あの襲撃から、早一週間が経った――――
あの日以来、ファントムはあのような、情報を噂として流して敵対関係を作るなんて事はしなくなった。
何故かと聞いたら、ファントムは不敵に笑って『貴方が守ってくれるんでしょう?』と自身ありげに言ってきたので、その時は引きつった顔が戻らなかった。
だが何はともあれ、これで三沢基地にはいつも通りの日常が戻った。
幸い、ザイはあれ以上の攻撃はしてこず、比較的穏やかな日常が続いた。
そう―――
「穏やか過ぎんだよな」
食堂の机に突っ伏して、そうぼやく恭平。
「あら、良い事じゃありませんか?平和が一番ですよ」
「前までこの基地に混沌を呼び出そうとしていた小悪魔の発言とは思えねえ言葉だなオイ」
「事実ですので」
目の前では、普通に食事をとる可愛らしい日本人形のような少女、ファントムがすまし顔でそう言ってのける。
「そういえば貴方は聞きましたか?」
「何を?」
「新しく、ドーターが完成したそうですよ?」
「お、マジか。
「ふふ、相変わらず察しが良いですね」
やや目を輝かせる恭平に微笑むファントム。
「アメリカですよ」
「おお!ありとあらゆる技術の最先端!」
「ずいぶんと嬉しそうですね」
さらなる興奮を見せる恭平に、ファントムは呆れ気味に返す。
「どんな機体なんだよ?」
「確か・・・F/A-18Fでしたでしょうか?」
「
何やらわくわくしている様子の恭平。
「・・・そんなに他のアニマと会いたいですか?」
「ん?ああ。だってお前以外のアニマだぜ?どんな奴がいるのか気になるじゃねえか」
「ふーん・・・」
何故かストローの入ったコップの水をぶくぶくとさせるファントム。
そんなファントムの様子に首を傾げる恭平だったが、何かを察したのかにんまりとして―――
「他のアニマに会ったからと言って、ソイツに浮気する気はないぞ?」
「ぶふぅ!?」
からかうような口調に、ファントムは思わず吹き出す。
「なななな何言ってるんですか貴方はァ!?」
「え?まさか図星?」
顔を真っ赤にして慌てる様子に、恭平はまるで面食らったかのような表情になる。
そして、その時に漏れた言葉にファントムは一層顔を赤くして、
「~~~~ッ!!!」
そのまま椅子を蹴り飛ばす勢いで立ち上がり、水を汲みに行ったのかずかずかと歩いて行ってしまう。
「・・・・」
「ずいぶんと手玉にしてきたじゃないか」
「ん?ああ、古田さん」
そこへ、古田が声をかける。
「冗談のつもりで言ったのに、なんで本気してんだアイツ?」
「ふふ、無自覚な奴ほど厄介な相手はいないよ?」
「ん?ああ、まあそれは弁えているつもりだが・・・・んん?」
何故か首を傾げている恭平。
なんというか、彼も彼女も面倒くさい性格の持ち主である。
「あとでファントムちゃんに声をサンカクに来るように伝えてくれ。エンジンチェックだとか、そのほかの機体チェックをしてほしいからね」
「ああ、分かった」
「それじゃ」
古田は、その手にカツサンドの入った袋をひっさげて去っていく。
そんな彼女を見送った所で、ファントムが改めて水を入れて戻ってきた。
「おかえり」
「ただいまです」
まだ拗ねているのか、ふくれっつらで食事に戻るファントム。
「・・・・あ、そういえば八代通に聞いたんだけどよ。また新しいドーターが出来そうなんだって?」
「んん?」
ギロリ、と睨まれる。
「え、あーっと・・・ど、どんな性能なのかなー」
「んん?」
「ど、どんなアニマが生まれるんだろうなぁ?」
「んんん?」
「・・・・そいつどこに配属されるんだろうね」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・・俺が悪かったですごめんなさいですので何かしゃべってください」
恭平が折れた。
