すぐにライドウと番のクーフーリンが迎え撃つ。
闘いが激化する中、ダンテは・・・。
彼女が彼と出会ったのは、主人であるチルコ・マッシモを拠点に活動しているローマの貿易商、メルクリウスの世話係として、その宴会に参加した時であった。
元々、人付き合いが苦手なエウリュディケーは、仕事上とはいえ、本音を言えばこんな酒の席等参加したくもなかった。
豪奢に着飾った貴族や商人達。
その陰で必死に走り回っている侍女や従者達。
金や権力を見せ合う強欲な上流階級の人間達と、そんな主の欲を満たす為に必死に働く奴隷達。
此処には、ローマの悪しき風習が、縮図として詰まっている様に思えた。
(ああ・・・早く終わらないかなぁ・・・・。)
宴の片隅で、着飾ったいかにも貴族と判るご婦人達と形だけの談笑をしている美しい主人を見つめながら、エウリュディケーは心の中でポツリと呟く。
こんな酒の席より、魔導書や魔法の勉強をしていた方が何倍もマシだ。
もう何度目になるか分からない溜息を吐いた彼女の視界に、竪琴を持ったやや恰幅の良い男が映った。
魔術師らしき衣装を纏った30代半ばぐらいのその男は、かなり緊張しているらしく顔を真っ赤にさせて汗を掻いている。
酒宴に参加している人々に恭しく一礼すると、宴の中央に設えた木製の椅子に腰かけた。
皆、一体何が起こるのかと興味津々で男の様子を伺っている。
魔導師風の男は、更に顔を真っ赤にさせると一つ深呼吸をして、徐に竪琴を構えた。
すると先程までの緊張した表情が一変する。
目を閉じ、節くれだった指が弦を弾く。
場内を包む、涼やかな旋律。
宴会に参加している人々は自然と口を閉ざし、魔術師が語るイオールコスの英雄、イアーソーンの冒険譚を聞いている。
巨大な船、アルゴ船を駆り、大海原を冒険する50人の勇士達。
九つの首を持つ邪龍・ヒュドラとの壮絶な死闘。
7人の不死の剣士達との闘い。
美しき女王、ヒュプシピュレーとの儚くも悲しいロマンス。
酒宴にうんざりとしていたエウリュディケーは、この魔術師が奏でる竪琴にすっかり心奪われていた。
強靭な前脚でフェティッシュの頭部をあっさりと踏み潰す魔獣・ケルベロス。
その傍らでは、黒猫の躰を借りた冥府の女王、ペルセポネーがデス・サイズを氷の槍で串刺しにしていた。
「邪魔者は粗方、片付けましてよ?叔母様。」
「うむ、大分時間を取られてしまったな。」
回廊内に累々と横たわる無残な屍達。
壁や床、果ては天井で無様なオブジェと化しているのは、魔帝の配下である悪魔達だ。
魔帝の下僕共の相手をしていたお陰で、大分手間取らせてしまった。
ダンテとマベルは無事だろうか?
そんな事を考えている刹那、回廊内を激しい振動が襲った。
「ぬぅ、一体何事だ?」
雨の様に降り注ぐ漆喰。
城全体を揺るがす程の地震に、ケルベロスは眉根を寄せる。
「叔母様!アレをご覧ください!」
窓の額縁(ケーシング)に飛び乗った黒猫が叔母である魔獣を振り返る。
姪の傍へと近づく魔獣。
黒猫が指し示す方向を見つめると、そこには堅牢な城壁を破壊し、天に向かって咆哮する緑紫龍の姿が見えた。
「アレは、ペルーダか・・・・まさか、あんな邪龍まで飼い慣らしているとはな。」
魔界の中層、炎獄の中でも灼熱の獣王と呼ばれるゴリアテに次ぐ強靭な肉体と生命力を持つと言われる怪物である。
気性は途轍もなく荒く、使役している主人ですら平気で牙を剥き、喰い殺す。
「どうやら、人修羅とその僕が戦っているみたいですわね?」
魔力によって視力を上げた黒猫が、ペルーダと戦う悪魔使いとその番である魔槍士の姿を認める。
彼女がいる冥界でも、人修羅の名は、四大魔王(カウントフォー)の一人、反逆皇・ユリゼンを倒した化け物として知れ渡っている。
その強さは本物で、強靭な生命力と火力を誇る邪龍をあっさりと一蹴していた。
主の補助魔法で強化された魔槍士が、手に持つ魔槍”ゲイボルグ”でペルーダの前脚を斬り落としている。
バランスを崩し倒れる邪龍。
よく見るとその巨体には、無数の氷の矢と、疾風系魔法で切り裂かれたのか、硬い鱗には深い傷が刻まれ、紫色の体液を撒き散らしていた。
「ふん、あの様子なら態々、我々が助太刀する必要は無さそうだな?」
勝敗は誰の眼から見ても明らかだ。
膨大な魔法力と、3体のグレーターデーモンを従える怪物。
例え、相手が魔王であろうとも、超国家機関『クズノハ』最強の悪魔使いに敵う奴はいないだろう。
「ペルセポネー、エウリュディケーの行方は判るか?」
