クリフォトの果実を妻に食べさせようとするが、彼女に拒絶されてしまう。
冥府―オケアノス。
冥府の周辺は、何本かの川に取り巻かれた形をしている。
その中でも一番有名なのが、アケロン川と呼ばれる大河である。
「ひー、何時来ても辛気臭い場所だぜぇ。」
アケロン川の渡し守、カロンが漕ぐ船の先端に一匹の大鷲が乗っている。
彼の名は、グリフォン。
と、言っても本当の名前ではなく、種族名である。
「冥界ってのは、空気がベタベタしてどーにも慣れないぜぇ。湿気で羽根が重くなって仕方がねぇ。」
やはり空を気持ち良く飛び回るには、現世の青空に限る。
グリフォンは、何時も重苦しい雲で覆われている冥界の空を見上げて、あからさまに溜息を吐いた。
「それ以上、文句を言うなら羽根をむしってグリルハーブチキンにしてしまうわよ?」
同じ船に乗る長い黒髪の少女が、大鷲を睨み付ける。
この従者のお喋りには正直うんざりだ。
「おーこわ、そうやって物騒な事ばっか言ってるから、その歳で未だにひ・・・。」
独り身何だよ、と言い掛けたグリフォンの羽根が数枚切り裂かれた。
見ると何時の間に取り出したのか、少女の手には、鋭利な銀色の鋏が握られている。
「誰が行かず後家ですってぇ・・・・。」
「う、嘘です!ヘカテー様は本日もとてもお美しくて俺様感激!」
負のオーラ全開の主―月の女神・ヘカテー。
これ以上、怒らせたら確実に滅殺される。
グリフォンは、全身に嫌な汗を大量に掻きながら、震える声で訳の分からない単語の羅列をほざきまくった。
月の女神・ヘカテーは、優れた魔術師であり、また魔獣調教師(トレーナー)としてもその世界ではかなり有名だ。
本も幾つか執筆しており、遥か遠い地から、彼女の教えを受ける為に召喚術師見習いの人間達がやって来る程である。
「全く、ペルセポネーの誕生日にこの子を送ってあげるんだから、その道中の護衛ぐらいちゃんと務めなさいよね?愚鈍。」
「へいへい・・・相変わらずおっかねぇなぁ?この婆ぁ。」
「何か言った?」
「いいえ!いいえ!何にも言ってませんよぉ?」
優しく自分の肩に座っている火の精霊・サラマンドラを撫でる月の女神は、鋭い視線で船の突端に留まっている大鷲を睨み付けた。
外見は、16・7の少女にしか見えないが、中身は500歳を優に超えている。
彼等、神族の寿命は大変長く、最長でも5000歳は生きると言われていた。
アケロン川を渡り、オケアノスに到着した一人と一匹は、早速、ペルセポネーが居ると思われる死者の生前の行いを査定する、審判の神殿へと向かった。
神殿に足を踏み入れた瞬間、一人と一匹は、室内の惨状に思わず言葉を失う。
そこかしこに倒れている神殿で働いていると思われる職員と、生前の査定を受ける為に集められた死者達。
明らかに何者かの襲撃を受けた直後である事が分かる。
ヘカテーは、念の為に、グリフォンと同じく護衛として連れて来た魔獣・シャドウを召喚する。
躰に幾何学模様の刺青を彫り込まれた黒ヒョウは、何時でも主を護れる様にぴったりと傍に寄り添った。
「コイツは酷ぇなぁ?一体誰がこんな事しやがったんだぁ?」
グリフォンは、倒れている神官達や死者達がちゃんと息をしているかどうか確かめる。
幸い、全員気を失っているだけらしい。
まぁ、既に死者である彼等が、これ以上死ぬ事等無いのだが。
「ペルセポネー!!」
室内の奥に見知った赤い髪の女性を見つけたヘカテーは、慌てて倒れている彼女の元に近づく。
死の女神も他の者達と同様、気を失っているだけらしい。
命に別条が無い事を確認した月の女神は、抱き上げるとその肩を揺り動かした。
「うぅ・・・ヘカテー様・・・・?」
髪の色と同じ、深紅の双眸が月の女神を捉える。
未だ覚醒していないのか、その表情は何処かほうけていた。
「しっかりして?ペルセポネー、一体誰がこんな事をしたの?」
まさか、魔界を統べる魔王の誰か一人が、この冥府を襲撃したのか?
