一方、ダンテ達もエウリュディケーを追って、魔帝の居城に向かっていた。
雑魚悪魔の相手をケルベロスとペルセポネーに任せ、一路先を進む銀髪の魔狩人。
そんな便利屋を不機嫌そうに彼の肩に座る小さな妖精が眺めている。
「どうした?何か言いたそうだな?」
自分の肩の上で頬を膨らませ、内心の怒りを隠そうともしない妖精に軽口を叩く。
「アンタさぁ・・・もう少し自分の力量を測ったらどうなの?」
ダンテの勝手極まる行動に相当ご立腹らしい。
確かに此処は敵陣の真っ只中。
膨大な魔力を持つペルセポネーと”剣聖”の称号を持つケルベロスと別行動を取る事は、自殺行為に等しい。
「悪かったな、団体行動が苦手なんだよ。」
皮肉な笑みを口元に浮かべる。
長年、荒事師の仕事を続けているが、どうにも誰かと一緒に行動するのは性に合わない。
歳の大分離れた同じ便利屋であるグルーとは、度々コンビを組む機会があるが、それでも殆どは、ダンテ一人で十分賄える(まかな)事が出来た。
「もし、アンタの手に負えない上位悪魔が出て来たらどうするつもりなの?」
「そん時はそん時で考えるさ。」
煩く小言を並べる妖精に内心辟易する。
確かに彼女の言い分は判る。
この城内に出現する悪魔達は、マレット島とは比べ物にならない程の上位種ばかりだ。
「・・・・・そんなに志郎に負けたのが悔しいんだ。」
「何?」
聞き捨てならないマベルの言葉に、ダンテが足を止める。
「テメンニグルの時もファントムの時も、アンタは志郎に負けっぱなし・・・大好きなライドウにも良い所を見せられなくて相当焦っているんでしょ?」
意地の悪い笑みを浮かべる妖精をダンテは無意識に掴む。
握り潰さんばかりの握力に、マベルは苦しそうに呻いた。
「おい、チビ。口の聞き方には気を付けろよ?」
射殺さんばかりの鋭い視線。
普通の人間なら、竦み上がって動けなくなってしまうだろう。
「ふ、フンだ!図星刺されて簡単に頭に来るなんて、まだまだ青い証拠よ!あの二人はねぇ、アンタより悔しい想いを何百倍・・・ううん、何千倍も経験してるのよ!一度や二度の挫折でへそを曲げるアンタなんか、一生掛かってもあの二人に勝てないんだから!」
しかし、マベルも負けてはいない。
苦痛に顔を歪めながらも、ダンテを挑発する。
ぎりりっと唇を噛み締めるダンテ。
握り締める手に力が更に籠もり、妖精が「ぎゃっ!」と悲鳴を上げる。
「止せよ!ボーズ!!そのおチビちゃんを殺したら人修羅様が黙ってねぇぞ!!」
堪らず背負っている雷神剣『アラストル』が制止の声を上げる。
その声に正気に戻ったダンテは、握り締めていた手を離した。
「全く、こんな敵陣の真っ只中で仲間割れすんなよ。」
呆れた様子で、ダンテの手から逃れた妖精を眺める。
マベルも言い過ぎた部分はあったにしろ、あんなちゃちな挑発に簡単に乗せられるダンテにも問題はある。
もう少し、冷静な男かと思っていたが、どうやら自分の買い被りだったらしい。
「はぁ・・・はぁ・・・愛したらその分愛し返せ何て傲慢よ・・・そんなの好きな人にする事じゃない・・・アンタの愛は彼を傷つけるだけ・・・。」
あんなに酷い目に合わされても、我が身を犠牲にして主を護るという強い信念は失われない。
燃える様な真紅の双眸が目の前の銀髪の大男を睨み付けている。
「お前・・・俺の心を読んだのか・・・・?」
迂闊だった。
この妖精は、精神感応力にとても優れている事を失念していた。
己の中に眠る醜い欲望。
それを、この妖精に知られた。
「お、おい?ボーズ・・・・落ち着けって、そのおチビちゃんは・・・。」
不穏な空気が二人の間に流れているのを感じたアラストルは、何とかこの場を上手く収めようと試行錯誤する。
しかし、上手い言葉が出て来ない。
どうしたものかと頭を悩ませていると、回廊の壁が突如、轟音と共に爆散した。
「!!」
