「何時まで俺に付き纏う気なんだ?チビ。」
東の地、イェソドを統べる領主、”反逆皇”ことユリゼンの居城へ向かう道中、ナナシは背後を振り返る事無くそう言った。
亜人の幼い少年は、慌てた様子で岩陰に隠れる。
まるで小動物の様に怯えた様子で此方を伺う幼子に、ナナシは困った様に溜息を吐いた。
ドワーフ族の鍛冶屋、ゴトーの助言で四大魔王(カウントフォー)の一人である魔王・ユリゼンの元へ向かう事を決めた隻眼、隻腕の少年・ナナシ。
しかし、一つだけ困った事態が発生した。
妖獣・エキドナが縄張りとしている”迷いの森”で、偶然助けた亜人の子供が、何故か自分に懐いてしまったのだ。
幾ら追い返しても、再び戻って来てしまう。
無視して危険な悪魔共が徘徊するこの荒れ地に置き去りにしてしまう方法もあるが、流石にそれは忍びない。
一番安全な妖精の谷に居てくれれば安心なのだが、何故か頑なに拒まれ、自分の傍を決して離れようとはしなかった。
「はぁ・・・俺に付いて来たけりゃ勝手にしろ・・・。 その代わり、自分の身は自分で護るんだぞ?」
流石に根負けしたナナシが深い溜息を吐き出す。
腰帯に刺してあるクナイの一本を取り出し、幼子の足元に投げて寄越した。
「此処から先は、スキルの高い悪魔がわんさか出て来る。 お前の面倒まで見るなんて御免だ。 喰われても俺を恨むんじゃねぇぞ。」
足元に転がるクナイを拾い上げる亜人の子供に向かって、そう吐き捨てる。
ついて来たければ勝手にすれば良い。
その代わり、二度と助けるつもりは無い。
ナナシは、再び幼子に背を向けると、ユリゼンの居城に向かって歩を進めた。
万能系最上級魔法―メギドアークの破壊の光は、辺りを眩く包み、銀髪の魔狩人、ダンテの視界を白く染めた。
「ライドウ!!」
3年前に起こったテメンニグル事件でも、メギドアークを使用して元ファントム・ソサエティのダークサマナー、シド・デイビスを倒したが、あの時とは明らかに違う。
破壊の規模があの時よりも広範囲で、下手をすると西の地・ティフェレトの半分を消失させかねない程の威力だ。
爆風で、吹き飛ばされそうになった妖精を、咄嗟に懐深くに抱き込んで、己の躰を盾に護ってやる。
一体どれぐらい経っただろうか?
暫くすると、破壊の暴風が止み、耳鳴りがしそうな程の静寂が訪れた。
「マベル・・・おい!しっかりしろ!チビ助!!」
気を失ってぐったりとしている妖精を、大事そうに両手で抱えて揺り動かす。
すると、小さな呻き声を上げて、マベルがうっすらと閉じていた瞼を開いた。
「わ、私なら平気・・・・それより、ライドウが・・・。」
爆風が起こった際、石の礫に当たったらしい。
所々、皮膚が破れ血を流していた。
とても大丈夫とは言い難いその様子に、ダンテは舌打ちする。
一方、当のライドウもとても無事とは言えない状態であった。
巫蟲により発生する醜い痣が、右頬の全体を覆い、閉じられた左の魔眼からは、真っ赤な鮮血が滴り落ちている。
番の居ない状態で、万能系上位魔法を放ったのだ。
おまけに感情に任せて禁忌の秘術を発動させた為、ムンドゥスによって負わされた傷口から致死量に近い血が流れ出ていた。
「早く・・・・傷を塞がないと・・・・。」
ごほりっと、血の塊を吐き出す。
魔法を発動した衝撃で、肋骨が折れ、肺を傷つけているのだ。
「ひ、人修羅様!早く俺っちを人型に戻してくれ!魔具のまんまじゃ魔法が使えねぇよぉ!」
