春の闇   作:カサブランカ

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*アニメネタとねつ造込みです




0.5・残り火

 

 

 

「あら?」

 

「ん?お母さん、何かあったん?」

 

「うーん……燈ちゃんのじゃないわよねぇ?」

 

「え、何が?」

 

「これなんだけど…」

 

首を傾げた母親に、幼稚園のカバンから出したらしい布を見せられた。泥に汚れた戦隊物の柄で、記憶の端に引っかかるものの自分の服ではないことは確かだった。ちなみに私の私物は両親の趣味でリボンとフリルの多い女児服ばかりだ。私の趣味ではないので学生になったらもっとシンプルな服にしたいと訴える予定。閑話休題。

 

「ちゃうちゃう。てかそれ男モンやし」

 

「そうよねぇ…。困ったわぁ」

 

「ちょっと見せて」

 

幼稚園に持っていく私物には名前を書くのが規則だ。タグかどこかに名前が書いてあるはずだ、と服をひっくり返した。すると割と分かりやすい場所に『さわだつなよし』とひらがなで書かれているのを発見した。母よ…なぜこれを見逃すのだ。

 

「………お母さん、ここ、名前あるやん」

 

「あらー!ええっと『さわだ』…まあ!綱吉くんのね!でもどうしようかしら…汚れているし、おうちで洗ってしまってもいいかしら?」

 

「いや、明日そのまま返したら……しくった、週末やん」

 

しかも梅雨の時期だ。早めに返さないと天気のいいうちに洗濯できない。親たちの世間話から察するに、確か綱吉くんのお母さんの奈々さんは天日干し派だったはずだし。

 

「お母さん、まずは電話して」

 

「あっ!そうね、お知らせしなくっちゃ!ええっと、連絡網は…」

 

「はいこれ」

 

「あら、ありがとうー」

 

おっとりした母親に連絡網のプリントと受話器を渡す。過保護と言うなかれ、このまま母親一人に任せると夕飯の時間になる可能性が高いからだ。

 

「だめだわ、お留守なのかしら。綺麗に洗っちゃって、次幼稚園に行く時にお返ししちゃう?」

 

「うーん、でも勝手に洗てまうんもなぁ…柔軟剤とか色々こだわりあるんやったらあれやし…。お母さん、私それ届けてくるわ。家分かるしポストにでも入れとく」

 

「そうねぇ、そうしましょうか。でもお母さんこれから町内会のお仕事だから、夜になっちゃうけど…」

 

「いやいや、私一人で行けるて。もし変態さんに会うたら炎でビビらせて逃げたるわ!」

 

あと本音で言うなら、ちょっとでいいから一人になれる時間が欲しい。幼児だから仕方がないとはいえ、四六時中誰かしら大人といるというのはなかなかストレスだから。

 

「そう?大丈夫?あっ、防犯ブザー持って行ってね。それから催涙スプレーと、目潰しのコショウと…」

 

「いや、あかんて、もう犯罪レベルやて。てかコショウもったいないて。防犯ブザーだけもろてくわ」

 

「そう?本当に大丈夫?あっ、なんならお父さんが帰ってきてから一緒に…」

 

「いや、それもう夜やし。てかお父さん帰る頃にはお母さんも町内会終わっとるやろし」

 

「ハッ…!そういえばそうね…!」

 

天然なだけなんだろうか。それとも私は試されているのだろうか。悶々としながらも園服から私服に着替えて荷物を持った。家の場所は以前母親と一緒に沢田家でお茶をさせてもらったことがあるので分かる。それほど遠くもないし。

 

「確かこの先のおうち………ん?」

 

「わぁぁんっ!こないでぇえっ!!!」

 

「!」

 

(綱吉くんの悲鳴!?)

