弾いた事を指摘する。
エウリュディケーから、竪琴を受け取り、彼女に正しい弦を弾いて聴かせた。
「はぁ・・・・うちの人みたいに上手く弾けないわね。」
少年から竪琴を返されたエウリュディケーは、がっくりと項垂れた。
魔導の才能があると師―メリクリウスから褒められたが、音楽に関する技術は悲しい程無い。
次の転生を待つひと時の時間。
せめてもの暇つぶしになればと竪琴の手解きをこの二人の少年、ミーノスとラダマンティスから受けているが、ちっとも上達する様子は無かった。
「かなり長い時間、竪琴を弾いて疲れてるでしょ?今日はもう終わりにしよう。」
金色の髪が特徴的な少女の様に愛らしい容姿をした少年、ラダマンティスが落ち込む紅茶色の髪をした女性を慰めた。
この二人は見た目こそ幼い子供ではあるが、実年齢は、エウリュディケーより遥かに上である。
冥府の審判官―アイアコスと同じ役職に在籍しており、場合によっては冥府の女王・ペルセポネーの補佐も務めていた。
「行くぞ?ミーノス。早くオケアノスに戻らないとまたアイアコスの奴に小言を言われる。」
「分かった・・・じゃぁ、また明日ね?エウリュディケー。」
紅茶色の美女に手を振り、黒髪の少年と金髪の少年が去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、エウリュディケーは、深い溜息を吐いた。
彼女がこの地に送られて既に10日間近くが経過している。
明後日になれば、いよいよ、転生の輪に加わり、新しい命として現世に生まれ変わる。
せめて一度ぐらいは、愛する夫に分かれの言葉を言いたかったが、オルフェウスは生者。
所詮叶わぬ願いとなるだろう。
「エウリュディケー。」
竪琴を持って自室に帰ろうとしたエウリュディケーは、その時懐かしい声を聞いた。
最愛の夫・・・オルフェウスの声を。
「そ、そんな・・・・?どうして貴方が此処に・・・・。」
最初は幻かと思った。
夫に対する想いが生んだ白昼夢ではないのかと・・・。
「会いたかった・・・・会いたかったよ・・・エウリュディケー。」
よろよろと覚束ない足取りで愛する妻の元まで歩く小太りの男。
大分、窶れて(やつれ)蒼白い死人の様な顔色をしてはいるが、それは間違いなく最愛の夫、オルフェウスその人であった。
「オルフェウス!」
がっくりと地面に蹲る夫の元へ慌てて駆け寄る。
何故、生者である筈のオルフェウスがこの死の国―エリューシオンに居るのか?
否、その前にどうやってアイアコスやペルセポネーの眼を逃れて此処に辿り着けたのか、色々と不審な点は多々ある。
しかし、今はそんな事どうでも良かった。
只触れたい。
最愛の夫に触れ、別れの言葉を交わしたい。
その想いだけが、今の彼女を支配していた。
「オルフェウス・・・私は・・・私は、間違えてしまったの。」
女性地質学者―ジュリー・フィンレイは、マレット島の西側に位置する1階庭園にある滝の間に来ていた。
此処は、かつて緑の木々や花々で埋め尽くされる美しい場所であった。
二人の弟子の一人・・・ロバート・ウォルトンと良く、この東屋でチェスなどをして休日等を過ごしていた。
「エウリュディケー、お願いだから少し落ち着いて頂戴。」
移動魔法の連続で、大分疲労が溜まっているのか、東屋の柱にズルズルと座り込む女性地質学者を黒猫が気づかわし気に見上げた。
「・・・あんな事を言うつもりじゃなかった・・・あの人に再会出来て嬉しかった・・・でも・・・でもその代償が余りにも大きすぎて・・・。」
悔恨の念で胸が押し潰されそうになる。
何故、自分はあんな酷い言葉で愛する夫を傷つけてしまったのか。
「・・・クリフォトの果実の事ね・・・でも、それは貴方のせいじゃない。すべてはオルフェウスの心の弱さが招いてしまった結果なのよ。」
