一方、ダンテ達は魔帝・ムンドゥスが支配する西の地・ティフェレトに辿り着いたいた。
ゴブリンとは、ヨーロッパ地方に伝わる洞窟や鉱山等に住む悪戯好きの妖精である。
しかし、エルフやフェアリーの様な愛らしい姿ではなく、醜悪な外見に邪悪な性格を持つ存在として語られている。
万物を切り裂くと言われるアダマスの槍が、何度も閃く。
次々に両断される黒い球体。
障壁を失い、無防備となった巨人に破壊兵器のレーザー砲が何度も撃ち込まれる。
「ぐぉおおおおおおお。」
堪らず片膝を付く白い翼を持つ巨人。
外装が罅割れ、かなりのダメージを受けている事が判る。
「行けるぜ?姐さん!これなら奴を倒せそうだ!」
苦しむ巨人の姿に、鎌に姿を変えたグリフォンが高揚した声を上げた。
「油断は禁物よ!奴はオルフェウスを取り込んでいるんだからね。」
勝ちを確信している従者と違い、月の女神はあくまで冷静であった。
獅子の鎧へと姿を変えたシャドウに身を包む魔女は、アダマスの鎌を手に、慎重に身構える。
「死ねぇ!!魔女めぇ!!」
怒り狂う巨人は、天空から稲妻を召喚する。
雨あられの如く地上に降り注ぐ紫電の槍。
障壁を張り防御するが、雷の衝撃波は情け容赦なく月の女神を襲った。
(これは大神・ゼウスの雷、成程、腐ってもオリュンポス神族ってわけね。)
祖父ゼウスの容姿に良く似ているだけではなく、その強大な力までもオルフェウスは受け継いでいたのである。
彼を呑み込んだ醜悪な肉の塊は、それを良く熟知していた。
故に、オルフェウスの中で眠る大神・ゼウスの神通力を無尽蔵に引き出しているのである。
「やべぇよ!このまんまじゃ殺られちまう!!」
先程とは打って変わり、情けない声を上げるグリフォン。
確かに、防戦一方で中々反撃に出れない。
このままでは、何時か魔力が切れて雷の炎に焼き尽くされてしまうだろう。
「・・・!!?」
この最悪な状況をどうにかしたものかと思案する魔女の耳に、遠くから咆哮が聞こえた。
刹那、見えない何かに殴り飛ばされる翼を持つ巨人。
轟音と共に倒れる巨体、それと同じくして、人造破壊兵器・ナイトメアのすぐ近くに何者かが降り立つ。
筋骨隆々な見事な肉体美に緑色の肌。
オリュンポス神族十二柱の一人、闘神・ヘラクレスだ。
「うおっ!ヘラクレスの大将じゃねぇの!?」
肉の塊に呑み込まれたオルフェウスと同じ、神々の王・ゼウスと人間の女性・アルクメネーとの間に生まれた最強の英雄。
数々の逸話(という名の無茶振り)を残すヘラクレスは、その功績を神々に認められ、後にオリュンポス十二柱の一人として称えられる様になった。
「ヘラ御姉様の送ってくれた助っ人は貴方だけ?」
「俺だけ、違う・・・ママに言われてお前助けに来たの他にもいる。」
ヘカテーの言葉に首を振った緑の巨神は、その太い指で空中の一点を指差した。
そこには、炎の鬣を持つ軍馬に跨った戦女神が居た。
黄金の兜に深紅の仮面、黒を基調にした見事な装飾の施された甲冑を纏うのは、ヘラクレスと同じオリュンポス十二柱の一人、軍神・パラスアテナだ。
「ご無事ですか?叔母様!」
軍馬を駆り、ナイトメアの上に乗るヘカテーの傍まで来ると、アテナは深紅のハウンスカルを跳ね上げる。
双子の姉、ヘラの面影を強く残す美しい容姿をした少女。
しかし、その実力は、大神・ゼウスを超える能力(ちから)を持つのだという。
「アテナ・・・まさか貴方が来てくれるなんて・・・。」
「当然です!私の愛するヘカテー御姉様を虐める悪者は、容赦なくぶち殺してやりますわよ!」
可愛い顔をしてかなり過激な発言をする。
この少女は、双子の姉、ヘラに似て少々、エキセントリックな面がある。
殺意漲る(みなぎる)戦女神に、大鎌に変化したグリフォンは「くわばらくわばら」と内心で呟いた。
魔界、西の地―ティフェレト。
弱肉強食を絵に描いた様な世界の魔界において、最もソレを体現しているのがこの地である。
主に力のある妖獣や幽鬼等、極端な破壊や殺戮を好む悪魔達が数多く生息している。
