どこかの航空施設にて。
「・・・・おい」
「はっ」
「アタシらの機体は一体どうなってる?」
「整備の九割はすでに終了しております。あと三十分で終わるとのことです」
「はっ、そうかい」
エンジンが曝け出された自分自身を見つつ、ハリアーはダークブラウンの髪をなびかせる。
アニマに共通する可憐な容姿。ハリアーの場合は、長い髪にくわえて、秀麗さのある容姿である為、どこかSっ気を感じさせるような姿だ。
「ハリアー、こんな所で何をしているのですか?」
「ん?ああ、グレイか」
その後ろから、ショートカットのアメジスト色の髪を持った少女が話しかける。グレイゴーストだ。
「何って、自分の体の様子を見にな」
「そうですか・・・教祖様から連絡が来ました」
「お、なんだなんだ?」
グレイゴーストの言葉にハリアーは嗜虐的な笑みを浮かべグレイゴーストの向きなおる。
「私達は引き続き基地の防衛。その間、別動隊は敵艦隊と石垣島を襲撃しミサイル発射を阻止、さらに出来る事なら那覇基地の滑走路を破壊、最悪ドーターをしばらく飛べなくしろとのお達しでした」
「はっ、中々に生温い事言ってくれるじゃねえか。どうせなら撃墜すればいいのに」
「最悪の場合、ですよ?つまりは、落とせなくても、という意味でしょう?」
「そんな事わぁってるよ」
「それともう一つ」
「んだよ鬱陶しい」
グレイゴーストの言葉に、鬱陶し気にハリアーは耳を傾ける。
「赤の機体―――JAS-39は確実に撃ち落とせ、との事です」
「はあ?あのファントムじゃなくてか?」
戦術的には、あの緑のドーターさえ撃ち落とせば、こちらの勝利は確実な筈。おそらくあの機体が向こうの作戦の主軸であり、基地を破壊する為のなくてはならない立場の存在のはずだからだ。
なのに、何故、JASを狙う必要があるのか。
「なんでも、あの機体こそが、対ザイ戦の切り札になりえるだとか」
「あのド素人な動きをする機体がねえ・・・ま、教祖サマの言う事なら、従うしかねえな」
ハリアーはそう頷き、また自らの機体を見上げる。
その顔に、獰猛な笑みを浮かべながら――――
結果としては、慧とグリペンの勝ちだった。
訓練開始の前に、ファントムに遅延プログラムをいともたやすく見破られてはいたが(これは慧の提案である)、模擬戦が始まり、ファントムが予想通りクラッキングを敢行。複数のダミーを展開し、攪乱しようとしていたが、ファントムが上から止めを刺そうとした瞬間、グリペンの機体が反転、そのままファントムと向き合う形になり、放たれた一番から四番までの
グリペンは勝利に気持ちを抑えきれないのかはしゃぎだし、一方のファントムは信じられないという表情をしていた。
その最中で、慧は彼女に一つネタ晴らしをした。
単純な話、ファントムと戦っていたのはグリペンではなく慧である。
ファントムは、アニマ用のデータリンクをクラッキングする事でグリペンを攪乱。それによって処理落ちした所を撃ち落とす気だった。だが、あくまでファントムがクラッキングしたのは
要は、途中からグリペンはスタンドアローンで、ただそこに座っていただけであり、後半の戦闘は全て慧が行っていたのである。
故に、アニマを相手にしていたと思っていたファントムは、見事に人間の機動に翻弄されて、見事に返り討ちにあったのだ。
ちなみに、遅延プログラムは全くの囮である。
「――――と、言う事だ」
その説明をした慧の目の前には、未だシミュレーションに乗るファントムの姿があった。
その表情は俯いていて分からない。
「・・・えーっと・・・ファントム、あのな・・・」
「ま、これに懲りたらこれからもチームとして仲良くやっていこうぜって事だ」
と、そこで恭平がファントムにそういう。
「・・・・」
が、未だファントムは俯いたままで、
「・・・おい、ファントム?」
「・・・・う」
「「う?」」
次の瞬間、
「うわぁぁあああぁぁあん!!!」
「「はぁ!?」」
((泣いたァ!?))
