四畳半秘封大系   作:膝゜帽子

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四畳半境界ツアー(二)

 蓮台野の探訪は、結局徒労に終わった。面倒な作業であったので空腹に駆られた我々は、飢えた獣のように猫ラーメンの誘惑に敗れた。蓮台野の夜陰に隠れるようにしながら、墓を荒らした小悪党二人は屋台へと向かった。猫ラーメンとは下鴨神社界隈に屋台を出す神出鬼没のラーメン屋である。情報通である小津にも、猫で出汁を取っているという噂の真偽は分からぬという。しかしその味は無類である。

 私の隣に座った小津は、暢気にラーメンを喰らった。ラーメンの湯気の奥にある小津の顔は、露天風呂の女湯に現れた変態もかくやである。猫ラーメンにはふはふと頬を綻ばす小津は、腐ったマシュマロのような顔で宇佐見氏メリー氏について口にした。

 

「秘封倶楽部の御二人も、あのように冥界へ行ったらしいですし」

「行けなかったではないか。あれでは、お前が墓を荒らしただけだ」私も猫ラーメンをはふはふしながら、小津に応酬した。「コノヤロウ。祟られろ」

「そんな怖い目をなさらないで」

「おい、くっつくな」

「だって、夜風が冷たいんだもの」

「このさびしがりやさん」

「きゃ」

 

 余興として、小津と二人で支離滅裂に夜のアベックを真似したはいいが、虚しいだけだったのでやがて飽きた。しかしどうにも以前似たようなことをした記憶があるようで、それがまた無性に癪であった。

 

「おい、前にもこんなことしなかったか」

「んな阿呆な。デジャヴですよ、デジャヴ」

 

 阿呆な会話はやがて尽き、私はただ無言で猫ラーメンを啜った。猫ラーメンの類稀なる極上の味に恍惚と不安、絶頂と失望などの諸成分の狭間に苛まれていると、我々の隣にふと新しい客が訪れた。妙な風体の男である。紺色の浴衣を着、修験者のような下駄も苦にしない、まるで仙人のような男であった。私は麺を箸で掴んだまま、男をちらと一瞥した。髪は鳥の巣のようにもしゃもしゃでありながら、ゲリラ豪雨に遭ったばかりのように濡烏色で、不自然なまでに艶っぽい。茄子(なすび)のようにしゃくれた顎に、暢気な眼。年齢不詳にして、おっさんのようでも大学生のようでもある。奇妙な男の姿は、私の記憶の(うち)にあった。男も、下鴨幽水荘の住人である。

 

「あ、師匠。おこんばんは」

 

 小津が頭を下げた。

 

「小腹が空いたのでね。失礼」

 

 男は会釈をすると、私の隣に腰を下ろした。男は小津の師匠であるらしい。小津の知人ならば小津の隣に座ればいいのに、初対面にしてここまで人懐っこいと、少々不気味であった。男はラーメンを一つ頼んだが、代金は小津が払った。師弟関係であれど、小津がここまでするとは意外である。

 

「小津。今日はドキュメンタリーの撮影か」

 

 師匠は私の背後に置かれた撮影機材の山々を一瞥し、小津に訊ねた。こうして私を間にして会話が交わされれば、桶狭間で奇襲、挟撃された駿河大名今川氏のようにぷるぷると肩身を竦ますしかない。

 

「今日は別件です。彼の用事ですよ」

 

 小津の言葉に、師匠は納得したように笑った。

 

「そうかあ。君が小津の友人か。大変だね」

 

 どのような紆余曲折を経て、私が小津の友人であるなどと曲解されたのかは不可解である。不本意である。しかし師匠という男も、小津がどれほどの曲者であるかを理解しているのであろう。子供のように純真な笑顔には、私の心労を慮ったような節があった。実に深淵なる男である。白蓮洞が如き深淵な懐で、どうにか小津を幽閉できなかったものか。

 

「小津から借りた『海底二万海里』だが、貴君のだろう。すまないね。まだ終わらないのだ」

 