他の領主達は、それなりに規律を強いてはいるが、この地だけはソレが無く、それ故、力を主とする悪魔達には住みやすい環境であるといえるかもしれない。
「ふん・・・・どうやら人修羅以外の鼠が紛れ込んだらしいな。」
玉座の広間。
その豪奢な装飾が施された室内の壇上、その上に設えてある玉座に大理石で出来た巨大な像が座っている。
この城の主である魔帝・ムンドゥスだ。
全長48mは軽く超えていると思われるその姿は、まるで中国にある関羽像の如く、雄大な姿をしている。
この城は、魔帝にとって体内と同じだ。
もし、外部から侵入者が入り込んでも、すぐさま感知する事が出来る。
「!・・・・アレは・・・まさか・・・冥府の女王か・・・・。」
侵入者を排除せんと、城内を警護している悪魔達と大立ち回りをしている深紅のロングコートの青年。
その足元で、幽鬼・フェティッシュの群れに氷結系最上位魔法―マハ・ブフダインで、氷漬けにしている黒猫の姿を見つける。
懐かしいかつての主。
今は黒猫の躰を借りの入れ物として使用しているが、本体は燃える様な紅い髪をしている絶世の美女だ。
”氷の女王”、”血も涙もない冷血女”等、彼女には酷い通り名が付けられてはいるが、その心は誰よりも暖かく優しい事を魔帝は知っている。
「ペルセポネー・・・・・。」
胸の中央に付けられた古傷が疼く。
オリュンポス十二柱の二神、そして月の女神ヘカテーとの激闘で負った傷だ。
彼等と同じオリュンポス神族の血を受け継ぐ、オルフェウスを体内に取り込んだお陰で、辛くも逃げ延びたが、”クリフォトの果実”だけでは、ヘカテー達、神族共に倒されていたかもしれない。
あの時は、ヘカテーの圧倒的なまでの力に恐怖し、更なる力を欲して無意識に石化したオルフェウスを取り込んだが、結果としては大正解であった。
容姿だけではなく、その潜在能力までも大神・ゼウスと同じオルフェウスの力は、闘神・ヘラクレスや軍神・アテナ、更には月の女神すらも出し抜き、まんまと魔界へと渡る事が出来た。
おまけに、傷の癒えたムンドゥスは、自ら魔帝と名乗り西の地ティフェレトを支配するまでになった。
これも全て、オルフェウスの中に眠るゼウスの神通力のお陰である。
「ペルセポネー様・・・・まさか貴方が此処に来てくれるとは思わなかった・・・・。」
かつて自分が愛し、心から渇望した冥府の女王。
人修羅以外にまさかこんな大物が手中に迷い込んでくるとは・・・・。
腹腔から湧き出る狂気にも似た喜びに、魔帝は内心で残忍な笑みを浮かべた。
「もう!あっさりと見つかったじゃないのさぁ!」
小さな妖精・マベルは、必死にダンテの肩にしがみつくと大声で悪態を吐いた。
「ぎゃーぎゃー、うるせぇ。黙ってろ!チビ!」
雷神剣・アラストルで妖獣・ブレイドの頭部を叩き割る。
返す刃で、雷撃をお見舞いすると、数体のブレイド達が消し炭となった。
「流石にこの物量の差には、少々うんざりするな。」
蛇の如く長い尾で、ブレイドの上位種、フロストを薙ぎ払い、鋭い爪と牙で引き裂く。
しかし、死を恐れぬ造魔の群れは、一向に怯む様子もなく、逆に殺してくれと言わんばかりにケルベロス達に襲い掛かって来た。
「触れるな!下郎!!」
冥府の女王、ペルセポネーが水撃系最上級魔法―アクアダインを放つ。
空中で幾つも展開される魔法陣。
そこから、水の龍が現れ、ムンドゥスの下部達を喰らい尽くしていく。
その水の龍に乗って大きく飛翔する深紅の影。
銀髪の大男―ダンテだ。
妖獣の群れを飛び越え、玉座の間へと続く回廊へと華麗に着地する。
「そんじゃ、後は頼んだぜ?お前等。」
白銀の魔獣と少し離れた位置にいる黒猫に気障ったらしく片手を上げると、さっさと先へと進んで行ってしまう。
「待ちなさい!一人で何て危険よ!!」
移動魔法(トラポート)を唱え、すぐにダンテの後を追おうとする。
しかし、それを白銀の魔獣が止めた。
「捨ておけ!奴に構う必要は無い!」
「でも叔母様!!?」
この回廊の先にどんな強力な悪魔が待ち構えているか分からないのだ。