今までの所業からは考えられない、ファントムの号泣。
これには慧のみならず、恭平やグリペン、そして今回の訓練に手を貸してくれていた舟戸まで驚く。
「うわぁぁあああん!!きょうへいさんにみすてられたぁぁあ!!」
「は!?捨てる!?俺が!?」
「きょうへいさんはもうわたしなんていらないんだぁぁあああ・・・・!!!」
心の底が腹黒いファントムから信じられない状態。
まさかここまで泣き出すとは思わなかった。
「ま、待て待て待て!?ファントム待て!俺はお前を見捨てない!いらないなんて言ってないからな!?」
「だって、だってきょうへいさん、しつぼうしたって・・・」
「あああれはお前を戦いに呼び出すための嘘!冗談!はったり!ブラフだ!」
「ぐりぺんにまけたらこんびかいさんともいって」
「それ言ってないよな!?絶対に言ってないよな!?」
「私が覚えてる限りでは、一尉ははっきりとは言っていない。はっきりとは」
「グリペンなんだその不安しかないフォローは!?でも助け船はありがとう!」
肩を掴んでぐらぐらと揺らし、とにかく弁明をする恭平。
「とにかく!俺のパートナーはお前以外にありえない!さっきは酷い事言ったが、それでもお前はこの作戦に必要不可欠なんだ!お前がいなくなるのは俺は嫌だ!」
「うえ・・うう・・・・それはほんとうですか・・・?」
「本当だ」
「ほんとうのほんとうですか?」
「本当の本当だ!このやり取り無限に繰り返してやってもいいぞ!」
「・・・・」
そこまで言って、泣くのが止まるファントム。
「・・・・分かりました」
ようやくいつもの調子に戻り、目元を拭う。
「ただし、一つだけ条件があります」
「条件?」
ファントムは、恭平ではなく、慧の方を見て。
「次の出撃の際は、慧さん、貴方がグリペンを操縦してください」
出撃は、明朝。
それまで、寝て英気を養いたい所だが、どうにも寝付けず、恭平は整備されているファントムを見上げていた。
その周囲では整備員が突貫で整備をしており、機体のダメージやらなんやら、出来る限り最善の状態で飛べるように手配してくれている。
「あら、恭平さん」
ふと、後ろから聞き慣れた声が聞こえて、振り返ってみれば、そこにはファントムがいた。
「よ、お前も起きてたのか」
「ええ。仮眠も十分とりましたし、明日の出撃には影響ありません」
「本当か?さっきまであんなに泣き腫らしてたのに」
「わ、忘れてください!」
頬を赤くして膨らませ、そっぽを向くファントム。
実に可愛い。
「悪い悪い」
「それはともかく、我々にはある課題があります」
「課題?」
「終末派の事です」
終末派・・・・その名を聞くと、反吐が出そうになる。
あんな、生きる事を諦めた連中は、望み通り叩きのめしてやりたい所だ。
世界を終わらせるために戦う、それは決して、恭平にとっては認められる事ではない。
「おそらく、次の出撃でも彼らは必ず出てくるでしょう。自分たちがどれほどやられようとも、彼らは決して進撃をやめない。自分たちの理想の為に、戦い続けるでしょう」
「分かってるよ。だからこそ俺が全部墜とす。空を取り戻すために、俺はどんな事でもやってやる」
「覚悟は十分なようですね。ですが、貴方一人の覚悟だけでは決して成し遂げられない事ですよ?今回の事は」
「ああ・・・」
ファントムが言っているのは、おそらく慧の事だろう。
慧は、一般人であり、子供だ。
さらに、裏表がなく隠し事が出来ない。真面目で愚直。愚者とさえいえるほど、真っ直ぐな性格だ。
当然、壁にぶつかる事があるだろう。それをどのようにして超えていくのか。
慧は一体、どのような決断をするのか。
「見物ですね」
「よく言うぜ。お前の泣き顔の方がよっぽど見物・・・」
「いつまでそのネタでいじるつもりですか!?」