「・・・・はあ、仕方がないですね」
そんな恭平の様子にファントムは呆れ気味に溜息をついて、離してくれる。
「F-2Aという機体です」
「おお、
「所属は那覇の方になりますので、こことは正反対の所に配属されますね」
「へえ・・・いつか会えるといいな。親睦もかねてさ」
「・・・・そうですか」
やはり拗ねている。
ここまで拗ねられると流石に何かを切り出す気になれない。
だが、そこで意外な事にファントムの方から話し出される。
「そういえば、先の戦いで、気付いたことがあります」
「ん?何に?」
「パイロット泉守恭平、そして火器/管制ファントム・・・つまり私。良い組み合わせだと思いませんか?貴方のブレイカーとしての機動で相手の攻撃を躱し、範囲内であれば、味方の位置に関係なく、ミサイルを当てられる・・・」
「まあな。HiMATを殺さずに一撃必中の攻撃を叩き込めるとなると、まさしく最強だな」
「ええ、まさしく、人間が操縦し、アニマがサポートする。これほど理想的な運用方法はありません。発想の転換ともいえるでしょう」
「・・・・ん?発想の転換?」
「ふふ、どうやら気付いたようですね」
いつもの妖美な笑みを浮かべるファントム。
「普通は。誰もがそう思うでしょう。なぜならドーターは、本来ならアニマのみで操縦する事だけを目的として開発された機体であり、本来なら人間を乗せるなんて事を想定していなかった・・・そこで現れたのが貴方です。ザイに対抗できる、いえ、それ以上の飛行技術を持ち、9G以上の重圧に耐えうる体を持った、貴方という存在が」
ファントムは、手を組んで、それを口元に当てる。
「普通、核爆弾のスイッチを、暴走する危険性のあるAIに持たせようと思いますか?私なら絶対にしないでしょう。ドーターとアニマも同じです。ザイのコアは未だブラックボックス。そんなまだ何も分からない存在をそのまま飛ばしますか?そんな危険性を孕んでいるくらいなら、操縦は人間にまかせてアニマはサポートに回すべきです」
「つまりは、本当の意味で俺たちは理想的って事か。人間が操る兵器の形として、ずっとずっと理想的だ、と」
「その通りです。ふふ、まあ、私自身も、これが答えだとは思っていないんですがね」
ただ、とファントムは続けた。
「話は変わりますが、一般的には私たちには生前の記憶はないとされています。ザイだった頃の記憶は、機械学習によって基本的知識を詰め込まれましたから、おそらく思い出せない程奥深くに押し込められてしまったのでしょう。ですが、一つだけ、覚えている事があるんです」
「へえ?何を?」
恭平は理由のない興味を惹かれる。
「・・・・この星を守らなければ」
「守らなければ?」
「ええ。それだけ。たった、それだけの感情が、まだ暗い密閉空間、保護液が充満したカプセルの中で培養されていた時に私の中にあった、唯一の衝動です。さて、私は・・・ザイは一体、何から星を守ろうとしているのでしょうね?」
「ふむ・・・・」
その、何気ない質問に、恭平は、しばし考えて・・・・
「人間じゃね?」
そう、迷いなく言ってのけた。
「・・・・随分と、あっさりしてますね」
「なんというか、それ聞いてアイツらが人類を攻撃する理由が分かった気がする。人間は、この世界で食物連鎖の頂点に立ち、なおかつ唯一文明を築ける種族だ。そんな種族が、地球温暖化や砂漠化の原因を作っている・・・・・ただなぁ」
「一体、誰がザイを作ったのか、という事ですよね?」
「そう、そこなんだよ。それが一切分からないんだよな・・・」
うーん、と悩む恭平。
その様子に、ファントムはしばし呆気にとられ、やがて噴き出して笑う。
「・・・なんだよ?」
「いえ、貴方も悩む時あるんですね」
「ああ、悩むよ悩む。俺も人間だからな。それなりに苦悩する事もあるんですよ」
