ある兵器の目線   作:ヒジキの木

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とある漁船の小話

海の上は涼しいとよく言われるけれどそれは間違いである。

太陽の日差しがグレーに塗られた私の体に照りつけ、船体全体が熱を持つ。

船体内部の温度計は既に40度を突破。おまけに湿度も高い。

エンジンを切っている居間でさえこの状況だ。文字私の主機関である焼玉エンジンを始動させればそれこそ50度を突破する。

それでもそれを熱いと私は思わない。実際付喪の私達が暑いなんて感じることはまずない。船体をぶつけられていたいと思うことはあるけれど……

 

 

 

 

第参海豹丸は名前の割に釣るのはカツオとか鰯とかなんかよくわからないやつとかそういう魚ばかりだ。私自身この船に宿った身だけれどべつに魚に詳しいわけでもない。詳しい子は詳しいのだけれど私の場合結構いろんな魚を釣っているからかこれこれを釣る為の漁船というわけではない。

イカ釣り漁船とかマグロ漁船とか…そういう専門装備があるかと言われればそういうわけではない。

それに、今操舵室で舵を握る船長だって実際何を取ろうとしてしているのかいまいちわからないところがあった。

 

ただこの船は現在魚を捕る仕事はしていない。

 

釣った魚をゴトンゴトンと音を立てて載せていた木製の甲板には金属の担架がボルトで固定してあり、その上に九二式七粍七機銃が乗っかっている。その銃口はカバーが掛けられているものの、この船が漁船ではないということを示していた。

 

特設監視艇

徴用した漁船を始めとする民間小型船舶にわずかな武装と改装を施した洋上監視のための船。それが今の私たちだ。

 

中部太平洋は島がほとんどなく飛行場も水上機の基地もない。そこに敷かれた哨戒ラインで偵察を行うのは私達だけだった。

 

敵の飛行機や船を発見したらいち早く無線で知らせる。それは敵にも見つかるということでありその時点で運命は決まったようなものだ。

 

どうしてこうなったのか……私にはわからない。

日本が戦争になったのは船員たちの話だとか他の付喪で聞かされていた。ただ私達は漁船。いくらなんでもそれが前線で戦うなんて事はないだろうと思っていた矢先だった。

 

いつもの通り船長と2人の乗組員が荷下ろしをしていたところに海軍の人達が来た。そのままなにかの紙を船長に見せ、私に乗り込んできた。

状況を確認する間も無く港にいた他の仲間と一緒に私達は軍の港に連れていかれた。

そこからは気づけば大型の無線を搭載し機銃を乗せられ船体色も白からグレーに変更されてあれよあれよと言う間にこれだった。

 

 

どうしてこうなっちゃったんだろう。

私はただ漁船として一生を終えるつもりだったのに……

今になって思うのはなんで?という疑問だけ。でも私に選択は出来ない。ただ一緒に連れてこられた船長達の無事を祈るしかない。

 

 

 

味方もいない。雲ひとつない。敵だっていない。ただずっとこの場に浮き続けるだけ。この状態が続いてもう3日。何もすることがないというのは退屈で仕方がない。

船長達は何か話しているようだったけれどよくわからない。なにかが船体を叩いている。魚だろうか……

 

 

私の他にも何隻か哨戒ラインに展開している船はある。そのどれもが遠洋航海が可能な漁船か、トロール船ばかりだ。

電探なんて無い。武装も機銃だけ。他の船だと重砲や爆雷を積んでいる可能性があるけれど私の船体は大きくないから身を守るものは機銃と煙幕くらいしかない。

 

敵を見つけたらどうするか?通報する。これだけ。

申し分程度の機銃で攻撃を防げるかと言われたらそんなの無理だ。それに通報するということは向こうにも私の存在が見つかるということ。そして私を見逃すほど相手は甘くはない。