睨み合っていたダンテとマベルが、突然の出来事に驚いて破壊された壁の方向を見つめる。
濛々と土煙が立ち込める中、立ち上がる人影が見えた。
禍々しい漆黒の甲冑を纏った魔剣士、ネロ・アンジェロだ。
かなりダメージを受けているらしく、左肩から他方の脇腹にかけて深い傷がその甲冑に刻まれていた。
雄々しい二本の角が生えた兜は、砕かれ、その下から素顔が見える。
「まさか・・・そんな・・・・。」
ダンテ達の気配を察知したのか、ネロ・アンジェロが此方を振り向いた。
その素顔を見た刹那、銀髪の魔狩人は思わず言葉を失う。
3年前、テメンニグルの事件で散った双子の兄・バージル。
ライドウの仲魔・・・魔獣、ケルベロスによって斬り伏せられ、砂金の滝壺へと堕ちて行った二卵性双生児の兄がそこに居た。
時間は数分前に戻り、ムンドゥス居城内。
ライドウの放った手刀が、深々とノーバディの頭部へと減り込む。
そのまま脊椎にある心臓を握り潰し、右腕を引き抜くと間欠泉の如く血が噴き出した。
「・・・!!うぐっ!」
返り血を浴びた悪魔使いが首筋を押さえて蹲る。
好物の悪魔の断末魔を腹一杯喰らって嬉しいのか、体内に埋め込まれた巫蟲が左頬までどす黒い触手を伸ばしていた。
「マスター!」
真紅の魔槍”ゲイ・ボルグ”でデスシザーズの仮面を叩き割った魔槍士が、主の元へ向かおうとした。
「来るな!俺なら大丈夫だ!」
右手で首筋を押さえたライドウがよろよろと立ち上がる。
体内に埋め込まれている蟲から、流れ出る魔力の波動。
そのお陰か、多少は苦痛が和らいでいるものの、身体の内を這い回る蟲の感触に怖気が走る。
「サディスト野郎が・・・・余計な茶々入れるんじゃねぇ・・・仕事の邪魔だろうが。」
蝋の如く白い肌と人形の如く整った美しい顔の美青年。
自分が埋め込んだ蟲を通して、この状況を見ているに違いない。
己の躰を散々好き勝手に弄んだ挙句、部下に命令し、息子の見ている前で凌辱の限りを尽くした。
それだけでは飽き足らず、今度は蟲術(こじゅつ)を使って、要らぬ邪魔までしてくる。
何処まで・・・・何処まで、自分を玩具にすれば気が済むのか。
「マスター!上です!」
番の声に条件反射で肉体が反応する。
咄嗟に後ろへと飛びのいたライドウの目の前で、魔力の弾丸が地面を穿った。
数体の悪魔を巻き込みつつ、地表に巨大なクレーターを造る。
「はっ・・・・お前も大概しつこい奴だな?」
左の頬を蟲によって浸食されたライドウが、中央ホールの階段の上に立つ魔剣士を見上げた。
帆船の上でクー・フーリンと死闘を繰り広げた魔帝の下部、ネロ・アンジェロことバージルだ。
海に叩き落とされた衝撃でか、兜は既に剥がれ落ち、素顔が露わとなっている。
「・・・可哀想な奴だな・・・そんな姿になっちまって・・・キョウジさんが今のお前の姿を見たら泣くぞ?」
トリッシュをバージルの凶刃から庇い、左腕の義手を斬り落とされた時に垣間見た記憶の残滓。
日本の名門大学に通うバージル。
養父である13代目・葛葉キョウジ。
この二人に一体どんな接点があるのかは知らない。
そして何故、バージルが養父の元を去り、あんな凶行に走ったのかも知らない。
「でも、これだけはハッキリと言えるぜ・・・お前を止めるのはキョウジさんでも、ましてやダンテでもない・・・この俺だ。」
右手で左目を覆っている黒い眼帯を外す。
そこから現れたのは、蒼い炎を宿す魔眼であった。
「来いよ?俺を殺したいんだろ?」
階段の上に居るバージルを手招く。
その明らかな挑発に、バージルは怒りの表情を露わに、怒号を上げ、大剣を構えて襲い掛かった。
ライドウの放つ衝撃系上位魔法『ザンダイン』をまともに喰らい吹き飛ばされるバージル。
大理石の分厚い壁を破壊し、ホールの外へと投げ出される。
濛々と回廊内に立ち込める煙。