 

しかも幼稚園でも聞いたことのないような必死さを感じる悲鳴だ。その切羽詰まった感じにたまらず走って近付いた。チャイムを押す手間もかけられず、無断侵入の4文字を頭から振り払って庭へと走った。

 

「綱吉くんだいじょう…変質者っ!?」

 

顔を赤くして涙と鼻水でぐずぐずになった顔の綱吉と、その肩を後ろから支えている老人、側で笑っている男性がいた。一瞬身内かと思ったけれど、綱吉から外国人の祖父がいることは聞いたことがなかったし、父親は遠くにいると言われていた。つまり、この時の私は、『沢田家=母子家庭』の図式が頭の中にあったのだ。

 

「おや?君は…」

 

(誘拐!)

 

綱吉が嫌がっていることと、綱吉の母・奈々の姿がないことからも、最悪の状況だと察した。せっかく持っていた防犯ブザーの存在も忘れ、ありったけの意識でもって全身から炎を噴き出させた。

 

「おっちゃん!その子から手ぇ離しい!」

 

「ーー!?なんと…!」

 

侵入者の存在と炎を目の当たりにしてあっけにとられている間に、猛然と走り寄った。目を丸くする綱吉の手を引いて距離を取り、ふらついて尻餅をついた綱吉を背に隠した。

 

(まずい…一人は老人とはいえ男二人相手とか無理すぎやん!絶対すぐ捕まる!)

 

しかも若い男性の方はなかなかの体格だ。走って逃げ切ることは難しいだろう。

 

「綱吉くん、はよお母さんとこ行き!」

 

「えっ」

 

「はよ行きぃ!お巡りさん呼んでもらい!はよしぃ!」

 

「あ、あかりちゃん、おじいちゃんとおとうさんはわるいひとじゃないよぉ…!」

 

「へ?身内?」

 

「キャンキャンッ」

 

「へ?犬?」

 

「ひっ…!うわぁあんっ!こないでーっ!」

 

私の背中にべったりとくっついて、足元に戯れてくるチワワ相手に悲鳴をあげている。

 

(これ、まさか…)

 

黒い炎越しに見える男性二人が苦笑しているような、幼児二人の言動を楽しんでいるような…。

 

「………アー…………勘違いして申し訳ありませんでした。ビックリしたせいでお怪我とかしてはりませんか?主に心臓とか」

 

びっくりしすぎて心臓発作なんてやめてほしい、と恐る恐る言ったら、耐えきれないとばかりに爆笑された。

 

「ブッ!…くくっ…心臓ときたか…!」

 

「フフ。私たちは大丈夫だよ、signorina。君にも聞きたいことがあるんだけど、まずは…」

 

「ヒッ!?うわっ……綱吉くんも発火体質やったんか」

 

大泣きする綱吉の額から、ぼうぼうと炎が燃え上がっていた。しかも私と違って、モロに炎って感じの橙色。人が燃えている光景に死を彷彿とさせられてゾッとしたけれど、おじいさんの謎のテクニックにより鎮火したので詰めていた息を吐き出すことができた。

 

(あかん…熱くなかったけど、手汗ヤバい。あれ、まんま火ぃやったし…)

 

ああ、本当に怖い。火の色は、本当にシャレにならない怖さだ。喉や口の中を焼かれる熱さと息ができない恐怖を思い出してしまうから。手汗を服で拭って、痛いほど打つ胸の鼓動を鎮めようとした。黒い炎にはだいぶ慣れたのになぁ。

 

「君もそのままだと疲れるだろう?我々は何もしないから、火を消してくれて構わないよ」

 

「あー、ハイ。…消えろ…消えろ…消えろ…」

 

某少年漫画のキャラのように全身から噴き出していた炎を、いつもの呪文で鎮火させた。ああ。やっぱり体の一部だけと違って、範囲が広いと鎮火に時間がかかる。ようやく消えた頃には綱吉は疲れたのかぐっすりと眠っていた。そういや今日は幼稚園でも走り回ってたもんなぁ。

 

「……火を消すのは苦手かい?」

 

