一方、魔界では、魔帝・ムンドゥスが策謀を巡らせる。
西の地・ティフェレト。
その支配者である魔帝・ムンドゥスは、徹底的選民思想の塊の様な魔王で、当然、その地に住まう悪魔達は、力の信奉者達ばかりであった。
弱肉強食が全ての魔界。
それを最も体現した場所が、西の地―ティフェレトなのである。
「やはり、ファントムやグリフォン程度では、奴の相手にもならんか。」
現世を映し出す鏡を眺め、玉座に座る城の主―魔帝・ムンドゥスは、喉の奥で低く唸った。
そこに映されているのは、無残に首を斬り落とされたグリフォンの亡骸と、漆黒の甲冑を纏う『クランの猛犬』そして、魔界でもその悪名を轟かせている人修羅・・・17代目・葛葉ライドウの姿があった。
かつては、ムンドゥスの宿敵でもあった反逆皇・ユリゼンの番であり、東の領地を拡大する為に、ユリゼンに敵対する部族を全て滅ぼしていった。
人間の身でありながら、魔王すら凌駕する修羅。
そして、封印されし古の塔に幽閉されている”神殺し”を解放し、奴を己の最上級悪魔(グレーターデーモン)として従えた。
「飼い主である反逆皇までも殺した化け物・・・まぁ、そのお陰で東の地・イェソドは堕とし易くなったのだがな。」
現在、東の地は、ムンドゥスの支配下となっている。
脆弱なエルフやドワーフが住んでいた『妖精の谷』は、力のある妖獣や幽鬼などの住処に成り代わっていた。
目障りなユリゼンを倒してくれた事には感謝するが、まさか20数年の時を超えて、今度は自分の敵として立ちはだかるとは・・・。
まぁ、いずれ現世侵攻の時には邪魔になる存在だ。
今、潰しておいた方が得策かもしれない。
「ネロ・アンジェロよ・・・人修羅の首を余の前に持ってくるのだ・・・その為にお前には我が力の一部を与えたのだからな・・・。」
己が座る玉座の前に傅く(かしずく)禍々しい甲冑を纏った魔界騎士に命ずる。
騎士は、立ち上がり一礼すると魔力のオーラを纏って、再び”マレット島”の地へと戻って行った。
「お前・・・城を調べていたんじゃないのかよ?」
依頼遂行の為、オルフェウス城を調べていた筈の銀髪の大男。
ソイツが何故、こんな城の外れにある庭園に態々足を運んだのか意味が分からなかった。
「アンタに伝えておきたい事があってな。」
ライドウに近づこうと一歩前に出る。
しかし、想い人を護るかの様に漆黒の甲冑を身に付けた黒髪の美丈夫がダンテの目の前に現れた。
「貴様から聞く事など一つも無い。とっとと我々の目の前から失せろ。」
射殺してしまうかの様な鋭い視線。
その闘気を浴びただけで、並みの人間なら気絶してしまうだろう。
「なんだ?イメチェンか?正直言うとイケてないぜ?その衣装。」
しかし、そんな殺気などどこ吹く風が如く、ダンテは何時もの軽口を叩いた。
「この糞申がぁ・・・。」
身の程知らずの愚か者。
テメンニグルで二度ほど対峙したが、正直、口ほどでもなかった。
一体誰に喧嘩を売っているのか思い知らせてくれる。
漆黒の騎士が、両腕の籠手に封印されている魔具・イフリートを解放する。
「そこまでだ・・・武器を収めろ、クー・フーリン。」
今にも襲い掛からんとしていた魔槍士を止めたのは、主の重々しい言葉であった。
「・・・。」
「武器を収めろ・・・何度も同じ事言わせるんじゃねぇぞ。」
敬愛する主の絶対的命令に渋々従う魔槍士。
悔し気に唇を噛み締め、紅蓮の炎を宿す籠手を元に戻す。
そんな番に対し、ライドウは一つ溜息を吐いた。
「あんまりウチの仲魔を煽るな・・・大人気ねぇぞ。」
魔槍士と銀髪の大男の間に入り、ライドウが溜息を吐く。
「先に喧嘩を吹っ掛けて来たのはソイツだろうが。」
つまらなそうに唇を尖らせ、大剣『アラストル』に掛けていた手を止める。
「もー、喧嘩している場合じゃないでしょ?色々アンタ達の間にはあると思うけど、協力しないと悪い悪魔にやられちゃうんだからね?」
小さな妖精が、両腕を組んで銀髪の青年と漆黒の甲冑を纏う美青年を交互に見る。
妖精の言っている事は、至極まともな事だが、二人の蟠り(わだかまり)はそう簡単に片付けられる問題ではない。
方やライドウを絶対君主と仰ぎ、唯一の愛を捧げる騎士。
そしてもう片方は、そんな騎士から惚れた相手(ライドウ)を奪い盗りたい便利屋。