 師匠の言葉に、私はぼわぼわと激昂した。私が小津に『海底二万海里』を貸したのは、半年以上も前の話である。

 

「小津、貴様」

「師匠の(めい)は絶対ですから」

「コノヤロウ」

 

 弟子の不始末に対しても、師匠は子供のようにからからと破顔するばかりである。トムとジェリーのような我々の死闘に次ぐ死闘は、師匠の「帰るか」との一言によってあっさりと終息に向かった。下鴨幽水荘に戻った小津は、撮影機材を運んだ車で帰った。師匠は私に黙礼し、幽水荘の二階へと去った。

 どっと疲れた私は、牛になるのも厭わぬ不退転の覚悟で、愛すべき四畳半で泥のように眠った。

 

  ○

 

 後日のことである。

 昼頃にのっそりとトドのように起床した私は、まず四畳半北壁の猥褻図書館から非常に文献的価値のある文書を紐解こうとした。己の半身たるジョニーを興奮から鎮ませ、高尚なる思索に日々を費やすのは紳士としての義務である。しかし唐突に下劣たる男小津が訪れ、ドアはドラムのように叩かれた。エイトビートの陽気にして軽快なリズムに、つい私は「ええじゃないか、ええじゃないか」と嬉々として雀躍するところであった。傍からすれば、阿呆の所業である。人間とは思考する葦である。人間にとって大切な、静謐たる思索の一時(ひととき)を滅茶々々にするなど、言語道断である。居留守を装った私は、ジョニーと共に桃源郷へ至ろうとしたが、小津は蝙蝠のようにきいきいと声を上げ、ドアを開けろと迫った。「ドアを開けないと、偽造レポートは渡さないぞ」と小津は声高々に兵糧を断つという卑怯な戦法に出たので、泥仕合を恐れた私は紳士的に降伏した。不毛に過ぎた二年間で、私の比類なき叡智は、活躍の場を欲して旅に出てしまった。提出すべきレポートは秘密組織<印刷所>の偽造レポートを頼らなければ、私はもう糊口を凌げない。小津を介して<印刷所>に偽造レポートを依頼することが、小津との憎き縁がいまだ断たれない最たる要因であった。

 私がドアを開けると、偽造レポートを手にした小津はへらへらと笑った。妖怪ぬらりひょんのようである。私は「今日はどうした」と慳貪に訊ねたが、小津は怒ったように、またきいきいと蝙蝠声を上げた。

 

「酷いですなあ。貴方の為に、徹夜したというのに。これですよ」

 

 小津は懐からぬくぬくに温まったビデオテープを出した。ラベルには「秘封倶楽部」とある。卑しい小猿のような顔をした小津は、にんまりと笑った。「先日撮ったテープです。これをサークル自治委員会に提出すれば、当面は大丈夫でしょ」

 私は小津に感謝するより先に、まず疑った。他人の不幸をおかずにして三杯は白飯を喰らう偏食妖怪などを信用すれば、そこで人生の破滅であろう。

 

「どうせ裏があるんだろ」

「心外ですね。尽きることのない隣人愛による賜物です。貴方も他人の厚意は素直に貰ったらいかが」

「お前だから素直になれんのだ」

「ですね。小日向さんのような純朴な黒髪の乙女の前なら、貴方もでれでれと素直な本性を現すでしょうなあ」

「その名前を口に出すな」

 

 異性にフラれたというトラウマを抉られ、激昂した私の拳を、小津は妖怪さながらにひらりと躱した。正義の鉄槌をぷるぷると震わす私に、小津はへらへらとしたいつもの姿を崩さない。あらゆる阿呆な感情に踊らされ、わたわたと狂乱する人々を上から嘲笑うのを至福とするのが、小津という薄汚れた塊である。小津をどうこうしようと思うのは、最早無駄である。

 私は矛先の失った太刀を鞘に(しま)った。少々空腹であったので、戦もできぬ。戦略的撤退である。

 

