「あ・・・ありえない」
そう呟くファントムの目の前には、恭平との模擬戦のリザルトが表示されていた。
曰く、十戦中二勝八敗(ファントムの成績)
「言っておくが、お前からのクラッキングは分かってたからな」
「嘘でしょう・・・・」
シミュレーターから出て、そう言う恭平の言葉を聞いて、なおも目を見張りながら今回の戦績を睨みつけていた。
ここは三沢基地にある技本の執務棟にあるシミュレーター装置の置かれている部屋。
技本の人間に頼み、十本勝負の模擬戦をしてみたところ、結果が以上のようになったのだ。
「ありえない、あれがただの人間の機動・・・?どうやったらあんな・・・アニマの私でも不可能・・・・でも、あれ、あれ・・・?」
「おいおいおい落ち着け落ち着け!考えすぎてオーバーヒートしかけてねえかお前!?」
慌てて頭から煙を吹いてファントムを思考の海から引っ張り上げて、外にある椅子に座らせた。
「まさかここまで惨敗するとは・・・」
「正直、ザイよりも強くて焦ったよ。それに、シミュレータとはいえ、二本も取られるとは思っていなかった。いつもなら、十本中十本は簡単に取れるんだけどな」
「そりゃ当たり前だ。あんな機動してたら誰も追いつけるわけが無いだろう?」
恭平の言葉に答えたのは、ファントムの検査をするために戻ってきた八代通だった。
「というかお前本当に人間か?」
「失礼な。これでもれっきとした人間だ」
「普通の人間ならあんな機動した時点で体の中身がスクランブルエッグになっているぞ」
「そうか?・・・いや、うん俺が異常なだけだな。うん」
「しっかし、処女作とはいえ、アニマに圧勝するとは・・・お前本当に人間か?」
「それ二度目っすよ・・・」
「そういや聞いたが、ファントム。初陣はあまり良くはなかったようだな」
「・・・申し訳ありません、お父様」
「別に謝れと言っている訳じゃない。また次がある」
「そういえば、中国の方はどうなってます?たしか、小松あたりに難民が集まってるって聞きましたけど・・・」
その恭平の質問に煙草を吸いながら、八代通は答える。
「政府のコントロール力を上回るほどに蹂躙されている。と言ったところか。それほどまでに奴らの力は強く、そして速い。いずれ、中国全土が、奴らの支配権になるだろうな」
「マジか・・・」
「このまま中国が落ち、韓国や北朝鮮などの半島、台湾がやられれば、小松が前線になるだろうな」
「うわあ・・・てか、それならなんでファントムがここにいるんだ?小松が前線になるんなら、ここにいちゃマズくねえか?」
恭平の疑問は最もである。しかし、その疑問にいち早く答えたのはファントムだった。
「単純な話、三沢の上層部が私を手放したくないんですよ。三ヶ月前の戦いで惨敗したのが原因だそうですけど」
「なるほどねえ・・・」
ドーターは対ザイ戦の切り札。その戦闘力は並みの戦闘機を上回り、なおかつたった一機だけだ。そんな貴重な戦力を、自分たちの手の中にあるのにみすみす手放す気などさらさらないだろう。
「面倒くさいことを・・・・」
「まあ、私はとくに気にはしませんけどね」
「あっそう・・・」
時々、ファントムのこの無頓着さにはいささか心配を覚える。
そこでふと、八代通がパソコンの液晶画面をじっと見つめていた。
「・・・八代通室長?」
「ん、ああ、すまない。・・・一尉、ちょいとファントムを使って見せてくれないか?」
「「は?」」
「少し、試したい事がある」
そんな訳で
『うーむ・・・イーグルとは操縦方法が違うんだな・・・』
シミュレーターで、ドーターのファントムを操る恭平。その様子を、八代通とファントムは外のモニターで見ていた。
「これから課題を提示していく。その通りに動いてくれ。本気でな」
『まあシミュレーターだからな。いいぜ』
「よし、それじゃあ・・・」
そうして八代通が出してきたのは、どれも普通の人間なら出来ないような無理難題だった。しかし、そのどれもを恭平は軽々とこなしていった。
ファントム以上に。
「アニマを超える機動を軽々とこなすとは・・・」
「・・・」
呆気にとられる二人。
『もう終わりですかー?』
「ああ、もういい」
『了解』
その言葉を皮切りに、シミュレータが止まる。
そしてキャノピー部分が開いて恭平が出てくる。
「いやー、イーグルと性能が違うからちょいと操縦にてこずったが、慣れれば難しい事はねえな」
「なんでそう軽々と言ってのけられるんですか・・・」
「だって動かし方は同じだろ?」
もはや何も言うまい。
「ふむ・・・」
「それで八代通室長。結局、何をさせたかったんだ?」
「何、気にするな」
「はあ・・・・あ、じゃあアンタの要望に答えた礼と言っちゃなんですが、今日一日ファントムを借りてもいいですか?」
「何?」
八代通の鋭い視線にもおどけず、恭平はファントムの肩を持って、にししと笑っていた。