二人の間には、決して埋める事が叶わない大きな溝が出来ている。
「マベルの言う通りだぜ、取り敢えず此処はお互いの情報交換をしよう。」
睨み合う両者に辟易しつつ、ライドウは、安全に話せる場所に移動する様、促した。
ダンテ達が齎(もたら)した話の内容は、凡(おおよ)そ悪魔使いの予想の範疇を超える内容であった。
先程、戦闘を繰り広げた神殿―フォリー2階付近。
悪魔がいない事を確認した一同は、お互いの知りえる情報を交換する事になった。
まず最初にライドウ達が、この”マレット島”という孤島は、術師・オルフェウスによって強力な結界に護られていた事。
それが破られた為に、地脈が乱れ地震と言う形で影響が出始めた事。
そして、この一連の事件の黒幕が、魔界を支配している四大魔王(カウントフォー)の一人、魔帝・ムンドゥスである事を簡単かつ分かり易く説明した。
悪魔使いの話が終わると今度は、ダンテ達がライドウと別れた後の経緯(いきさつ)をかいつまんで説明し始めた。
知り合いの情報屋から『人探し』の依頼を受けた事。
その相手―ジュリー・フィンレイが生存しており、地下水路で悪魔、ブレイドの集団に襲われていたのを助けた事。
彼女が、オルフェウスの妻・エウリュディケーの生まれ変わりであり、護衛として冥府の女王”ペルセポネー”が、黒猫の躰を借りて彼女の護衛をしている事。
そして、この島の持ち主であるオルフェウスが、今も生きてこの孤島の何処かに居る事を話した。
「冥府の女王か・・・・また凄いのが出て来たな。」
現冥府の統治者である死神・ペルセポネーの事は知っている。
前の統治者であった魔神・ハデスの代わりに就任した彼女は、厳しい戒律を定め、絶対的法と秩序で冥界を治めている。
そのやり方は、少々強引ではあるが、筋はしっかりと通っており、反発する者は多いが、弱者救済の措置は立派になされている為、そう言った者達からは、絶大な支持を受けていた。
「ほう・・・あの娘が冥府の女王となったのか・・・。」
突然、悪魔使いの腰に下げてあるGUMPが明滅し、普段デジタル化されている魔獣・ケルベロスが肉の躰を持って姿を現した。
冥府の門を護ると言われる勇猛なる巨犬。
白銀の毛並みに同じく銀の鬣(たてがみ)、硬い鱗に覆われた蛇の如く長い尾に、金色の双眸。
その魔獣の姿を見た瞬間、銀髪の青年の表情が険しくなった。
無理もない、この魔獣は、たった一人の家族―双子の兄・バージルを父の形見である大剣『フォース・エッジ』で一刀のもとに斬り殺した憎い仇なのだ。
「ふん、貴様と会うのは3年振りか・・・・?スパーダの子倅。」
「久し振りだな?ワン公・・・元気そうじゃねぇか。」
お互い憎まれ口を叩き合ってはいるが、その双眸は、相手の出方次第では、殺し合うのも止む無しという、危険性を多分に肚(はら)んでいた。
クー・フーリンとは、また違った不穏な空気である。
「頼むからお袋さんまで面倒事起こさないでくれよ?」
そんな二人のやり取りに、悪魔使いはげんなりと言った表情で釘を刺す。
クー・フーリンとダンテの関係でも頭が痛いのに、これ以上、悩みの種を増やさないで欲しい。
「ふん、安心しろ・・・私が出て来たのは、懐かしい名前を聞いたからだ。」
今にも銃を引き抜きそうな銀髪の青年を鼻で笑いつつ、ケルベロスは金の双眸を悪魔使いに向ける。
「ペルセポネーとは少しばかり縁がある、私なら彼女を探せるかもしれん。」
「本当なのか?」
この魔獣と冥府の女王が知り合いだとは初耳だ。
しかし、元々ケルベロスは冥府の門番を務めている。
故に何らかの繋がりがあってもおかしくはなかった。
死後の楽園、エーリュシオン。
そこで最愛の夫、オルフェウスと予想外の再会を果たしたエウリュディケーは、戸惑いながらも彼の熱い抱擁を受けていた。
心成しか、大分痩せた様にも感じる。
自分の死が、相当この愛する夫を苦しませたに違いない。
「あ・・・貴方・・・どうやって此処まで来たの?」
暫しの懐抱(かいほう)後、漸く冷静な判断力が戻って来たエウリュディケーは、自分の躰を夫から離す。
此処は、死者しか立ち入れぬ神聖な場所。
生者は決して足を踏み入れる事が叶わない所だ。
「この果実を使ったのさ・・・魔力の結晶”クリフォトの果実”をね。」
愛する妻を安心させる様に微笑むと、オルフェウスは、腰に下げている布袋からどす黒い色をした果実を取り出す。