「それが・・・何度呼び掛けても応えてくれません。」
ケーシングから飛び降りた黒猫が、残念そうに首を振る。
「ぬぅ・・・・この城内に居る事は確かなのだが・・・・。」
そう言いかけたケルベロスは、急に言葉を止め、先程までペルセポネーが居た窓際へと近寄る。
「叔母様?どうかなさったのですか?」
訝し気に黒猫が傍らにいる白銀の魔獣を見上げる。
黄金の双眸を窓辺から見える景色に向けたまま微動だにしない魔獣。
その視線の先には、緑紫龍と悪魔使い達が死闘を繰り広げる戦場へと向かう黒い影が映し出されていた。
父、スパーダと瓜二つの姿へと魔人化したダンテだ。
「あ、アレはもしかしてスパーダ?」
黄金の鎧に巨大な6枚の羽根、そして雄々しき二本の角と三つの赤い瞳。
伝説の魔剣士・スパーダの姿がそこにあった。
「ふん・・・・それは何かの皮肉のつもりか?ルーシー?」
魔剣・スパーダを構え、激戦地へと向かう魔人の姿を見つめ、ケルベロスは小さく吐き捨てる様に呟いた。
「ま、魔法の多重発動・・・・こんなん初めて見たぜ・・・。」
ライドウによって突き立てられた雷神剣『アラストル』は、悪魔使いの周囲を取り囲むかの如く展開されている無数の法陣を驚嘆の眼差しで眺める。
一つは、番であるクー・フーリンの身体機能を底上げする為の能力増加系魔法。
もう一つは、物理・魔法攻撃を反射する防壁系魔法。
更にもう一つは、後衛役を担う為の属性攻撃魔法と、様々な魔法陣が展開されており、それらを的確に操作して番を完璧にサポートしている。
「ううっ、やっぱ人修羅様は最高過ぎるんだぜぇ♡」
「ごちゃごちゃ煩せぇぞ、魔力供給に集中しろってんだ。」
悪魔使いの雄姿にすっかり虜となったアラストルが桃色オーラを発して此方を見つめているのに、ライドウは少々げんなりとする。
魔法の多重発動は、術師に甚大なる負担を要求する。
針の穴に糸を通すのと同じで、相当な集中力を求められるばかりか、膨大な魔力まで消費しなければならないのだ。
「分かってますってぇ♡俺ちゃん、全身全霊で人修羅様にご奉仕致します・・・・ってあれ?」
「・・・・!!ダンテの奴か!!」
銀髪の魔狩人の魔力を感じ取ったアラストルとライドウが上空を見上げる。
すると、大剣を手に凄まじいスピードで接近するダンテの姿を見つけた。
「ちっ!しつこい奴だな!!」
怪物の姿へと変貌した双子の兄をまだ護りたいのか?
ライドウは、忌々し気に舌打ちすると、右掌から小さな法陣を作成する。
すると、此方に接近するダンテを迎え撃つかの如く、無数の電撃系魔法の法陣が展開された。
『待って!彼は私達の邪魔をする為に来たんじゃない!』
今にも雷撃系の魔法を放とうとする悪魔使いの頭の中を、仲魔であるハイピクシーの声が駆け巡った。
マベル曰く、銀髪の魔狩人は、邪龍へと魔改造された兄を自分の手で楽にしてやりたい事。
その為に、ライドウ達の手を煩わせたく無い事を念話で伝えた。
「ちっ・・・仕方がねぇなぁ・・・・。」
マベルの話に渋々と言った感じで納得した悪魔使いは、右掌で造り出した魔法陣を操作する。
ダンテの行く手を塞いでいた無数の魔法陣が、幻の如く消失。
代わりに、身体能力を上げるスクカジャと攻撃力を上げるタルカジャ、そして防御力を上げるラクカジャの淡い光が魔人化したダンテを包んだ。
「ライドウ・・・・。」
突然の出来事に戸惑うダンテ。
そんな魔狩人の頭の中をライドウの少し不機嫌そうな声が響いた。
『マベルから、バージルの心臓の位置は聞いている筈だな?足止めはコッチがやるから確実に仕留めろよ?』
「・・・・。」
上空に留まるダンテが、足元に居る悪魔使いを見下ろす。
一方、ライドウは、直ぐさま番のクー・フーリンに指示を飛ばした。
『志郎、聞いての通りだ。ペルーダの注意をコッチに引き付けるぞ。』
「イエス・マスター。」
内心の苛立ちはおくびにも出さず、淡々とした口調で応える魔槍士。
真紅の魔槍”ゲイボルグ”を構え、緑紫龍へと斬り掛かる。
しかし、錬金術を駆使して魔改造された邪龍は、そう簡単にやられる程ヤワではない。
驚異的な再生力で、切断された前脚を繋げると此方に向かって一直線に突進する魔狼に全てを焼き尽くす炎の吐息を吐き出した。
番の魔狼を護る為に、ライドウが魔力反射防壁を張り巡らせる。
己の吐き出した数千万度を超える灼熱の炎を浴び、悲鳴を上げる緑紫龍。
その巨躯を魔槍”ゲイボルグ”の鋭い刃が、切り裂いていく。
『今だ!行け!!』
