その頃、雷神剣『アラストル』を手に入れたダンテは、”獅子の誇り”を使い、地下水路へ探索するのであった。
かつては地獄の刑務執行長官を務め、多くの罪人達に苦痛と恐怖を与え、己の犯して来た罪を悔い改めさせてきた。
地獄の魔神・アスラトール、ゾロアスター経典ではブーロー(死刑執行人)と呼ばれ、恐怖の名の元に人間達だけではなく、同族の悪魔達すらも恐れさせてきた。
「はぁ・・・その俺っちが、まさかこんなくっせぇ地下水路を歩く羽目になっちまうとはなぁ・・・。」
銀髪の魔狩人―ダンテに背負われた大剣『アラストル』が盛大に溜息を吐く。
中庭でのファントムとの一戦後、ダンテは大聖堂で手に入れた”獅子の誇り”を使い、封印されていた獅子の像を解放。
それと同時に、地下水路へと続く通路を開く事が出来た。
「ちょっとぉ、ブツブツ文句言ってないでちゃんと次のキーアイテムの所まで案内しなさいよねぇ?」
小さな妖精―マベルがぼやき捲る大剣を覗き込んだ。
次のエリアに進む為には、『陽光の導き』と呼ばれる鍵を手に入れなければならない。
そして、その鍵の在処は、この地下水路の奥にあるのだと言う。
「随分と面倒くせぇ仕掛けを考えたもんだな?お前の御主人様は?」
「あのデブ親父・・・じゃなくって、オルフェウスの旦那は、侵入者避けとか言ってたな・・・魔術師って職業は、常に誰かに研究成果を盗まれる危険があるらしい。それを防ぐ為に、秘密の隠し部屋に希少なマジックアイテムや法具、神器に魔具何かを置いておくんだそうだ。」
今の世界で言うと、魔術師という人種は、国の化学兵器や医療又は、生活に至る全ての事を研究している科学者と同じ立ち位置にある。
特に国の機密を取り扱う事が多く、漏洩防止として様々な法術を駆使して、情報を護っているのだ。
「!!!この先に人間がいる!」
何かを察知したマベルが、水路にある扉の一つを指差した。
「あの扉の向こうで悪魔と戦ってるよ!」
「・・・ライドウか?」
悪魔と戦っているという妖精の言葉に銀髪の青年は、中庭で別れた悪魔使いの少年を思い出した。
自分以外に悪魔と戦う力を持っているのは、あの美しい悪魔使い以外いないと思ったからだ。
「うぅん、違う・・・・ライドウは、この城の裏手にある闘技場に向かったもの・・・。」
「まさか、調査員の生き残りか?」
地脈の調査の為にイギリスの研究員が何名か既にこの島に上陸している。
全員物言わぬ骸となっていると思っていたが、どうやら何人か生き残りがいた様だ。
ダンテは、双子の巨銃の片割れ、”アイボリー”を抜いた。
マベルが指差す、扉の傍に近づくと壁に背を預け、慎重に中の様子を伺う。
「!!」
何か黒く大きな物体が此方に飛んできた。
慌てて扉から離れるダンテ。
黒い物体は、扉をぶち破ると壁に激突し、動かなくなった。
「あ・・・悪魔?」
それは、兜と円盾を装備した巨大な蜥蜴であった。
至近距離でグレネードランチャーでもぶっ放されたのか、腹に大穴が空いており、千切れた臓物が飛び出ている。
「ぶ、ブレイドだ・・・オルフェウスの旦那が錬金術で造り出した”ホムンクルス”だよ。」
アラストル曰く、魔術師・オルフェウスは、自分の研究データを護る為に宝物庫にホムンクルスを何体か放し飼いにしているのだという。
創造主であるオルフェウスには、絶対服従で、その代わり侵入者には容赦なく鋭い牙を向けるのだそうだ。
「良い趣味してるな?お前の主人は?」
異臭を放つ臓物に辟易しつつ、ダンテはもう片方の銃―”エボニー”を脇のガンホルスターから抜く。
「あくまで脅しの為、人は絶対傷つけない様に調教してるって主人は言ってたな。」
建築家―アーティテクトの資格だけでなく、人造生物の創造又は、調教する―テイマーの技術まで持っているのだと言う。
再び、壁に張り付き、室内の様子を伺うダンテ。
そこに、数体のブレイドの群れに取り囲まれている一人の女性が見えた。
「あれは・・・・・?」
ブレイドの群れと対峙している女性の顔に見覚えがあった。
確か馴染みの仲介屋であるモリソンから捜索依頼を受けている人物だ。
名前は、ジュリー・フィンレイ。
イタリアの国土地理院に在籍している地質学者だ。
「ペルセポネー様、危険ですからお下がり下さい!」
「馬鹿な事を言わないで!貴方を護るのが私の役目です!」
豪奢な装飾が施された金のダガーを握るジュリー。