あっけらかんとした性格。
本当に、つかみどころのない男だ。
「本当、貴方が私の監視役で良かったです」
ファントムは、小さく、そう呟いた。
基地内を、目的もなく、ファントムと共に歩いていると、ふとファントムがまた喋り出した。
「そういえば恭平さん。先ほどの人間とアニマのあるべき姿についてですが」
「ん?ああ。それがどうかしたのか?」
「実は、先日の戦闘の事を、ロシアとアメリカが嗅ぎつけたみたいでして」
「あー、そういやアメリカ軍にはめっちゃ見られてたな」
「それで、先ほどの議論の事について、両者とも気付いていたようでして」
「・・・・ん?ちょっとまて、気付いたって事はまさか」
「ええ、ロシアもロシアで、アメリカもアメリカで、私たちと同じ試みをしているようですよ?」
「ちょちょちょちょっと待て。おいファントム。まさかと思うが、俺以外にも、そういった壊し屋的なパイロットがいたりするのか?」
「そのようですよ?私も詳しくは知りませんが、ロシアとアメリカに一人づつ、貴方と同じ体質の人間がいるそうですよ」
「マジかよ!?俺以外にもいたのかよ!?俺ひそかに自慢にしてたんだぞこの操縦技術!!俺以外にいるなんて聞いてねえぞ!!ショックだよ!?俺何気にショックなんだけどちくしょォ!!」
ファントムから衝撃的事実を聞いて喚く恭平。
「安心してください」
だが、そんな恭平にファントムがささやく。
「それでも最強なのは私たちです」
そう、ささやかに自慢しだすファントム。
「お、おう・・・」
ふと、哨戒を終えたのか、数機のイーグルが滑走路に着地するのを見つける。
「・・・・なあ、ファントム」
「なんですか?」
「お前は、これからも俺のバディで居続けてくれるか?」
「・・・突然なんですか?そんな事言って」
「いや、なんか他にも俺みたいなやつがいるなんて驚いてよ・・・それで、ちょっと想像したんだ。お前が、他の奴についていくって所を」
「あら、貴方でもそんな事を言うんですね」
「まあな・・・なんか情けないな。こんな事で弱気になるなんて」
「全くです」
ファントムが、恭平の前に立つ。
「そんな事言わなくても、私のバディは貴方だけです。私にとって、貴方はこれから先、いくら探しても見つからない最高最強のパイロットです。ですから、私は決しては、貴方から離れません。ですから安心してください」
「ファントム・・・・」
「それに、貴方にはこれから先、たくさんの事を教えてもらわなければなりません。他にも言った事があるんでしょう?三沢以外に?」
こてんと首を傾けて、上目遣いで聞いてくる。
その様子に、恭平は肩の荷が下りたような感覚になる。
「はっ、そうだなぁ。基地のある場所なら大体案内できるぜ。その土地特有の楽しみ方って奴も、その街の名物も、たっくさん食わせてやるよ」
「ただし、私を楽しませるんです。お金は全て貴方が払ってくださいよ?」
「上等だこのじゃじゃ馬娘。お前が心の底から楽しめるようなデートコースを披露してやるよ」
「あら楽しみ。せいぜい、退屈させないでくださいね」
恭平は、改めて、清々しい程青い空を見上げた。
どれほど、道のりが遠のくとも、きっと、あの空を取り戻せる日が来るだろう。
自分が諦めない限り、自由を追い求め続ける限り、必ず、その日はやってくるだろう。
この少女が、隣にいてくれるなら、絶対に、その日は来る。
何故なら、俺は―――
『
運命は飛翔する。
翠緑の亡霊を駆り、天を駆け抜ける自由を追い求める男、泉守恭平。
緋色の有翼獅子と飛び、空を取り戻す為に戦う少年、鳴谷慧。
この双方が邂逅するのは、まだ先の話。されど必ず二人は邂逅する。
無限の繰り返しに、終止符を打つ物語が、今、始まる―――――
次回『チャンス・ミーティング』