「秘封倶楽部の存続を祝うということで。どうでしょ、食事でも。僕、焼肉がいいなあ」

「奢らないからな」

「むっふう」

 

 小津は卦体に笑うばかりで、さっぱり要領を得ない。妖怪キジムナーのような不気味な男のことなど忘れ、宇佐見氏メリー氏の力になれたことを祝うのがよかろう。下鴨幽水荘を出た私の背後から、「待ってくださいよお」とマヌケな小津の声がした。

 北東からは高野川、北西からは賀茂川。二つはやがて合流し、鴨川となる。高野川と賀茂川に挟まれた逆三角形の領域は、学生達から「鴨川デルタ」と呼ばれ、春から初夏の新入生歓迎コンパ会場として知られている。我々が向かうのは、デルタでの一次会を終わらせた大学生がベルトコンベアーで流されるように訪れる定番の焼肉屋である。しかし、今は昼間なので、軽佻浮薄な大学生共の瘴気に毒される心配もなかろう。下鴨本通を往来する人々へ、ポケットティッシュのように不愉快をプレゼントするほど不吉な顔をした男二人が、京の町を闊歩した。男の一人小津は焼肉屋への道中で、猫ラーメンのときのように宇佐見氏メリー氏についてまた口にした。

 

「幽霊サークルとして知られている秘封倶楽部が、まさか本当にオカルトサークルとは」

 

 私には、はなはだ疑わしかった。

 

「大体、噂が本当だという証拠がない。詭弁だ」

 

 私の的確にして深遠なる批評を、小津は鼻でふへりと一蹴しただけであった。小津はインターナショナルな仕草で、やれやれと呆れた。

 

「御二人は蓮台野や博麗神社、時にはさる霊峰も訪れています。世間一般のオカルトとは、少々趣が異なるようですね」

 

 小津の言にも一理ある。

 オカルトマニアとは、電気街にして近年では一大サブカルチャー都市とも噂される東京秋葉原の、昼も夜も分からぬ数千メートルの地下大迷宮でムー大陸の存在を日夜協議するツチノコの一種である。時として全世界を陰から支配する秘密結社フリーメイソンの陰謀と野望を解明しようと、全世界の裏の裏に散在する秘密組織を敵にするという藪蛇も恐れぬエキセントリックでグローバルな連中と、寺社などを探訪する宇佐見氏メリー氏とでは趣向に相違があるのは自明であった。実に日本的である。冥界。幽霊。妖怪。民俗学的諸々の素粒子が、宇宙創成期のように私の脳裏でぎうぎうと収斂し、やがて爆発した。秘封倶楽部の二人は何を知りたいというのか。

 

「オカルトサークルでなかったら、なんだというのだ」

 

 私は小津に訊ねた。小津はしばし黙考した。地獄の門でロダンを悩ます悪魔のようである。

 

「霊能サークルってところですな」小津は得心したりと自信たっぷりに笑った。「霊能も、一種のオカルトでしょうけど」

「霊能……」

 

 私は反芻した。霊能という言葉は、冥界という言葉以上に馴染まなかった。私の思考は、ぼわぼわした霧に覆われた。冥界に行ったという宇佐見氏メリー氏には、もっと明確な目的や探究心があるように思われたからである。冥界についてあれこれ思索する私は、哲学者かはたまた自殺志願者のようである。陰鬱な表情のまま、私は木屋町通に面した焼肉屋へ入店した。

 

「あ、先輩方。こんにちは」

 

 小津が予約したという座敷席には、明石さんの姿があった。

 

  ○

 

 明石さんは我々の一回下の女性で、私とは「峨眉書房」でのバイト仲間であった。どうやら小津とも知人であるらしい。故にバイトをした昨年の夏からも多少の縁があった。宇佐見氏メリー氏とのむにゃむにゃを狙った卑しき男共が跡を濁さぬようにそそくさとサークルを去った為、秘封倶楽部は会員五人以下となり、存続の危機に瀕した。私と小津は明石さんの名を無断で拝借するという革新的な手法でこの危機を脱するなど、明石さんとは非常に親しい仲にある。しかし何故明石さんがここに。