「俺が忘れるまでだ・・・・待て、悪かっただからその手にもってるレンチを仕舞え今すぐ!」
どうにか頭の危機は回避された所で、ファントムは恭平の手を持つ。
「ん?」
「私は貴方の翼です。命令してくれるならどこまでも飛び、敵を撃ち落とします。ですので、今回も貴方の翼として共に戦いましょう」
「まあ、そういう約束だからな・・・」
「そうではありませんよ。もう、変な所で鈍いんですから」
恭平の態度に呆れつつ、ファントムはいつもの意地の悪い笑みを浮かべる。
「
それは、彼女が彼に告げる、最大級の信頼の証。人類救済を願う彼女の、自らを危機に落とす矛盾した言葉。
だが、彼女はその言葉を撤回するつもりはない。
何故なら、彼女は、彼の戦闘機なのだから。
「おう、後悔するなよファントム」
恭平がその手を握り返す。
「当然です」
ファントムがそう返した所で、ふと遠くで景気の良い声が聞こえた。
見てみれば、そこにはグリペンと慧、そしてその慧に抱き着いているイーグルがいた。
「おいおい」
「うふ、相変わらず、イーグルは子供ですね」
「俺からしたらお前ら全員子供だがな」
「私、これでも貴方より生きてるんですよ?」
「あーはいはいソウデスネー。ま、いいか」
恭平が歩き出して、どうにかイーグルの拘束から脱出した慧の後ろに立ち、その背中をバンッ!と叩く。
「うおあ!?」
「よーどうした慧!眠れないのかー?」
「きょ、恭平さん!?」
「随分と楽しそうですね。私も混ぜてくださいますでしょうか?」
「ファントムまで!?」
慧の顔が一気に青ざめる。
それもそうだろう。この中で一番のくわせものコンビであるファントム・恭平ペアが登場したのだから。
「慧、不調なら一緒にメンテナンスしよう。フナさんに頼めば見てもらえるはず」
「あははははは!おすもう!おすもうさーん!」
「元気が有り余ってるのであれば、シミュレータでもう一戦しましょうか?私もドーターのチェックが終わるまで手持ち無沙汰ですし」
「なんなら俺の操縦技術教えてやろうか?お前でも簡単テクニックを伝授してやらんでもない」
「だーもう!お前ら緊張感なさすぎだぁ!!」
その夜、ハンガー内に楽し気な声が響いた。
夜は明けていく。そして、戦いが始まる――――
「システムオールグリーン。機体に一切の異常無し・・・行けます」
「おっし、タワー」
ファントムの機体チェックが終わり、全ての準備が整う。
パイロットスーツに対Gスーツ。特異体質である恭平には無用の長物だが、これを着ていないとどうにも調子が出ないのだ。
「っとそうだ。忘れる所だった。BARBIE01、応答しろ」
『えーっと、こちらBARBIE01、どうしました?』
応答したのは慧。今回の作戦において、慧はグリペンの前部座席に座り、機体の操縦を行う事になっている。
要は恭平たちと同じだ。
「大丈夫か?緊張はしてないな?」
『ええ、お陰様で』
昨夜のあれが効いたのだろうか。慧の口調はそれほど強張ってはいない。
「よし、慧。出撃する前にこれだけ言っておくぞ」
『はい?』
「躊躇うのは最初の一発だけにしろ。それまでは俺たちが全力でカバーする。いいな」
それだけを言い残して、恭平は通信を切る。
「躊躇うのは最初の一発だけですか・・・さて、慧さんはどのような決断をしてくれるんでしょうね?」
「さあな・・・でも、これだけは言える。慧は必ず結果を出す」
それが一体なんなのかは、流石の恭平にも分からないが。
『BARBIE03、クリアード・フォー・テイクオフ』
「ラジャー、BAEBIE03、クリアード・フォー・テイクオフ』
エンジンが咆え、機体が加速する。操縦桿を起こせば、機体は盛り上がり、空を飛ぶ。
「さあ、始めようか・・・!!」
恭平は、そう、誰に言うでもなく呟いた。
今、那覇を守るための戦いが始まる。
次回『プル・ザ・トリガー』