人間の生き血を思わせる深紅の色をした禍々しい光を放つ果実。
エウリュディケーは、その魔界樹の実を何処かで見た記憶があった。
あれは確か、魔導の師―メリクリウスから、法術の手解きを受けている時である。
彼は、己の弟子に一枚の絵画を見せた。
恐ろしい姿をした魔界樹―”クリフォト”とそこに実、真っ赤な果実を。
「エウリュディケー・・・・?」
突然、自分の躰を押し離した妻を不思議そうに見つめる。
愛する妻は、血の気を全て失ったかの様な真っ青な顔をして此方を悲しそうに見つめ返していた。
「ああ、何て事なの?オルフェウス・・・あ、貴方は・・・禁忌を犯してしまったのね?」
アクアマリンを思わせる美しい瞳からボロボロと涙が零れ落ちる。
本来、”クリフォト”という魔界樹は、あるモノを与えなければ無害で脆弱な存在である。
しかし、あるモノ―人間の生き血を捧げると途端に豹変し、無差別に人間を襲う恐るべき妖樹に変貌するのだ。
「エウリュディケー・・・・君は、この果実の正体を知って・・・?」
「知っているわ・・・貴方には話していなかったけど、私が仕えていた主、メリクリウス様は商人である前に、優秀な魔導士でもあったの・・・。」
魔術師として優れた才能を黒髪の美しい商人に認められた彼女は、そこで様々な法術を学んだ。
その中に”クリフォト”の魔界樹についても詳しく教えられたのである。
「貴方が手に持っているその果実は、大量の人間の生き血を糧に実るわ・・・・オルフェウス・・まさか貴方・・・その果実を手に入れる為に大勢の人間を・・・。」
「し、仕方がなかったんだよ!君に会う為には、あの血も涙もない死の女王を倒さないといけなかったんだ!悪いのはペルセポネーだ!僕は、たった一度だけ君に会って別れの言葉を交わしたかっただけなのに!!」
愛する妻に、自分が犯した罪を全て知られてしまった。
しかし、今更後戻りなど出来る筈がない。
普段穏やかな魔術師とは思えない、狂気染みた双眸で、オルフェウスは、愛する妻に魔界の果実を差し出す。
「さぁ!これを食べるんだ!エウリュディケー!これは、人間の命の結晶体だ!この膨大なエネルギーがあれば、人間一人・・・・否、僕と同じ半神半人の存在になれる!」
最早形振り(なりふり)など構っていられる状態ではなかった。
何時、ペルセポネーの護衛であるラダマンティスとミーノスが、この異変を嗅ぎ付けて此処に戻って来るかもしれない。
あの二人は、見た目こそ幼い子供であるが、中身は魔王と同クラスの力を持つ化け物だ。
例え、『クリフォトの果実』を使ったところで、一介の魔術師でしかない自分では到底太刀打ちできない。
「オルフェウス!ペルセポネー様に一体何をしたの!?」
しかし、彼女が心配しているのは、愛する夫ではなく、この冥府を統べる死の女王であった。
「別に・・・ただ気を失って貰っただけだ・・・殺しちゃいない。」
幾ら狂気に身を浸しているとはいえ、スプーンひとさじ分の理性ぐらいは持ち合わせている。
冥府の女王を手に掛ければどうなるかぐらい、オルフェウスでも知っている。
「大変、ミーノス様とラダマンティス様にお知らせしないと・・・。」
紅茶色の髪をした女性は、夫から背を向けると彼等がいるオケアノスに向かおうとする。
その華奢な腕をオルフェウスが慌てて掴んだ。
「何をしようとしてるんだ!一刻も早くこの果実を食べて・・・。」
「絶対に嫌!!」
禍々しい果実を差し出す夫の手を、エウリュディケーは反射的に振り払っていた。
叩き落とされる魔力の果実。
叢の上に虚しく落ちる。
「貴方は、私の愛したオルフェウスじゃない!私の知っているあの人は、人の道を決して外れる事はしない!貴方は人殺しよ!自分の利益を優先する人殺し!」
「エウリュディケー・・・。」
燃える様な蒼い瞳で自分を睨み付ける妻。
その時になって、初めて激しい絶望感がオルフェウスを襲う。
彼女に嫌われてしまった。
底の見えない暗闇の谷底へと失墜していく感覚が、魔術師を襲う。
刹那、そんな彼の背中を何かが思い切りぶつかる様な衝撃が走った。
ゆっくりと後ろを振り返るオルフェウス。
そこには、小型のナイフで自分の背中を突き刺す赤色のゴブリン―チククがいた。
次回は、魔帝・ムンドゥス誕生について書きます。