満身創痍の主を目の前に、雷神剣『アラストル』が悲鳴の様な叫びを上げる。
人型に戻れば、回復魔法でライドウを治療してやれる事が出来る。
中位程度の治癒魔法しか使用出来ないが、それでも、動けるようになるだけマシだろう。
「・・・・・!!」
その時、半壊状態のムンドゥスの居城が、激しく鳴動した。
突如、襲った地震に負傷したライドウと雷神剣の『アラストル』が周囲を見回す。
刹那、二人の居る地面が崩れ落ち、そこから罅割れた巨大な腕が現れた。
「ひ、人修羅様ぁ!!」
巨大な腕に掴まれたライドウが、成す術も無く、地下へと引きずり込まれる。
余りの出来事に叫ぶ、アラストル。
突き刺さっていた地面を失い、彼も地中深くへと堕ちていった。
「ぬぅ!何という事だ!」
膨大な魔力の波動を感知した魔獣・ケルベロスと冥府の女王・ペルセポネーは、エウリュディケーの行方を探す事を一旦、後回しにし、ムンドゥスとの激闘が繰り広げられている戦場へと赴いた。
そこで見たモノは、万能系上位魔法―メギドアークで、原子の値まで粉々に分解された筈の魔帝が、地中から突如現れ、ライドウを引きずり込んでいる光景であった。
恐らく、魔法発動時に咄嗟に地中へと転移魔法を使って逃れていたのであろう。
しかし、破壊の光に逃れきれず、相当なダメージを受けている様子であった。
「叔母様!城が崩壊します!!」
空間を薙ぎ払う最上級魔法の影響と、主であるムンドゥスが、別の空間へと移動した事が原因で、建物の形が保てず、瓦解する居城。
咄嗟に黒猫が叔母である白銀の魔獣と一緒に、安全な場所まで移動しようと魔法を唱えようとしたその時、視界の端に、見知った紅いロングコートを纏った銀髪の青年の姿が映る。
一緒にムンドゥスの居城へと乗り込んだ、便利屋のダンテだ。
崩落から逃れようと、崩れる足場を何とか飛び移りながら移動をしているが、ダメージを受けているのかその動きは何処かぎこちない。
「叔母様!!? 」
黒猫同様、銀髪の青年の姿を視認した白銀の魔獣が、制止の声を上げる間もなく、すぐに其方の方へと走って行ってしまう。
「ペルセポネー、お前はエウリュディケーを探すのだ!そして彼女を見つけたら一刻も早く現世へと連れ還るのだぞ!」
戸惑う姪にそれだけ伝えると、華麗に足場を飛び移りつつ、白銀の魔獣は魔狩人の元へと向かう。
「ちっ、身体が重い!!」
大事そうに小さな妖精を手で抱えつつ、崩れていく足場を飛び移り、駆けあがるダンテ。
しかし、未だに肉体が回復しきっていない為、蓄積された疲労により、思うように体が動いてくれない。
化け物染みたタフさを誇るダンテではあるが、この状況は流石に拙過ぎる。
「!!」
大きく跳躍し、着地した足場が突然崩れる。
バランスを崩すダンテ。
奈落の底へと堕ちようとしたその瞬間、白銀の巨獣がコートの襟を咥えて未だ崩れていない大理石の床へと運ぶ。
「助かったぜ? ワン公・・・。」
「ケルベロスだ。 」
金色の双眸が、ダンテとその腕に抱かれる小さな妖精へと向けられる。
この男を見捨てても良かったが、マベルの気配を感じた為、放っておく訳にもいかなくなった。
仕方なく助けたが、返って来たのは感謝の言葉どころか、気の触る軽口。
全く、何処までも生意気な小僧だ。
「どうやら、17代目はあの下に引きずり込まれたらしいな? 」
底の見えない瓦礫の下を覗き込む。