余りにも突拍子も無い発想ではあるが、有り得ない事では無い。
奴等は、地上制圧の野望を虎視眈々と狙っているのと同時に、自分達を常に冒涜し続けるヘカテー達、神族を憎んでいる。
何らかの報復行動として、神族が管轄する冥府を襲撃する可能性は十分に考えられた。
「・・・お、オルフェウス・・・あのゼウス様の孫が・・・クリフォトの果実を使って、私達を・・・・。」
しかし、ペルセポネーから出た言葉は余りにも意外な内容だった。
「オルフェウス・・・・?あの卑屈で気持ちが悪いデブがこんな事をしたの?」
ゼウスと女神ムネーモシュネーの間に生まれたカリオペーと人間の子。
噂によるとカリオペーと太陽の神、アポロンとの間に生まれた不義の子と言われているが、その真意は定かでは無かった。
「は、早くエーリュシオンに行かなければ・・・・・エウリュディケーが危ない。」
かなりのダメージを受けているにも拘わらず、冥府の女神は無理矢理起き上がろうとする。
その身体をヘカテーが押し留めた。
「無理をしては駄目。すぐに宮殿の薬師を呼ばないと。」
その時、審判の宮殿に慌てた様子で二人の少年が入って来た。
美しい金の髪を持つラダマンティスと、濡れ羽色の髪を持つミーノスだ。
「ペルセポネー様!」
二人は、慌てた様子で上司の前に駆け込んで来る。
「一体誰がこんな事を?」
周りの惨状を見回して、責任感の強いミーノスが唇を噛み締める。
「説明は後よ、ラダマンティス、アンタは急いでこの事をオリュンポスにいるヘラ御姉様に伝えて頂戴、ついでに腕の立つ奴等を2・3人ぐらい連れて来てくれたら助かるわ、ミーノスは、アスクレピオスを呼んで来て、怪我人の対応をさせるわ。」
オリュンポス12柱を統括する女王ヘラは、ヘカテーの双子の姉である。
結婚と母性、貞節を司る神で、威厳のある天界の女王として絶大な権力を握っていた。
「何で大神・ゼウスじゃないんだよ?オリュンポスを支配しているのはあのオッサンだろ。」
「あんな頓痴気(とんちき)役に立つ筈がないでしょ?今頃は、どっかの農村で人間達と一緒に泥にまみれて遊んでいるわ。」
グリフォンの疑問をあっさりと斬って捨てる。
天界を統べる王の一人である筈のゼウスは、執政を行うよりも現世で人間達と共に農作を行っている方が好きという困った性格の持ち主である。
故に政務を全て妻、ヘラに押し付け、自分は大好きな土いじりと気に入った異性を見つけては、遊びに耽っていた。
そんな大神・ゼウスをヘカテーは心底嫌っており、出来る事なら視界にすら入らせたくない程である。
「しかし、それでは誰がエリューシオンに行ってオルフェウスの暴挙を止めるんですか?」
「私が行くわ・・・私の大事な親友をこんな目に合わせて、絶対許せない。」
ヘカテーは、未だ動けぬ冥府の女王をミーノスに渡す。
「そんな、一人でなんて危険です!」
ヘカテーの強さは十二分に理解はしている。
しかし、相手は曲がりなりにも大神・ゼウスの孫である。
おまけに一体どんな魔法を使ったのか知らないが、冥府の女王を此処までにしたのだ。
客人である月の女神をそんな危険な目には合わせられない。
「あのぉ・・・・わ、私は一体どうすればよろしいので?」
今の今迄、物陰に隠れていた審判官の一人、アイアコスが二人の間に割って入った。
中間管理職を絵に描いた様な痩せぎすの眼鏡の中年男は、へらへらと愛想笑いを浮かべている。
「アンタは床でも磨いてれば?」
まるで養豚場の豚でも見るかの様な侮蔑を大量に含んだ瞳で見つめると、月の女神は徐に立ち上がった。