 

「編集にちょっとばかり彼女の力を借りまして」

 

 小津はへらへらと笑うと、「ささ、食べましょう」と熱された鉄板に肉をどばどばと盛った。農耕民族としての情緒もあったものでない。予約した定刻より前だというのに、既に明石さんの頬はリスのようにぱんぱんである。理知的で聡明な瞳で一心不乱にもきゅもきゅと焼肉を下す明石さんは、まさに冬眠前のリスのようで愛らしい。私の頬が(あから)んだのは、麦酒(ビール)だけの所為ではないだろう。小津も小津で、牛タン塩を喰らうのに余念がない。あんなに牛タン塩を喰らったとしても、小津が地獄で閻魔から舌を抜かれる運命からは逃れられぬ。私は小津を憐憫しながら、常日頃不足する栄養分を補おうと椎茸をほくほくと摘んだ。小津はまるで野菜の皮を炒飯の具にする友人を憐れむような表情で、私を一瞥した。

 

「貴方、まさかそれを食べますの。信じられないなあ。菌ですよ、菌。それになんですか、このひだひだは」

 

 小津の偏食ぶりは、一級品である。私は彼がまともに食事をしたことがあるのかと記憶を探ったが、やはりない。野菜と肉と白飯などなどの絶妙なバランスで焼肉を味わう私を、小津は親の仇のように睨んだ。以前牛タン塩ばかり喰らう小津に、どろどろに焼けたトマトを無理矢理喰わせたからであろう。それでも牛タン塩を喰らう小津の箸が一切止まらないのはさすがである。しかしそれ以上にハイペースなのが、明石さんである。私は少々呆れた。

 

「お肉は久しぶりなので」明石さんは口許を掌で隠すと、困ったようにもきゅもきゅと口にした。困ったにしては、やはり箸が止まらない。「しかし、私が参加してもよかったのですか。私は編集をちょっとやっただけです」

「あ、いや。是非とも遠慮せず存分に食べてくれ」

 

 私の言葉に、明石さんはちょっと困惑したようであったが、ぺこりと会釈するとまた存分に焼肉を喰らった。明石さんは裏表のない性格で、実に清々しい。時にそれが疎まれることもあるらしいが、そいつの人間性が高瀬川の底よりも浅ましいことの証左である。

 ばくばくと焼肉を喰らう明石さんを尻目に、実は私もちょっと困った。小津によれば明石さんの力を借りたらしいが、どこでどう力を借りたのか私はさっぱり知らないからである。まず、ミステリースポット蓮台野を訪れた撮影記録に、わざわざ編集をする必要があるのかが疑わしかった。小津のことである。どうせ裏がある。

 

「しかし、小津先輩。また阿呆なものを作りましたね」

「げ」

 

 私の予感は、見事に的中した。明石さんの言葉に、小津が狼狽した。映画サークル「みそぎ」に所属する小津の自主制作した映画を明石さんが「阿呆なもの」と評するときは、それはもう筆舌に尽くせぬほどに阿呆なものである。私も一度彼の映画を観させられたが、酒の力がなければ、小津は今頃琵琶湖疏水の藻屑と化している。私は小津をじうじうに焼けた椎茸で黙らせ、明石さんに「小津はどんな阿呆なものを」と訊ねた。明石さんはぎうぎうに詰まった口の焼肉を、ごくりと豪快に下した。

 

「自殺志願者の男が、寺の墓地で延々と黒猫と戯れる映画です。哀愁漂う先輩の背中が、実に阿呆でした。化猫であった黒猫に男が喰われるというラストも、実に阿呆です」

「小津、貴様」

 

 憤慨した私を余所に、椎茸を無理矢理麦酒で下し、蒼白な顔面をより蒼白にさせた小津は唸った。

 

「自信あったのになあ。そんなに阿呆でしたか」

「はい、阿呆でした」明石さんは、両断した。「ただ――」

「ただ?」

 