その様子から、この異常極まりない事態に対して、少しも恐怖心を抱いている様子は無かった。
「エウリュディケー!危ない!!」
ジュリーのすぐ傍らに居るらしい何者かが叫んだ。
数体のブレイドが、彼女に向かって飛び掛かって来たのだ。
口内で何事かを詠唱するジュリー。
その彼女の眼前で、鋭い爪で引き裂かんとしていたブレイド達が、鋼の弾丸に撃ち抜かれ吹き飛んでいく。
余りの出来事に呆然とする女性地質学者。
その視界の端に、デザートイーグル並みの大きさがある二丁のハンドガンを握る銀髪の大男の姿が映った。
冥府から戻ったオルフェウスは、すぐ自室の書斎へと引き籠った。
震える手で、懐から掌に乗るサイズの小瓶を取り出す。
その中には、人間の血液と同じ色をした植物の球根が入っていた。
これは、チククから渡された冥府にしか生息しない特殊な魔界樹である。
アケローンの川辺、異界でしか見かけない不気味な植物群の中にソレはあった。
「な、なんだい?この気持ち悪い植物は?」
「クリフォトルーツっていう球根さ・・・此処の奴等は血溜まりって呼んでるけどな。」
成程、確かに言われてみると血溜まりに見えなくもない。
赤色の肌を持つゴブリンは、クリフォトルーツの傍まで寄ると手で回りの地面を掘った。
暫くして、子供の掌に乗るぐらいの小さな球根を持って来る。
「コイツは、冥府にいる時は大人しくて何の害もねぇ・・・だが、あるモノを与えると、とてつもない魔力を宿した果実を実らせるんだ。」
「あ、あるモノ・・・・?」
心臓の様に脈打つ魔界樹の根を気持ちが悪そうに眺めつつ、オルフェウスはオウム返しに聞いた。
「人間の生き血だ・・・生命力に溢れた人間の血が大好物なんだ。」
「・・・ま、まさか君は、私に咎人になれって言うのか?」
チククの言葉に全てを悟ったオルフェウスは、背筋を言い知れない怖気が走るのを感じた。
つまり、若く、生命力に溢れた人間の生き血を捧げて、膨大な魔力を持つ果実を手に入れろと言っているのだ。
「咎人になるかならないかはアンタ次第だ・・・大丈夫、生き血さえ捧げなければ、コイツは無害な虫けらと一緒だ。現世に持って帰っても血を与えなければ、いずれ朽ちて塵になる存在だからな。」
「・・・。」
「だが、そうするとアンタは一生奥方に会えなくなる。噂で聞いたんだが、人間が一度転生の循環に加わると記憶を全て消され、全く違う人間になっちまうみたいだな?アンタは大神・ゼウスの血を引いて不老長寿らしいが、運良く転生した奥方に回り逢ってもアンタをちゃんと覚えているかは疑問だな。」
チククは、冷酷な笑みを口元に浮かべると、腰に吊るしてあるポーチから瓶を取り出し、それにクリフォトルーツを入れた。
「オイラは強制するつもりはないよ?コイツを煮るなり焼くなりするのはアンタの自由だ。現世に帰ったらよぉーっく考えるんだな?」
オルフェウスに球根の入った瓶を渡すと煙の如く掻き消える。
後に残された魔術師は、どうして良いのか全く分からず、瓶を持ったままその場に立ち尽くしていた。
「どうしよう・・・でも、チククが言う通り、エウリュディケーが転生の循環に加わると前世の記憶を全て失われてしまう。僕と過ごしたあの楽しかった思い出が全て・・・・。」
書斎に引き籠り、魔界樹の根―クリフォトルーツが入った小瓶を前に一人葛藤するオルフェウス。
彼にとってエウリュディケーと過ごした日々は何物にも代えがたい大切な宝物である。
エーゲ海の蒼い海を二人で見に行った事も、メテオラの修道院を訪れた事も、アクロポリスの神殿で戦の女神、アテネにこれからも平和で健やかな日々が送れる様に祈りを捧げた事も全て掛け替えの無い思い出であった。
それに、生まれ変わった彼女が、もう一度自分を好きになってくれる訳が無い。
実父―太陽神・アポロンの様に美しい美男子であれば、何ら問題は無いのかもしれない。
しかし、悲しいかな祖父の大神・ゼウスに驚く程似てしまった自分は、とても見眼麗しいとは言い難かった。
こんなずんぐりむっくりの体型の上に凡人を絵に描いた様な容姿、おまけに卑屈で根暗な自分をもう一度彼女が愛してくれる筈がない。
それに、神の血を色濃く引く自分は、他の人間と違ってそう簡単に死ねる躰ではなかった。
残り数千年と言う長い寿命を愛する妻を失ったまま生きる事等、生き地獄と同じでは無いのか?