何事に対しても慎重で冷静な魔帝が、侵入者避けの策を考えていない筈はない。
無暗矢鱈に突き進めば、待っているのは逃れ様も無い破滅だ。
「あの小僧が死んでくれればそれで良い。この先、生きていても災いしか生まないからな。」
背後から襲い掛かって来たブレイドの一体をその長い尾で薙ぎ払う。
「叔母様・・・・。」
そんな叔母をペルセポネーは胡乱気に見つめた。
女諜報員、トリッシュを現世へと還したライドウ達は、白亜の城―ムンドゥスの居城へと侵入した。
途中、何度も死神の群れに襲われたが、彼等にとっては何ら脅威になる事は無かった。
あっさりと排除し、先へと進む。
「何か質問がありそうな顔してるな?志郎君。」
デスサイズの連続鎌攻撃を紙一重で躱し、その仮面にクナイを叩き込む。
「私が言いたい事は判っているのでしょ?なら、素直に応えて下さいよ。」
魔具・イフリートを召喚し、拳と蹴りでシンシザーズの群れを焼き尽くす赤道色の甲冑を纏う黒髪の騎士。
正体不明の女諜報員を態と逃がした主の意図がまるで理解出来ない。
あの女が『クズノハ』と敵対している組織の人間だったらどうするつもりなのだ。
「彼女に言った通りだよ。余計な敵は増やしたくない。」
「貴方の寝首を掻く為に送り込んだ暗殺者だったらどうするんですか?」
「それはないな・・・初めから俺の命を狙っているなら、幾らでもその機会はあった筈だ。」
ライドウの命を狙っている秘密結社(イルミナティ)はかなりいる。
黒手組(ブラックハンド)と天智会がその主な組織ではあるが、他にも彼に恨みを抱いているフリーメーソンがいるかもしれない。
「”例の組織”が貴方の事を調べる為に送り込んだ可能性もあります。」
「・・・・・。」
”例の組織”・・・・恐らくファントムソサエティの事を指しているのだろう。
3年前、テメンニグル事件の首謀者、シド・デイビスを倒したのは、他でもないライドウ自身である。
幾ら組織の手を離れていたとはいえ、シドは元ファントムソサエティのスペシャルエージェントだった。
クー・フーリンが言う通り、自分の身辺を調べる為に彼の組織が送り込んだ、という可能性も無きにしも非ず、だ。
「ナナシ・・・僕は貴方が心配なんです・・・・あの一件以来、大分自暴自棄になってる・・・・”剣聖”様も口では何もおっしゃりませんが、心の底では貴方の事を案じております。」
シンシザーズの最後の一体を消し炭にした黒髪の騎士は、背後にいる主に振り返る。
「今の俺には、冷静な判断力が無いって言いたいのか?」
「ナナシ・・・・僕は別にそういうつもりでは・・・!」
無慈悲にデスサイズを電撃系最上級魔法―ジオダインで粉砕する主。
その声には、一片の感情すらも無く、クー・フーリンの心を凍てつかせる。
「はぁ・・・・・判っているよ・・・あの時、お前と”草薙の剣”を持っていけば少しは事態が変わったかもしれない・・・・でも、俺は・・・。」
情夫によって埋め込まれた蟲が疼いて仕方が無い。
気が付けば、首根のどす黒い痣は、再び右頬まで侵食していた。
「・・・ごめん・・・今更たられば言ってても仕方がねぇよな?」
「・・・・・。」
自虐的な笑みを浮かべる主を沈痛な面持ちで見つめる。
主の言いたい事は判る。
あの時、GUMPと”草薙の剣”を携帯していなかったのは、自分と子供達を死なせたくなかったからである。
十二夜叉大将の長・骸自身が出て来るのは想定内だった。
もし、戦闘となれば確実に此方が負ける。
神器”草薙の剣”は主の肉体に甚大なる負荷を与えるし、かと言って”神殺しの悪魔”を使えば、子供達も平気で巻き込むだろう。
ライドウは、苦渋の決断の末、一番信頼出来る業魔殿の主、ヴィクトルに自分のGUMPと草薙の剣を預けたのだ。
闘神・ヘラクレスの剛腕が唸りを上げる。
拳が巨人の左顎に炸裂。
呻き声を上げてよろける翼の巨人に向かって、軍神・アテナが核熱系最上級魔法―フレイダインを唱える。
「ぐわぁあああああああ!!」
胸部にぶち当たり大爆発を上げる灼熱の刃。
余りの激痛と衝撃に巨人が己が胸を抑えて絶叫を上げる。