「何かと思えば貴方は・・・なんで私を基地の外に連れ出してるんですか」
「ん?息抜き」
「それだけですか・・・」
どきっぱりに言われて呆れるファントム。
「まあそんな悲観するなって。息抜きなのは本当だけど、俺のじゃなくてお前の息抜きだ。お、ちょっと待ってろ」
そう言って走り出す恭平。その先には屋台車が一台。
その事に首を傾げていると、何かを買ってきたらしく、戻ってくる。
「待たせたな」
「・・・クレープですか」
恭平の手にはクレープが持たされていた。
「おう、食えよ」
「いりません」
「いいからいいから。一口だけでもさ」
「・・・・」
恭平のしつこさに観念したのか、とりあえず一口食べてみる。
「・・・・バナナですか」
声を発する一瞬前、驚愕が迸ったような顔をしたファントム。
「一番無難な奴選んだつもりだぞ?」
「いえ・・・はむ」
(あ、食うんだ)
おもむろにクレープを恭平の手から奪い、頬張るファントム。
あまり表情には出ていないが、かなり喜んでいる事が分かる。
どうやら、気に入ってもらえたようだ。
その事に内心安堵しつつ、恭平も自分のクレープを食べる。
そのまま、三沢の街を散策する恭平とファントム。
三沢は、人口約四万二千人に加えて米軍人など、八千人が住む、異国情緒の溢れる街だ。
さらに世界で初めて太平洋横断をした『ミス・ビードル号』が離陸した場所でもあるのだ。
米軍、自衛隊、民間航空会社が共同で使っている滑走路がある三沢空港や、青森県立三沢航空科学館など、空とも関わりが深い街でもあるのだ。
また、米軍基地がある事で航空祭やアメリカンデーなど、三沢ならではのイベントもめじろ押しである。
今日は特にそんなイベントとかはない。だが街の中を歩き回るだけでも、三沢の街を初めて見る彼女には、新しい発見が多いはずだろう。
その予想は的中して、彼女でも知らない建物や歴史的建造物などの事を聞かれ、その度に恭平が答えるといったそんな散策となった。
ある程度散策していたら昼となり、腹の虫がなってきた。
「そろそろお昼の時間ですね」
「それならうってつけの店があるぜ」
その恭平の答えに首を傾げたファントムだったが。
「寺山食堂ですか・・・」
寺山修司という歌人及び劇作家が、青森空襲で焼き出された時に身を寄せていた店だ。
「青森で三沢と言ったらここだろう?」
「そうでしょうか?」
「そういうものなんだよ」
そんなやり取りの中で、二人は出された料理を食べ始める。
恭平はラーメンを、ファントムはカレーを、それぞれが食べる。
「そういえば聞きたかったのですが」
「ん?なんだ」
「何故私を基地から出したんですか?こんな事に意味はないと思うのですが」
「んー、その割にはお前、結構楽しんでたように見えたけど?」
「気のせいです」
「誤魔化すなよ」
「じゃあ聞きますが、あなたは楽しかったんですか?」
「まあな。いつも一人だったけど、今回はお前がいた。だから、一人の時とは違う楽しみ方が分かった」
「そうですか・・・いつもって事は、あれほど詳しい事も納得です」
「まあな」
そのまま食事を終え、また街中を歩く二人。
二十歳越えの男性とおおよそ中学生に見えるファントムが並ぶと、親子のように見えるのは致し方ないだろうか。
「Hi、キョウヘイ」
ふと、誰かに話しかけられた。まだ小さい娘を連れた女性だった。
「誰ですか?」
「近くに米軍基地があるのは知ってるよな?」
「ええ」
「そこにいる友人の家族だよ。転勤でここ日本に引っ越してきたんだ」
「Nice to me to you」
しばしその親子との会話をした後、別れ、見送る。
まだ幼い子供は、こちらに向かって大きく手を振って歩いて行った。
「・・・」
「・・・ああいうのを見るとさ、毎度思うんだよ。俺のやってる
空を見上げる恭平。
「よく死んだじいちゃんが言ってたんだ。空は自由だ。無限に広がってる。だからお前も空を飛べ。きっと痛快だぞって。実際その通りだった。自分の手で飛んだ空はすごかった」
そして、握った拳を見た。
「だから、その空を奪うザイを許す気は無い。誰もが自由に飛べる、この空を取り戻す為なら、俺は何機だってイーグルをぶっ壊してやる」
「それで死んだら、元も子もありませんよ」
「それもそうだな」
ファントムの言葉に頷きつつ、恭平は踵を返した。
「さて、次はどこに行くか?」
「それはどうぞお好きに。ですが、私が満足できる場所でお願いしますよ」
「そりゃかなり難しいことを・・・分かりましたよ。お嬢様」
そうして、ファントムの手を取って歩き出そうとした時、唐突にファントムが別の方向の空を見上げた。
「ん?どうした?」
「・・・どうやら、ここまでのようです」
ファントムの雰囲気が、緊迫している。
「・・・ザイか」
「・・・はい」
その答えを聞き、恭平とファントムは走り出した。
行き先は当然、航空自衛隊三沢基地だ。
次回『