「うぉおおおおおおおお!!」
完全に注意がダンテに削がれたのを見計らい、ライドウが念話で合図を送る。
それに応えるかの如く、魔剣・スパーダを構え、裂帛の気合と共にペルーダの弱点である心臓のある部位へと疾駆するダンテ。
鈍色に光る魔剣の刃が、辛うじて人間の姿を保っているバージルの胸に突き刺さる。
大剣が突き立った箇所から眼も眩む程の閃光が、魔狩人の視界を白く染めた。
頬に触れるひんやりと冷たい空気。
薄っすらと閉じていた瞼を開くと、何処かの倉庫と思しき(おぼしき)場所に立っていた。
「い、一体、何がどうなっていやがるんだ?」
急な場面展開に意識がついていけない。
自分は、確か魔界のティフェレトに居た筈だ。
気が付くと、両手に握り締めていた父の愛刀、魔剣・スパーダも跡形も無く消え失せていた。
「ば・・・・バージル・・・・?」
視界の隅に見知った人物の姿を捉える。
生き別れの双子の兄・バージルだ。
薄く開かれた扉を前に立つ双子の兄。
トレードマークである蒼いロングコートは身に付けておらず、その代わりに白のタートルネックのセーターと茶のチェスターコートを着ている。
普段撫でつけている髪も下され、黒縁の眼鏡を掛けていた。
無意識に、数歩離れた位置に立つ兄へと近づこうとする。
しかし、まるで何か見えない力で縫い留められているのか、両足が全く動かない。
何時の間にか声も出なくなっていた。
(バージル!!)
懸命に心の中で兄の名を叫ぶ。
しかし、バージルは此方に振り向く様子も無く、まるで何かに魅入られたかの如く、ドアの取っ手に手を掛けた。
開かれる扉。
そこにあったモノは、血、血、血。
床や壁をどす黒く濡らす人間の血。
「ダンテ!!ねぇ!ダンテってばぁ!!」
鼓膜を揺さぶる様な妖精の大きな声。
漸くぼやけていた焦点が合わさると、目の前にショートカットの紅い髪と同じ色の瞳。
淡い光を放つ蝶の様な翅(はね)を持った少女が視界を埋めた。
「チビ・・・?何でお前が・・・・?戦いはどうなった・・・・・?」
周囲の様子をぐるりと見回す。
当然、そこは薄暗い倉庫内では無く、緑紫龍と壮絶な死闘を繰り広げている魔帝・ムンドゥスの居城内だ。
城の外壁は無残に破壊され、魔界特有の巨大な双子の月と血の様に赤い空が何処までも広がっている。
「ペルーダなら転移魔法(トラポート)を使って逃げたみたい・・・・でも、あの傷じゃ恐らくもう・・・・。」
助からないという絶望的な言葉を無意識に呑み込む。
緑紫龍は、ダンテの持つ魔剣・スパーダの刃が己の心臓を穿たれた瞬間に、最後の力を振り絞って転移魔法(トラポート)を唱えたのだ。
本来ならば主を護る為に、平気で盾になる事すらも厭わない下僕にとって、敵前逃亡など有り得ない行動である。
「あ、予め言っときますけどね!私はライドウが心配で跳んで来たんだからね!別にアンタなんかどーでも良いんだからね!」
泣き顔を見られたく無くて慌ててそっぽを向く。
ペルーダが転移魔法を使って何処かへと姿を消したと同時に、マベルも戦闘が行われているこの場所へと魔法を使って跳んで来た。
そして、床に魔剣・スパーダを突き立て茫然自失となっていたダンテを見つけたのである。
「分かった、分かった・・・・まずはライドウ達と合流しとこうぜ。」
精一杯の強がりを見せる小さな妖精に自然と苦笑を浮かべる。
不思議と唯一の肉親であるバージルを失った喪失感は、微塵と感じる事は無かった。
兄をあんな化け物へと変えた魔帝に対する怒りは確かにあるが、そんな双子の兄を救えたのだから、これ以上何も求める気持ちにはなれなかった。
「・・・・・?これは・・・・・。」
床に突き立てた魔剣・スパーダを引き抜いたダンテは、その時になって初めて右手に何かを握り締めている事に気が付いた。
目の前で開いてみると金のアミュレットが姿を現す。
母親の形見であり、魔界の扉を担う役目を持つバージルのアミュレットだ。
「何で・・・・コイツが・・・・・?」
3年前、魔界へと堕ちていった兄が最後まで握り締めていた金のアミュレット。
あの時、兄と共に行方不明になっていたと思っていたが、何故、こんな所に、しかも自分の手の中にあるのだろうか?
「マスター!!」
思考の海に落ちかけたダンテを魔狼の叫び声が引き戻す。
ライドウが立っていた場所へと慌てて視線を向けるダンテとマベル。
そこには、真紅に光る幾本もの槍に貫かれた悪魔使いの姿が視界に映った。
大分短くなってしまいました。