春の闇   作:カサブランカ

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0.7・小さな2色の炎

 

 

 

それはある日突然目の前に現れた。

 

「やあ。キミが『第8の属性の炎』の持ち主だろ?」

 

「まだ子どもか。やれやれ、話の通じん子どもは苦手だ。いっそ眠らせて中を見る方が早いか?」

 

フードに隠れつつまっすぐにこちらを見てくる怪しい赤ん坊と、この歳で髪を染めて白衣を着て眼鏡をかけて物騒なことを言う怪しい赤ん坊。どちらも言葉が流暢で、その二足歩行にブレも迷いもない。住宅街に現れた小さな小さな赤ん坊は、その存在も言動も不気味なほどに、あり得ないものそのものだった。だというのに、道すがらこちらをチラ見する通行人たちは誰もかれもがそれを当然のことと認識して、微笑ましいと笑顔で立ち去っていく。

 

(おかしいんは私なん?…いやいや、絶対この子らが変なんやって)

 

「フム…この歳にしては早熟だが、まあ真っ当な反応か」

 

「な、何が?」

 

「人間は理解しがたいものに遭遇すると、目を背け拒絶するか、恐るかだ。お前は後者だな。すんなりと受け入れるなどごく一部の変人か、物知らぬ子どもだけだ」

 

(私が普通の子どもやないて見抜かれた…!何なん?何なんやこの赤ん坊…!)

 

赤ん坊の言う通り、未知の存在に対する警戒心で恐怖すら抱いている。しかし、まさか、とも思った。

 

(もしかして、この子らも私と同じ前世の記憶持ちなんやろか)

 

ありえる。だって私がそうなのだから。たまたま私は3歳を過ぎるまで前世の記憶に目覚めなかっただけで、たまたまこの子達は赤ん坊の頃から前世の記憶があっただけ。第8の炎、というのがあの黒い炎のことであれば、この子達も炎を燃やすことができるのかもしれない。

 

「ねえ、聞いているのかい?」

 

ふわりと浮かんで顔を覗き込んできたフードの赤ん坊に驚いてのけぞった。何で赤ん坊が空を飛ぶんだ!物理の法則が迷子!あっ、瞬間移動させることのできる私もか!

 

「え、あ、聞いとる聞いとる!聞いとるから、危ないから地面に降りぃ!落ちたらあかん!」

 

「落ちるわけないだろ。誰に向かって言ってるのさ」

 

「いや、誰って知らん子やん」

 

「……ともかく。キミが『第8の属性の炎』の子どもだね」

 

話をそらしたな。しかも無言の抵抗なのか浮かんだまま。何なんだろう。新しいタイプのヤカラ?

 

「その『第8の属性の炎』っちゅーんがイミフなんやけど、これのことなん?」

 

まだまだ慣れないコントロールのもと、手のひらに炎を灯して見せれば意味深な目で赤ん坊2人に見つめられてしまった。おおよそ無垢な赤ん坊とは程遠いその目つきに、やはりというか大人の知性を感じてしまう。

 

「黒い炎…当たりだな」

 

緑髪の赤ん坊が何か企むような笑みを浮かべた。反対に、フードの赤ん坊はへの字の口をますます強調していた。

 

「そっちも見せたらどうなん?」

 

「コレで分かるだろ?」

 

当然のことのように言って指差したのは、彼らが胸に下げているカラフルなおしゃぶりだ。同じメーカーのものなのか、色以外の形も大きさも全く同じ。おしゃぶりにしてはちょっと大きい気もするけれど。けれど、それを指さされたところで意味が分からなかった。こちらは炎を見せたというのに、なぜおしゃぶりを同等のもののように見せてくるのか。

 

「いや、分かるわけないやろ。火ぃ出して見せえや」

 

「…おい、バイパー」

 

「……嘘は言ってないようだけど」

 

「だから何がやっての。っちゅーか、あんたら何なん?あんたらも人生やり直しさせられてる人らやろ?」

 

確信を持って尋ねた言葉に、2人は少しの沈黙の後で首肯した。けれどおしゃぶりを見せてきた答えはくれない。私は何か試されているんだろうか。

 

(っちゅーか、人目気になるし)

 

「とりま、ウチ来る?」

 

微妙に食い違う会話とラチがあかないことにモヤモヤしていたのはお互いさまだったらしい。素直に付いてくる赤ん坊2人は微妙な顔をしていた。たぶん私も微妙な顔をしているのだろう。あと、赤ん坊の歩く速度。当然なんだけれど私より遅いので、浮かんでるフードの赤ん坊はともかく、緑髪の赤ん坊との距離が空いてきてしまった。