驚くほど、それこそネイティブ並みに流暢な日本語で、老人は穏やかに尋ねてきた。その口調と穏やかな表情に、誘拐犯と疑った自分が恥ずかしくなった。

 

「そうですね。あんま頑張らんでもできる分、火ぃ点ける方がなんぼか楽ですわ」

 

「あー、なんだ。君は綱吉の友達かい?」

 

今度は若い男性が。この人が綱吉の父親…めったに家に帰らず、息子から存在を忘れかけられている人か。偏見の目で見てしまうが、笑顔や口調から察するに人柄はよさそうだ。何より、留守にしがちとはいえ奈々がいつも惚気ているぐらいだし。けれど友達なのかと聞かれると、素直に頷くことは難しかった。どうかというと手のかかる弟か息子のような感覚だったし。

 

「トモダチ…ええ、まあ。これ、綱吉くんの服が私の荷物に入っとったんでお届けです。汚れとったんで早めに洗といてください」

 

「ありがとう。それにしても一人で来たのか。綱吉と同い年なのに随分しっかりしてるな」

 

「…あー、はい、まあ。親があんななんで…」

 

親があんな人たちでなくてもしっかりしてましたけど、とは言えない。だって前世の記憶があるなんて、普通じゃありえないんだから。

 

「君はすごい子だね、signorina。それにとても勇気がある。大人から綱吉くんを庇うのは怖かっただろう?」

 

「へ?怖い?」

 

怖い、なんて思っただろうか。いや、そこまで頭が回らなかった気がする。ただただ目の前の誘拐を阻止しなければと思うばかりで。それに、私はもう本当の恐怖を知っていた。炎と、死ぬこと。あれが一番怖い。そんなことより今気になることは。

 

(シニョリーナ…イタリア語?スペイン語…?)

 

老人の言った言語のことだった。ちなみに初対面の人に接する緊張感だとか危機感なんてものはどこかに消えた。

 

「怖い…うーん…まあ、そうですかね?けどおじーさんたちは刃物とか持ってへんかったし、ここ住宅街やし、私と初対面やし。なんとかなるやろて思て」

 

「初対面というと?」

 

「私の火ぃ見て怯むかと思て。……あんま効果なかったけど」

 

「それだけでか?すごい度胸だな。大きくなったらおじさんの会社で働かないか?」

 

「お断りします。綱吉くんからお父さんが帰ってこない、ブラック企業やて聞いてますんで。私、福利厚生のちゃんとしとる、給料良くて有給とれて安全でみんなが笑顔なホワイト会社に勤めるんやて決めてますし」

 

綱吉の話をちょっと盛ったけど、まあだいたいそんな感じって聞いたし。私の今世の目標はホワイト会社で働くことだし。

 

「綱吉から!?ブラック企業!?…ま、まあ……そうなるかな…?ハハ…」

 

否定しないのか。

 

「Signorina、お名前を教えてもらえないかな?」

 

ここで一瞬、人に聞く前に先に名乗れ、と言いかけたけれど、あまりに可愛げがないと思いとどまって先に名乗ることにした。あと相手は年上だし。私、幼女だし。あまりに大人びていて変な目で見られるのは嫌だったので。

 

「夜野燈です」

 

「燈ちゃんか、可愛い名前だね。私はTimoteo。彼は綱吉くんのお父さんだよ」

 

「どうも。息子さんとは幼稚園で仲良ぉさしてもろてます」

 

「燈ちゃん…ああ、君が『あかりちゃん』か!奈々からよく聞いているよ!確かに綱吉のお姉ちゃんみたいなしっかりした子だなあ」

 

「ははは…」

 

(奈々さん何言うてはりますの!?しかも『よく』聞いてる!?)