「大丈夫よ、増援を呼んで来るまでの時間稼ぎぐらいなら何とかする。アンタは、早くアスクレピオスを呼んで怪我人の手当てをして頂戴。」
テキパキと的確な指示を二人に出すと、ヘカテーは従者のシャドウとグリフォンを連れてエリューシオンに向かった。
マレット島の外れにある庭園、フォリーで一通りの情報交換を終えたダンテとライドウ達は、再び分かれて探索する事になった。
「お前は、お袋さんと一緒にペルセポネーとジュリー・・・エウリュディケーを探して保護するんだ。」
本音を言えば、あまりお目付け役兼指南役の魔獣と一緒に行動させたくはない。
クー・フーリンの様にダンテに対して敵対心を剥き出しにする様な事はしないとは思うが、当の銀髪の魔狩人がバージルの件で何かするかもしれないからだ。
一時的な協力関係として割り切って貰えれば有難いのだが、そう簡単にはいかないだろう。
「アンタはどうするつもりなんだ。」
「引き続き、地獄門を探して、見つけたら封印する。」
魔帝の居る西の地・ティフェレトに殴り込みをかけて、奴を倒すなんて絶対に言えない。
言えば、この便利屋の事だ。
自分も連れて行けと言いだしかねない。
「本当にそれだけか?まさかその色男と一緒にムンドゥスの所に行こうとしてるんじゃねぇのか?」
「ばっか、んな訳がねぇだろ?俺が喧嘩を売る相手は、自分が絶対勝てる奴だと決めてるんだよ。」
意外と鋭いな?コイツ。
ライドウは胡乱気に目の前に立つ深紅のロングコートを纏った銀髪の青年を眺める。
「此処で無駄な門答をしている暇は無い、幸い、ペルセポネー達はこの近くにいる。早く保護しないと魔帝の配下共に見つかってしまうぞ。」
そんな二人のやり取りを割って入るかの様に、ケルベロスが呆れた様子で言った。
彼女の鋭い嗅覚は、ペルセポネーの匂いをしっかりと捉えている。
何時、魔帝の配下である悪魔共が、冥府の女王達を襲うか分からないのだ。
早く彼女達を見つけて護ってやりたい。
「んじゃ、そういう事だから、ペルセポネー達の事は頼んだぜ。」
悪魔使いは、気障っぽく片手を上げる仕草をすると、番を連れてフォリーから出て行った。
後に残された銀髪の青年は、忌々し気に舌打ちする。
現世侵攻を企てる魔帝をあのライドウが放置するとは思えない。
きっと地獄門を潜って、ムンドゥスが支配下に置いている西の地・ティフェレトに向かうだろう。
「17代目の事は気にするな、アレの強さは3年前に身をもって知った筈だろ?」
今にも後を追い掛けそうな魔狩人の背中に、魔獣が釘を刺す。
3年前、レッドグレイブ市を襲った未曽有の大災害。
古の塔―テメンニグルを使い、魔界の門を開けたダークサマナー、シド・デイヴィス。
ダンテとバージルの父、スパーダの力を手に入れたシドをあの小柄な悪魔使いは、圧倒的なまでの実力差で倒してみせた。
だが、その絶望的なまでの力のせいで、双子の兄・バージルは自分の矜持を打ち砕かれ、凶行に走り、命を落とした。
もし、自分も兄と同じ様に、父・スパーダを絶対的力の象徴として崇めていたら、それを遥かに上回る存在であるライドウを否定しただろうか?
「ち、分かったよ。」
ダンテは、舌打ちすると仕方なく魔獣のいう事に従う。
双子の兄は、スパーダを超える魔力を持つ悪魔使いを頑なに認め様とはしなかった。
ならば、兄と同じ血を引く自分は、彼に何を求めたいのか?
俺は、認めて欲しい・・・・。
常に傍らに従うクー・フーリンの様に・・・・共に戦いたい。
だが、それは途轍もなく難しい様に、ダンテには思えてならなかった。
諸事情で色々投稿遅れそうです。