 

「あのさ、そこの緑髪の人」

 

「何だ」

 

「歩くん遅いから抱き上げさしてもろてええ?」

 

「落とすなよ」

 

「ハイハイ」

 

眠らせて中を見るとか物騒なことを言ってくるくせに抱き上げるのはいいのか。幼稚園児とはいえそれなりに体力も腕力もあるので、緑髪の赤ん坊を抱き上げるのには抵抗がなかった。ちょっと大きな人形と変わらないし。ただ、フードの赤ん坊がもの言いたげに見てくるのがまたなんとも言えない。

 

「なあ。あんたらさぁ、外国の人らやろ?何で私の火のこと知っとるん?」

 

誰かがSNSにでも投稿したのだろうか。幼稚園の規則でもあるし、身バレするような投稿はしないはずだけど。それに、もしそうだとしても彼らがやって来たタイミングが理解できない。こちとら生まれる前から人体発火現象しているのだ。もしお仲間だと分かっていたなら今まで私の前に現れなかったのは彼らが転生した時期が関係ある?それとも…金欠で日本に来られなかったからか?

 

(あかん、考えがごちゃごちゃや)

 

「キミが会ったボンゴレのボスさ。彼が持つ新たな情報を僕が念写した結果、キミにたどり着いただけのことさ」

 

「ネンシャ?」

 

「私は門外顧問の所から盗聴でな。黒い炎に興味があっただけだ」

 

「トウチョウ?」

 

赤ん坊の口から物騒な言葉がポンポン出てくる。シュールだ、赤ん坊の概念がひっくり返りそう。私が腕の中に抱き上げているのは間違いなく赤ん坊のはずなのに、中身が全く違っている。正直に言って気持ち悪い。でもそれはおそらく他人が自分に対して思っているだろう感覚なのだろう。外見に中身が伴っていないのは私も同じなのだから。

 

「ただいまー」

 

「おかえり、燈ちゃん。あら?その子達は?」

 

「アー…友達」

 

赤ん坊2人から胡散臭そうな目で見られた。やめてくれ、そうでもないと私は初対面の赤ん坊を拉致してきた不審者になるんだよ。

 

「まあっ!まあまあっ!そうなのね!あらやだ、お母さんてっきり綱吉くんと遊ぶんだと思ってたわ。ようこそいらっしゃい!お茶がいいかしら?それともジュース?」

 

「「コーヒーで」」

 

「あらあら、すごいわねぇ!」

 

(お母さん…赤ん坊にコーヒーはあかんねんで…?)

 

赤ん坊が流暢に喋る事も、宙に浮かんでいることも、何一つツッコミがないことにムズムズしてしまった。ああ、ツッコミ不在の現状を誰か何とかしてくれないものか。部屋に入ってベッドに緑髪の赤ん坊を下ろすなり、どういうことだ、と尋ねられた。

 

「あれは母親か?生みの親なのか?」

 

「へ?ああ、まあ一応」

 

赤ん坊にコーヒー出そうとするような親ですが。そう茶化すこともできないような、深刻そうな顔でこちらを見てきた。親ぐらい誰にでも存在するだろうに、なぜそんな顔で見てくるのかが理解できない。

 

「…どういうことなんだよ。キミはアルコバレーノに関する者じゃないのかい?」

 

「アルコバレーノ?」

 

いよいよもって謎の言葉が出てきた。しかし切羽詰まったように舌打ちまでされてしまっては何も言えなかった。何も言えなかったけれど、腹は立った。だって相手は赤ん坊。自分より後に転生してきた者なのだから。

 

「キミは、何者だ」

 

「…人に聞く前に自分から言いや。さっきからこっちに質問ばっかしてきといて。自分らのことは名前一つ言われへんのか?ああ!?」

 

出会ったばかりの赤の他人に、舌打ちまでされる謂れはない。ブチ切れ寸前の低い声で睨め付けると、まるで人間の言葉を喋った犬か猫を見るかのような目で見返されてしまった。

 

「な、何や?私、間違うたことは言うてへんで?」

 

「生意気な…」

 

「ああ!?」

 

やっぱり腹立つ。

 

「私はヴェルデ。天才科学者だ」

 

「マッドサイエンティストの間違いだろ」

 

即座に入ったツッコミを聞いて、やはり、と思った。彼らの中身は成人済みの大人だ。間違いない。ただの赤ん坊にこんなツッコミができるはずがない!

