春の闇   作:カサブランカ

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0.4・まさに『顔から火が出そう』

 

 

 

「わっ…あっ、あかりちゃん、まって…!」

 

「はいはい、待っといたる。焦らんでええから、ちゃんと靴履きぃ」

 

「うん…っ!」

 

あの一件以降、からかわれていた男の子がべったりとくっついてくるようになった。弱者は強者の影に隠れて平穏な日常を確保するものだ。この図式は実に分かりやすい。

 

(つまり、いじめっ子を追っ払った私とやったら安全っちゅーこっちゃな)

 

分かりやすい。そして、そこそこうっとうしくもある。なんせこの男の子…名前は沢田綱吉というらしいが、登園してから帰るまで、トイレ以外はまるっと一心同体レベルでべったりくっついてくるのだ。

 

「はけたよ!」

 

「はいはい」

 

前世でも今世でも一人っ子だから、小さい子どもがべったりとくっついている状態で行動するというのは慣れないのだ。10月生まれのちょっと小柄な綱吉が、半年近く早い春生まれ&好き嫌いせずしっかり食べて動いて寝る発育良好な私の服の裾を掴んで行動する。まるで姉弟のようだと周囲の大人たちからちらほら聞くようになった。

 

(…ちょーーっとばかし、めんどいけどねぇ)

 

綱吉がべったりだから、勉強ができない。勉強とはもちろん、前世以上の生活を望む上で欠かせない、受験勉強に向けたものだ。義務教育の間は地元でも仕方がないとして、学歴の高い高校、学歴の高い大学に入って卒業し、ホワイト中のホワイトな、超ホワイト案件な会社に入社する…それが目下の目標だ。両親が捨てずに持っていた中学や高校の教科書などを参考に勉強し直しているのだが、これがなかなか楽しいというか、一度習ったはずの勉強なのに忘れていることが多かったと気付かされるというか。

 

(勉強したいわぁ…)

 

前世の自分が聞いたらドン引きするであろう考えだが、この状態では仕方がない。だって幼稚園ですることといえば、折り紙だったり塗り絵だったり、体操なんてのもあるけど。それをハイパーテンションな子どもたちとするのだ。子どもだからかめったに体力は尽きないけれど、正直言って、精神が、死ぬ。やばい。精神年齢の差が私を殺してくる。

 

「あかりちゃん?どうしたの?」

 

「や、別に。あのー、綱吉くん?他の子と遊んだりとか…」

 

「えっ?」

 

「え?」

 

「あかりちゃんとあそびたいのに…」

 

「そっかー!そらしゃーないな!あっはっは!…はは…人気者って辛い…」

 

しょんぼり言われると折れざるを得ない。辛い。仕方がないと気持ちを切り替えて、綱吉に向き合った。

 

「さて。今日は何する?」

 

「えっと……あっ!あかりちゃんの『ひ』がみたい!」

 

「オゥ……オッケー。ちょお待っとってな」

 

火が見たい、とリクエストされることはままある。周りの子どもたちや大人たちに初対面ではほぼ必ず言われる。面白いものを見たい精神だからだろう。だけど、この火は思いもしない時に突発的に出るものだ。なんとか押さえつけようとすることはできるようになってきたが、出すことは今もできない。…いや、気を緩めれば出てくるからある意味出せるようになっているのか。

 

(とりあえずあくびしとこ)

 

「ふぅ……ふわぁあ…」

 

身体中の力を抜くようにして、大きなあくびを1つ出した。途端に、ぼう、と四肢が黒く燃え始める。黒く、と言っても黒煙が立ち昇るようなものではなく、微風にたなびく薄いベールのような黒い炎だ。

 

「わあっ…!」

 

キラキラと目を輝かせて私を見つめる綱吉。その笑顔に曇りはない。だけど、炎を出している私は、冷や汗が未だに止まらない。

 

(怖い…っ)

 

できるだけ両手を伸ばして、炎を顔から遠ざける。息をして、鼻腔や口腔内に炎が吸い込まれて、気道が、肺腑が焼けていく。息ができない。あの恐怖を思い出す。何度火を見ても、その恐怖だけは決して揺るがない。死にたくない、死にたくない、何があっても絶対に死にたくない。

 

「っ…」

 

「あかりちゃん、もういいよ!」

 

「…え?」

 

「もう、やめて!」

 

純粋な笑顔はいつの間にか消えて、私を泣きそうな顔で見つめるばかりだった。もういい、と言われたので、遠慮なく私は炎を引っ込めることにした。

 

(消えろ…消えろ……)

 

じわりと黒い色が薄らいで、空気に溶けてゆく。随分と体に力が入っていたのか、筋肉が痛む気がした。

 

「ごめんね、あかりちゃん…ごめんね」

 

「え…?なんで綱吉くんが謝るん?」

 

「だってあかりちゃん、あんなにくるしそうだったのに、みせてっていったから…」

 

綱吉の言葉に驚いた。彼には私が苦しそうに見えたのだろうか。子どもたちはもちろん、周りの大人たちも、親でさえ、笑顔を浮かべる私の本心など見抜けやしなかったのに。

 

(見破られた…?)

 

まさか、こんな小さな子に見破られるだなんて思いもしなかった。

 

「ごめんね。もうみせてって、いわないよ。ぜったいに」

 

「…ううん。別に、言うてもええよ」

 

「でも…」

 

こんな小さな子が、遠慮しているのか。

 

(優しい子やなぁ)

 

この子は本当に、優しい子だ。善良な小市民という言葉がよく似合う。同情からか、自分自身を見てくれた喜びからか、弱くてちっぽけな綱吉の姿になんとなく庇護欲が湧いてしまった。

 

「もしかしたらこの火ぃとは一生付き合わんとあかんのかもやし。今からちょっとずつ出したりして、慣れてくわ」

 

希望としては、幼稚園卒業くらいで自然消滅してほしいものだけれど。

 

「せやから別に見たいて言うてもええんよ」

 

「でも…」

 

「せっかくやし、私の練習に付き合うたってや。な?」

 

「……うんっ!」

 

ぱっと明るい顔になったのを見て、やっぱり見たかったのか、と笑えた。

 

(せやけど、せめてもうちょい涼しそうな色味やったらよかったのになぁ…)

 

例えばみずみずしい青色とか、水色…はダメだ、ガスの火と同じ色だ。せっかく黒なんて有り得ない火の色なんだから、火らしくなくて、でももっと綺麗な色だったらよかったのに。そんなことを思いつつ、毎日の勉強のスケジュールに火の出し入れ強化も組み込むことを決めた。もっとスムーズにコントロールできるようにならなくては。

 

「あのね、すごくかっこよかった!おでこからぼーって『ひ』がでててね」

 

「デコ…やて…?」

 

四肢だけでなく額からも炎が出ていたという新たな事実に仰け反りつつ、心に誓った。

 

(絶対コントロールしちゃる…!デコから黒い炎とか…そんな厨二は絶対嫌やーっ!)

 

純粋な瞳でかっこいいと連呼されて、今なら恥ずかしさで死にそうだ。

 

 

 

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