「二人にばかり良い格好はさせないわよ!」
魔獣の鎧を纏う月の女神は、アダマスの鎌を手に上空へと飛翔。
弾丸の如く、苦痛で悶える巨人へと突進する。
「うわぁああああ!死ぬのは嫌だぁあああああ!!」
巨人の周囲を包む様に展開される無数の魔法陣。
そこから巨大な火球が現れ、オリュンポスの二柱と月の女神を襲う。
「これは、アポロンお兄様の!!?」
咄嗟に魔力の障壁を張る軍神・パラスアテナ。
まるで隕石の如く降り注ぐ巨大な火球は、自分の周りを防ぐだけで精一杯だ。
一方、不意を突かれる形となってしまった月の女神・ヘカテー。
当然、回避など出来ず、無防備な肢体を晒してしまう。
「しまっ!!?」
迫りくる巨大な火球を何とかアダマスの鎌で両断仕様とするが、ほんの僅か出遅れる。
全身を焼かれる苦痛と衝撃を予期し、兜の中で思わず目を閉じる月の女神。
しかし、その身体を何者かが包み込む。
闘神・ヘラクレスがその巨体を盾に魔獣の鎧を纏う女神を護ったのだ。
女神・ヘラより賜った強靭な肉体は、火球の猛攻など物ともせず、魔剣士を抱き抱えると安全圏まで離脱する。
雨の様に大地に降り注ぐ隕石群。
美しかったエリュシオンは見るも無残な焼け野原へと姿を変えた。
「アルケイデース!何て無茶な真似を!!」
鎧を纏うヘカテーを抱き抱え、地面に降り立つヘラクレス。
いくら双子の姉、女王・ヘラから不死に近い頑強な肉体を授かったとはいえ、太陽神アポロンと同じ神の炎に焼かれたのだ。
皮膚は所々焼け焦げ、醜い火傷の跡を晒している。
「懐かしい呼び方・・・ソレ、ママ以外使わない。」
尋常ならざぬ苦痛が彼を苛んでいるだろうに、ヘラクレスは一切その表情を浮かべない。
逆に何でもないと言わんばかりに豪快な笑みを口元に刻んでいる。
「待って、今回復魔法を・・・・。」
そう、言い掛けたヘカテーは、辺りを覆う炎と煙を突き破って巨大な何かが、天へ飛翔するのを目撃した。
オルフェウスを呑み込み、巨人へと変貌した肉の塊だ。
オリュンポス最強と謳われる闘神と軍神、そして月の女神に勝てないと判断した巨人は、巨大な翼を広げ、エリュシオンから脱出しようとしているのだ。
「このビチグソ野郎が!逃がす訳がねぇだろうがぁ!」
巨人からの手痛い反撃に、相当ヒートアップしているらしい。
とても英雄の守護神とは思えない汚い言葉を吐きつつ、跨る軍馬の腹を蹴ってパラスアテナが狼藉者を追い掛けようとする。
その背をヘカテーが慌てて止めた。
「待ちなさい!アテナ!深追いは禁物よ!!」
「お・・・・御姉様???い、嫌だわぁ・・・私ったら・・・。」
ヘカテーの言葉に正気に戻ったアテナが顔を真っ赤にさせる。
頭に血が昇るとついつい、汚い言葉を吐き散らすのは自分の悪い癖だ。
歳の大分離れた兄、太陽神・アポロンやその姉、狩猟・貞操の女神・アルテミスから、その口の悪さを再三注意されている。
「あれだけ痛めつければ、暫くは冥府に寄り付こうとは思わないでしょう。それより、アルケイデースが重症よ、すぐにアスクレピオスの所に連れて行かないと。」
ヘカテーの回復魔法と自身の驚異的な再生力をもってしても、神の炎によって負った傷は中々癒し切れない。
医神として名高いアスクレピオスならば、ヘラクレスの傷を治す事は可能だろう。
「・・・御姉様、あの悪魔は一体何者なのですか?さっきの力はアポロンお兄様のものでした・・・まさか、オリュンポス神族の血を・・・。」
最早、黒い一点となっている巨人を忌々しそうに見上げる。
アテナの記憶が正しければ、あんな巨人、オリュンポス神族にはいない筈だ。
「認めたく無いけど・・・オルフェウスの力よ・・・あの悪魔が一体何者かは知らないけど、厄介な事にオルフェウスの奴を取り込んでしまったの。」
祖父・ゼウスに似て、馬鹿で卑屈で気持ち悪い引き籠りのデブだとしか思っていなかった。
まさか、その潜在能力までも祖父と同等の力を持っていたとは・・・。
己の迂闊さに舌打ちしつつ、ヘカテーは魔装化を解いた。
まだまだ続きそうです。何とか終わらせたい。