両手で顔を覆い、さめざめと泣くジュリー・・・エウリュディケーを黒猫はエメラルドグリーンの瞳で見つめた。
どうにも先程から、嫌な予感がする。
こういう感情は駄目だ。
ロクな結果にならない。
そう、長年の経験が訴えているのだが、暗くのしかかる空気を払拭出来ない自分がいた。
「どうかしたんですか?」
庭園の更に奥を進もうとして、扉の前で立ち止まった主を従者が訝し気に見下ろす。
「否・・・何でもない。」
仲魔に余計な心配を掛けさせる等主の恥だ。
ライドウは、常に己の傍らにいて支えてくれる黒髪の美丈夫を見上げた。
迷いの森で、エキドナの巣からこの亜人の子供を救ってから、20数年の月日が流れている。
あの時は、すぐ死にそうなひ弱な餓鬼としか思っていなかったが、まさかこれ程頼れる戦士に成長してくれるとは・・・。
「大丈夫、これは何時もの任務さ・・・相手がちょっとばっかし厄介なだけだ。」
「・・・・・。」
独り言なのか、そう自分に言い聞かせる主が何処となく儚く映る。
クー・フーリンにとって、17代目・葛葉ライドウは絶対的力を持つ主君である。
例え相手が、魔界を統べる4大魔王―魔帝・ムンドゥスだろうと遅れをとる事はないだろう。
「ナナシ・・・。」
扉に手を掛ける主の肩に優しく触れる。
胡乱気に振り返る愛しき主。
クー・フーリンは誘われる様に、その唇にそっと口付けを落とす。
「貴方は、私が護る・・・・彼(ヨハン・ハインリッヒ・ヒュースリー)との約束だから・・・・。」
「し、志郎・・・・。」
そんな美貌の騎士に、悪魔使いは、朱に染まる夕刻の空の如く、顔を赤くするのであった。
その果実を見た時、オルフェウスは自分の心の中にある大事な何かが音を立てて砕けていくのを感じた。
甥のアンブロシウス・メルリヌスが、可憐な少女の様な笑顔を浮かべてその果実を叔父に渡す。
「ふふ・・・これで伯母上を助ける事が出来ますね?」
手にずっしりと感じる膨大な魔力を宿した実。
掌に乗るぐらいの小さな果実に、一体どれ程の人の命が費やされたか想像も出来ない。
「・・・これでエウリュディケーを救える・・・・。」
血走った双眸で、毒々しい深紅の色をした果実を見つめる。
人の命が詰まった結晶体。
この魔力の果実を使えば、冥府の女王を退かせ、エウリュディケーを生き返らせるどころか、自分と同じ、半神半人の肉体にする事も可能だろう。
「叔父上は、実った果実さえ手に入ればもう、種もみには興味が無いでしょ?」
メルリヌスは、すり鉢状になっている闘技場の下に降りると、人の生き血を啜って雄々しく成長した『クリフォト・ルーツ』の根元へと近づく。
そこには、幼い子供の掌と同じぐらいの大きさがある丸い物体が生えていた。
美貌の甥は、無造作にそれを掴むと、腰に刺したアセイミナイフで斬り取る。
種もみを斬り取られた『クリフォトの根』は、忽ち塵と化していった。
「早く冥府に行った方が良いですよ?そうしないと伯母上が”転生の循環”に同化してしまう。」
小瓶に種もみを大事そうに仕舞うと、メルリヌスは、まるで魂が抜けたかの様に呆然と果実を眺めている叔父に言った。
愛弟子であり、甥のメルリヌスに言われたオルフェウスは、フラフラと覚束ない足取りで、書斎にある隠し部屋へと向かう。
その後ろ姿を美貌の少年は、嘲る様に見送っていた。
庭園の更に先、豪奢な台座が設えられた何かの神を祀る神殿の様な場所へと辿り着いた。
勿論、そこにも侵入者を始末せんと、悪魔の群れが待ち構えている。
「団体さんに歓迎されて、ちょっと感激?」
躰に巨大な目玉を生やし、奇妙な仮面を被った四足の怪物―ノー・バディと地下下水道を根城にしていたデス・シザーズの上位種、デス・サイズだ。