微かにライドウの気配を感じる。
幸いにも何とか無事ではあるみたいだが、早く助けに行かねば魔帝に殺されてしまう。
「私は、17代目を助けに行く、 お前はその子を頼む。」
未だ小さな妖精を腕に抱く銀髪の青年に、ケルベロスが言った。
しかし、その指示に対し、当然ダンテが異を唱える。
「ふざけんな! 俺も一緒に行くぜ!」
「マベルはどうする? まさかこんな所に置いていく訳ではあるまいな? 」
やれやれと溜息を吐いたケルベロスが、青年の腕の中で気を失っている妖精の存在を指摘する。
未だ崩落する危険があるこんな場所に、幾度も窮地を救ってくれた妖精を置いて行ける筈がない。
おまけに此処は魔界。
先程の騒ぎを聞きつけて、他の悪魔達がこの地に押しかけてくる可能性もあるのだ。
どうしたものかと考えあぐねる銀髪の魔狩人の耳に、情けない声が聞こえて来た。
「お願いぃいいい、誰か助けてぇええええええ。 」
見ると神父姿の浅黒い肌をした青年が、崖に蛙の様にへばりついていた。
悪魔使いの支配が解けて、元の人型へと戻った魔神・アラストルだ。
すぐにケルベロスが長い尾を器用に使って、アラストルを引っ張り上げてやる。
少々、乱暴に引っ張り上げられた為、受け身が取れず、したたかに腰を打ってしまうアラストル。
「ううっ、酷ぇよぉ・・・もう少し優しく扱ってくれよぉ。」
痛む尻をさすりながら、神父姿の青年は、恨めしそうに白銀の魔獣を睨んだ。
「丁度良かったぜ、コイツを頼む。 」
そんな青年に、ダンテが気を失ってぐったりとしている妖精を渡した。
咄嗟に両手で受け取ってしまう神父姿の青年。
ダンテは、踵を返すと奈落へと続く大穴へと向かう。
「待たんか!この子倅が! 」
勝手極まるダンテの所業に、呆れ返ったケルベロスが慌ててその後を追う。
何の躊躇いも無く、大穴へと飛び降りるダンテ。
その姿が、空中で魔人・スパーダへと変わる。
ケルベロスもその巨躯を奈落の底へと躍らせた。
永遠の地獄―旧約聖書や新約聖書に記されるゲヘナと呼ばれる場所。
煮えたぎるマグマの川が流れ、硫黄の匂いが充満するその場所に、魔帝・ムンドゥスと17代目・葛葉ライドウはいた。
「ぬぅ!流石、ユリゼンを倒しただけはあるな・・・・。」
砕け散った右腕に視線を落とし、魔帝が唇を噛み締める。
ゲヘナへと引きずり込む際に、ライドウによって砕かれたのだ。
怒りと憎しみの炎が燃え盛る双眸を、溶岩の上で浮遊する岩場にいる悪魔使いへと向ける。
一方、満身創痍のライドウ。
レッグポーチから、エーテルの入った小瓶を取り出し、一息に飲み干す。
魔力を充填出来た為、体力がある程度戻ってはきたが、重症である事に変わりはなかった。
「はぁ・・・はぁ・・・何時までも高見の見物してんじゃねぇよ・・・・いい加減、俺に力を貸しやがれ・・・糞骸。」
四肢を襲う激痛と疲労で、今にも倒れてしまいそうだ。
脳裏に浮かぶのは、自分の躰に忌々しい蟲を植え付けた蝋の様に白い肌をした美青年。
彼にとって、自分は都合の良い玩具だ。
組織にとって重罪を犯した自分を殺さず、歴代ライドウの証である『草薙の剣』を奪い、蟲術を施すだけで済ました。
未だ自分で遊び足りないなら、むざむざ見殺しにする筈がない。
「ぐぁあああああ!!」
途端に全身を走る激痛。
右頬まで達した不気味な痣がうねり、苦痛と共に折れた骨と千切れた筋肉の組織が繋がっていくのが嫌と言う程分かる。
