ハネモドキの落書き   作:ハネモドキ

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眠気覚まし

「ねぇ、ユウ君」

 

七限目の授業が終わった教室。それなりに時間が経って人影も少なくなり、さあ帰ろうと意気込んでいた僕の背中に声がかけられた。

 

「どしたの、真奈」

 

荷物をまとめていた手を止め、振り向く。

いいよ続けててと言いながら、気を使ってか僕の前の机に腰を下ろした。

 

「授業中眠くならない方法って知らない?」

「知らない」

 

そんなの僕こそ知りたいわ。

 

「そっかぁ。いつも寝てるユウ君なら知ってると思ったんだけどなぁ」

 

なぜそこでいつも寝ている人に訊こうと思ったのか。優等生を絵に描いたような高山君にでも訊けばいいだろうに。

 

「最近授業中に寝ちゃうことが多くてさ。特に数学の時間が本当に地獄。野崎先生ってゆっくり喋るでしょ?あれが眠りに誘ってる」

「あー……それはなんかわかる」

「でしょ!」

 

野崎先生の授業は子守唄だからなぁ……しかも寝てても起こそうとしないしあの人。それでいいのか先生。

 

「だから少しでも何とかしようって思ったの。なんでもいいから知らない?」

「……とりあえずコーヒー飲んでみたら?カフェインって眠気に効くっていうし」

 

真奈って単純だしな、という言葉は飲み込んでおく。

 

「私コーヒー飲めない」

 

そういやそうだった。

 

「……じゃあ、緑茶。緑茶にもカフェインは入ってるらしいし、代わりくらいにはなるんじゃないか?」

 

どこかで見た情報によると、コーヒーよりも緑茶の方がカフェインが多く含まれているらしい。それに加えて、日本人はコーヒーよりも緑茶のカフェインの方が効くとも。どこで見た情報だったかな。

 

「それってペットボトルの緑茶でもいいのかな」

「……あー、どうだろな……」

 

確かに。最近はノンカフェインってのが流行ってるし、記載されてなくても除かれてる可能性はあるよな……。

 

「難しいねー……」

「そうだね……」

 

僕と真奈以外で教室に残っていた最後の人が出て行った。グラウンドから運動部の掛け声が聞こえる。ふと時計を見ると、授業が終わってから30分が過ぎようとしている。

 

「あ。最後になっちゃった。鍵閉めなきゃね」

 

真奈はトタトタと小走りに、廊下とは反対側の窓を閉めに行った。

よっこいしょ、と年寄りじみた掛け声と共に立ち上がり、反対側の窓を閉める。今にも取れてしまいそうなねじ締り錠をカチャカチャ鳴らしながら、家に帰ったら色々調べてみようと思った。

 

 

 

 

 

「おはよーっ」

「おはよう。ほら、これ」

 

翌日。教室に入ってきた真奈に、今朝買ってきた緑茶を手渡す。

 

「え、いいの?」

「そのために買ったからね。それと、調べてみたら、玉露が一番カフェインが多いらしい。そのお茶にどれだけ入ってるかは知らないけどね」

 

正直探すのが面倒だった。コンビニに行かないとないからね。

 

「ありがと!……よっし、これで今日の授業は怖くない!」

 

はてさて、どうなることやら。

 

 

 

 

 

 

微かに橙色を帯びた光が窓から射し込む。カアカアというカラスの声が夕暮れを知らせてくれる。

 

「……完敗だったな」

 

そんな教室に、僕の呟きがいやに響いた。

 

「まさかねー……ほんとにまさかだったね……」

「さすがに半分以上はやばいと思うぞ……」

 

真奈はぐでーっということばを体現したような姿勢で机に突っ伏している。脇には半分ほどになった緑茶が佇んでいる。お茶代は昼休みにもらった。

 

「ほんとなんでだろねー……ちゃんと寝てるのになぁ」

「……コーヒー挑戦してみるか?」

 

ポツリと落としたその言葉に、ビクリと震える女子高生。そんなに苦手なのか……

 

「……マジで?」

「マジで」

 

真奈は頭を抱え、少しして「ぅあー……」とよく分からない声と共に大きく伸びをした。

 

「マジかー……うー、でも仕方ないかぁ」

「甘いやつならまだマシだろ。ちょっと待ってろ、買ってくるから」

「え、今から?嘘でしょ?」

 

僕は笑みを深めた。

 

「ま、待って待って待って一旦落ち着こほらしんこきゅーして」

 

笑顔で無視した。

 

 

 

 

「まずはこれ」

「マジでやるのかぁ……」

「もう買って来たからね」

「ユウ君が勝手に買ってきたんでしょ……」

 

彼女の目の前には先程買ってきたホットの缶コーヒー。一番甘いのを選ぼうと思ったが、微糖しかなかったので脳死で買ってきた。

 

「ほら、いつまでも尻込みしてないで。グッと飲んだらそれで終わりなんだから」

「はーい……」

 

しばらくプルタブを開けた姿勢で固まっていたが、意を決した様にギュッと目を閉じ、一気に缶を傾けた。当然中身はまだ冷めてないわけで

 

「――馬鹿っ、まだ中身は、」

「熱っ!?」

「……前々から思ってたけどお前馬鹿だろ」

 

涙目でぷるぷるしている真奈を横目に、大きくため息をついた。

まだ熱いっていうことを言わなかった僕も悪いのかもしれないけど、この結果が想像できたかと言われると、首を縦には振れない。予想を遥かに上回っていった。

 

「ほら、お茶含め。少しはマシだろ」

「あ、ありがと……」

 

真奈は受け取ったペットボトルの緑茶で熱さを中和している。

 

「……で、まだいけそう?」

「あれ見てそんなこと言えるの!?鬼でしょ!」

 

鬼とはなんだ鬼とは。……でも、正直すまんかった。

 

「まあ、今日はこれくらいにしとくか。……それと、ごめん」

「ふぇ?」

「いや、僕が勝手に買ってきたやつを飲ませて火傷させちゃって……今更ながらね」

 

「……いいよ。許してあげる」

「そうか。ありがと」

「なんか奢ってくれたらね!」

「……お手柔らかに」

 

「なーにを奢ってもらおっかなー」などと鼻歌を歌っている彼女に、できるだけ安いやつを頼むと願いつつ、今日も窓を閉める。この鍵、そろそろ先生に言った方がいいかもなぁ。

 

「あ、そうだ。真奈」

「んー?」

 

ルンルン気分で同じく窓を閉めている彼女へ向かって言う。

 

「残ったコーヒーどうする?飲めるか?」

「えー……ユウ君が飲んでよ」

 

は?

 

「……いいのか?」

「なんで?」

「……はぁ、いいや」

 

机の上の缶コーヒーを手に取り、グイッと飲み干す。開けたまま放置されたからか、真奈の二の舞にはならなかった。

 

「……あ」

 

僕の行動でようやく気づいたのか、真奈の顔が若干赤くなる。

 

「鍵閉めるぞー」

 

僕は真奈に背を向ける。「ま、待ってよ!」という声が、がらんとした教室に響いた。

射し込む光はいつの間にか茜色に染まっていた。

 

 

どうか、この赤くなった頬が気付かれませんように。

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