私に色々教えてくれた船がいた。彼女は少し前までこの哨戒ラインにいたらしい。

その彼女によれば生きて帰れるのは1割にも満たないのだとか。彼女は運が良かったのだ。

 

私は死にたくないし死が怖い。だけれど私はどうすることもできない無力な存在。なんで……もうやだ……

遠洋漁船だからずっと誰とも会わないのには慣れているはずなのに…普段は感じなかった死の恐怖がそばに感じられるだけで体が震えてしまう。

 

 

発電の為に焼玉エンジンに火が灯る。軽い音と共に船全体が小さく揺れる。

 

そのまましばらくエンジンを回していると背中にピリピリとした何かを感じた。気のせいだろうか……

 

 

「敵機発見‼︎」

気のせいではなかった。

見張り台で双眼鏡を掲げていた乗組員が見つけてしまった。

船員が見つけたということはもうそんなに距離はない。

直ぐに乗り込んでいた海軍士官が無線を起動。前回線で発見の報告を叩き込んだ。

私はすぐ船主に行く。理由はない。ただ、そこがいつも私がいる場所だから。

恐怖で体が震える。わたしにも相手が見えるようになってきた。黒いゴマ粒のようなものが近づいてきている。

 

船体が大きく振動。スクリューシャフトに動力が伝達され船体が海水を蹴る。それでも出せる速度は精々10ノットも行かない。

 

 

こんな足で逃げ切るなんてことはできるはずないのだ。

スケート選手のように船体が傾きながら右旋回を始める。

 

もうそれはゴマ粒などではなかった。

大きなプロペラと船体二つ分あるかと思われるほど大きな翼。海よりも深い青色で塗られたその機体は識別標識と照らし合わせればF6Fと呼ばれる機体だということがわかったかもしれない。

 

でもそれをするより先に敵機の翼が火を吹いた。私の周囲にいくつもの水柱が上がり、いくつかが水柱ではなく私の木製の体を粉砕し中に巻き上げた。

機銃にも弾が命中したのか拘束具が弾け飛び銃が真横に向く

 

このままでは沈む。でもどうすることもできない。

 

でもあの戦闘機は旋回してきたものの、攻撃することなく私の頭上を通過していった。

 

主任務に戻るようだ。

助かったのだろうか……

 

ふと後ろを見る。

木造の船体だから弾は貫通してしまったらしく少し焦げた穴が打たれているに過ぎない状態だった。機銃も側面に一発二発食らったらしく大きくひしゃげていたけれどそれだけだった。

目立つ被害はそんなものだったけれど中はもっと酷かった。

無線機とそこにいたはずの海軍士官は跡形もなく、血と肉片が飛び散っていた。

 

機関は無事だったもののこれではもう哨戒はできない。

それは嬉しくもあり、なんだか虚しくもなる。

 

「敵機こっちに向かってきます‼︎」

見張りの乗組員からの悲痛な叫び声だった。

さっきのとは違う戦闘機が、気がつけばもう目の前にいた。

それから先はよく覚えていない。多分ロケットを食らったのだろう。爆発で木製の甲板がめくれ上がり、火災が発生。執拗な銃撃こそなかったけれど、気がつけば私は小笠原諸島の島に座礁していた。

私が立っていた船首を除きほぼ焼け落ち、船橋も機銃で穴だらけだった。

 

それでも生き残った…私は運が良かったのかもしれない。

だけれど私以外誰も生き残らなかった。体すら残らなかった……

 

私自身どうしてここに座礁しているのかが不思議だった。多分船長もみんな消えた後…ずっと動き続けたのだろう。

偶然が重なった結果かもしれない。

 

 

結局私は戦争が終わるまでそこで放置され続け、終戦後は復興船として修理されエンジンを載せ替えまた漁船として活動し続けた。

 

私は死神から見捨てられたのかもしれない。

 

 

太平洋戦争中軍に徴用され特設船になった民間船舶は記録上は402隻。損失は約300隻。ただし実際にはそれ以上である。

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