「その珍妙な踊りをする連中は、お前に任せる・・・俺は、アッチの面倒なの片付けるわ。」
背中合わせに立つ従者に指示を出す。
「了解、此処は狭いですからね?どうか何時もの癖で大技の連発だけはしないで下さい。」
調子に乗るとすぐに最上位魔法を立て続けに発動する癖を知っている黒髪の騎士は、背後に立つ主に釘を刺す。
「お前なぁ、そういうトコ可愛くないぞ?」
「フフッ、私がこういう性格しているのは、貴方も知ってるでしょ。」
クー・フーリンは、口元に微笑を浮かべると、籠手に封印してある魔具・イフリートを解放する。
紅蓮に燃え上がる両腕と両脚。
ライドウも、腰に刺してあるナイフホルダーから、銀色に光るオリハルコン製のアセイミナイフを取り出す。
悪魔使いの魔力に呼応して、白く光るナイフの刀身。
そんな二人の侵入者を八つ裂きにせんと、ノー・バディが四肢を撓ませ(たわ)襲い掛かって来た。
左右に分かれて回避するライドウとクー・フーリン。
漆黒の騎士が放つ回し蹴りがノー・バディの一体を粉砕し、悪魔使いの魔力の刃が投げつけられた大鎌を弾き返す。
壁を蹴って跳躍するライドウ。
体重を乗せた一撃をデス・サイズに放つが、死神の持つもう一本の大鎌に阻まれてしまう。
「へぇ?結構やるじゃん。」
闘技場前でやり合ったデス・シザーズとは、少しばかりデキが違うらしい。
ライドウは、一つ目の仮面を被る死神から離れると、置き土産に火炎系下位魔法『アギ』を唱える。
音速の弾丸が、デス・シザーズを襲うが、これも同じく回転する大鎌で防ぐ死神。
しかし、それは敵を油断させる為のフェイクであった。
一つ目の死神の背後に蒼い電気を帯びた魔法陣が展開。
そこから電気の鞭が現れ、デス・シザーズを拘束してしまう。
電撃系下位魔法『ジオ』だ。
予期せぬ奇襲に絶叫を上げる上位悪魔。
数万ボルトの電撃は、死神の自由を奪い、振りほどく事すらも出来ない。
ライドウの放ったクナイが一つ目の仮面をあっけなく粉砕する。
一方、数体のノー・バディと対峙する漆黒の騎士。
投げつけられる目玉の爆弾を華麗に躱し、お返しとばかりに紅蓮に燃える籠手から巨大な火球を放つ。
地面を這い回る怪物の一体に命中。
凄まじい爆炎が、神殿内を渦巻く。
業火に身を焼かれ、怒りと絶望の咆哮を上げる四足の悪魔達。
その炎を突き破り、漆黒の騎士が次々と拳と蹴りでノー・バディの群れを蹂躙していく。
戦闘の時間は10分もかからなかっただろうか?
神殿内は、悪魔の無残な骸が何体も横たわっていた。
「これが最後の一体か?」
悪魔使いが、二本の大鎌を持つデス・サイズを見上げる。
空中に浮遊している一つ目の死神は、仲間が次々と倒されていく事に恐怖を覚えたのか、中々仕掛けて来る事は無かった。
と、突然、その一つ目の仮面に銃弾が撃ち込まれる。
轟く銃声。
鋼の牙に仮面を打ち砕かれ、死神の躰があっけなく四散してしまう。
「らいどぉおおおおおおお!!」
聞き覚えのあり過ぎる少女の声。
悪魔使いの顔面に何かが張り付く。
「うわぁあああん!会いたかったよぉ!寂しかったよぉ!もう絶対離れてなんかやらないからねぇ!」
わんわん大泣きするのは、ライドウの仲魔の一人、ハイ・ピクシーのマベルであった。
主に涙でぐじょぐじょになった顔を擦り付ける。
「ま、マベル・・・って事は・・・?」
顔面に張り付く小さな妖精を引っぺがす。
確か彼女は、銀髪の魔狩人を監視する為に一緒に同行する様、命令していた筈だ。
その仲魔が此処に居るという事は・・・。
「よぉ、やっと会えたな?お嬢ちゃん。」
「だ・・・ダンテ・・・何でお前が此処に居るんだよ?」
オルフェウス城を探索している筈の便利屋―銀髪の大男、ダンテが神殿入り口に立っていた。
何とか終盤辺りまで来ました。
テメンニグル編より短く終われそうです。