春の闇   作:カサブランカ

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0.6・静かに燃え広がる疑念

 

 

 

本日、炎のことで新たな発見があった。

 

「きゃあっ!」

 

リビングで勉強(親バレしたので堂々とできるようになった)をしている最中、母親の悲鳴がした。ハッとして振り向くと片付けている最中だったらしい皿が床に向かって落ちていくのが見えた。

 

「あぶなっ…」

 

届くわけもないのに、反射的に手を伸ばしてしまって。その手からとっさに黒い炎が飛び出て、落下中の皿と転びそうな母親をまるごと包み込んで。次の瞬間には、ソファに座る私の隣に、母親と皿がちょんと座っていた。

 

「えっ」

 

「えっ?…あら?燈ちゃん?」

 

「えっ…何が起きたん???」

 

母親と二人して、目を丸くしてお互いの顔を見つめあってしまった。

 

(何があったんや…?)

 

翌日、真剣に折り紙を折るフリをして頭の中で状況を整理してみた。母親が倒れそうになって、皿が落ちそうになっていた。そこへ黒い炎をぶつけてしまった、と思ったら隣に移動していた。状況だけで考えると、ありえないとしか言いようがない。

 

(時間は経ってなかった。テレビのニュースも滞りなく聞こえとったし。つまり、お母さんと皿が瞬間移動したってことやんな)

 

前世はもちろん、生まれ変わってこのかた6年、今まで一度もそんなことは目にしたことがなかった。つまり、生まれ変わった現代日本では人体発火現象という謎現象は起きたとしても、物理の法則は前世の日本となんら変わりないはずだったということだ。

 

(物理とか全然詳しないから知らんけど。でも…あれは瞬間移動としか言いようのないもんやった)

 

頭が痛い。何より、こんなこと誰かに相談したくてもできない。

 

(相談……あっ、ティモッテオさん…)

 

優しく笑う老人の顔を思い出したが、首を振って頭から追い出した。一度会っただけの、しかも年上の外国人に、いきなりそんな相談をするなんてできない。何より、もらった電話番号が海外のものだから高い電話料金が発生する。それはダメだ。頼るのはいざという時だけにしなければ。

 

(くーっ!ラチがあかん!一回再現してみるしかないやろか)

 

そもそもこの黒い炎は自分の体の周りでしか出したことがない。そのまま何かに触ったり触られたりしても燃え移ったことなんてない。母親の胎内にいる時に母親の腹部ごと燃えていた、というのをカウントするかどうかは不明だけど。

 

「炎を、移す…」

 

燃えろ、燃えろ、と炎を移すように折り鶴を燃える両手で包み込んだ。けれどいつまで経っても手の中の折り鶴は消えない。

 

(…なんや。やっぱあれは何かの間違いか…)

 

少し期待していた分、損した気になったというか、不可解な現象の謎が解けずに残ったことが不満というか。ため息を吐いて指で折り鶴をつまみ上げた。

 

「…おっ?なんや燃やすんはできとるやん」

 

やはり今まで意識していなかっただけなのか、折り鶴が黒い炎を上げていた。机の上に置いて手を離してもまだ燃えている。つまり、昨日と同じく体から離れた物に火を移すということ自体は成功したわけだ。

 

(ならなんで瞬間移動せぇへんの?他に何かしら条件でもあるんやろか)

 

「あかりちゃん、つるがおれない…」

 

「ん?ああ、オッケ。見たるわ」

 

「ありがとう!」

 

パッと笑顔になった綱吉の頭を撫でて、見本に自分の折った鶴を見せようかと机に視線を移し……目を疑った。

 

「え…えっ!?鶴消えた!?」

 

「え、つる?う、わっ!?」

 

綱吉から声が上がって、驚いた。綱吉の膝の上に、自分の折り鶴がある。

 

「あかりちゃん、おちてきた」

 

「落ちてって、上から?」

 

「あたまから」

 

なんやて。

 

「…私、机の上に置いといたで?」

 

「でもおちてきたもん」

 

綱吉は疑われたことが心外だとばかりに口を尖らせた。その言葉が正しいなら、つまり、今度は折り鶴が机の上から綱吉の頭の上へと瞬間移動したということになる。

 

「綱吉くん。も一回やってみてええ?」

 

「えー…」

 

「後で折り鶴の折り方、教えちゃるさかい。な?」

 

「…わかった」

 

ご機嫌斜めなのかまだ口が尖っているものの、了承は得たので先程の再現をすることにした。折り鶴に炎を纏わせて机に置き、綱吉の頭を撫でる。

 

(変化なしか)

 

視線の動き、時間、どちらも瞬間移動とは関係なさそうだ。一体先程と何が違うのか。

 

「あかりちゃん」

 

「んー?ちょお待ってや。もうちょいやし」

 

「あかりちゃん、なにしてるの?」

 

「さっきの、もっかいやりたいねん」

 

「さっきの?あかりちゃんのてがもえてたの?」

 

「へ?私の手?」

 

「うん。さっきもえてたよ」

 

なんやて。日常茶飯事すぎて意識から消えていたけれど、そう言われればさっきは折り鶴に火を移すために、両手に炎を纏わせていた。けれど今は消えている。

 

(もしかして、火で2地点を作ったらええんか?)

 

もしそうならば、と手に火を出して、綱吉の頭に火を移すイメージで撫でてみた。やんわりと撫でて離した後、目視できるかできないか程度の薄い陽炎のようなものが一瞬ちらついて、ボッと火が一瞬大きくなったかと思えば、音もなく綱吉の頭の上に折り鶴が出現していた。

 

「…綱吉くん、お手柄やで」

 

「えっ?」

 

「さすがの観察眼や。すごい!パーフェクト!やった!やった!」

 

「え?やったー?」

 

顔中疑問符だらけのまま、それでも自分が褒められていることは嬉しいのか、綱吉が喜んだ。

 

(つまり移動させたいもんと移動させたい場所、その両方に火をつけたらええんやな!)

 

ドキドキした。ワクワクした。こんなことができる自分に興奮した。まさか炎に巻かれて死んだ自分が、炎に喜ぶ日が来るとは、思いもしなかった。

 

(すごい!これ、すごいことやん!やった!他でも試してみて………ん?待てよ?)

 

待て、待て待て、ちょっと冷静になろう。ありえないじゃないか、こんなこと。それにそもそも今まで目をつぶってきたけれど、人体発火現象自体まずありえないものだ。しかも自分の意思で炎を操れること、温度も何もなくて何かに燃え移ることも意思を持ってでないとなかったという事実、そしてこれが自分の幻覚ではなく家族や他人も見えているということ。全てが、おかしい。ありえない。『現実』ではあり得るはずがない。

 

「…この世界、なんなん?」

 

ぞわり、と背中に嫌な汗が滲み出た。そしてその疑問は解決せず、代わりにさらなる謎が目の前に現れることになる。ティモッテオと出会った日から数日後、小さな赤ん坊たちの姿をして。

 

 

 

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