 

思いもかけない他人からの高評価は、後に我が身を滅ぼす原因になりそうで怖い。ハードルは低くしてから跳びたいタイプだというのに。

 

「ほんなら、家族水入らずやし、お暇さしてもらいます」

 

変なことにならないうちに、あとそろそろ陽が傾いてくるので早めに帰りたい。なるべく自然体を装って帰宅を匂わせたが、老人…ティモッテオに引き止められた。

 

「その前に、ちょっと教えてくれないかな?」

 

「はい?」

 

「その炎はいつから?」

 

「お母さんのお腹の中にいる時からですわ」

 

「…なんと」

 

驚きとともに何やら意味深な目で見つめられて、ちょっと気まずくなった。なんだ?確かに人体発火現象なんて珍しいものだけど、今さっき綱吉も出してたぞ?

 

「君はその炎が何か、知っているのかい?疲れたりは?」

 

「や、知りませんし特に疲れるとかも別に。まあ、クシャミとかでも出るんで気疲れはしますけど」

 

「……なるほど」

 

「9代目…」

 

(えっ、9代目?なにそれ?聞き違い?)

 

何やら不穏としか言いようのない雰囲気になってきた。そんな気がする。たぶん。

 

「ふむ…。燈ちゃん、その炎について知りたくないかい?」

 

「……知りたい言うたら、どうなりますの?」

 

「…私が知っていることを教えてあげようかと思ってね。それに、コントロールの仕方も」

 

コントロールの仕方、というのはたまらなく魅力的だった。けれど、今はなんだか冷静に判断ができない。変に返事を急いでしまうと一生に響きそうな気がする。

 

(…カンやけど、悪い人やなさそうなんやけど、なんとなくカタギとちゃう雰囲気やし。……あくまで、カン、なんやけど…)

 

一度頭を冷やしてじっくり考えてから返事をすべきだと判断した。前世で、就活に焦って、あんなブラック企業に入社してしまったように。判断に焦るとろくなことがない。

 

「……魅力的なお誘いなんですけど、早く帰らんと母が心配しますんで。今日のとこはお暇さしてもらいます」

 

「そうか…。では、知りたいと思ったらここに連絡しておいで。いつでも構わないよ」

 

「ありがとうございます。もしかしたらずーっと先になるかもしれんのですけど」

 

「ああ、構わないよ」

 

(よっしゃ、言質とった!)

 

もらった紙を失くさないようポケットに入れた。帰ったら服を洗濯する前にアルバムにでも挟んで保管しておこう、と決めて。

 

「燈ちゃん。これからも綱吉くんと仲良くしてくれるかな?」

 

「ええですけど、そのうち男の子の友達とかできて離れていくと思いますよ?」

 

もうすぐ卒園して小学校に入るし。だいたい高学年にもなれば男の子同士とかで遊んでるだろうし。けれどティモッテオはそれすら分かっているかのようににっこりと笑って言った。

 

「フフ、そうだね。そうなったとしても、君には彼の良き友人であってもらいたい」

 

「はあ…。まあ、その子がくっついてくる限りは面倒みますわ」

 

「ありがとう、signorina」

 

「あー…そのシニョリーナっての、慣れてへん日本人にはちょっと恥ずかしいです。では、えーと、イタリア語とかでさよならて何て言うんやろ…分からん!ごきげんよう、ティモッテオさん、綱吉くんのお父さん」

 

「フフ。Ci sentiamo、燈ちゃん」

 

「息子をよろしく頼むよ、燈ちゃん」

 

門を出て帰る途中、奈々の声が聞こえた。どうやら料理をしていたらしい。

 

(家族水入らず、かぁ)

 

前世の私が死んだ後、両親はどうしたんだろうか。きっと泣いてくれただろう。悲しんでくれただろう。もしかしたら会社相手に裁判でもしたかもしれない。けれど、その後は?

 

(お父さん…お母さん……)

 

だんだん、両親の声を忘れていってしまっている自分がいる。だんだん、両親の笑った表情が思い出せなくなっている私がいる。

 

「…帰ろう」

 

痛む胸を押さえて、家まで走った。前世の家族のことなんて忘れたフリでもしていないと、今ここから一歩も歩き出せないのだから。

 

 

 

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