「先生、何をしていらしてるんですか?」
すぐ背後で聞こえる弟子の声にオルフェウスは飛び上がる程驚いた。
慌てて後ろを振り返るとそこに愛弟子のアンブロシウス・メルリヌスが立っている。
ペリドットを思わせる薄いグリーンの瞳が、不思議そうに自分を見つめていた。
「き、きききききききき君ぃ!い、いきなり何をするんだ!!」
普段温厚で、滅多に声を荒げる事をしない恩師に、メルリヌスは大分驚いているらしい。
少女の如く美しい相貌に驚嘆の色を滲ませていた。
「部屋をノックしてもお返事が無いので、心配で入って来てしまいました。ご無礼をお許し下さい。」
酷く狼狽し、平常心を失っているオルフェウスと違い、美しい愛弟子は、あくまで冷静であった。
恭しく頭を下げ、書斎机の上にある古びた小瓶に目を止める。
「それは一体何ですか?」
メルリヌスの質問に、魔術師は真っ青になって固まった。
見られてしまった・・・・異界のモノを現世に持ち込むのは重大な掟破りだ。
もし、愛弟子が魔導ギルドにこの事を報告すれば、自分は今まで苦労して得た資格と財産を全て没収・・・否、最悪の場合、タルタロスに投獄されてしまうだろう。
「こ、こここここ・・・・・。」
酷く動転し、吃音状態の魔術師は、言い訳する余裕すらも無かった。
そんな情けない師に対し、美貌の弟子は、悪戯っぽい微笑を口元に浮かべる。
「クリフォトルーツですか・・・本物を見るのは初めてですね。」
「え?」
予想外な弟子の言葉にオルフェウスが固まる。
今、この美しい少年は一体何と言ったのだ?
「それは冥府にしか生息しない魔界樹でしょ?誤魔化しても無駄ですよ?叔父上。」
先程とはうって代わり、態度を豹変させるメルリヌス。
その眼には、明らかな嘲りが含まれていた。
実は、メルリヌスは養父、オイアグロスの先妻との間に生まれた子供の子である。
ゼウスから寵愛を受け、オリュンポスの女王として君臨している女神ヘラがオイアグロスの子を気に入り、不倫関係で生まれたのがメルリヌスであった。
当然、妻を溺愛していたゼウスはヘラの不義を知り怒り狂ったが、オルフェウス同様、卑屈で気が大変弱い為、妻に強く出る事等出来る筈もなく、それどころか、彼女のスキャンダルを隠す為に、小国ダヴェドの王に土下座して隠し子を実の子として引き取ってもらうように懇願したのだ。
それが、メルリヌスである。
「め、メル!頼むからこの事は魔導士ギルドに報告しないでくれ!私が間違っていたんだ!す、すぐに処分するから・・・・・。」
「何故処分するんですか?貴重な魔界樹でしょ?・・・勿体ない。」
「え・・・・・?」
椅子から転げ落ちる様に床へと降りたオルフェウスは、甥の足元で無様に土下座する。
しかし、甥の意外な言葉に間抜けな表情で伏せていた顔を上げた。
「ふふ・・・もしかして異界から持って来たモノが戒律違反になると思って恐れているのですか?本当に叔父上は馬鹿が付くほど真面目な人だなぁ。」
冷酷な微笑を口元に張り付かせ、美貌の甥が書斎机の上に置かれている古びた瓶を手に取る。
「異界から希少な鉱石や植物を持ち帰るのは、魔導士の間では暗黙の了解ですよ?そんな古臭い因習を律義に守っているのは、貴方と貴方の祖父ぐらいです。」
メルリヌスの言う通り、魔導士の殆どが異界送りを行い、そこで得た鉱物や貴重な薬草又は、そこで造られている魔道具等を現世に持ち帰っている。
現にそれで生計を立てている輩も多くいるのだ。
彼等にとって面倒な戒律など糞喰らえなのである。
「し・・・しかし、模範となるべく宮廷魔術師の我々がおいそれと戒律を破る行為は・・・。」
「はぁ、もう良いですよ・・・それより、このクリフォトルーツをどうするつもりですか?まさか今更処分するとかは言わないですよね?」
馬鹿が付くほど生真面目な叔父を切って捨てると、メルリヌスは、酷薄なペリドットの瞳で、未だに床に正座しているオルフェウスを見下ろした。
「そ、それは・・・・。」
「叔母上をあの冷血女から救いたいのでしょ?なら、私が是非ともご助力致しますよ?」
蛇に睨まれた蛙とはこういう状況を言うのだろうか?
オルフェウスは、まるで瘧(おこり)に掛かったかの様に小刻みに震えながら、この悪魔の様な甥の顔を見つめるしかなかった。
またも中途半端。
次回はもう少し長くしたい。