体内に寄生している蟲が、無理矢理、肉体を修復しているのだ。
「くくっ・・・どうやら限界らしいな? 」
怖気と苦痛で蹲るライドウを、最早動く力すらも無いと判断したらしい。
瞬く間に欠損した右腕を再生させると、溶岩に浮かぶ岩石を操り、悪魔使いに向かって投げつける。
しかし、その岩石が華奢な悪魔使いの肉体を押し潰す事は敵わなかった。
何処からともなく飛来した深紅の閃光が、無数の岩石を全て打ち砕いたのだ。
「ば、馬鹿な!!」
戦う力を失ったライドウに、最早抗う術など無い筈だ。
蹲るライドウの目の前に突き立つ深紅の槍。
それは、番であるクー・フーリンの愛槍―魔槍『ゲイ・ボルグ』であった。
『手を貸してやるのは此処までだ・・・・後は自分で切り抜けるんだな?17代目。』
頭に情夫の声が直接響く。
何時もは、自分の事をナナシと呼ぶ癖に、今回は皮肉を込めてか、態と17代目と呼ぶ。
本当に、何処まで性格が捻じ曲がっているのか。
ライドウは唇を噛み締めると、震える手で目の前に突き立つ深紅の槍を握り締める。
この魔槍を手にするのは何十年振りだろうか?
かつてこの槍を背に、魔界を散々放浪した思い出が、遥か遠くに感じる。
「えぇい!死にぞこないがぁ!!」
怒りを露わにした魔帝が、炎の龍を召喚し、槍を握るライドウへと襲い掛かる。
炎の顎が、悪魔使いに喰らいつこうとした刹那、炎の龍が真っ二つに裂けた。
マグマの海に沈む火炎龍。
驚愕に双眸を見開く魔帝の視界の中に、魔槍『ゲイボルグ』を手に白銀の鎧を纏った騎士が立っていた。
「ふふっ・・・・中々面白くなって来たじゃないか?」
葛葉一族の聖地、”葛城の森”。
寝殿造と呼ばれる平安時代の貴族達が住む豪奢な平屋建ての屋敷に、その男はいた。
庭園の様に広い中庭を一望出来る中央寝殿と呼ばれる場所に、少々派手な着物を着崩した女の膝枕で、日本酒を嗜んでいる。
有田焼の如何にも高価そうな半酒器を手に、蝋の様に白い肌をした黒髪の美青年が、一口酒を啜った。
「随分と楽しそうですわね?御屋形様。」
膝枕をしている女―四神の一人、朱雀が優しく主の長い黒髪をすく。
まるで絹糸の様な手触りだ。
何時までも触っていたい欲求を、女は苦笑を浮かべて押し留めた。
「ナナシがもがき足掻く姿は見ていて微笑ましいよ・・・・・ただ、一匹、悪い蛇が纏わりついているのが気に喰わんが・・・・・。」
「蛇・・・・?」
主の言葉に女は、秀麗な眉根を寄せる。
「かつて、私の大事なモノを奪った悪い蛇さ・・・・・アマラの底に叩き落とされた筈だが、しぶとくも現世に這い上がって来たらしい・・・。」
半酒器を盆に置き、長い黒髪の美丈夫は、ゆっくりと起き上がる。
広い中庭に造られた人工の池には、中天に浮かぶ弦月がキラキラと映り、まるで幻想的な世界を創り出していた。
「まぁ・・・・それは大変ですわね?それで、御屋形様はその蛇を如何様になさるおつもりなのですか?」
縁側へと出る主の背に妖艶な女の声が掛けられた。
「今は様子を見ておく・・・・・ヘブライ神の連中もまだ気づいてはいないみたいだしな・・・それに・・・・。」
蝋の様に白い肌をした男は、背後に控えている朱雀の方を振り向く。
その紅い唇は、半月の様に弧を描いていた。
「簡単に蛇を潰してしまっては、面白くないじゃないか・・・。」
次回も魔帝と大バトルです。