 言葉を窮したような明石さんに、私は訊ねた。斯様に明石さんがちょっと悩むような姿など、私の記憶にはない。私はつい虚を突かれた。小津も川に流された河童のようである。しかし、鷹匠のように凜としたいつもの表情に戻った明石さんは、「なんでもありませふ」とまた焼肉をばくばくと喰らった。まさに早業である。先刻の明石さんらしからぬ姿が、私の脳裏で少々(しこり)のように残ったが、小津はもう肉に夢中である。私の分まで喰われるのは御免であった。

 私は麦酒をごくりと下すと、ふと阿呆な映画制作に興ずる小津への敵意がぐらぐらと滾った。映画のノウハウなど分からぬが、阿呆な映画なのだからきっと碌でもないものであることは、私にも分かった。これでは化猫に喰われた私が、さっぱり報われぬではないか。私はぷりぷりと憤慨した。何故私が斯様な境遇に喘がなければならぬのか。非は私にあるというのか。

 

「もうちょっとまともな大学生活が送れればなあとか、思ってませんか」

「ぬぐ」

 

 小津に核心を突かれた私は、武蔵坊弁慶の大往生もかくやとばかりに苦悶した。

 

「無理ですね」血肉を(すす)ろう餓鬼のように牛タン塩を喰らった小津が、へらへらと笑った。「どうせ貴方はどんな道を選んだって、今みたいな有様になっちまうんだ」

 

 小津はどうやら私を無意義な学生生活を余儀なくされる星の下に生まれたことにしたいらしい。明石さんの手前で、私の沽券が問われる一大事である。私は、小津と堂々対峙した。

 

「お前と会わなければ、私の学生生活は薔薇色であったはずだ」

「いいや、貴方はどんな道を選んだとしても、僕と会うことになる。僕は全力を尽くして、全力で貴方を駄目にします。運命に抗うなんて、疲れるだけですよ」

 

 小津は、私の眼前に小指をずいと出した。小津の妖怪のような笑顔も、目と鼻の先にあった。

 

「我々は運命の黒い糸に結ばれた仲というわけです」

 

 ドス黒い注連縄でぐるぐるに縛られて、不浄の泥沼に沈む男二匹という恐るべき幻影に、私は戦慄した。妖怪として封印されるのは、小津だけで充分である。小津の小指に納豆の糸のようにねばねばとした黒い糸が現れたように思われて、私は憤慨した。運命など、非科学的である。ここは一人の男として妖怪を退治しなければならぬ。紳士としてあるまじきことであるが、私は激昂した。

 

「この腐れへっぽこ妖怪め。ぶち殺してくれる」

「貴方、もしかして酔ってますのん」

 

 けたけたと笑う小津を、私の鉄槌が襲った。妖怪小津は鰯の頭を喰わされた小鬼のように、わたわたと動揺した。しかし、小津は私の拳を躱した。「うひゃあ」小津の悲鳴が店内に響き、店員や数名ばかりの客がなんのこっちゃと呆けた。明石さんが仲裁に入った隙に、小津はゴキブリのようにばたばたと逃げた。大方、男女の痴情か、三角関係の末の修羅場とでも思ったのか、店員は「若いのに、色々と大変ね」と同情したような口調である。小津のような男と同格とは心外であったが、妖怪鵺のような男を退けさせただけ、満足することにしよう。私はにんまりと笑うと、麦酒を呷った。

 結局、小津は戻らなかった。小津がメロスであったなら、今頃私は邪智暴虐な王にブリーフを薄桃色にされて、『美しく青きドナウ』を桃色ブリーフ一丁で踊らなければならぬ屈辱に曝されたであったろう。友人の風上にも置けぬ。「小津先輩の分は、折半しましょう」という明石さんの意志を紳士的に尊重し、私は明石さんと別れた。

 ほろ酔いと小津への激情を静ませようと、私は木屋町通をぶらぶら散歩することにした。




 妖怪キジムナーに訂正しました。
 御指摘、誠にありがとうございます。
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