大ダメージを受けた魔剣士は、片膝を突き、穿たれた大穴から此方にゆっくりと歩いて来る隻腕の悪魔使いを口惜しそうに睨み付けた。
「バージル!!?」
緊張感が高まる二人の空気を引き裂くかの様に聞こえる第三者の声。
二人が振り向くと数メートル先に、深紅のロングコートを纏った銀髪の大男が立っていた。
「ダンテ?何でお前が此処に?」
この便利屋は確か、消えた依頼人の婚約者と彼女を護衛する冥府の女王の行方を捜していた筈である。
そういえば、剣の師匠である『お袋さん』ことケルベロスの姿が何処にも見えない。
「マスター!!」
番の声に無意識に身体が動く。
一気に間合いを詰めたバージルが、頭蓋を叩き割らんと大剣を振り下ろす。
それを紙一重で避けるライドウ。
カウンターで魔力が十分宿った裏拳を顔面に叩き込む。
二、三歩後ろにたたらを踏む魔剣士。
その割れた鎧に強烈な後ろ回し蹴りをお見舞いする。
「ライドウ!止めろ!!」
一体何がどうなっているのか何て知らない。
何故、誇り高い双子の兄が、魔帝の走狗に成り下がっているのかなど理解出来ない。
でも・・・・でもこれだけは分かる。
兄をライドウに殺させてはいけないという事だ。
背にした雷神剣『アラストル』のグリップを握り締め、疾風の如く駆ける。
その眼前を銀の影が遮った。
真紅の魔槍『ゲイボルグ』を構えた白銀の騎士だ。
「退け!気障野郎!!」
「黙れ、申・・・。」
激しくぶつかり合う蒼い瞳と青い瞳。
同じ蒼でも二人の持つ瞳の色は、余りにも違い過ぎた。
「そのまま、ソイツを近づけるなよ?志郎。」
「御意。」
片腕で器用に腰に刺してある合体剣『七星村正』を鞘から抜き放ち、番に短く命令する。
白銀の騎士は、主の命に応えると、深紅の魔槍”ゲイボルグ”の切っ先を銀髪の魔狩人へと向けた。
「バージル、今楽にしてやるぞ。」
鋭い蹴りの一撃を受けた胸を抑え、力無く片膝を付く魔剣士を憐憫(れいびん)の情で見下ろす。
人間としての必要最低限の理性すら奪われ、人外の魔物へと改造されたバージル。
せめてもの救いは、人間としての形が辛うじて残っている今の姿で死なせてやる事しかない。
「やめろぉおおおおおおお!!」
最早抵抗する力すら奪われた双子の兄。
その兄に七星剣の刃を振り下ろす悪魔使いの少年の姿を見た瞬間、ダンテの中で何かが弾け飛んだ。
銀髪の青年の咆哮にまるで呼応するかの如く、眩い光を放つ”大剣・フォースエッジ”。
瞬く間に光は青年の躰全体を包み込む。
「こ、これは・・・・!!」
強烈な光に一瞬だけ視界を奪われる白銀の騎士。
その隙を狙って、光の球体が弾丸の如き勢いで騎士の脇を通り抜ける。
「しまった!!」
一条の光の矢となったダンテを追い掛けようとするが、最早遅すぎた。
人間(ひと)から異形の魔人へと変貌したダンテは、大剣”フォースエッジ”を振りかざし、バージルとライドウの間に割って入る。
ガキィイイン!
橙色の火花を散らし、ぶつかり合う二振りの刃。
お互いの得物越しに悪魔使いと魔人化した青年が睨み合う。
「ダンテ・・・・お前・・・。」
二本の角に三つに輝く深紅の瞳。
背には、中世の絵画で描かれる悪魔と同じ四枚の翼を持ち、金に光る禍々しき鎧を身に付けていた。
両手に握る大剣”フォースエッジ”も、本来の姿・・・魔剣・スパーダへと変わっている。
「バージルは殺させねぇ・・・コイツは、俺のたった一人の家族なんだよ。」
激しい怒りと悲しみ。
そして、揺るぎない決意を秘めた三つの瞳が、鍔迫り合いをしている悪魔使いの少年を見下ろす。
「そうかよ・・・なら猶更、お前をバージルに拘わらせる訳にはいかねぇな!」
燃え上がる蒼い魔眼の炎。
華奢な右腕で受け止めていた魔剣・スパーダを軽々と跳ね上げる。
二、三歩後ずさる父親と瓜二つの姿となったダンテ。
蒼い炎を噴き上げる魔眼と深紅の三つの瞳が激しくぶつかり合った。
まだまだ終わりそうにありません。