春の闇   作:カサブランカ

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幼少期編
0.1・夜の火が生まれた


 

 

死にたくない、そう思いながら死んだと言えば、まあ何人かの人は察してくれるだろうか。そう、私は死んだ。苦しんで、苦しみ抜いて、そして死んだ。死因は焼死だろう。会社の倉庫を仮眠室に改造した場所で眠っていた私は、明け方近くの逃げる人も少ない中で、当然のように取り残された。周りは火の海、助けもなく、倉庫の中の負債と共に私は焼けて死んだ。そして死ぬまで、気を失うその瞬間まで、あらゆるものを憎悪していた。

 

(死にたくない!こんなところで、死んでたまるか!)

 

男も女もこき使って自分たちはのうのうと定時に家に帰るクソみたいなトップたちも!中間管理職で心身を壊して虚ろな目で仕事をしている上司たちも!同期入社の仲間を裏切るように辞めていったあいつらも!辞める勇気がなくて死んだように毎日毎日泊まり込んで仕事をしているやつらも!何より…そんなやつらに何も言えずクソみたいな生き方しかできていない自分自身が!!!

 

「大、嫌い…だ…っ!」

 

火が回る。皮膚を焦がし、髪を縮れさせる。やがて肺腑が熱気に焼き潰されて、呼吸ができなくなる。息ができず、熱さに身悶えし、火に巻かれて狂うようにして死んだ。

 

死んだ、はずだった。

 

「ーーこら、燈、ダメだろう?その炎をしまいなさい」

 

目の前で困ったように笑う男性が、私に言った。目の前に持ち上げた両腕から、真っ黒な炎が溢れている。

 

「ひっ!」

 

熱い!そう感じて、両腕をがむしゃらに振り乱した。そんな私を見て笑って、男性は私の両腕を掴んだ。

 

「燈、大丈夫。怖くないよ。ほら、息をして。引っ込めーって頑張ってごらん」

 

「あっ…熱い!熱い、嫌、嫌っ!怖い!」

 

死にたくない!死にたくないよ!恐怖で頭の中の何もかもが消え去る。そんな私を嘲笑うように炎は高々と燃えて、それがますます恐怖を煽った。体まで燃えてしまう。息ができなくなる。死にたくない!

 

「大丈夫。大丈夫。よく見てごらん?燈の火に触ってるけど、お父さんは熱くないよ」

 

嘘だ。火を触って熱くないわけなんてない。でもーーあれ?

 

(あ…あれ?嫌な臭いが、しない…)

 

ガソリンの臭いも、皮膚や髪を焼く臭いもしない。なら、これは…何?

 

(黒い色の…これは……何?)

 

恐る恐る動きを止めて、薄目でそっと両腕を見た。黒く光るモヤを纏う、両腕。火が燃えるように揺らめくのに、熱くはなかった。そして私の両腕を掴む男性の表情も、熱さに耐えているようには全く見えない。苦痛も何も滲ませない穏やかな笑顔が私を見ている。

 

「…熱く、ない」

 

「熱くないだろう?さあ、火を引っ込めてごらん」

 

私が自分で火を出しているかのような言い方に引っかかるところはあったが、疑いのないまっすぐな眼差しに気圧されて、小さな子どものように首を振ることでしか自分の心情を伝えることができなかった。

 

「わ、わかんない…知らない」

 

「?いつもみたいにやるだけさ。ほら、引っ込めー、引っ込めー、って」

 

「ひ、引っ込め…?」

 

まるで腕の中に炎をしまい込むような言い方だ。火が人の体から出てきたらもうそれは屍蝋だというのに。

 

(この人、一体何を言っているの。わけわかんない…)

 

けれどいつまでもこんな不可解な気持ちの悪い状態は心底嫌だった。直視なんて到底できないまま、両腕を体から出来るだけ離して、私は馬鹿みたいに繰り返した。

 

「引っ込め…引っ込め…!」

 

「そうそう、いい調子だよ。引っ込めー、引っ込めー」

 

本当なら腕を地面に擦り付けたり水の中に腕を入れたりして、火を消してしまいたい。けれど目の前の男性がどれだけ振り払おうとしても腕を掴んで離さないから、仕方なくだ。

 

「っ、引っ込め……消えろ、消えて…っ!」

 

声に合わせるように揺らめく炎が、じわりと空気に滲んだ。

 

「え…」

 

炎は消えた。跡形もなく、最初からなかったように。まるで、そう、オレンジに染まる夕空に、とろりととろけるように。

 

 

 

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