 

「で、そっちのフードの人は?」

 

「…バイパー」

 

「私は夜野燈。前世ではブラック企業のOL。今世の目標はホワイト会社に就職すること。ま、よろしゅうに」

 

「「前世だって?」」

 

ハモった。息ぴったりで仲がいいんだろうな、と一瞬微笑ましく思ったけど、お互いにとんでもない目で牽制しあっているのを見て表情を引き締めた。この2人の関係は何なんだ。友達同士じゃないのか。

 

「で、さっき言うとった『アルコバレーノ』っちゅーのは何なん?前世の記憶持ちの人のことなん?あとそのおしゃぶりがその証明とかになるん?」

 

「1つ、先に訂正しておく。我々は転生した者ではない。赤ん坊になったのだ」

 

「いや、一緒ちゃいますの?」

 

「僕たちは死んで生き返ったんじゃないってことさ。ただ『赤ん坊に戻された』。そういう『呪い』を受けたんだ。察するに、キミは一度死んだんだろ?」

 

死んだ。そう改めて言われると、息がつまるような思いになる。熱い炎を思い出す。…今世では熱いものには、風呂で熱めのお湯にすら触れても飲んでもいないというのに。

 

「それに、キミは生まれ直して、成長している。僕たちの呪いは『永遠に赤ん坊のまま』というものだ。僕たちには死の存在すら遠い。分かるかい?根本的にキミとは違うんだよ」

 

吐き捨てるようなその言葉に、どれだけの想いが詰まっているのかすら、私には分からなかった。人生のリセットボタンを押されたような呪い。成長できず、赤ん坊のままの人生。この口調だ、おそらく私の何倍という時間を生きてきたのだろう。

 

(ああ…そら私なんかとおんなじちゃうわ…)

 

想像を絶する、呪い。死を恐れる私とは根本的に、正反対の位置に彼らは存在しているのだと、ようやく理解した。

 

「アルコバレーノの呪いは、私の天才的な頭脳を持ってしても解明できない謎だ。だからこそ、新たな手がかりであったその黒い炎の解析をすべくわざわざ日本くんだりまでやってきたわけだ」

 

「はい?それと火に何の関係が?」

 

「……ハァ」

 

(こいつため息吐きやがった!!!)

 

呪いをかけられた、なんて非科学的なことを100パーセント信じたわけではないが、目の前の彼らがどれだけ切羽詰まった状況でいるのかは理解できた。その上で、その境遇に可哀想だと思ったし、助けになってあげてもいいと思った。だというのに、舌打ちの次はため息?事情を何も知らない一般人相手に何て態度だ。

 

「私は雷、バイパーは霧。それぞれの属性のおしゃぶりを持っている。緑と、藍の炎だ」

 

ため息を吐きつつも説明しようという意思はあるらしい。釈然としないもののヴェルデの言葉に気になる点があった。

 

「…炎?え、なら私の黒い炎が第8の属性っちゅうことは、あんたらの他にあと5種類の属性っちゅうか5色の炎と人がおるわけ?」

 

「やっと理解したか…。やれやれ、これだから凡人と話すのは疲れる」

 

「天才のくせに凡人に分かる筋道立てて話せんのか」

 

「いや、全くだな。失礼した。アルコバレーノ関係者であるという想定であったが故に、頭の出来がこの程度とは思いもせずに話していたようだ」

 

「腹立つなこいつ」

 

そんなんだから呪われたんじゃねーの?とは言わないけど。いや、言ってやりたいけど。しかも見た目は可愛い赤ん坊の姿っていうのがまた腹が立つ。

 

「そこで、だ。その黒い炎をサンプルとして摂取したい」

 

「いくら出す?」

 

半ば反射のように尋ねた私に、ヴェルデは目を丸くして呆気にとられたようだった。そしてふくれっ面だったバイパーがここで初めてニヤリと口の端を上げて笑った。

 

「そうだね、お金の話は大切だ。こいつから搾り取れるだけ搾り取ってやればいい」

 

「あなた方、私より年上やんね?ぜひ搾り取り方をご教示いただきたい」

 

「そのうち2割寄越すなら考えてもいいよ」

 

出会ってようやくバイパーの楽しげな笑みを見ることができた。そしてやっとヴェルデに一泡吹かせてやることができた。年齢も人種も立場も、何もかもが違う彼らと、今ようやく普通に喋れた気がした。

 

「…嫌な子どもだな。ろくな大人にならんぞ」

 

「大丈夫。今度は間違えないから」

 

お互いを理解したが故のブラックジョークに、存外悪い人たちでもないんだな、と根拠もなく思ってしまった。

 

 

 

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